第三十九話「魔族討伐隊」
六月二十日の朝、各班長から隊員たちに、翌日の魔族討伐について説明がある。話が終わった班では、立ち上がって歓声を上げる者が続出していた。
「何で歓声が上がるんだ?」
レイは理由が判らず、アシュレイに尋ねる。
「今回のような国の依頼の場合、出撃の報酬のほかに、魔物を倒すたびにボーナスが出る。護衛の場合、倒しても魔晶石分しか収入にならないが、一体倒すごとにいくらと言った報奨が出ればやる気も出るだろう。それに魔族を倒せば、そこらの魔物とは比べ物にならんほどの報奨が出るからな」
「へぇ、そうなんだ。冒険者の討伐依頼みたいなもんか。そりゃ、やる気も出るね」
その日は翌日の討伐作戦の準備と、守備隊との連携訓練に当てられる。
そして、翌日の出発時間が早いことから、全員、酒を控え、早々に床についた。
六月二十一日。
空には厚い雲が垂れ込め、今にも雨が降りそうな天候に、ヒンシュルウッド司令と団長のハミッシュは、今日の作戦の決行を協議していた。
「どうしたものか。ハミッシュ殿のご意見は?」
「決行ですな。雨が降れば、こちらの動きも制限されるが、敵も気配察知が難しくなる。更に伏兵がより効果的にもなる。行くべきでしょう」
ヒンシュルウッドは頷き、全軍――弓兵百、槍術士隊三十、剣術士隊二十とマーカット傭兵団五番隊二十五の計百七十五名――に出発の号令を掛ける。
出発から五時間後の午前九時。
目的地の手前、森から五十mほど離れた小さな丘の陰に、討伐隊は到着した。
幸い、雨はまだ落ちておらず、この地に長くいるベテランの兵士があと数時間はもちそうだと言っていた。
「手筈通り、突入部隊――守備隊の剣術士隊と、マーカット傭兵団の剣術士、槍術士――は、森の中に向かえ。ハミッシュ殿、頼みましたぞ」
「心得た。よし! 行くぞ!」
マーカット傭兵団の突入部隊には、アシュレイ、ステラが入り、レイはその魔術師としての能力を買われ、待ち伏せ部隊に入っていた。
突入部隊はハミッシュが指揮を執るため、守備隊、傭兵団の兵士たちの士気は高かった。
レイは早くて一時間は掛かると、のんびりと空を見上げていた。
(雨は大丈夫かな。それにしても、この二日間で敵はどのくらい増えたんだろう。そもそも、どのくらい居たんだろう?)
雨を予感させる冷たい風が吹き始め、彼はマントを掻き合わせる。
(アッシュとステラは大丈夫かな? レンツィさんとハルも……五班は僕だけがこっちか。最近、魔法で戦ってばかりだし、遠距離攻撃要員と見られても仕方が無いけど……槍をあまり使っていないから、レベルが上がっていないな……)
大規模な戦闘も経験したが、魔法での攻撃が多く、魔道槍術士としてのレベルは未だ三十九のままだった。
(魔術師って、どうやってレベルを計るんだろう? 冒険者ギルドのオーブも、傭兵ギルドのオーブも、魔術師としてのレベルは出てこない。僕の場合、魔術師のレベルなら結構上がっているはずなんだけどな……そう言えば、治癒師の人のレベルってどうなっているんだろう? フォンスに帰ったら、魔術師に会わせてもらえるはずだから、そこで聞いてみるか……)
時間を持て余し、別のことを考えていたが、時が経つに従い、戦いに集中しようと雑念を追い払う。
そして、携行食の干し肉を齧りながら、静かに戦いの時を待っていた。
突入部隊に入ったステラは、斥候を任されていた。
「先行して敵の気配を探ってくれ。何かあれば、戦闘を避け、すぐに私たちを呼べ。無理はするな」
「はい、アシュレイ様」
ステラは突入部隊の百mほど先を、身を低くしながら進んでいく。彼女の狼の耳は忙しなく動き、周囲の状況を確認している。
