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トリニータス・ムンドゥス~聖騎士レイの物語~  作者: 愛山 雄町
第二章「湖の国・泉の都」

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第二十九話「夜襲」

 翌日の早朝、商隊はブリッジェンドの街の東門前に集合していた。


 昨夜は、心配された冒険者たちとのトラブルはなかった。どうやら、五番隊の傭兵たち、特に班長クラスのベテランたちが、尊敬する団長に恥をかかせまいと、注意していたことが功を奏したようだ。



 空を見上げれば、先行きを不安にさせるような曇り空が広がっている。

 すぐに雨が落ちてきそうな感じは無いが、どんよりとした厚い雲が垂れ込め、冷たい風が馬上の傭兵たちの間を抜けていく。



 ヴァレリアの良く響く“出発!”の声で、商隊は次々と門を出ていく。


 門を出ると、街道はそれまでより細く、雑木林といった感じの林の中をうねるように伸びていた。そして、すぐにきつい上り坂になり、商隊の荷馬車の速度は昨日までと比べ、極端に低下していた。


 更に、護衛たちの配置は昨日までと同じだが、狭い道を行くため、どうしても隊列は延びてしまう。そのため、昨日までとは打って変わり、護衛たちの情報伝達も困難を極めていた。


(確かにブリッジェンドまでなら、五番隊だけでも十分だ。でも、この道を見れば、僕たちだけでは警備しきれないっていうのは正しい判断だ……それなら、最初から言っておいて欲しいし、僕にだけ言うなんてことは止めて欲しかったな。あの後、ヴァレリアさんに絡まれて大変だった……)


 レイは昨日の夕食時の様子を思い出し、げんなりとしていた。


(これからは、アルベリックさんには気を付けよう。どうも僕は、彼の弄りキャラ(おもちゃ)になりつつあるような気がする……)




 一日目は、上り坂をひたすら登っていく。

 午後三時頃、上り坂もようやく終わりを見せ、その先には小さな丘が連なる草原が続いていた。

 周りの植生も、雑木林から、背の低い木とススキのような草に変わり、荒涼とした風景に変わっていた。


(どこか荒れ果てた感じがする風景だな。曇り空ってことも関係しているんだろうけど、今までの森と湖、草原といった美しい風景から、一気に“辺境”って感じになったな……)



 午後四時頃、草原の中にある小川の近くに今夜の宿泊地を定め、夜営の準備を始めていく。


 アシュレイは班員たちに指示を飛ばしていた。


「レンツィは炊き出し班へ、ハルはレイと馬の世話をしてくれ。ステラは私と周囲の状況を偵察に行く。その後は……」



 レイはハルと共に、荷物を下ろした五頭の馬たちを小川に連れて行く。


「レイさん、馬は下流側に連れて行ってください。水を飲ませながら、蹄の状態なんかを確認してください。その後は……」


 ハルの指示を聞きながら、レイは何とか馬の世話をこなしていく。

 水を飲ませた後、草の多い場所に連れて行き、自由にさせる。


「馬はこれでOKですから、次は灯りの魔道具の設置です。荷馬車の上に三つずつ置いていきます……」


(いろいろやることがあるんだな。しかし、守る範囲が広いな。荷馬車を円陣のように並べているけど。直径五十mくらいになるな……)


 既に荷馬車は、馬を外され、二重の円形に並べられていた。

 円陣の中心にキャンプファイアのような大きな焚き火が準備され、その横では傭兵や商人たちが大きな鍋で調理を始めている。


(僕たちが三十人弱、御者が五十人、商会の人たちが十人くらいいるから、全部で九十人か。結構な人数だな。それだけの人数に野外で料理したものを出すから、味は期待できないか。だから、個人でいろいろ調味料なんかを揃えるのか……)


 ハルと共に灯りの魔道具を設置し、それが終わると、馬を集めに行く。


 レイの愛馬トラベラーは、彼が寄っていくと、嬉しそうに顔を近づけていく。


「お疲れさん。夜は円陣の中に入るんだってさ。もう少し、ゆっくりさせたかったんだけどね」


 彼が馬に話し掛けている姿を見たハルは、不思議そうな顔をしている。


「レイさんは馬と話せるんですか? いつも話し掛けているみたいですけど?」


 レイは笑いながら、首を大きく横に振り。


「まさか、そんなことはないよ……こいつは頭がいいんだ。だから、言っていることが判るみたいなんだよ。それに大事な仲間だから、労わってやった方がいいと思っているだけなんだけど……変かな?」


