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トリニータス・ムンドゥス~聖騎士レイの物語~  作者: 愛山 雄町
第二章「湖の国・泉の都」

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第四十一話「迷走」

 七月一日。

 ブリッジェンド市では盛大に夏至祭が開催されていた。

 初夏から盛夏に向かう時期らしい強い日差しが街に降り注ぎ、祭りを楽しむ人々の中にも額の汗を拭く姿が目立つ。


 街は昨夜の静かな雰囲気とは違い、楽士たちの奏でる陽気な音楽がそこかしこで流れ、強い日差しの中、若い男女が楽しそうに踊っている。

 街は陽気な夏祭りの雰囲気に包まれていた。

 街を歩く人々も、老若男女、皆、楽しそうに笑い、すぐ近くを魔物が徘徊する地域とは思えないほど、穏やかに見える。



 レイたち三人は、街を貫くメインストリートを歩いていた。

 道の両側には多くの露店が所狭しと、この地方独特の食べ物や酒などの飲み物、カップル向けの煌びやかな小物や冒険者向けの怪しげな魔道具などが多く並べていた。レイには玉石混交に見え、時々手に取るが、何も買わずに冷やかし、ゆっくりと街を練り歩いていく。


「フォンスもこんな感じなのかい?」


 レイは異世界の祭りに興味津々といった感じで、アシュレイに尋ねる。


「いや、王都フォンスはこの数倍、数十倍の規模だな。都の中央にある広場には露店がひしめき、曲芸師などもいろいろな所で芸を競いあっている。更に街の外には南方の珍しい動物や魔物なども見世物として出され……」


 アシュレイは自慢げに自分の故郷の話をしていく。


「そうか。それは残念だね。面白そうなのに。まあ、僕はここでも十分楽しいけどね」


「そうだな。だが、この雰囲気はどこでも同じだな。心躍る物がある。子供の頃に戻ったようだ……」


 レイとアシュレイが楽しそうに話す後ろをステラは、周囲を警戒しながら歩いていく。


(これだけ人が多いと、気が抜けないわ。今日は任務ではない。お二人をお守りすることを最優先する日……)


 そんなステラの雰囲気を感じたレイが、


「ステラも楽しんだら? ここで襲われることはないよ。精々、スリくらいなものだと思うよ」


「いいえ。お二人をお守りする勤めを果たすことが私の存在理由です。ですからお気遣いなく」


 ステラの物言いに二人は顔を見合わせる。


「では任せるとしよう。レイ、いいな」


 アシュレイはそう言うと、小さな声で


「ステラも楽しんでいる。昨日の夜からな。後でお前が何か買ってやれば、それで十分だと思うぞ」


 レイは小さく頷き、ステラに声を掛ける。


「じゃあ、僕からもお願いするよ。護衛をよろしく」


 彼女は大きく頷き、真剣な表情で周囲を警戒していく。




 時は七日前、六月二十四日に遡る。

 王都フォンスの王宮では、昨日チュロック砦からもたらされた、大鬼族の情報を協議するため、大貴族である四公爵家の当主、武人の代表として護泉騎士団団長と副団長らが国王ライオネル十二世の前に集まっていた。

 御前会議では、護泉騎士団側が出陣を主張し、それに武門の家系であり、現騎士団長と縁戚関係にあるブレイブバーン家が、それに賛同の意を示していた。

 一方、文官を多く輩するキルガーロッホ家、インヴァーホロー家、グレンデュー家の三家が、状況を見極めるべきだと性急な出陣に反対していた。


 白髪の壮年の男、キルガーロッホ家当主オージアス・キルガーロッホが片手を上げて発言を求める。国王が発言を認めると、


「今回の情報だけでは、編成すべき戦力が決められぬと愚考いたします。ただ、放置するにはあまりに由々しき情報。よって、追加情報があるまでは騎士団の準備期間に当て、敵戦力を見極めた上で出陣してはいかがかと」


