第四十話「夏至祭」
魔族討伐が空振りに終わり、不完全燃焼な感じの傭兵たちだったが、翌日に大規模な偵察隊を派遣すると言う話があり、意気が上がっていた。
六月二十二日。
早朝、ようやく小雨になった雨の中、守備隊とマーカット傭兵団から偵察隊が出された。
偵察隊は一隊十名で五隊編成されたが、アシュレイ、レイ、ステラの三人は偵察隊には選抜されなかった。
夕方、雨は止み、うっすらと日が差してきた。
早朝出発した偵察隊が、次々と戻ってくる。だが、どの隊も魔族の痕跡を見つけることが出来ず、疲れた表情をしていた。
(魔族たちはどこに行ったんだろう? 既に撤退したのかな……最大戦力であるオーガを潰されたし、何をやっていたのか知らないけど、儀式を行っていた場所は放棄させられたし、一度仕切り直す可能性はある……)
レイは帰ってくる偵察隊を眺めながら、そんなことを考えていた。
夕食前に、隊長であるヴァレリアから、明後日に出発するとの通達があった。
「今日の偵察では魔族の痕跡は何ら発見できなかった。よって、明後日の朝、午前七時にチュロックを出発する」
本来、六月十九日にメラクリーノの商隊とともに出発する予定だったが、魔族の討伐隊を出したことから、延期されていた。
今日の偵察で魔族が発見できれば、再び討伐隊が組織されるはずだったが、痕跡すら見つけられなかったため、商隊の護衛であるマーカット傭兵団を留めておく理由がなくなり、商隊は出発することができるようになった。
司令のヒンシュルウッドは魔族の存在を懸念したことと、商隊を引き留めた詫びも兼ねて、危険地域を通過するまでは守備隊から二十名の護衛を派遣すると発表した。
(護衛は四十五名くらいか。これだけいれば、魔族の襲撃があっても何とかなる。けど、僅か二日とはいえ、砦の戦力を減らしても大丈夫なのかな?)
翌々日の六月二十四日。
夜明け前から準備を進めた商隊は、午前七時にチュロック村を出発した。
出発前、ヒンシュルウッド司令もハミッシュらに挨拶するため、見送りに来ていた。
「ハミッシュ殿、次の派遣部隊に是非とも加わっていただきたい。今回の敵はどうも危険な感じがするからな。信頼できる味方が欲しいのだよ」
ハミッシュは右手を差し出し、
「恐らく我々ではなく、護泉騎士団でしょうな、派遣部隊は。ですが、我らに参加の打診があれば、是非とも加わることにしましょう。それでは」
ヒンシュルウッドもその右手を取りながら、頷いている。
帰りの行程も行きとほぼ同じになる。
基本的には下り坂だが、荷馬車にはこの辺りで取れる石が載せられるとのことで、行き以上に荷馬車に負荷が掛かっている。
石は大きな木箱に入れられ、荷馬車に載せられていた。
レイは出発前に、アシュレイにわざわざ重い石を運ぶ理由を聞いていた。
「わざわざ重い石を載せなくてもいいんじゃないのか?」
「この辺りの石は特殊な処理をすると、高熱を出すようになるため、鍛冶師が買うのだそうだ。それほど高くは売れないが、空で帰るよりマシだと言っていたな」
(熱を出す黒い石? 石炭か? 見ておけばよかったな)
石炭らしき石も途中のブリッジェンド市まで運び、そこで処理をした後、フォンスなどに運ばれる。
心配した魔族の襲撃もなく、一日目の野営を終える。
二日目、ミリース村の手前で守備隊の護衛たちは、商隊と別れ砦に帰っていった。
依然天候は良好で、ミリース村を出発した翌日、六月二十七日にボグビー村に到着した。
ボグビー村からブリッジェンド市までも順調に進み、六月三十日、商隊は最も危険な辺境域を抜けた。
午後四時、ヴァレリアから五番隊全員に周知が行われる。
「明日は荷物の積み替えがあるため、終日護衛の必要は無い。知っての通り、明日は夏至だ。フォンスに戻れなかったのは残念だが、ここブリッジェンドで存分に羽を伸ばしてくれ。以上だ!」
積んできた石炭をここで売り払い、ブリッジェンドの特産品である魔晶石や魔物、野獣の毛皮などを仕入れ、フォンスに運ぶ。
