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トリニータス・ムンドゥス~聖騎士レイの物語~  作者: 愛山 雄町
第二章「湖の国・泉の都」

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第三十話「雨中の辺境街道」

 魔犬の襲撃を退け、戦闘の後片付けを終えた頃には、完全に夜は明けていた。


 夜半から降り始めた霧雨は、依然降り続いており、草や木の枝に白いヴェールを纏わせている。


「メラクリーノ殿、これだけ血の臭いが充満していると、別の魔物に襲われる可能性がある。すぐにでも出発したいと思うが、準備にどのくらい掛かるのだろうか?」


「三十分、いえ、順次出発なら二十分で先頭は出発できますよ。それで良ければ急がせますが」


 ヴァレリアは頷き、傭兵たちの方に向かっていく。


「二十分で出発する。準備は出来ているな!」


 傭兵たちは「「はい!」」と大声で答え、御者たちの手伝いに走る。



 二十分後、朝食も取らず、先頭の荷馬車が出発していく。


 レイは馬上で携行食――干果と焼き菓子――を食べながら、先頭をいくハミッシュらの姿を見ていた。


(携行食があってよかった……しかし、ハミッシュさんとアルベリックさんの二人がいて助かった。ほとんど一撃で倒していたし、二人で八頭も倒している。僕たちだけなら、もっと時間が掛かっただろうし、けが人もたくさん出ただろう……確かに英雄だよ、あの二人は)



 一時間後、休憩に適した平地を見つけ、小休止に入る。


 レイはハルとハミッシュたちについて話していた。


「本当に凄いね、ハミッシュさんとアルベリックさんって」


 ハルは、少し興奮気味に、


「ほんと、そうっすよね。俺は団長が戦っているのを見たことがあるんで、そこまで驚かないですけど、初めて見た人はビックリですよね」


「僕もそう思ったよ。王国ラクス最強って言われてもピンとこなかったけど、目の当たりにすると声も出ないね」


 ハルはその言葉に笑いながら、


「でも、レイさん。あなたはその団長に負けを認めさせたんですよ。だから、もっと自信を持ってくださいよ」


 レイは慌てて否定する。


「あ、あれはまぐれだから。ハミッシュさんが油断しただけだし……」


「でも、仕留めた数は、団長が四頭、アルベリックさんが四頭、次がレイさんの二頭ですよ。相手は五級相当ですからね、十分凄いですよ。まあ、アシュレイさんとステラさんで二頭を仕留めてますから、そっちも凄いですけど」


 レイは自分の戦いを思い出して、


「僕が仕留めたのは最初の一頭だけだろ? その後は止めを刺すより、少しでもダメージを与えようと思っていたから、止めは別の誰かが刺したんじゃないの?」


「レイさんの魔法で六頭がダメージを負ったって聞きました。その内、二頭はアルベリックさんが止めを刺して、二頭は隊長たちが止めを刺したんですけど、二頭は魔法で受けた傷しかなかったって話でしたね」


「まぐれ当たりがいたんだ」


 レイはあの忙しい戦いの後に、わざわざそれを調べている理由が判らなかった。


「でも、何でそんなことを調べているんだい?」


「後で魔晶石の分配をするんです。共同で倒した分はそれぞれが均等に分けられるんですけど、単独の物は一人取りですからね。五級ですから、結構な小遣いになりますよ」


「そうなんだ。で、ハルはどうだったんだ?」


「レンツィさんと何とか一頭を仕留めましたよ。って言っても、ほとんどレンツィさんが攻撃してましたけどね」


 レイは倒した数で評価されるシステムに疑問を持つ。


「そうか。でも、中に入れなかったんだから、そっちの方がえらいと思うんだけどな……」


「大丈夫ですよ。そういうところは隊長や副隊長が見て、ボーナスを出してくれたりしますから。そうじゃなければ、治癒師なんて、無茶苦茶不利ですからね」


(なるほど……でも、大変なんだろうな、隊長って。効果が目に見えないものを評価しなければいけないんだから……)



 小休止も終わり、再び街道を進んでいく。


 正午を過ぎると、霧雨だった雨は、徐々に本格的な雨になっていった。


 払暁の襲撃により、商隊は予定より早く出発していた。

 だが、道はぬかるみ、馬たちが何度も足を取られる。そのため、宿泊予定地に到着した時間は、予定時刻を大幅に過ぎた午後五時頃になっていた。


 昨日と同じように円陣を組み、荷馬車を利用したテント――タープのような簡易なテント――を作っていく。

 レイとハルは昨日同様、馬の世話を任され、彼らは馬たちをテントの下に連れて行き、雨で濡れた体を拭いていく。

 馬たちの世話が終わると、辺りは薄暗く、既に午後六時を過ぎているようだった。


 急いで灯りの魔道具を設置していき、ようやく濡れそぼった体を休めることが出来た。


(雨が降るだけでも、難易度が一気に上がるんだ。これが雪や嵐なら、どうなるんだろう……)