「そんなことはないですけど、馬に話し掛けるなんて、厩番のバートさんくらいですからね。ちょっとビックリしているだけですよ」


 他愛のない会話をしながら、二人は夜営の準備を進めていった。



 ステラはアシュレイと共に周囲の偵察に向かっていた。

 腰くらいの高さの低い木や、細長いイネ科の草が生えているだけで、特に危険な気配はなかった。ただ、草叢の中には、爪を持った四足の動物の足跡を複数見付けていた。


 アシュレイは、高さ二mほどの岩の上に立ち、周囲を見回しながら、


「何か気配はあるか? ステラ」


「いいえ、今のところ、特に危険な感じはしません。ですが、狼のような足跡があります。新しくはありませんが」


 狼と聞き、アシュレイは岩から飛び降り、「数は判るか?」と尋ねる。


「いえ、五頭以上いたのは間違いないのですが、正確な数までは。狼より少し大きい感じがします……」


「判った。よく見付けてくれた。隊長に報告に行くぞ」



 アシュレイから、狼の足跡があると聞いた五番隊隊長のヴァレリアは、難しい顔になる。


「狼か、魔犬か……数が多いと厄介だな。どのくらい前のものか判るか?」


「三日ほど前ではないかとのことです。そうだな、ステラ」


 アシュレイの問い掛けに、ステラは黙って頷く。


「判った。班長連中を召集する。アッシュはここにいてくれ。ステラは戻っていいぞ」


 アシュレイが目で合図すると、ステラはレイたちのところに戻っていく。

 その姿を見たヴァレリアは、班長たちを召集するよう命じた後、


「どうにかならないか。役に立つことは認めるが、こうもお前たち以外の言うことを聞かないとなると、ここには置いておけないよ」


「判っています。ですが、どうしていいのか……レイが言うには少しずつ変わってきていると言うのですが、私にはよく判らないのです」


 ヴァレリアも「そうか……」と呟いただけで、その後は特に何も言わなかった。



 班長たちと協議したヴァレリアは、夜の警備体制を二班体制にすることにした。

 午後八時から午前六時までを二時間ずつに区切り、一班ずつずれるように四時間ずつに振り分けていく。アシュレイの五班は、最後の四時間、午前二時から午前六時まで、最初の二時間は四班と、最後の二時間は一班と一緒になる。


「そのまま、出発になる。少し辛いかもしれんが、頼んだぞ」


 ヴァレリアのその言葉にアシュレイは肯き、レイたちのところに戻っていった。



 アシュレイから午前二時から六時までが担当と聞かされ、レイはがっくりと肩を落とす。


(休憩なしでの出発になるのか。誰かがやらなければ、いけないんだろうけど、しんどそうだな……)


 午後五時過ぎに夕食の準備が整い、中央にある大きな焚火を囲む。

 夕食は肉と野菜のごった煮風に、ブリッジェンドの街で買っておいたパンだった。


(意外とおいしい。空腹だからか、それともキャンプ気分だからかな。こういう雰囲気だと、カレーが食べたい。カレー粉ってないのかな……)


 レイは小学生の頃に行ったキャンプを思い出し、そんなことを考えていた。



 夕食後は、警備の傭兵以外、皆すぐに横になる。


 レイたちも装備を外さず、毛布に包まり、誰ひとり無駄口はきかず、横になっている。

 レイはなかなか眠りに付けず、ようやく寝付いたと思ったら、すぐに交代時間になり、アシュレイに起こされる。


(もう少し寝たかったな。日本にいた頃の感覚がまだ抜けないのか、早い時間に寝るのは苦手だな……もう二ヶ月以上経っているのに)



