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トリニータス・ムンドゥス~聖騎士レイの物語~  作者: 愛山 雄町
第二章「湖の国・泉の都」

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第三十八話「魔族の影」

 午後三時にチュロック村に到着したレイは、悪魔の死体を持ち、ハミッシュのところに向かった。

 ハミッシュはレイが一人で帰ってきたことで、ステラがアルベリックの命令を聞けたと安堵したが、すぐに悪魔の死体を見て、表情を曇らす。

 ヴァレリアに伝令を走らせると、走ってきたのか、荒い息をしながら現れ、共に彼の報告を聞いていく。


「あの森の中でこいつらに襲われました。他にはいなかったんですが、もしかしたら、僕が気付かなかっただけで、隠れていたかも知れません」


 ハミッシュは「そうか。やはり……」と呟いている。

 ヴァレリアは、敵の情報を少しでも得ようと、


「レイ君。こいつはどうやって攻撃してきたの?」


「魔法です。闇の矢でした。ちょうど僕の光の矢と同じような」


 ヴァレリアはハミッシュの方を向き、改めて悪魔の正体を確認する。


「団長、こいつらは小魔インプで間違いないですか?」


「ああ、間違いない。翼魔系の小魔だ。十八年前、カウム――ラクスの南にある王国――で見たことがある」


「前回の大侵攻の前ですか。その時は翼魔族もいたのですか?」


「いたかもしれんが、俺たちは見ていないな」


「小魔がいたと言うことは、翼魔族がいる可能性があるのではないでしょうか。こちらには彼がいますけど、魔術師が少ないと苦戦は免れません」


「判っている。アルが戻ってくれば、もう少し情報が手に入るはずだ。ヴァレリア、砦に行くぞ。レイ、ご苦労だった。魔晶石はあとで渡す。この死体は借りていくぞ」


 ハミッシュとヴァレリアは、司令と協議するため、砦に向かった。



 宿の食堂では、傭兵たちがレイの仕留めた小魔のことで騒いでいた。そこにハミッシュの部屋から戻ったレイが通りかかったため、彼は同僚たちに質問攻めにされる。


「小魔を仕留めたって話だが、本当か? どこでだ?」

「魔族は見たか? 大鬼族の痕跡は?」

「これから、俺たちはどうするんだ? 討伐に行くのか?」


 次々に投げられる質問に困った彼は、椅子の上に立って話し始めた。


「小魔は東の森で仕留めました。魔族は見ていません。大鬼族、オーガもいなかったし、足跡なんかの痕跡もありませんでした。今、団長と隊長が砦に行って、今後の対応を協議しています。それに、アルベリックさんがまだ偵察から帰って来ていないんです。多分、もう少し詳しい情報が判るはずなんで、もうちょっと待って下さい」


 そこまで、一気に言うと、場は少し落ち着く。


 レンツィが「お疲れさん」と言って、エールの入ったジョッキを回し、レイは一気にそれを飲み干す。


「ありがとう。レンツィさん」


「で、正直なところ、どうなるんだい。団長は何か言っていなかったかい」


「アルベリックさん待ちって感じですね。どのくらい先まで行ったのかは判りませんけど、あと二時間もすれば戻ってくると思うんですけど」


 レイは二人の行き先を知らなかった。そのため、すぐに自分の後を追いかけてくるものだと、思いこんでいた。


(目的はステラの確認なんだから、時間差を付けて戻ってくると思うんだけどな……でも、あの時、アルベリックさんもステラも、悪魔の監視に気付いていたから、もっと詳細に偵察してくる可能性もある。あの人が付いているから大丈夫だと思うけど、ちょっと心配だな)


