第三十三話「大鬼(オーガ)撃退」
オーガは仲間の死を気にすることなく、咆哮を上げながら、傭兵たちに襲い掛かっていく。
アルベリックの放った矢が一体のオーガの右目を貫き、オーガはその一撃で絶命した。そのオーガは酔っ払ったように数歩歩いたあと、崩れるように倒れていった。
ハミッシュは目の前に躍り出てきたオーガの左足の膝を断ち切り、そして、バランスを崩して倒れていくオーガの首を返す刀で刎ね飛ばす。
ヴァレリアもハミッシュの横で同じように両手剣を振るい、オーガの足に傷をつけ、彼女の部下である一班の傭兵たちが倒れたオーガに容赦なく攻撃を加えていく。
アシュレイはハミッシュたちとは違い、レイの魔法に驚くことはなかった。
(相変わらず凄い魔法だ。だが、さすがに慣れた。しかし、父上たちは驚いているのだろうな)
思わず笑みが零れそうになるが、気を引き締め、自分の班員たちに次々と指示を出していく。
「レンツィ、ハル。倒すことを考えるな。足を狙え。ステラ、お前は自由に動いていい。ただ撹乱することだけに集中しろ。レイ、私が足を攻撃する、お前は槍で牽制してくれ」
四人が頷くと、ハミッシュの号令と共に右端を走るオーガを迎え撃つ。
ステラはすぐに四人と別れ、低い姿勢でオーガの群れの中に突っ込んでいった。
後ろに回るステラに気付いたオーガは、本能的に後ろを振り返り、そのちょこまかと動く小さな亜人を叩き潰そうと棍棒を振り下ろす。
唸りを上げる太い木の棍棒が、彼女の横を掠めるように通過し、地面を大きく陥没させていた。
その瞬間を狙っていたステラは、その振り下ろされた手首を双剣で斬りつけていく。
オーガの両手首から血飛沫が上がる。
オーガは怒りの咆哮を上げるが、その鋭い痛みに耐えかね、棍棒を取り落とした。
そのチャンスにレンツィとハルは、長剣で膝裏を切り裂き、膝の腱を斬られ、支えを失ったオーガは突っ伏すように地面に倒れていった。
ハルが「ヨッシャ!」という声を上げ、ガッツポーズを決めるが、レンツィが”気を抜くんじゃない”とでも言うような鋭い視線を送ると、ばつの悪そうな顔で次の敵を探し始めた。
アシュレイとレイは一体のオーガと対峙していた。
オーガは目の前に小さな人間が来たため、不愉快そうな声を上げ、棍棒を振り下ろしていく。
狙われたアシュレイは、その棍棒を掻い潜り、オーガの懐に入り込んだ。
「テェヤァ!」という気合と共にオーガの下腹部に愛剣を突き刺す。渾身の力で剣を引き抜き、すぐに懐から逃げ出そうとしたが、思いのほか深く突き刺さった剣が抜けず、逃げ出すタイミングを失ってしまった。
下腹部に強い痛みを感じたオーガは憤怒の表情で下を見た。そこにいる小癪な人間を叩き潰すため、棍棒を手放し、両拳を固めて振り上げていた。
「アッシュ、伏せて!」
アシュレイは彼の警告が聞こえた瞬間、剣を手放していた。そして、体を前に投げ出すようにして、そのハンマーのような拳を間一髪で避ける。
レイは警告を発しながら前に踏み込み、オーガの喉に槍を突きだしていた。
彼の槍はカウンター気味にオーガの喉に入っていた。オーガは真っ赤な血を噴水のように噴出しながら、仰向けに倒れていった。
「アッシュ、大丈夫か?」
「ああ、大丈夫だ。まだ敵が多い、次にいくぞ!」
周りを見ると、商隊に向かう三体のオーガの姿が目に入った。
アシュレイが「あいつらを先に仕留める」とレイに言うと、すぐに走りだしていた。
「商隊に三体向かっているぞ! 弓術士! 矢を撃ちこめ! レンツィ! ハル! 続け!」
アシュレイの言葉に、弓術士たちが矢を放ち始める。
数本の矢がオーガの背中に突き刺さるが、大したダメージが与えられないのか、オーガたちはそのまま荷馬車に突っ込んでいく。
レンツィとハルは、自分の前にいるオーガをステラと共に攻撃していたため、レイたちに追従できない。
ステラはレイたちが三体のオーガに向かっていったことに気付き、焦りを感じていた。
(お二人が危険……早く追いかけないと……)
レイはアシュレイの後ろを追いながら、
(拙いな。間に合うか? ハミッシュさんの移動方法を試してみるか……)
彼は走りながら、風の精霊の力を集め、自分の背中を押すように魔法を発動する。
背中に強い力を感じ、走る速度が上がるが、
(スピードは上がったけど、何か違うな。これは追い風を受けて走るみたいなものだから、あの爆発的なスピードとは違う……付け焼刃では難しいか……)
スピードを上げたレイがアシュレイを抜き去り、先頭をいくオーガの横から、槍を突き出していく。
槍の穂先がオーガの脇腹を掠めて、血を噴き出させる。その痛みにオーガは思わず足を止めた。そして、痛みを与えた人間の姿を探していた。
荷馬車にいる御者は、ほんの数m先に現れた巨大な影に怯え、ガタガタと身を震わせていた。馬にも御者の恐怖が伝染したのか、高く嘶き、今にも暴走しそうになっている。
「何をしている! オーガは押さえる! 早く行け!」
彼の叫びに御者は手綱を振るって、馬を落ち着かせると、恐ろしい魔物から逃げ出していった。
レイは三体のオーガに囲まれ、振り下ろされる三本の棍棒を必死に避けていた。
(後先考えずに回り込んでしまった。あの太い棍棒だと一発当たれば、動けなくなるぞ。アッシュ、早く来てくれ!)
