第二十八話「団長合流」
馬の世話を終え、宿に入っても、まだ午後四時。
レイはこれからどうするつもりなのか、アシュレイに尋ねていた。
「まだ時間が早いけど、どうする? ブラブラ街でも見に行く? ゆっくりと休む? それとも訓練で汗を流す?」
「レンツィ、ハル、何か希望はあるか?」
レンツィは少し気だるそうに、
「あたしは夕飯までゆっくり休ませて貰うよ。街を見に行きたいなら、四人で行ってきたらどうだい?」
ハルも同じように「俺も宿で休んでいます」と答えていた。
「明日、明後日は、また小さな町だから、不寝番が待っている。今日はゆっくり休んだ方がいいだろう。街を見たければ帰りでも見られる」
(夜は長いし、一時間くらい汗を流すかな。レンツィさんは付き合ってくれるかな?)
部屋に向かうレンツィを「レンツィさん、ちょっといいですか?」と捕まえ、
「今から長剣の練習をしたいんですけど、少し見てもらえませんか?」
「あら、真面目ね。いいわよ。どうせ、ベッドに転がってるくらいしかすることがないから。でも、いいのかしら、アシュレイを放っておいて」
相変わらず、年上の女性にからかわれるなと思いながら、
「大丈夫ですよ。アッシュも多分、訓練に来ますから。もちろんステラも」
「あら、そうなの。残念……」
レイは荷物を部屋に放り込むと、宿の裏庭に向かっていった。
レンツィの指導の下、レイはステラとの模擬戦を繰り広げていた。
「腕の引きが遅い! 長剣は剣先の十cmを突っこむくらいの気持ちでちょうどいいんだ! 動きの速い相手に大振りはいらないよ!」
隣ではレイの予想通り、アシュレイが素振りをしており、結局、疲れていたハルも参加していた。
一時間ほど訓練で汗を流した後、浴室に向かう。
ここコーロルトも水が豊かで、宿には簡易ながらも浴室が備えられていた。
湯で汗を流し、さっぱりしたところで夕食に向かう。
料理はレンツィの言ったとおり、野鳥料理がメインで、雉か山鳥のような鳥のグリルが供される。
口に入れると、野趣溢れる肉の味が広がり、その独特の臭みと自慢のエールが、絶妙のマリアージュとなっていた。
「うまい! おいしいですよ、レンツィさん!」
レイは思わず、叫んでしまうが、その横ではアシュレイも満足そうに料理を口に運んでいく。
「そうだろう。前に来た時にここを見つけてね。ここを贔屓にしているんだ。ステラはどうだい?」
話を振られたステラは、「はい、おいしいです」と一言答えるが、相変わらず酒には口を付けていなかった。
「ステラも少し飲もう。野鳥とエールが抜群に合うから」
レイの一言で、ようやくエールに口を付ける。
そして、少し目を見開き、「本当においしいです」と驚いていた。
レイは満足そうに頷き、
(このまま、話の輪に入ってくれるといいんだけど……)
レイがステラを見ていると、ハルがレイに話しかけてきた。
「レイさんって、こういう大きな護衛が初めてなんでしょ。結構大変だと思いません?」
「確かにそう思う。まさか、こんなにいろいろ仕事があるとは思っていなかったよ。アッシュとコンビを組んでいたときには、数両の荷馬車の護衛だけだったし、それも二日くらいの短い護衛だったからね」
「俺も初めてのときは、てんてこ舞いで失敗ばかりでしたね。二年前の話ですけどね」
「今でも”失敗ばかり”はあんまり変わっていないんじゃないかい。危なっかしいからって、副隊長の下に何年いたんだっけ?」
レンツィがハルをからかうと、
「それは内緒にしておいて下さいよ。俺も来年には六級に上がるはずなんですから」
「来年? レベル二十三だったな、ハルは。じゃあ、あと三年は掛かるな。なあ、アシュレイ?」
振られたアシュレイは、ハルのヒョロっと背が高く、頼りなげなその姿を上から下に見ていく。そして、真面目な顔をして、彼に語り掛けていく。
「そうだな。三年は掛からんだろうが、一年半では難しいかも知れんな。大規模な戦闘でも起こらん限りな」
それを聞いたレンツィは、手を大げさに振りながら、
「いやいや、大規模な戦闘なんか起こったら、こいつは一番にやられちまうよ。だから、無理だよ」