(おかしい。一昨日感じた視線を感じない。森の様子も変わっている)
一昨日は鳥のさえずりなど、動物の気配がなかったが、今日は極普通の森と同じく、野鳥が飛び、ウサギのような小動物の姿も見えた。
目的地である広場の手前、二百mくらいまで接近すると、更にその思いが強くなる。
(この前はここまで近づけば、警戒の目がひしひしと感じられたのに。今は全く感じない。立ち去ったのかも……一旦、団長に報告した方がいい)
ステラは後方にいるハミッシュに報告に向かった。
「魔族の気配がないだと……間違いないのだな」
ハミッシュの強い視線を受けながら、ステラは自信を持って頷く。
「はい、一昨日はこの辺りでも警戒する敵の気配を感じました。ですが、今日は全く感じません。私に敵の拠点に入る許可を」
ハミッシュは、数秒考えた後、許可を出す。
「判った。行って来い。だが、危険だと感じたらすぐに撤退しろ。俺たちはここで待つ。敵の姿がなければ、一度ここに戻って来い」
ステラは再び偵察に向かった。
広場まで五十mにまで接近し、一本の大木に登り始める。
二十mくらいの高さまで、スルスルと登り、広場を一望できる枝に移る。
広場には魔族どころか、魔物の姿もなく、祭壇と思しき木で出来た台は破壊されていた。
(誰もいない。祭壇も破壊されているわ。一昨日の偵察で撤退することを決めた? やはり、中に入ってみた方がいいかも……)
木からふわりと飛び降りると、再び、広場に向かって慎重に接近していく。
広場の端に着くと、罠らしき糸を見つけ、立ち止まる。
(糸? 罠があるわ……罠を解除するか、そのまま入るか……罠の確認が先ね)
ステラは糸の行き先を慎重に確認していく。
糸は広場の周囲に張り巡らされ、地中に入っていく。
ステラは糸の先を慎重に追いながら、鼻をひくつかせるように匂いを嗅ぐ。
(中に何か埋めてある。匂いは……特に無い。油では無さそう……魔道具かもしれない……)
ステラはハミッシュのところに戻り、無人であること、罠が仕掛けられていることを報告する。
「罠か……どんな罠かまでは判らんのだな」
「はい、ですが、糸に紐を結んできましたから、この紐を引けば罠は発動します。先に広場の中を確認する方法もありますが……」
彼はヴァレリアと守備隊の指揮官の三人で協議を始めた。
「罠を発動させると、痕跡が追えなくなるかも知れん。だが、広場の中に罠が無いとも限らん」
「私はステラに広場の中を偵察させることを提案します。彼女なら罠があっても何とかできるでしょう」
ヴァレリアの提案に守備隊の指揮官も同意し、ステラは再び、偵察に向かうことになった。
慎重に罠を回避し、広場に入っていく。
一昨日見た木で組まれた祭壇は、滅茶苦茶に壊されており、いくつかあった小屋の中も痕跡らしきものは何もなく、何があったのかは全く判らなかった。
広場にある足跡は、オーガらしき巨大なものと、小魔らしき小さなもの、そして、人間と同じくらいのサイズで、靴らしき足跡が認められた。
ハミッシュに報告すると、突入部隊を下がらせ、罠を発動させるよう指示する。
「全員下がったな。よし、ステラ、罠を発動させろ」
ステラは頷き、「発動させます!」と言って、紐を強く引く。
紐を引いた直後は、鳴子の警報も、矢が打ち出されることもなく、何も起こらないため、不発かと思われた。
だが、十秒ほど経つと、地中から黒い霧が湧き出し、広場とその周辺を覆っていく。
「何なのだ、あれは……」
ハミッシュら突入部隊の兵士たちは、湧き上がる黒い霧を見つめたまま、何が起こっているのだと口々に話している。
数分後、ゆっくりと霧が晴れていき、更に驚愕の声が上がる。