そのため、翌日の七月一日は護衛の必要はなく、自由行動になる。
レイたちは商業ギルドから、行きにも泊った宿に向かう。その途中、レイは夏至に何が行われるのか、アシュレイに尋ねていた。
「夏至に何かあるの?」
「そうか、レイは知らないのだな。夏至には各地で祭りが行われるのだ。フォンスなら近郊の村から人が集まり、中央の広場で踊り明かす。ここブリッジェンドではどんなことをするのかは知らないが、ここは冒険者が多いから、かなり派手な祭りになるだろうな」
(夏祭りみたいなもんか。フォンスで祭を見たかったな。魔族の襲撃がなければ、フォンスに着いていたかも知れないんだ。ちょっと惜しい気がする……)
宿に着くと、前夜祭があるということで、傭兵たちは次々と街に繰り出していく。
レイたち五班も街に繰り出していく。出発前に、ハミッシュとアルベリックを誘うが、ヴァレリアたち一斑と行動を共にするとのことで、五人で街に出て行った。
レイはどこに向かうのか見当もつかず、何度もこの街にきたことがあるレンツィに、どこに向かうのか尋ねていた。
「どこに向かうんですか?」
レンツィはにやりと笑い、
「ちょっとした穴場があるんだ。楽しみにしておきな」
レンツィ以外の四人は互いに顔を見合わせながら、彼女についていく。
町の中心近くにある広場を通り過ぎ、狭い路地に入っていく。
路地を抜けると、冒険者らしき男女が多く出入りする一軒の酒場が目に入ってきた。
「ここに入るよ。ここは冒険者御用達の酒場なんだけど、酒と料理がうまいって評判なのさ。それに吟遊詩人もよく現れるって話だから、歌も聞けるんだよ。さあ、入るよ」
自信有り気に入口をくぐるレンツィについて、酒場に入っていく。
まだ、午後五時になったばかりで外は十分明るいが、既にテーブルはかなり埋まり、大声で叫ぶ冒険者たちの熱気に包まれていた。
運良く空いたテーブルを見つけ、五人で席に着く。
レンツィが指笛を吹いてウエイトレスを呼び、酒と料理を頼んでいく。
レイは周りを見ると、様々な装備の冒険者たちが酒を酌み交わしていた。
(何かギルドから直行したって感じだな。腹ごしらえをして、そのまま前夜祭に突入するって感じなのかな?)
全員に酒が行き渡ると、レンツィがアシュレイに乾杯の音頭を取るように催促していた。
「私がか? 別に乾杯などしなくても良いだろう?」
「あんたは班長なんだ。ほら、酒が温くなっちまうよ。何でもいいから、さっさと始めておくれよ」
アシュレイは諦めて、乾杯の音頭を取る。
「それでは、我らマーカット傭兵団の依頼達成を祈って、乾杯!」
「「乾杯!」」
五人の乾杯の声が響き、エールのジョッキを打ち鳴らす。
料理が次々と運ばれ、テーブルを埋めていく。
「しかし、帰ったら臨時収入が入ってきますね。オーガも倒したし、国の依頼も受けたし。今回の仕事の手当ての二百Cに百以上はプラスされますよね」
今回の護衛の報酬は級ごとに決められ、ハルのような七級は二百C、レイたち五級は三百Cと定められていた。また、魔族討伐隊に参加したことから、一人当たり三十Cがそれにプラスされ、更にオーガは一体当たり百Cの報奨金が出ることから、ハルたち若手の傭兵にとっては割のいい任務だった。
酒が入り、懐も暖かくなると浮かれるハルは、陽気に話していた。その様子を見たレンツィが意地悪そうな顔で、
「金は入るけど、大事なことを忘れていないかい。団長たちの扱きを受ける話を」
その言葉に、ハルが急に怯えたような表情を見せ、情けない声でアシュレイに縋りつく。
「折角忘れようとしているのに、思い出させないで下さいよぉ……アシュレイさん、生き残れますかね、俺」
「無理だな。私やレイ、ステラならともかく、お前は遺書を準備した方がいいぞ。即死だけは、いくらレイでも助けられんからな……くくく」
アシュレイは厳しい顔で話し始めるが、最後には笑いの発作に襲われていた。
「そんなことを言わないで下さいよ。勧めたのはアシュレイさんですよ。レイさんも何とか言って下さいよ」