 国王は頷き、他を威圧するかのような体躯を持つ偉丈夫、騎士団長ヴィクター・ロックレッターを見る。騎士団長は国王に会釈した後、


「キルガーロッホ公爵閣下のご提案では時機を失する恐れがあります。騎士団を預かる身としましては、現状動かせる最大戦力を早急に出陣させることを望みます」


 国王は軽く頷き、裁定を下す。


「現状では情報が少なすぎる。よって、キルガーロッホ公爵の意見を取り入れ、騎士団には出陣準備を命ずる。但し、輜重隊は早急に編成し、ブリッジェンドに向かわせる。これでよいか、ヴィクター?」


 騎士団長は内心の不満を隠し、「御意」と答え、御前会議は終わった。



 ブレイブバーン公爵であるグラント・ブレイブバーン――四十代半ばでがっしりとした体格の元武人――は、騎士団長と副団長であるシーヴァー・グラッドストーン男爵を伴い、自室に戻ってきた。


「今回はこれで堪えろよ、ヴィクター。陛下も足の遅い輜重隊を先発させてくれたのだ」


「ハッ! 我らだけならば移動も容易ですからな。ですが、チュロックのヒンシュルウッドの報告、真なのでしょうか?」


あの(・・)マーカットが見たというのだ。間違いはなかろう。それより気になるのは、大鬼族がなぜこの時期にという点だな。シーヴァー、何か意見はあるか?」


 シーヴァー・グラッドストーン――やや細身で、武官というより怜悧な文官に見える四十歳くらいの男――は、僅かな間をとり、二人に話し始める。


「そうですな。公爵閣下ではありませんが、情報が少なすぎますね。懇意にしている商人たちからの情報でも、魔族の話はありませんでしたから。ご存知のように、今年に入って、東部では魔物の被害が急増しております。気になると言えばこの点です。今年はわが国が大侵攻を受けるのではないか、そう思えて仕方が無いのですよ」


 三人はその後も対策を検討していく。

 グラッドストーン副団長が一つの提案をする。


有翼獅子グリフォン隊を、チュロックに派遣してはいかがでしょうか。全部隊ではなく、伝令用として」


 有翼獅子隊は、グリフォンに騎乗する騎士で構成された、護泉騎士団に所属する唯一の飛行戦力である。南部のカエルム帝国の飛竜騎士団のように数百単位の部隊ではなく、その総数は僅か二十五騎に過ぎない。また、戦力としても空中から矢を放つだけであるため、奇襲効果はあるが、実戦力としてはあまり役に立たない。


 ブレイブバーン公爵は暫し目を瞑り、考えをまとめる。


「良かろう。ヴィクター、貴公はどうだ?」


 騎士団長は、「問題ないですな」と即答する。


「では、連絡用に三騎出してくれ。私からヒンシュルウッドに親書をしたためる。それを持って、チュロック砦に急行させてくれ」


 二人は頷き、すぐに騎士団本部に向かった。



 翌、六月二十五日。

 チュロックからの追加情報に御前会議は混乱する。

 情報に翼魔族の姿があったことに驚愕する者、情報自体の信憑性を疑う者、王国始まって以来の危機であると訴える者と様々な意見が飛び交う。

 国王は、キルガーロッホ公爵を魔族対策会議の議長に任じ、事態を収拾させようとした。

 キルガーロッホ公爵は、直ちに有翼獅子隊を偵察部隊として派遣することを決め、チュロック砦にも有翼獅子隊の偵察に協力するよう命じた。


「この情報はあまりに重大。仮に真実なら騎士団だけでなく、宮廷魔術師も派遣せねばならん。翼魔族が王国に現れたという記録は無い。最前線であるペリクリトルですら、確たる証拠はなかった。それも過去の大侵攻時においてですらだ。よって、儂はこれが誤報である可能性が高いと睨んでおる」