「木が、木が枯れている……毒の霧だったのか……それとも呪いなのか……」
広場の周囲に立っていた樅のような大木の葉は茶色く枯れ、枝が折れて垂れ下がっていた。
「もし、あの罠の中にいたら……全滅したかもしれん」
ハミッシュの呟きに、兵士たちも、皆、頷いている。
「撤収するぞ。ステラ、もう一度、斥候に出てくれるか。逆に待ち伏せされている可能性があるからな」
突入部隊は自分たちの敵の恐ろしさを思いながら、森の中を戻っていった。
何の成果もなく、突入部隊は伏兵たちのいる丘に戻ってきた。
「ハミッシュ殿、どういうことなのだ?」
ヒンシュルウッド司令の問いに、ハミッシュは見たことを説明していく。
その説明を聞いた司令は、頭を振り、
「つまり、敵はこちらに気付き、既に撤収していたと。そして、我々が来ることを予想して、罠まで仕掛けていたと……」
ハミッシュが頷くと、司令は撤収を指示していく。
「今回の敵は今までとは違う。魔族をただの魔物使いと思って侮ると、取り返しのつかないことになるかも知れん。このことは王都に報告し、大規模な討伐隊を組織するよう進言するつもりだ。ハミッシュ殿からもよろしく頼む」
戦闘もなく何となく肩透かしを食った伏兵たちと、自分たちの理解の及ばない罠を見た突入部隊は、温度差こそあるものの、どちらも魔族の思惑が判らず、困惑していた。そのため、ほとんどしゃべることなく、静かに出発の準備を進めていった。
午前十一時、出発の準備が整った。兵士たちは、早めの昼食をとった後、チュロック村に向けて、出発を開始する。
魔族の存在は確認されたため、警戒を強めながら、歩を進めていく。
正午を過ぎた頃、雨が落ち始めてきた。
雨は次第に強くなり、兵士たちの体を叩いていく。
午後四時、雨と共に強くなってきた風を背に、討伐隊は何の成果もないまま、チュロック村に戻ってきた。
ただ、行軍しただけだったが、風雨と攻撃が空振りに終わったことから、その顔にはいつも以上に疲労感が漂っていた。
宿に戻ったレイは、アシュレイとステラから森の中での出来事を聞いていた。
アシュレイが掻い摘んで説明し、ステラが補足するというやり方で、レイも概略を掴む。
「……既にいなかったか……多分、僕が小魔を殺したことで、警戒したんだと思う。それにしても判断が早い。それにその罠も……恐ろしい敵だね、魔族って」
「そうだな。あの黒い霧を見たときには、無性に心がざわついた。そして、木の枯れた姿を見たときには全身に鳥肌が立っていた。我々とは相容れない何者かが近くに潜んでいるのではないかと、周りを見回してしまった……」
アシュレイの言葉にステラも頷いている。
「私も同じです。里で、”魔族を見たら、即座に殺せ”と教わりましたが、その意味が判る気がしました」
普段はあまり動きを見せない彼女の尾も、心なしか力無く垂れているように見える。
(見ていない僕が言うのはおかしいのかもしれないけど、そんなに相容れないものなのかな? 僕の魔法もやられるほうにしてみれば、悪辣に見えるだろうし、思い込みなんじゃないかなぁ それにしてもステラまで怯えているように見えるっていうのは、相当な衝撃だったんだろうな)
何となく、宿にいる傭兵たちも意気が上がらないようで、脱力感が支配しているように見える。
レイも濡れた体を拭いた後は、部屋で何をするでもなく、ぼぉっとしていたが、夕食前にハミッシュから呼び出される。
ハミッシュの部屋に行くと、ハミッシュとアルベリックの二人だけで、ヴァレリアの姿もなかった。
彼は隊長であるヴァレリアの姿が無いことを、訝しんでいた。
(ヴァレリアさんがいない? 遅れているのかな?)