 その後、ハミッシュたちは砦から戻ってくるが、情報が少なすぎ、まともな協議にならなかったと言って、アルベリックたちを待つことになる。


 午後七時を過ぎ、日が落ちても二人は戻ってこない。心配するレイとアシュレイの二人は、彼らが戻ってくるまで、宿の外で待ち続けていた。



 午後八時、アルベリックとステラは宿に戻ってきた。


「お帰りなさい。大丈夫ですか?」


 レイがアルベリックに声を掛けると、「うん、大丈夫」と笑顔で答えるが、すぐに「ちょっと急ぐから」と言って、ハミッシュの部屋に走っていく。

 残されたステラに、


「お疲れさん。よくやったよ」


「ご苦労だった。それによく判断してくれた。苦しかっただろう」


 二人に労われたステラは、少しはにかみながら、


「ありがとうございます。レイ様もご無事で何よりでした」


 三人は揃って食堂に行き、遅い食事を始めようとした。だが、すぐにヴァレリアの呼び出しを受け、三人はハミッシュのところに向かうことになった。


「アッシュは班長だからおかしくないけど、僕たちは何で呼ばれたんだろう? 偵察の結果なら、アルベリックさんが知っているのに?」


「父上のことだ、何か考えがあるのだろう」




 レイたち三人がハミッシュの部屋に着くと、ヴァレリアと各班の班長が揃っていた。

 そして、ハミッシュが席に着くと、全員の視線が彼に向く。


「レイからの報告で大まかな状況は判っていると思うが、アルが拾ってきた情報は更に大変な物だった……」


 ハミッシュが重々しくアルベリックが見た情報を、全員に告げていく。


「……今から砦の司令、ヒンシュルウッド殿のところに行ってくる。そこでの協議になるが、討伐への協力依頼が来る可能性がある。護衛依頼中だが、国からの要請となれば、協力せざるを得ん。今日は、部下たちに羽目を外させすぎるな。明日の朝一番での出動もあり得る」


 各班長たちは全員揃って頷いていた。


「アルベリック、ヴァレリア、レイ、ステラと共に今から砦に向かう。何時に戻ってこれるか判らん。すまんが、俺が戻ってきたら、もう一度会議を行う……」


 ハミッシュが指示を出し終わると、アシュレイを含め、四人の班長はすぐに部下たちのところに戻っていった。


「そう言うわけだ。ステラ、食事もまだだと思うが、付いてきてくれ」


 レイには、ステラが一緒に行く理由が理解できない。


「アルベリックさんだけでも、いいんじゃないんですか? 同じものを見たわけですし?」


「確かにその通りだ、普通ならな。だが、今回のことは、あまりに重大なことなのだ。司令の判断によっては、大規模な討伐部隊、それも千人規模の軍が派遣される可能性がある。それだけの部隊を動かす報告を行うには、少しでも情報があったほうがいい」


「でも、副官のアルベリックさんの話で、十分な気がしますけど?」


「アルの言葉を疑うわけではないし、ステラが発言することは無いかも知れん。だが、ほんの僅かな手掛かりすら見落としたくないはずだ」


 ハミッシュの説明に、レイは完全には納得しなかったが、議論は時間の無駄と考えて大きく頷いた。



 砦の司令室に入ると、そこには四十歳くらいの痩せた武人がテーブルについていた。


「ハミッシュ殿、良く来てくれた。概略は聞いたが、真なのか、その情報は」


 ハミッシュは司令のソール・ヒンシュルウッドに軽く会釈をした後、すぐに席に着く。

 ヴァレリアとアルベリックはテーブルに着くが、レイとステラは彼らの後ろに立つことになる。


「ソール殿、夜分に済まぬな。この三人が偵察に行った者たちなのだが、直接聞きたいかと思って連れてきましたぞ」


 ヒンシュルウッドは軽く頷き、アルベリックに状況を聞き始める。


「アルベリック殿はその魔族、翼魔族を直接見たのだな。間違いなく魔族だと」


「ええ、翼魔族自体、初めてみたんだけど、噂に聞く特徴通りだったし、下級悪魔ではなかったね」


「そうか……戦力は、敵の数はどうかな?」


「それは無茶だよ。あれ以上近寄れないし、長居も出来なかったから」


(ヒンシュルウッド司令は、アルベリックさんと面識があるのかな? 国の偉い人なんだよね、最前線の司令って。それなのに、このしゃべり方を許せるなんて……それとも事が重大すぎて、気が回らないとか……)