 彼らが歩哨に立ってから、一時間ほど経った午前三時頃。

 細かい霧のような雨が降り始める。

 標高が高く、纏わりつくような冷たい雨に、体力が奪われていく。


(最悪だな。いや、本降りじゃないだけましか……あまり雨が降ると、あの狭い街道はぬかるんでしまうんじゃないだろうか? それより、この霧雨のせいで視界が狭くなっている。ステラが見付けた狼たちが襲ってこなければいいんだけど……)


 アシュレイもレイと同じく、この状況を憂慮していた。


(不味いな。視界は狭まる、獣人の嗅覚、聴覚も効き辛くなる……警戒を怠らないように念を押しておいた方がよいかもしれん)


 アシュレイはレイ、レンツィ、ハルに警戒を強めるよういい、ステラを自分の近くに呼び寄せる。


「お前の察知能力に期待している。少しでもおかしいと思ったら、間違ってもいい、すぐに教えてくれ」


 ステラは「判りました」と答え、暗闇を見通すかのように、周囲に不審な気配がないか、探りを入れていく。



 午前四時。

 ヴァレリアたち一班が警備に加わる。

 アシュレイは、今のところ異常がないことを伝えていた。


「今のところ、問題はありません。この霧雨が鬱陶しいですが……」


 その言葉にヴァレリアは頷き、自分たちの持ち場に向かっていく。


(“今のところ”か……何か感じているのかな? ステラちゃんを手元に置いているところを見ると……こっちも気合を入れておいた方がよさそうね)


 彼女は自分の部下たちに、気を抜かないよう喝を入れ、周囲を警戒していく。



 レイは薪が爆ぜる音と、時々嘶く馬の声を聞きながら、冷たい霧を見つめている。


(いつもなら、もうそろそろ、空が白み始める頃なんだけど、今日はもっと遅くなるな。このまま、何も起こらなければいいけど……)


 そう考えた瞬間、アシュレイの鋭い声が辺りに響いた。




 アシュレイはどうしても嫌な予感が頭から離れない。


(首筋がチリチリする。こういう時は必ず何かが起こる。油断するな……)


 ステラの小さいが鋭い声が彼女の耳を打つ。


「アシュレイ様、何か来ます。十以上の気配、いえ、十五以上います。狼? 違う、魔犬です!」


 アシュレイはその言葉を聞き、すぐに大声で叫んでいた。


「敵襲! 敵襲! みんな起きろ! 魔犬が十五頭以上! 東側から接近中! レイ、魔法で迎え撃て! レンツィ、ハル! 円陣内に入れさせるな!」


 彼女の声にヴァレリアが反応する。


「総員起きろ! 弓術士は荷台の上から狙撃! 三班は円陣の外に出ろ! 二班、四班は中に入った奴を仕留めろ! ドゥーガル! 中の指揮は任せた!」


 ヴァレリアは叫びながら、アシュレイたちに合流するため、全速力で走っていく。


 彼女がアシュレイたちに合流する前に、魔犬イビルハウンド――仔牛ほどもある大型のハイエナに似た犬――たちとアシュレイたちの戦端は開かれていた。




 レイはアシュレイの言葉を聞き、光の連弩を準備し始めていた。


(数は十五以上。魔犬か……確か灰色狼より危険な犬型の魔物だったはず。光の矢では一撃で仕留められない。牽制に徹して、時間を稼ぐ……)


 三連射の光の連弩を十秒ほどで作り上げ、目標を探す。


 魔犬たちもアシュレイの叫び声を聞き、奇襲が失敗したと思ったのか、一気に彼女たちに向かって走り出していた。


(よし、先頭の魔犬に二発。その後ろに一発……)


 彼は先頭を走る魔犬に向け、一発ずつ狙いを定めて、撃ち込んでいく。

 一本目は前足の付け根に、二本目は柔らかい脇腹に突き刺さり、その魔犬はつんのめるように転がっていく。

 三本目をその後方を走っていた魔犬の後ろ足に命中させると、荷台に上り、更に回り込む魔犬を狙撃することにした。


(アッシュにはステラが付いている。僕がやらなければいけないのは、出来るだけ多くの魔犬にダメージを与えること。そして、中に入れないこと……アッシュ、ステラ、無理はするなよ)