左から振り下ろされた棍棒がレイの鎧を掠め、彼はバランスを崩してしまった。
槍を杖にして、転倒は免れたものの、正面から振り下ろされる棍棒を避けることが出来ない。
(あぁぁ!)
レイは思わず目を瞑り、頭に落ちてくるであろう衝撃を待つ。
だが、衝撃は訪れず、アシュレイの叱責が聞こえてきた。
「一人で前に出すぎるな! 動きを止めるな、まだ敵は横にいるんだぞ!」
彼の目の前にいたオーガは、アシュレイに足を斬り付けられ、膝を付いていた。
(助かった!)
そう思いながら、膝を付くオーガの横をすり抜け、アシュレイに合流していった。
「助かったよ、アッシュ!」
「すぐにレンツィたちが来るはずだ。牽制に徹するぞ!」
二人は左右に絶え間なく動き、オーガたちを翻弄する。
翻弄されたオーガたちは、有効な攻撃が出来ないばかりか、味方同士でぶつかり、罵りあうように咆哮を上げていた。
ステラは、レンツィたちと挟み撃ちをするように、オーガを攻撃していた。
彼女の目にはレイとアシュレイが三体のオーガと戦っている姿が映っており、彼らを助けに行こうと焦っていた。
(レイ様たちのところに行かなければ……)
ステラは、目の前のオーガがレンツィたちに注意を向けた瞬間を見逃さず、レイたちに向かって走り出した。
オーガは後ろでちょろちょろと攻撃を掛けてくるステラがいなくなり、一気にレンツィとハルに攻勢を掛けていった。
「まだ早い! 戻れ! クソッ!」
レンツィの悲痛な叫びを無視して、ステラは走っていく。
彼女が抜けたため、レンツィに集中するオーガの攻撃を和らげようと、ハルは棍棒を掻い潜って脇腹に長剣を突き出していく。
彼の一撃は、見事に敵の脇腹に刺さり、オーガは呻きながら、棍棒を取り落とした。
「二匹目!」
そうハルが叫んだ直後、レンツィの「危ない!」という叫びが重なる。
脇腹を刺し貫かれたオーガが、最後の力を振り絞り、ハルの左胸にその巨大な拳を叩きつけていた。
ハルはレンツィの叫びの理由が判らず、彼女のほうに向こうとしたところで、その鎚のような巨大な拳を受け、数m吹き飛ばされて、地面に叩きつけられた。
「ハル!」
レンツィの悲痛な叫びが、戦場にこだましていた。
その叫びが消える頃、遠くで鳴る甲高い笛の音が聞こえてきた。
ハミッシュはアルベリックと連携し、次々とオーガを葬っていった。
彼がオーガにダメージを与え、足が止まった所へ、アルベリックの針の穴を通すような正確な射撃で急所を貫く。
この連携で五体のオーガを葬り、周りには十体近いオーガが倒れていた。
彼の周りには、戦っているオーガの姿は既になく、横にいたヴァレリアたちも最後の一体を倒したところだった。
ハミッシュは周囲を見回していく。
彼の目には、多くの部下たちが傷つき、倒れている姿が映っていた。
そして、立って戦っている部下たちも、疲れが目立ち、動きに精彩を欠き始めていると感じていた。
(アッシュたちはまだ大丈夫そうだな……しかし、これだけの規模の群れだ。大鬼族の操り手が必ずいるはずだ……丘の上か……それともレイの魔法でやられたのか……)
ハミッシュがまだ戦っている部下たちの所に向かおうとすると、アルベリックの叫び声が聞こえてきた。
「丘の上! まだいるよ! どうするハミッシュ!」
彼が指差す先には、十体以上のオーガと、黒っぽいマントを纏った巨人――オーガと同じ三m程の巨人――が、彼らを見下ろしていた。
(クソッ! まだいたのか……こっちでまともに動けそうなのは、俺とアル、ヴァレリアくらいだ。いや、アッシュたちもいるな……荷馬車を守っている連中を回したとしても互角には程遠い。どうする……)
