第三十四話「戦いの結果」
レイとアシュレイは三体のオーガと戦い、一体を無力化したところで、甲高い笛の音を聞いた。
(何だ、今の音は? 何かの合図か?)
対峙しているオーガたちは、腕や脚から血を流してはいるが、まだ動きに支障はなかった。
レイたちは増援が来るまで、粘るしかないと覚悟していたのだが、その笛の音を聞いたオーガたちは威嚇しながら、丘に向かい始める。
(撤退? 罠か?)
訝しみながらレイは周囲を見ていく。彼の目には、立っているオーガは四体のみで、傭兵たちが優勢であるように映っていた。
「アッシュ、追撃するぞ!」
レイが二体のオーガを追おうとすると、丘の上を見上げたアシュレイが、彼の肩に手を置く。
「いや、待て! あそこを見ろ!」
指差された先には十体以上のオーガの姿があった。レイはその数に愕然とする。
「まだ、あんなにいるのかよ。もう一度、さっきの魔法を……」
「待て。どうやら撤退するようだぞ……」
レイはその言葉に張り詰めていた気が緩み、その場に座り込んでしまった。
「助かった……どうして撤退していくんだろう? そんなことより、ステラは、ステラは無事か!」
彼がステラの無事を確認しようとした時、隊長のヴァレリアの命令が響き渡る。
「動ける者はけが人の手当てをしろ! アルベリック殿! アル兄! 治癒魔法をお願い! レイ! まだ魔力があるなら、治療を頼む!」
その声にレイは立ち上がり、けが人が倒れているところに走っていく。
(何人ケガをしているんだろう? ステラは、ハルは、レンツィさんは、他の皆は……)
レイがヴァレリアのところに着いた時には、アルベリックが治癒魔法を掛けていた。
だが、彼はすぐに魔法を止め、事務的な口調で手遅れであることを告げる。
「駄目だね。僕の治癒魔法ではこの傷は治せないよ。多分、肺が傷ついている。……かわいそうだけど諦めるしかないね」
彼の手の下には、口から血を噴き出し、顔が土気色になったハルの姿があった。
横たわるハルの横には、無残に変形した彼の胸甲が置かれていた。
アルベリックは、オーガの拳をもろに左胸に受け、折れた肋骨が肺に刺さったのではないかと言っている。
「僕がやります。ハル、少し待ってくれ」
レイはハルの横に跪き、胸に手を当てて治癒魔法を掛けていく。
(木の精霊たち、肋骨を元の位置に。そして、折れたところを繋いで、肺に開いた穴を塞いで……光の精霊たち、傷ついた肺に入った血を浄化して……水の精霊たち、傷で汚れた血を浄化して……頼む。僕の友達を助けて……)
彼の手から、緑、白、青の光が放たれ、ハルの体に吸い込まれていく。
三十秒ほど魔力を注ぎ込むと、ハルの顔色に赤みが差していく。
レイは苦しそうな表情を一瞬見せるが、横で見守るアルベリックに後の処置を頼む。
「アルベリックさん、あとは骨折だけですから、お願いします。魔力切れになりそうです……」
アルベリックは静かに頷き、ハルに治癒魔法を掛けていった。
アシュレイは、治療に行くレイと別れ、部下たちの状況を確認していた。
ステラはすぐに彼女のところに来たため、無事が確認できたが、その後ろでレンツィが、ステラを非難していた。
「あんたが勝手に逃げ出さなければ、ハルはケガをしなかった! あのケガじゃ、多分死ぬよ。あんた、判っているのかい!」
叫ぶレンツィを宥めるように、アシュレイは事情を聞いていく。
「落ち着けレンツィ! お前も十年以上傭兵をやっているベテランだろう。何があったか判るように説明してくれ」
レンツィはアシュレイの言葉に少しだけ落ち着き、突然、ステラが攻撃を止め、逃げ出したこと、そのため自分たちが窮地に陥ったこと、ハルが自分を助けるため、無理やり攻撃に加わり、瀕死の重傷を負ったことを説明していく。
「判った。ステラ、何か言いたいことはあるか」
「私はアシュレイ様、レイ様が窮地に陥っていると判断したため、そちらに向かおうとしただけです。お二人を守ることが私の使命ですから」
淡々と話すステラにレンツィが吠える。
「あたしらのことはどうでもいいって言うのかい!」
ステラは何も答えず、黙ってアシュレイを見つめている。
「レンツィ、このことは団長に報告する。今はここから安全に離れることが大事だ。少しの間、堪えてくれ。頼む」
アシュレイが頭を下げると、レンツィも渋々といった感じで、