 レイはアシュレイたちに向かった魔犬ではなく、円陣内に入ろうとしている魔犬を狙って単発の光の矢を撃ちこんでいく。



 アシュレイとステラは、荷馬車を背に三頭の魔犬と対峙していた。


「ステラ、殺すことより中に入れないことを考えろ。自由に戦っていいが、決して無理はするな」


 ステラは「はい」と答え、すぐに魔犬たちの中に突っ込んでいった。


(無理はするなといったのだが……ステラのスタイルなら、乱戦になった方がいいのだろうが……)


 アシュレイはそんなことを考えながら、目の前の魔犬を斬り裂いていった。




 ハミッシュとアルベリックは、アシュレイの叫び声を聞き、すぐに飛び起きる。


「アル、援護は任せる。俺は前に出る」


 アルベリックが頷くのを確認もせず、ハミッシュは抜き身の大剣を担ぐように持ち、アシュレイたちに合流しにいった。



「団長だ! 団長が前線に出るぞ!」


 傭兵の一人がハミッシュに気付き、大声で叫ぶ。

 その叫びに、戦っている傭兵たちは、一気に士気が上がっていた。


「団長に手柄を持って行かれるな! これは俺たちの仕事なんだぞ!」


 やる気になった傭兵たちは、魔犬たちを一気に押し込んでいく。


 隊長のヴァレリアは、


(やれやれ。団長にいいところを見せようと、頑張っているわね。それにしても、団長のあの剣捌きは惚れ惚れするわ。おっと、私も前に出ないと獲物がいなくなってしまうわ……)


 ヴァレリアはやや後方から全体を見回していたが、自分たちが優勢であると判断し、自らも前線に向かって走り出していた。



 ハミッシュは、アシュレイに襲い掛かろうとしていた魔犬を、ただ一太刀で両断する。

 その様子を目の当たりにした魔犬たちは、戦意を失ったのか、グルグルという不気味な唸り声を止め、ジリジリと下がる。

 一際大きな魔犬が、ゆっくりと現れ、仲間たちと襲い掛かるタイミングを計っていた。


「犬風情が小賢しい!」


 ハミッシュはそう叫んだあと、レイとの模擬戦で見せた爆発的な移動で、一気に魔犬たちとの間合いを詰める。

 魔犬たちは驚く間もなかった。ボスらしき大型の魔犬は動くことすらできず、ハミッシュの大剣に叩き切られていった。


 レイはその姿を目にし、魔法を撃つ手を思わず止めてしまった。


(す、凄い……あの巨大な剣で断ち切りながら、次の瞬間には別の敵を攻撃している。ここから見ても速すぎて目で追えない。敵から見たら瞬間移動しているようにしか見えないんだろうな……うん? よく見るとハミッシュさんに精霊の力が集まっているように見えるんだけど、気のせいかな?)


 彼の目にはうっすらとだが、精霊の力がハミッシュの体を包んでいるように見えていた。


(魔法の一種なのかな? 気功とかそんな感じなのかな?……今は戦いに集中しないと……)


 彼は円陣に入ろうとする魔犬がいないか、周囲を見回していく。

 アルベリックの姿が目に入り、再び、目を奪われてしまった。


 アルベリックは荷馬車の上に立ち、弓で魔犬たちを狙撃しているのだが、その矢の威力が尋常ではなかった。

 体長が二m近い大型の魔物である魔犬に対し、彼の放つ矢はその頭を完全に貫通していたのだ。


(ただの矢だよね……一抱えくらいある頭蓋骨、それも顎の発達した魔犬の頭蓋骨をあっさりと貫通するなんて……攻城弩バリスタじゃないんだから、あり得ないよ……)


 アルベリックが放つ矢が次々と魔犬たちを葬っていく。

 彼はレイの視線に気付いたのか、にっこりと笑い、撃つ手を止めて、軽く手を上げている。


(この人()化け物だ……アルベリックさんって、二級だっていっていたよな。三級と二級では大きな壁があるっていう話は本当なんだ……)



 魔犬の襲撃から二十分、空がうっすらと白み始めた午前五時前に戦闘は終了した。

 最終的に十六頭の魔犬を仕留め、二、三頭を逃がしたのみだった。

 御者や商人、馬たちに損害はなく、傭兵側の負傷者も軽傷者がわずか二名と完全な勝利を収めていた。



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