その時、その巨人――大鬼族――から、甲高い笛のような音が発せられた。
その音が草原に響くと、丘の麓で戦っているオーガたちは、その音のする方向を見上げ、傭兵たちを無視して、丘を登っていく。
傭兵たちは追撃しようとしたが、ハミッシュ、ヴァレリアの追撃命令がなく、更に丘の上にいる新たなオーガたちが気になり、追撃の手を出せないでいた。
ハミッシュは自分たちが助かったことが信じられなかった。
(助かったのか……なぜだ……)
呆然とオーガたちを見送る中、アルベリックが声を掛けてきた。
「どうやら、助かったみたいだね。レイ君の魔法が効いたのかも知れないね」
ハミッシュは彼の言葉の意味を図りかねる。
「どういうことだ?」
「魔族だって馬鹿じゃないよ。最初は倍以上の戦力であっという間に片付けるつもりだったんだよ。それが、あの魔法のせいで戦力を一気に均衡させられた上に、思った以上にこっちが強かった。ほぼ同数のオーガと、人間と亜人の混成部隊が戦ったら、どうなると思う? 普通に考えれば、こんな結果にはならないよ。弱気になってもおかしくないよ」
ハミッシュはその言葉に頷く。
「そうだな。確かに相手にしてみれば、格下だと思った相手を、鎧袖一触で粉砕するつもりだったんだろう。それが思った以上に強かった。戦略的に意味の無い戦いで、これ以上戦力を減らしたくない。確かに理には適っている」
(今日は助かった。だが、これだけの戦力なら、マーカット傭兵団でも互角に戦おうと思えば、三隊は必要だ。砦の守備隊なら、ほぼ全数の二百は必要だろう。それだけの戦力を魔族はラクスに持ち込んだ。だが、これだけの戦力であるはずが無い。嫌な予感がするぞ……)
ハミッシュは引上げていくオーガたちを見詰めながら、この先、何が起こるのかと、漠然とした不安が心の中に広がっていた。
隊長のヴァレリアは、引上げていくオーガたちを見て、膝が落ちそうになる。
(助かった……なぜ?)
オーガたちの姿から目を離すと、周りの状況が目に入ってくる。
(今はそれを考えるときではないわ)
彼女は傍で座り込む若い傭兵――八級の剣術士のザドク――に伝令を命じた。
「ザドク! ドゥーガルに連絡! 至急、治癒師をこちらに回せ!」
そして、倒れている仲間を助けるよう、大声で指示を出していく。
「動ける者はけが人の手当てをしろ! アルベリック殿! アル兄! 治癒魔法をお願い! レイ! まだ魔力があるなら、治療を頼む!」
(倒れているのは、一、二……六人。あれだけの戦力と戦って、これだけの損害なら十分少ないんだけど……団長たちとレイ君がいなかったら、全滅していたはず……)
ヴァレリアは全滅の危機にあったことに気付き、横槍を入れてきた騎士団及びキルガーロッホ公爵家に対して、怒りが込み上げてきた。
(本来なら、ブリッジェンドまでの契約だったはずなのに。ただの意趣返しでここまでするか……帰ったら、落とし前をつけさせてもらうわよ……)
怒りを隠し、ケガをしている部下たちに陽気な声で言葉を掛けていく。
「よくやったわよ、みんな。オーガを二十五匹以上倒しているから、結構なボーナスが出るわ。期待して待っていなさい」
倒れていた傭兵たちのうち、二人がすでに事切れていた。
一人は若い八級の女傭兵、もう一人は五級のベテランだった。そして、けが人の中にも、既に手遅れと思われるほどの重傷者がいた。それは、アシュレイの班の若い傭兵、ハルだった。