 ヒンシュルウッドは他に見たものがいないかと尋ね、アルベリックがステラに目配せを送ると、彼女が前に進みでる。

 “なぜこの若い女が”という感じで、ヒンシュルウッドがステラを見る。その視線に気付いたハミッシュが、ステラについて説明していく。


「ここにいるステラは、うちではアルベリックに次ぐ斥候でしてな。ステラ、補足することはあるか?」


 ステラはその問いに、「確信はありませんが……」と話し始める。


「魔族のいたところで何かの儀式を行っていたのかも知れません。あまり嗅いだことが無い変わった匂いの香料が、火にべられていた気がします」


「儀式か……アルベリック殿はどうお考えになる」


「そうだね。翼魔の女の人は煌びやかな衣装を着ていたね。首に宝石みたいな物をたくさん着けていたし。まあ、あれが普通の服装だって言う可能性もあるけどね」


 ヒンシュルウッドは黙って眼を瞑り、考え込む。そして、一分ほどした後、


「参考までに、ハミッシュ殿、ヴァレリア殿の見解を伺いたい」


「そうですな。オーガは昨日襲ってきたものと同じでしょうな。そうなると最低十匹はいる。小魔がいるのは確実だが、それ以外の魔物がいるのかは判らない。もし、儀式が増援を呼ぶものなら、時間が経てばこちらは不利になる一方だ。俺なら、全軍をもって強襲を掛ける。そんなところですかな」


 ヒンシュルウッドは頷き、ヴァレリアを見る。


「私は反対です。森の中での行動を強いられますから。敵の数が判らなければ、全滅の恐れもあります。ここは王都フォンスに増援を頼み、圧倒的な数で押すこと、増援が来るまでは砦に篭って防御に徹すること、私ならこの手で行きます」


(ヴァレリアさんって、団長の意見に絶対に従う人だと思っていたけど、堂々と逆の意見も言える人だったんだ。凄いな、ハミッシュさんって、この国の英雄みたいな人なのに……)


 レイがそんなことを考えていると、ハミッシュが彼に話を振ってきた。


「レイ、お前の意見を聞かせろ」


 彼は突然の指名に驚き、慌てる。

 ヒンシュルウッドもまだ二十歳にもなっていない彼を見て、不思議そうな顔をしている。


「こいつはこう見えても、稀代の魔術師でしてな。昨日のオーガの半数はこいつが倒したのですよ」


 ヒンシュルウッドは驚きの表情を隠せず、「まさか……」と言ったきり、言葉を失う。


(普通の反応はこうだよね。でも、ハミッシュさんはなんで僕に話を振ってきたんだろう? そもそも砦の戦力も二百人くらいいるって言うだけで、どの兵種で、どの程度の熟練度かも知らないのに……)


「僕、いえ、私はここの戦力がどの程度か知りませんので、お答えのしようがありません」


 その言葉に、ヒンシュルウッドに代わって、ハミッシュが答える。


「ここには二百人の兵士がいる。主体は弓術士、これがおよそ百だ。剣術士、槍術士がそれぞれ四十、治癒師が二十といったところだ。経験についてだが、ここは魔物が多い。だから、実戦経験も充分にある」


(なるほど。冒険者ギルドも傭兵ギルドもない辺境の城砦。それも魔族が最近増えているから、魔物との戦いも多くて、経験も豊富か……)


 彼は自分の中にある知識を使って、作戦を考えていく。


(弓が主体なのは砦に篭っての防御戦闘が主だからだろう。魔物との戦闘も弓で圧倒するって感じか。イングランドの長弓兵だと思えばいいのかな? それとも砦だから弩弓兵かも。どちらにしても、敵が気配を消せるなら、森の中で戦うのは不利になるな……)


 そして、ハミッシュとヴァレリアの言ったことを思い出す。


(ハミッシュさんの言う通り、敵に時間を与えると不利になるなら、王都からの増援を待つだけの策は下策。もし増援が遅れれば、この砦は落ちるかもしれない。でも、ヴァレリアさんの言うことも一理ある。何せ、敵の戦力が判らないんだから、無暗に突撃しても戦力を失うだけだし……)


「正直、兵士の皆さんを見ていないので、何とも言えないのですが、もし、森の中の戦いが得意なら、攻勢を掛けてもいいと思います。ですが、森の中では、気配を消して魔法を放つ、敵の方が得意でしょう」