「そんな……アシュレイさんもレンツィさんも酷いですよ。レイさん、何とか言って下さい」
ハルの情けない声に、レイ、アシュレイ、レンツィの三人は笑いの発作に襲われる。
(アッシュもこういう冗談が言えたんだ。違うか? ようやく言えるようになったのかもしれない。レンツィさん、ハル。本当にいい仲間だよ……)
レイは一頻り大笑いした後、
「そのレイさんって言うのはやめて欲しいんだけど。だって、歳は同じだろう?」
ハルは恐れ多いとでもいうように、大きく顔を横に振りながら、
「そりゃ、無理ですよ。だって、レイさんは五級、俺は七級の駆け出し。この世界は実力が物言うんですから」
横にいるレンツィも、さっきまでのふざけた口調から、急に真面目な口調になる。
「そうだよ。あたしのことも”レンツィ”でいいんだよ。あんたの方が実力は上なんだし。第一、あの団長に認められた男なんだ。あんたが隊長連中と”タメ”で話しても、誰も文句は言わないはずだよ」
(実力社会って言っても、そこまでは割り切れないな)
「実力ねぇ……でも、僕は仕事が出来ないからね。やっぱり先輩には敬意を表しないと。なあ、アッシュ?」
「ああ、レイはそのままでいいと思う。まあ、もう少し堂々としてもいいとは思うがな」
ステラは四人の話に加わらなかったが、彼らの楽しそうな雰囲気に、
(この雰囲気は好き。何がいいのか判らないけど、なぜか笑顔になれる。なぜなのだろう?)
彼女の顔には少しだけ笑みが浮かんでいた。
コーロルトの街を出発すると、緩やかな上り坂が続き、徐々に標高が上がっていく。街道の周りの風景も麦畑から牧草地に変わっていった。
コーロルトを出発してから三日目の夕方、一行はブリッジェンドの街に到着した。
ブリッジェンドの街は、切り立った岩壁に囲まれた渓谷の中に作られていた。街の西側と東側に城壁があり、南北はその切り立った崖が城壁の代わりになっている。
街の中心をきれいな渓流が流れ、その両側に段状に家が建てられている。
(なんか、三国志なんかに出てくる”関”みたいだな。それにしても、この小さな街が東部にある最後の”町”なんだ。この先には小さな開拓村くらいしかなく、チュロックの砦が魔族の侵攻を防いでいるって話なんだよな)
ブリッジェンドの街は人口三千人で、主な産業は、この辺りにいる魔物の魔晶石の加工である。この街には魔物を狩る冒険者たちが多く、常時三百人以上が魔物を狩っている。
(人口の十パーセントが冒険者か……凄いな。それだけ、魔物が多いってことなんだろう。冒険者も三級以上の凄腕が十人以上いるって話だから、相当な大物も出るんだろうな……)
街に入ると、コーロルトと同じように商業ギルドで解散となるが、この街には冒険者が多いため、無用なトラブルを避けるという理由で、傭兵や商人たちがよく利用する宿に、全員で向かうことになった。
宿に着くと、ヴァレリアから、ここから先は二十四時間体制だから、ここで存分に羽を伸ばすように、ただし、冒険者たちとのトラブルは起こさないようにとの訓示があった。
(ここから先は野営の方が多い。ここで英気を養っておかないと、あとが辛くなりそうだ)
街の西門ではちょっとした騒ぎが起こっていた。
二人の傭兵、巨大な両手剣を背負った壮年の男と、合成弓を持つエルフの青年が門をくぐったからだ。
ベテランの冒険者らしき男が、仲間と小声で話している。
「おい、あれは、マーカット傭兵団のハミッシュ・マーカットじゃないか。フォンスで一度見たことがある……」
「そうだ。あの大剣と、隣にエルフ。”赤腕ハミッシュ”と”鎧通しのアル”で間違いねぇ」
二人の傭兵はざわめきを引き連れながら、馬を進めていく。
「ここでも、こうなるね。やっぱり」
「ああ、面倒なことだ」
二人の傭兵は苦笑しながら、宿に向かっていた。
レイたちが食堂に向かうと、入口の方で歓声が上がっていた。
何が起こったのだろうと、五人で向かうと、ハミッシュとアルベリックの二人が入口に立っていた。
「父上……アル兄……なぜここに……」
アシュレイは父親たちがここにいることに驚き、立ちすくんでいた。
(ここで追いついたのか。明日から危険な地域に入るから、タイミングを計っていたのかな?)