「判ったわよ。チュロックに着いたら、納得がいくようにしてもらうよ」
レンツィはそう言って、ヴァレリアたちの方に歩いていった。
アシュレイは後悔していた。
(しっかりとステラを教育しておけば、このようなことは起きなかった。このことで、レンツィ、ハル、そして、自分たちの間に溝が出来るだろう。特にレイはこのことを激しく悔やむはずだ。ハルが死ねば、レイは自分を責めるはずだ……)
アシュレイは治療を終えたレイと合流した。
彼の苦しそうな顔を見た瞬間、ステラたちのことが頭から消え去っていた。魔力切れによる衰弱死のことを思い出し、以前の恐怖が蘇って来たからだ。
(あの時、限界以上に魔力を使うことは非常に危険だと聞いた。まだ、話が出来るから大丈夫だと思うが、これ以上魔力を使わせるわけにはいかない……)
アシュレイは「これ以上、魔法は使うな。頼む」と言いながら、彼の肩を抱えるようにして、立ち上がらせる。
「これ以上はやらないよ。少なくとももう少し回復しないとね。ところでステラはどうした?」
「無事だ。だが、少し揉めているのだ。レンツィが、ハルがケガをしたのはステラのせいだと、喚いていた」
アシュレイは先ほどのレンツィの話を彼にしていく。
レイの顔は徐々に強張っていき、彼女が予想したとおり、激しく後悔していた。
(もっと真剣に考えておけば……ハルは恐らく助かる。でも、これだけ大きなケガを負えば、傭兵としてやっていけなくなるかもしれない。それにステラもマーカット傭兵団にいられないだろう。どうして、もっとちゃんと向き合わなかったんだろう……)
「ステラは?」
「周囲を警戒させている。今はレンツィと組ませるわけにはいかないからな……レイ、このことは団長に報告する。恐らく重い処分は無いはずだが、最悪、マーカット傭兵団にいられなくなると、覚悟しておいてくれ」
その言葉を聞き、レイは「ステラと話がしたい」と呟く。
「今は駄目だ。すぐにでもここを撤収する。出発の準備が終わり次第、ここを発つから、話はチュロックについてからになる」
レイは「そうか」と呟き、ハル以外のけが人の様子を見に行った。
残されたアシュレイは、その後姿を見ながら、強く唇を噛み締めていた。
(やはり思ったとおりだ。責任を感じているようだ。だが、この件に関しては、私にも責任がある。何度もヴァル姉に忠告されていたのに、適切な手を打たなかった……)
ハル以外のけが人にも重傷者はいたが、いずれも単純な骨折であったため、アルベリックら傭兵団の治癒師が治療を終わらせていた。
そして、負傷者たちの横には、二人の戦死者、五級の剣術士ウォレスと、八級の女剣術士テレーザの遺体が安置されていた。
レイはその二人とはそれほど面識はなかったが、何度か話をしたことはあった。
彼はその遺体の横に跪き、冷たくなっていく二人を見つめていた。
(ウォレスさんとテレーザが……それほど親しかったわけじゃないけど、一緒に酒を飲んで笑っていた仲間……よく冗談で「傭兵は死ぬのが仕事」って言うのを聞いたけど、初めて実感したよ……二人ともまだ若いのに……ウォレスさんでも三十になっていないし、テレーザは、まだ十六だったんじゃないか。日本なら、まだ高校生だよ。それが……)
アシュレイはそのレイの姿を見つめていた。
(レイにとっては仲間の初めての戦死……デオダード殿の時でもあれほど落ち込んだのだ。大丈夫だろうか、レイは……)
けが人たちの荷馬車への移送が始まると、アルベリックがレイに話しかけてきた。彼は疲れた表情も見せず、いつものように笑っていた。
(どうして笑っていられるんだろう。さっきまで一緒にいた仲間が死んだのに……傭兵を長くやっていると慣れるんだろうか。それなら、僕は傭兵にはなれない。なりたくない……)
レイの思いとは関係なく、アルベリックは彼に話しかけてきた。
「本当にビックリだよね。あの魔法は何? それにさっきの治癒魔法も。聞きたいことが一杯あるよ。チュロックに着いたらじっくりと聞かせてもらうからね」
それだけ言うと、難しい顔をしているハミッシュとヴァレリアに合流しにいった。
(よく判らない人だな、アルベリックさんは。でも、ハミッシュさんもヴァレリアさんもどうして難しい顔をしているのだろう? 何か問題があったのかな?)