「即死しないように頑張って。後は僕の魔力が尽きていないことを祈っておいて」
レイの言葉にステラ以外の四人は爆笑する。ステラも声を上げることはなかったものの、笑顔を見せていた。
(私はもう一度受け入れてもらえたみたい。レイ様も楽しそうに笑ってくれる。お二人と離れるのは嫌。いつまでも一緒に……)
時間が経つにつれ、周りの喧騒も大きくなっていく。
それに従い、彼らの声も大きくなり、周りに会話が聞こえるようになっていた。
一人の冒険者らしい男が、彼らのテーブルに近づいてきた。
「あんたら、傭兵か。その腕はレッドアームズか?」
レイはそのぶっきら棒な物言いに、
(絡まれている? 冒険者の縄張りに傭兵が入ってきたから? 僕たちも冒険者でもあるんだけどな……)
警戒するレイをよそ目に、アシュレイが立ち上がる。
「そうだが、何か問題があるのか?」
その男は彼女の態度を見て、頭をかきながら、
「すまねぇな。俺はこんな顔だから勘違いしたか。いや、赤腕ハミッシュが一緒だと聞いたからな、話を聞きてぇと思っただけだ。噂じゃ、チュロックでオーガと一戦交えたって話だ。その話をな」
アシュレイはその言葉に態度を軟化させ、その男に席に着くように促す。
「ハル、お前が話してやれ。私やレイでは身贔屓と見られる。レンツィでもいいが、お前が一番面白く話せるだろう」
「えっ! あの時、死に掛けた俺に話させますか! いいです、いいです。どうせ、俺なんて……」
いじけた振りをしたハルだったが、すぐにいつもの調子で話し始める。
「そう、あの時、俺は死んでいた、団長たちがいなければな……団長の気合の篭った斬撃がオーガの右足を叩き斬ると、オーガがバランスを崩して膝を着こうとした。だが、団長の攻撃はそれだけじゃなかった。オーガが膝を折る直前、下がったオーガの首を返す刀で叩き落したんだ……鎧通しのアルは知っているか? 知っている。じゃ、次はそのアルベリックさんの話だ。あの人も凄かった。あの剛弓にして正確無比。オーガの目を正確に貫き……俺もここにいるレンツィ姐さんと一緒にオーガに立ち向かっていた。俺たちは団長みてぇには出来ないが、オーガの倒し方は団長が教えてくれた。姐さんの剣がオーガの膝を切り裂き、俺が奴の喉を突き刺す。団長はこれを俺たちに示したかったんだ……」
流れるようなハルの語り口に、いつの間にか周りには人垣が出来ていた。
(ハルも僕の魔法を誤魔化しながら、うまいこと話すなぁ。言っちゃ悪いけど、講談師の方が向いているんじゃないのか。見ていた僕たちでも引き込まれるよ……)
「……そして、団長の前にオーガがいなくなり、仲間を助けに行こうとすると、アルベリックさんの叫び声が聞こえた……”上に敵がいる!” 丘の上には十数匹、いや、もっといたかもしれない。そのオーガたちが俺たちレッドアームズを見下ろしていたんだ。だが、団長が一睨みすると、オーガたちは俺たちに襲い掛かることなく、おずおずと逃げていった。奴らには判ったんだろう。この世には、相手にしてはいけない存在がいるということを……」
ハルの話が終わると、喧騒に包まれていたはずの酒場が静かになっていた。
「ちょっと待て。お前はオーガに殴られて、奴らが逃げるところを見ていなかったんじゃないのかい? 間違っちゃいないが、調子が良すぎるんだよ、お前は」
レンツィがハルの頭を叩きながらの突っ込みを入れる。それに対し、彼は平然と答えていく。
「確かに俺は苦しんでいた。だが、俺もレッドアームズの一員。苦しみながらも、いつでも戦えるようにちゃんと……痛っ! 痛いですよ!」
レンツィが笑いながら、ハルの脇腹を軽く小突く。
「完全に気を失っていただろうが、ここにオーガのいいパンチを食らってさ」
「痛いですって。折角いい感じで話せていたのに……台無しじゃないですか」
涙目で訴えるハルの声が、冒険者たちの笑いを誘い、静まり返っていた酒場は一気に元の活気に満ちる。
「いや、兄さん。いい話だったぜ。あんたの活躍は話半分としても、凄ぇな、ハミッシュさんはよ。まあ、俺の奢りだ。飲んでくれ」