 キルガーロッホ公爵は対策会議メンバーにそう語りかけた上で、騎士団長に話しかける。


「誤報であることを前提に事を進めるわけにはいかぬ。貴公には全軍での緊急出陣準備と宮廷魔術師との調整を頼みたい」


 騎士団長もそれに同意するように頷き、直ちに騎士団の出陣準備を監督しに行った。



 翌日の六月二十六日。

 騎士団の出陣準備が完了したが、宮廷魔術師たちの準備が終わらず、騎士団全十個大隊のうち、三個大隊九百名が先発した。



 六月二十七日。

 騎士団長ヴィクター・ロックレッター指揮する騎士団は、王都に二個大隊のみを残し、チュロックに向けて出発した。

 途中、チュロックからの早馬とすれ違い、魔族の行方が判らなくなったことが報告される。

 騎士団長は一旦行軍を止め、知将でもある副団長と話し合いを行った。


「シーヴァー、これをどう思う?」


「そうですな。魔族の準備が完全ではなく、一旦、引いたと見るのが最も妥当でしょうな。ただ……」


「ただ?」


「ただ、相手は魔族。放棄したと見せておいて、更に西に侵攻したという可能性も否定できません。いずれにしても、王都から帰還命令が出るまで進み続けるしかありませんな」


 ロックレッターもその言葉に納得し、行軍を再開した。



 王都ではキルガーロッホ公爵が対応に苦慮していた。


(騎士団の八割と宮廷魔術師の半数を出陣させた。このことは王都の者は皆、知っておる。今更、誤報でしたでは、儂の判断が謝っていたと言いふらすようなものだ。陛下もこのことを予想して、儂に議長を命じたのか……さて、どうしたものか……)


 彼は判断を保留し、行軍を続けさせることにしたが、翌六月二十八日、大規模な偵察も空振りに終わったという、有翼獅子隊の騎士の報告を受け、国王に判断を委ねることにした。



「此度は我が軍の威容を恐れた魔族が、損害を恐れ撤退したと思われます。念のため、騎士団をそのまま進めることも可能ですが、今なら数日で戻れる位置。呼び戻すことも選択肢の一つかと思われます」


 国王は重々しく頷き、


「うむ。公爵はどう考える?」


「はい。当面、有翼獅子隊を砦に留めおき、偵察と通報体制のみを強化、騎士団及び宮廷魔術師隊は帰還させるべきかと」


 国王はその言に大きく頷き、承認した。



 翌日、六月二十九日。

 チュロック砦司令ヒンシュルウッドより、魔族の行方を失った後に作成された詳細報告が王宮に到着した。

 その報告書には、魔族の侵攻は一時的に停滞しているだけと記され、千人規模の軍の派遣及び、大規模な掃討作戦の必要性を訴えていた。


 三度、王宮は混乱した。

 未だ騎士団長たちが戻っておらず、四公爵家のみで会議が開かれるが、撤退命令を出したキルガーロッホ公爵が面子にこだわり、強硬派であるブレイブバーン公爵の主張と対立していた。


「キルガーロッホ殿は、ヒンシュルウッドの判断が誤りと断じられるわけですな」


「いや、そうではない。だが、敵の姿が見えぬ今、大規模な派兵は財政を圧迫する。更に東部に騎士団の大多数を張り付けておけば、今は大人しいカエルム帝国が南部を侵してこんとも限らぬ。ブレイブバーン殿は見えぬ魔族のため、南部の土地を奪われても構わぬと申されるのか」


「そのようなことは申しておらぬ。だが、魔族が姿を消すのは驚くに値しない。前回の大侵攻でも神出鬼没だったと聞く。カエルムが動くとしても、数ヶ月先。今は面前の危機に対処すべきと申しておるのだ」