「ちょっと聞きたいことがある。アッシュかステラに聞いただろうが、黒い霧のことは知っているな」
彼が頷くと、話を続けていく。
「魔術師としてのお前に聞きたいのだが、あの黒い霧は何だと思う? もちろん、見ていないことは承知している。それでもいい、意見を聞かせてくれ」
(何を聞きたいんだろう? 聞いた感じだけでは判らないんだけど……そう言えば闇属性魔法って、あまり使われないんだっけ? 光神教の圧力があるとか言っていたな……)
「意見といわれても困るんですけど、何でもいいんですか?」
ハミッシュが頷くと、彼はゆっくりと話し始める。
「その黒い霧は闇属性の魔法じゃないかと思います。毒の霧を作り出す魔道具かもしれませんけど、多分、闇属性で生命力を奪ったんじゃないかと思うんです」
「生命力を奪う……だと」
「僕の想像ですけど。もし、毒の霧なら、効きやすいものと効きにくいものがあると思うんです。一様に枯れたっていうことは、植物によってその効き目が変わることがなかったってことかなぁと……」
ハミッシュは難しい顔をしているが、黙って続きを促す。
「闇属性魔法は、闇の神、ノクティスの加護を受けた闇の精霊の力を使います。ノクティスは死者の国、黄泉を司る神ですから、生命力を吸い取ることも出来るんじゃないかと」
唸るハミッシュの横から、アルベリックが話しに加わってきた。
「確かにそうだね。でも、あれほどの広さ、広場だけでも直径五十mもあるんだよ。君なら出来るかもしれないけど、普通の魔術師ならあれだけの範囲に魔法を掛けるのは至難の業だよ」
「そうですね。それだけの広さなら結構大変そうです……」
ハミッシュがレイの言葉を遮り、
「レイ、お前はあの魔法が使えるか」
レイはその唐突さに驚くが、すぐに首を横に振る。
「判りません。いえ、同じ魔法は無理だと思います。眠りや麻痺の霧なら作れそうですけど、”死の霧”なんて恐ろしいものは、イメージできないですね。うーん、徐々に弱っていく感じなら出来るかもしれませんけど……」
その言葉に二人は驚き、ハミッシュが何とか声を搾り出す。その顔には、恐怖が浮かんでいた。
「出来るのか……お前なら徐々に弱り、死に至る魔法が」
ハミッシュの顔に恐怖の色を感じたレイは、説明を失敗したと後悔する。
(しまった! もう少し言葉を選べばよかった……悪魔の技を使えますよって言っているのと同じだよな)
豪胆なハミッシュですら、死の魔法に恐怖すると知り、慌てて否定する。
「ち、違いますよ。弱らせるだけです。死のイメージを闇の精霊に伝えるなんてことは恐ろしくて無理です」
「そうか……そうだな。もう一つ教えてくれ。あれに対抗する手段は思い付くか」
その言葉にどう答えようか悩む。
(見ていないんだけど、僕は。思い付くのは、光の魔法で相殺するっていうのなんだけど、難しそうだよな。それに出来るって言うと、無理にでも駆り出されそうだし……)
「見ていないんで正直判りません。光属性の魔法、光の精霊に相殺してもらうって言う方法しか思い付きません。でも、何となくうまくいかないような気がしますから、逃げた方が確実だと思います」
「光属性の魔法で相殺……光神教なら出来るかも知れんな……参考になった」
レイは部屋に下がり、ハミッシュは一人、この先の魔族との戦いのことを考えていた。
(今日は戦うことはなかった。だが、近いうちに必ず、魔族と戦うことになる。それも鬼人族ではなく、本当の魔族と……騎士団が動く。だが、相当柔軟な考えの指揮官でなければ、大敗するかも知れんな)