 大きな焚き火を起こすことが出来ないため、各テントで火を起こし、食事を取っていく。

 干し肉を出汁にした塩味のスープと保存が利く固パン、それに干果が出される。


(さすがに昨日より簡単なものだな。僕の場合、野営は三日以上できないな……予定通り明日の夜は、村に着いていたいものだよ)




 その夜の不寝番も昨日と同じ体制で行われていく。

 幸い、その夜は魔物たちの襲撃もなく、平穏な朝を迎えることができた。


 夜が明けても、まだ雨は降り続いていた。

 だが、雨足は弱まりつつあり、厚かった雲もところどころに隙間が見えるようになっていた。


(止んでくれると助かるんだけどな。まだ道はぬかるんでいるし、今日も到着は遅くなるんだろうな……)



 簡単な朝食を済ませ、商隊はゆっくりとしたペースで動き始めた。


 レイの予想通り、道のぬかるみは酷くなっており、隊列の後ろに行くほど、荷馬車の車輪が作る轍が深くなっていく。


 後方では何度か荷馬車の車輪が轍に嵌りこみ、立ち往生していた。そのため、商隊はその都度、停止し、予定の半分程度の速度でしか進めていなかった。



 午前十時頃に雨が止み、商隊の全員がホッとした表情になる。

 だが、道のぬかるみは改善されず、正午をかなり過ぎた時刻になっても、商隊の速度は全く上がっていなかった。

 隊長であるヴァレリアは、この先のボグビー村に向かうか、適当な場所で野営するかの決断を迫られていた。


(あと七、八kmはある。この速度なら三時間、下手をすれば四時間は掛かる。日没まで後四時間くらいか。すでに皆に疲れが見えるが、強行するか……)


 ヴァレリアはボグビー村に向かうことを全員に伝える。

 皆からは歓迎の声が上がっていた。

 初日の夜襲、二日目からの雨に皆、暖かいベッドを求めていたのだった。


 小休止をいれ、商隊はゆっくりとした速度を変えず、街道を東に進んでいく。



 六月十三日の午後七時、本日の目的地であるボグビー村に到着した。


 既に日は落ち、薄暗くなりつつあったが、御者たちは荷馬車を村の中心にある広場に整然と停めていく。

 傭兵たちも自分たちの馬の世話だけでなく、御者たちの作業も手伝い、少しでも早く休息しようと努力していた。


 そんな中、ヴァレリアはメラクリーノと明日以降のスケジュールについて、協議していた。


「明日もここに泊ることにしたいのだが、どうだろうか?」


「そうですね。皆も疲れていますし、馬たちも。道もまだぬかるんでいるでしょう。期限には余裕があります。ヴァレリア隊長のご指示に従いましょう」



 ヴァレリアは荷馬車の周りで働く、傭兵や御者たちに向かって、


「明日もここボグビー村で泊ることになった! 今日はゆっくりと休んでくれ!」


 そう言うと、御者、傭兵を問わず、全員から歓迎の声が上がる。

 そんな姿を見ながら、レイも疲れが溜まっているのは自分だけではないとホッとしていた。


(みんなも、疲れているんだ。明日はゆっくりさせてもらおう)


 ヴァレリアは各班長を集め、


「済まないが、この村の宿泊施設は御者と商人でほぼ埋まる。村長に交渉に行くが、村人の家に分宿することになるかもしれん。不寝番も必要だ……」


 班長たちは命令を受取ると、それぞれの班に帰っていく。

 アシュレイは、ふと振り返り、ヴァレリアの姿を見つめていた。


(ヴァル姉もかなり疲れているようだな。父上とアル兄がいるが、一切相談していないようだし、明日の休みはちょうど良かったのかも知れない……)



 村長はあの(・・)有名なハミッシュがいると知り、自分の家と数軒の家を、傭兵団の宿として提供すると、申し出てきた。


 アシュレイたち五班の不寝番の順番は、一番目の午後八時から十時までとされ、村長の家の裏にある八人家族の家が、仮宿舎と決められていた。


 夕食を取る間もなく歩哨に立つため、レイは寝不足と長旅の疲れに、一気に崩れ落ちそうになる。


(眠い……座り込んでしまいたい……)