 主張は平行線を辿り、キルガーロッホは再び国王の裁定を願い出た。


「公爵よ。度々余の裁定が必要なら、そなたを議長にした意味があまりないような気がするがの」


 国王の一言にキルガーロッホ公爵は、深く頭を下げる。


「では、議長の意見(・・・・・)を尊重し、騎士団はすべて撤収させる。但し、有翼獅子隊のみ派遣を継続する。これで良いな」


 国王は魔族の侵攻について、危機感を持っていなかった。


(これまで数十回の侵攻は、いずれもカウム周辺。仮に我が領土に侵攻することがあっても、それは陽動であろう。もし、万が一、我が国が侵攻ルートとなった場合は、チュロック砦では、大侵攻の大軍は抑えきれぬ。本来の戦略通り、ブリッジェンドで敵を迎え撃つ。ブリッジェンドより東の開拓地は失うが、チュロック砦で時間を稼げれば、民は避難できるであろう。守備隊には済まぬが、これが最も効率が良い……)


 そして、今回の件でキルガーロッホと騎士団、軍部との亀裂を大きく出来たことに満足していた。


(キルガーロッホはしくじった。消極論を展開した上、止む無くではあるが、進軍を許可した。そして、その後の撤退命令。消極論を貫けば、賢明な判断と言われたであろうに……決して醜態ではない。だが、人の目にはキルガーロッホが優柔不断に見えたはずだ。後は奴を暴走させぬようにコントロールすれば、大人しくなるであろう……)


 ここラクス王国では、伝統的に王家の力が弱く、四公爵家の力と均衡していた。歴代の王たちは公爵家の力を削ぐことに力を入れ、各公爵家も王家を含む、他家の力を削ごうとしていた。

 今のところ、王家と四公爵家との力の均衡は崩れていなかったが、現キルガーロッホ公爵のオージアスが王家との姻戚関係を求めたり、騎士団での発言力を増すため息子を要職に就けたりと暗躍していたため、国王は危機感を持っていた。

 このことが後に、大きな禍根を残すことになる。




 七月一日。

 チュロックから五十kmほど東に行った山間部。


 身長三mほどの巨人と、コウモリのような黒い翼を持つ女性が、西に落ちる夕日を見ながら話していた。

 女は、二十代後半で、漆黒の髪に透けるような白い肌を持ち、匂い立つような色気を感じさせる美女で、その紅い瞳には、どこか面白がるような表情が浮かんでいた。彼女は隣に立つ巨人の腰ほどの背しかないが、臆することなく、彼に話しかけていた。


「あんたがしくじらなければ、今頃あの砦を落とせていたのよ、バルタザル」


 バルタザルと呼ばれた巨人は、よく見れば三十代前半の整った顔立ちの男で、魔族以外のものが見れば、赤い瞳と額の角に目がいくだろう。

 話しかけられた彼は、ゆっくりと彼女を見下ろし、その体躯に似合う低い声で答えていく。


「確かにな。だが、あの状況であれほどの呪術師、いや、彼らの言い方では”魔術師”か、その魔術師がいるなど想像もできぬ。アスラ、お前ならあの者の術に打ち勝てたとでも言うのか」


 あまりの巨体にどこか抜けているような印象を受けそうになるが、知性を感じさせる語り口でアスラと呼んだ美女に逆に問い掛ける。


「そうねぇ。多分無理ね。キリシ――レイが小魔を倒した時に見ていた魔族の少女――の報告では光の術と、我らの術の両方を使ったという話だしね。あんたが戦った現場を見たけど、あれは酷いわ。火の術の使い手でも、あれほど地面を焼かないものね」


「そうだ。それに恐ろしいほど腕の立つ、剣士と弓使いがいた。(オーガ)どもをほぼ一撃で倒せる者など、人やエルフどもにはおらぬと思っていたからな」


 アスラも同意するように頷く。


「そうね。でも、まあいいんじゃないの。鬼たちは消耗品だし、その辺にたくさんいるから。その点、こっちは大変なのよ。一々、呼び出さないといけないんだから……」


 二人は赤い日が落ちると、山の中に消えていった。


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