アルベリックが近づいたときに、ハミッシュはレイの姿を見つけていた。そして、近くに来るように声を掛けてきた。
「お前の意見を聞きたい。この先、奴らは我々を、チュロックの砦を襲ってくると思うか?」
落ち込んでいる中、突然、話を振られたレイは、一瞬何を聞かれているのか理解できなかった。
「えっ! どういうことですか? どうして僕に?」
「お前はいろいろ面白いことを考え付く。俺たちが気づかないことも、思いつくかもしれないと思ってな」
レイは「戦争のことは判りませんよ」と苦笑する。
ハミッシュは頷くと、すぐに話題を変えてきた。
「それではお前の、魔術師としての意見も聞きたい。先ほどの魔法は何度も使えるものなのか?」
「さっきの魔法は条件が良くないと使えません。それに魔力もかなり使います……恐らくですけど、あと一、二回使ったら、彼らも対抗策を思いつくでしょう」
ハミッシュはその言葉の意味が判らなかった。
「実際、あの魔法は何なのだ? なぜ敵が対抗策を思いつくんだ? それより、俺は長年傭兵をやっているが、あんな恐ろしい魔法は初めてだ。いや、お前の魔法は大概、初めて見るものばかりだが……」
レイは呆れ顔のハミッシュを見て思わず笑みが零れるが、すぐに真面目な顔になり、
「あの魔法は、太陽の力を使っています。風の魔法と光の魔法の組合せで太陽の光を集めて、その熱で敵を焼きます。ですから、このように太陽が燦々と照っていて、更に太陽に向かって攻めかかって来なければ使うことが出来ません」
レイが太陽を指差しながら、説明していくと、ハミッシュも眩しそうに空を見上げる。
「太陽の光……あれほどの熱を持っているのか……何度か使えば、何を使っているか気付く。だから、敵は使える条件にも気づくだろうと……なるほど」
考え込むハミッシュだったが、再び話題を変えてきた。
「そういえば、さっき焼かれたオーガを見に行ったが、火属性の、それもかなりの高位魔法でもあれほど酷く焼かれた姿は見たことが無い。それより、地面の方が凄かったぞ。岩に溶けた跡があったのだ。岩が溶けるなど、人間の技ではあり得んぞ……」
(岩が溶ける? そこまで凄いのかな? 太陽炉って結構出力があったはずだから、そうなのかもしれないけど……実感が湧かないな。それより焼けたオーガは見たくないな。焼け爛れていそうで……)
「それではもう一つだけ教えてくれ。あの魔法は他の魔術師でも使えると思うか?」
レイは少し考えてから、
「多分無理だと思います。絶えず精霊たちに指示を出しながら、微調整しないといけませんし、その調整のイメージは他の魔術師では思いつかないと思います」
「そうか。アル、お前はどう思う?」
「そうだね。レイ君の魔法は特殊すぎて使えないと思うよ。さっき撤退していった魔族が報告したとしても、再現のしようがないと思うよ」
ハミッシュは納得し、その話を打ち切る。
(ハミッシュさんは僕が落ち込んでいると、気を使ってくれたのかな? 考えることや、することが多いと、悲しみを一瞬忘れられる。そのために……考えすぎかもしれないけど、ほんの少しだけ楽になった)
ハミッシュとの話が終わると、けが人の移送準備が終わり、偵察に行った傭兵たちの報告を待つだけとなった。
十分後、偵察に向かった傭兵たちから、オーガたちの姿は近くにはなく、他の魔物の姿も見当たらないとの報告があった。
ヴァレリアは商隊の出発準備が完了しているのを確認した後、最終目的地であるチュロックの砦への最後の移動を命じていた。
ステラはアシュレイの態度がおかしいことに気付いていた。
(アシュレイ様のご様子がおかしい。レンツィ様が怒っていたことと関係があるのかしら? 私は自分の務めを行っただけ。それがいけなかったの?)
そして、レイの姿を見つけ、近寄っていく。
「ご無事で何よりでした。おケガはありませんか?」
レイは少し疲れた顔で、「大丈夫」とだけ、小さな声で答えるだけだった。
(レイ様もおかしい。いつもなら笑って褒めてくださったり、ケガが無いか心配してくださったりするのに……レイ様に声を掛けて頂けない……どうして、こんなに苦しいの。どうして……)
ステラはレイの様子から、自分が彼を失望させたと考えた。
「私のどこがいけなかったのでしょうか? ハルさんがケガをしたことが原因でしょうか。教えてください……」
レイはゆっくりと彼女に顔を向け、
「そうだね。ハルが死に掛けたことが原因の一つだけど、ステラは何も悪くないよ。悪いのは僕だから……」
寂しそうにそう語る彼の顔を、ステラは見ることが出来なかった。
(私はこれからどうなるの?……レイ様、アシュレイ様と一緒にいられないの?……誰か教えて……もう考えられない……助けて……)
ステラは自分の中で渦巻く様々な感情に戸惑っていた。それが得体の知れないものに感じ、恐ろしくなっていた。
そして、出発の合図を聞いても、自ら動くことが出来なくなっていた。
「ステラ、早くしろ! 出発だ」
アシュレイの言葉に体は反応するが、心は閉ざされたままだった。