レイは冒険者たちとトラブルになるのかと、戦々恐々としていた自分がおかしくなっていた。
(ハミッシュさんのファンは冒険者たちにも多いってことか。それにしてもハルは頭がいい。僕のことも、ステラのことも全く話に出さずに、ここにいる全員を納得させている。それに本当に吹っ切れたみたいだ。いい仲間だよ……)
アシュレイもハルの姿を見て、
(吹っ切れたのだな。いや、まだ内心わだかまりがあるとしても、うまく隠す術を身に着けている。こいつは大化けするかもしれない。指揮官としての才能があるような気がする……)
その後、吟遊詩人が現れ、場は更に盛り上がっていった。
彼らは冒険者たちと共に大いに騒ぎ、そして、散々飲まされたが、午後八時過ぎ、前夜祭の会場に何とか向かうことが出来た。
「いや、楽しかったね。しかし、ハルの話は面白すぎるよ」
「そうだね。こいつは傭兵より、講談師の方が向いているよ、全くね。しかし、急に話を始めて、よくレイの魔法の話を隠せたね。いや、ほんと才能があるよ」
レンツィはハルの肩をバシバシと叩きながら、笑っている。
「酷いですよ、レンツィさん。俺は団長みたいな超一流の傭兵を目指しているんですから」
アシュレイがハルの肩に手を置き、「ああ、お前には才能があると私も思う」と話す。
ハルはいつものようなおどけた様子で、「講談師の才能とか言わないで下さいよ」と、皆の笑いを誘うが、
「正直、剣術士としての才能は判らん。だが、指揮官としての才能はある。父上ともヴァル姉とも違う、別のタイプの指揮官だが」
アシュレイの真面目な話に皆が驚く。
「アッシュがそう言うなら、あるんじゃないか。何と言っても、ハミッシュさんと一緒にいろんな指揮官を見ているんだろう?」
「ああ、前は父上直属だったからな。護泉騎士団の指揮官、他の傭兵団の団長とも面識はある」
ハルは真面目な話に言葉がでない。
「どっちにしてももっと腕を上げなきゃ、指揮官もへったくれも無いよ」
固まるハルの背中をレンツィがバシンと叩く。
「そうですよね。でも、うれしいですよ。アシュレイさんにそう言って貰えるのは。例え、嘘でも……」
「嘘は言わん。だが、私の勘が合っているとも限らん」
(アッシュはハルをどうやって励ましたんだろう? 結局教えて貰えなかったし……でも、良かった。レンツィさんも今まで通りだし……)
再び、他愛のない話に話題は変わっていく。
レイは行き先を知らないことに今更ながら気付き、先頭を行くレンツィに尋ねる。
「ところで、どこに向かっているんですか?」
「前夜祭で一番きれいなところだよ。と言っても、あたしも話でしか知らないんだけどね」
数分歩くと、町の中央を流れる渓流にたどり着く。
渓流の両岸には、色とりどりの灯りの魔道具が吊るされ、水面を美しく照らしている。
その美しい景色を見るためか、着飾った若い男女が多く歩いていた。
(凄いな。元の世界のライトアップとかとは全然違うけど、これは、これで趣があってきれいだ。精霊流しみたいだ……)
「本当は恋人同士で来たいんだけどね。レイはいいわね。両手に花で。あたしの横には何でいい男がいないんだろう」
「俺がいますよ、レンツィさん。一緒に腕を組んで……痛いですって」
ハルがレンツィの横に移動すると、容赦の無い肘打ちが彼を襲う。
「あたしは帰るわ。もう少し、上流の方がいい景色だそうだよ。ハル、あんたも気を利かしな」
レンツィとハルがその場を去ると、レイ、アシュレイ、ステラの三人になる。
アシュレイがレイの横に移ると、ステラは二人の後ろに付き従う形で歩き始める。
上流に向かい、渓流を見下ろす場所に着くと、眼下には蛇行する清流に映る美しい光の花が咲いていた。
「もう少し見ていようか」
レイはそう言いながら、近くの岩に腰を下ろすと、アシュレイが彼の横に座り、ステラが後ろで立つ。
そして、三人は静かに水面を眺めていた。
レイは久しぶりにゆっくりとした時が流れていると感じていた。