 そんな彼の横にステラがやってきた。


「レイ様、お疲れのようですが、大丈夫でしょうか?」


 ステラの気遣いに目を丸くしたレイは、


「あ、ありがとう。大丈夫だよ。あと二時間だけ我慢すれば、明日はゆっくり出来るしね」


「私が見張りをしますから、御者台に座られてはいかがでしょうか?」


「大丈夫。ステラも疲れているんだし、みんなも頑張っている。僕だけが休むわけにはいかないよ。でも、ありがとう」


 ステラは軽く頭を下げ、自分の持ち場に戻っていった。


(ステラが自発的に気を使ってくれた……僕だからかもしれないけど、これはいい傾向かも知れない……)


 レイはステラの変化を感じ、先ほどまで感じていた重い疲労感が少し和らいだような気がしていた。



 不寝番を交替し、割り当てられた民家に向かう。

 レイは疲れた体を引き摺るようにして、アシュレイたちについていった。

 アシュレイはレイ、レンツィ、ハルの三人を順に見つめ、


「ここが今日と明日の宿になる、イーノス殿の家だ。宿ではないからな。はめを外しすぎるなよ」


 三人は「「了解」」と言って肩を竦める。



 イーノスの家はこの村では裕福な方なのか、周りの家より一回り大きい。屋根は茅葺だが、中には四部屋あり、三世代八人が暮らしているという。


 アシュレイが「マーカット傭兵団の者だ。今宵の宿を借りに来た」と入口の前で叫ぶと、四十歳くらいのがっしりとした体つきの男が扉を開ける。


「イーノスです。村長から聞いております。どうぞ」


 イーノスはのっそりとした口調で話し、彼らを中に招き入れた。


 中は薄暗く、灯りの魔道具は一つしかない。

 田舎では深夜と言える午後十時ということもあり、彼と妻のコニー以外の家族は、既に眠りについていた。


 妻のコニーが、かまどに掛けてある鍋から、夕食を取分け始める。

 出されたのは、何かの肉のスープで、冷えて疲れきった体に染み渡っていくようだと、レイはホッと息を突いていた。


(ふぅ。ようやく人心地つける。本当に疲れたよ。今晩も何事もなく過ぎてくれよ……)


 彼らは用意された食事を平らげ、奥の居間のような部屋に通される。

 イーノスは申し訳無さそうに


「寝台が少なくて申し訳ないです」


 寝台が二台と、床に敷き藁が敷かれ、その上に布が掛けてある簡易の寝台が作られていた。


「レンツィとハルが寝台を使ってくれ。私、レイ、ステラは床で寝る」


 アシュレイの指示にレンツィとハルが抗議の声を上げるが、


「早く休みたい。明日はどうするか相談するが、今日は指示に従ってくれ」


 二人も疲れていたため、それ以上の抗議の声は上げず、すぐに装備を外して横になる。

 レイも装備を外してから、トイレにいく振りをして、自分に清浄の魔法を掛ける。


(本当は湯で拭きたかったんだけどな……)


 彼は汚れを落としたことに満足し、ゴロリと床に転がる。

 彼が横になると、アシュレイとステラが両側から毛布の中に入ってきた。


(えっ? 自分の毛布があるんじゃないの?……)


 ちょうど、川の字のように寝ることになり、彼はその状況に戸惑っていた。

 体は疲れているはずだが、アシュレイとステラの女性特有の匂いが、彼の鼻をくすぐり、目が冴えてしまう。


(アッシュは、レンツィさんもハルもいるから、僕が手を出せないと判ってやっているのかな? この状況は拷問に近いよ……)


 だが、体の疲れの方が強かったのか、十分もしないうちに彼も夢の中に落ちていった。



 翌朝、目を覚ますと、レンツィがクスクスと笑っている。


「両手に花って、こういうことを言うのね。私も混ぜてもらおうかしら? ふふふ」


 ハルも目を覚ましており、


「レイさん、当てつけなくても……どうせ、僕はもてませんよ。レンツィさん、僕を暖めてください」


 ハルの演技がかった仕草に、「あら、いいわよ」と、レンツィが素直に頷く。

 ハルが驚いた顔になったところで、


「それじゃ、外に行くわよ。訓練で温まるんでしょ?」


 ハルの顔が情けない表情に変わると、ステラを除く三人は大笑いしていた。



 部屋を出ると、イーノスの家族は、すでに食事を済ませており、皆、仕事に出たのか、主人のイーノスと妻のコニーしかいなかった。


 昨日と同じようなスープと豆を茹でたものが食卓に並ぶ。

 昨夜は疲れていたため、いつもより食べる量が少なかったのか、五人は黙々と食事を平らげていった。


(結構おいしい。いつもの食事と同じなのか、それとも僕たちのために特別に用意してくれたのか、どちらなのだろう? それにしても八人家族だと聞いたんだけど、イーノスさんと奥さんにしか会わないな。昨日はともかく、今日はまだそんなに遅い時間じゃない。傭兵だから避けられているんだろうか?)


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