レイはアルベリックから聞かされていたため、驚くことはなかったが、絶妙のタイミングに小さく笑っていた。
その姿を目にしたアシュレイが、
「レイは知っていたのか? 父上たちがここに来ることを」
レイは「ごめん、アルベリックさんに口止めされていたんだ」と言って頭を下げ、
「今回の件は、メラクリーノさんのためでもあるそうなんだ。五番隊だけで不安だけど、公爵の圧力で泣く泣く出発させられたから」
「そうか……アル兄に口止めされていたなら仕方が無いが、ヴァル姉が一荒れしそうだな」
ハミッシュとアルベリックの前にヴァレリアが立っていた。
その表情は怒りに満ち、いつもの飄々とした雰囲気は微塵も無い。
「団長はなぜここにいらっしゃるんですか! 私が信用できないということなのですか!」
「い、いや、そういうわけではないんだがな……」
ハミッシュにしては歯切れが悪く、その態度が更に彼女の怒りを誘う。
ヴァレリアが更に言い募ろうとしたとき、アルベリックが静かに彼女に話しかけていた。
「僕とハミッシュは、ギルド長の依頼を受けて、チュロックの砦を視察に行くんだよ。それが偶然、ヴァレリアたちと同じ時期になっただけ……」
ヴァレリアは、「しかし!」と叫び、彼の言葉を遮る。
アルベリックはなおも笑顔を崩さず、
「偶然なんだから、ラッキーってくらいに思っておけばいいんだよ」
怒りが収まらないヴァレリアは、なおも言い募っていく。
「この時期に視察だなどと、あからさまではないですか! 大事な娘を私には預けられないということですか!」
興奮するヴァレリアにアルベリックが冷たく言い放つ。
「ヴァレリア、君も強くなったものだね。この先の危険性を判った上で、言っているのかい? 僕たちがいなくても、商隊に損害を出すことなく、チュロックにたどり着けるとでも言いたいのかい?」
アルベリックの冷たい視線にヴァレリアの声が震える。
「しかし……元々、我々五番隊だけで十分と判断されたものではないのですか……」
「違うよ。エリック――メラクリーノ商会の代表――が苦しい立場になっていただろう? だから、最初から僕たちが行くことにしていたんだ」
「どうして、それを最初に言ってくれなかったんですか。言ってもらえれば……」
そこでアルベリックが悪戯小僧のような顔になる。
「だって、その方が面白そうじゃないか。ハミッシュは言おうとしていたみたいなんだけど、僕が止めたんだ。それに僕たちが途中で合流すると判っていたら、緊張感がなくなるだろ?」
ヴァレリアは気の抜けたような顔になり、「これだから、アル兄は……」と肩を落としていた。
ハミッシュは彼女の肩に手を置き、
「俺たちは員数外だ。お前が指揮を執ることに変わりは無い。俺もアルもお前の指示に従うからな」
ようやく、怒りが収まったのか、ヴァレリアの表情にもいつもの余裕が見え始めていた。
「判りました。それでは一緒に夕食でも? アッシュ! こっちにおいで!」
アシュレイたち五班の傭兵たちは、ハミッシュらと同じテーブルを囲む。
五番隊の面々は、思わぬ団長との会食に喜んでいた。
だが、アルベリックが、レイは自分たちが来ることを最初から知っていたと漏らしたため、彼はヴァレリアに絡まれ、散々な目に遭っていた。