 ここで一旦言葉を切り、三人の顔を見る。三人が頷くのを確認し、


「私なら、剣術士部隊を囮にして、森の中から魔物たちを引きずり出し、伏せておいた弓兵で翼魔系の魔物を撃ち落します。残ったオーガたちが攻めかかってきたら、逃げ回り、バラバラにした上で各個撃破します。もし、森の中にいる魔物の数が多い、又は翼魔がオーガたちと連携して追いかけてくるなら、引きずり出した段階で撤退することにします。撤退すれば、足の速い翼魔系だけで追撃を掛けてくるでしょうから、弓で反撃し、撃ち落してから、砦に篭ります。これなら損害が少なくて済みますし、空からの攻撃がなくなれば、王都からの増援を待ちやすいですから」


 ハミッシュ、ヴァレリア、そしてヒンシュルウッドに見つめられたレイは、


(何か、拙いことを言ったかな? それとも当たり前すぎる案だから呆れられた?)


 ハミッシュは目の前の男、愛娘の恋人が何者なのか、考えていた。


(こいつは……確かによく考えれば、俺でも思いつく策だ。だが、王都からの距離、砦の防御力、敵の想定される攻撃方法を考え、敵の戦力が判らないこの状況でも、この短時間で最善とも言える策を出してきた。アッシュ、お前は本当にとんだ拾い物をしたもんだ。こいつが婿になれば、俺も楽になるわ……)


「アークライト殿と言ったかな。君はどこかで仕官していたのかね。見事な策だが」


 見事な策といわれ、レイは焦る。


「い、いえ。多分、時間があれば、皆さんも思いつく策ですから、それほどでも……」


「ハミッシュ殿、ヴァレリア殿、もう一度、尋ねたい。我々はどうすべきだと思うかと」


 ハミッシュはニヤリと笑っていた。


「俺はレイの策に乗る。こいつの策なら、万が一敵の戦力が大きくても何とかなりますからな」


 ヴァレリアも笑みを浮かべ、


「私もレイの策に賛成です。囮の件は我が隊に命じて頂きたい。我々の方がこういった仕事は得意ですから」


 ヒンシュルウッドはもう一度考えた後、顔を上げる。


「判りました。レイ殿の策の詳細を詰めましょう。場所は真直ぐ行けば、五時間の距離……」


 その後、三十分ほどで作戦の概要が決まり、深夜にも関わらず、守備隊の隊長クラスが集まり、詳細な作戦が練られていった。

 ステラは特に発言することもなく、その場で立っていたが、主であるレイの姿に心躍らせていた。


(レイ様はお若いのに、このような席でも堂々としておられる。前の旦那様が私をこの方にお譲りになったのは、この才能を見ておられたから……私はこの素晴らしいお方を、絶対にお守りする!)




 レイはその作戦会議まで参加し、日付が変わる頃、ようやく宿に戻ることができた。

 ステラもレイに付き従っていたため、彼と一緒に宿に戻ってきた。


 魔族の討伐作戦は明後日に決まり、明日はその準備、明後日の夜明け前に砦を出発することに決まった。


(ふぅぅ、疲れた。失敗したかな。調子に乗って作戦まで考えてしまったよ。僕の作戦が間違っていたら……それでたくさん死人が出たら……)


 作戦会議に参加しなかったアシュレイは、レイが戻ってくるのを待っていた。


「長かったな。どうなったのだ?」


 レイは一連の出来事を彼女に話していく。


「そうか……明後日か。私は食堂に行く。お前はゆっくり休め」


 アシュレイはヴァレリアからの呼び出しを予想し、食堂に向かった。

 レイは食事を取っていないステラを心配し、暗い部屋の中で、焼き菓子と水を取り出す。


「食事はないけど、携行食なら持っているよ。食べる?」


 ステラは「ありがとうございます。少しだけ頂きます」と言って、笑みを浮かべながら、その菓子を手に取る。


「今日は本当にお疲れ様。今日みたいに、ちゃんと考えてくれればいいんだよ」


 そう言って、ステラの頭に手を置く。

 彼女は嬉しそうに目を細めていた。

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