第二十七話「護衛の仕事」
訓練場でハミッシュらに魔法を見せた後、レイとアシュレイ、ステラの三人は、街に繰り出していった。
アシュレイはまだ何か考えているようだったが、レイはそれほど悩んでいなかった。
(まあ、魔法を使う機会はそれほど無さそうだし、使うときも光の連弩で十分だろう……)
一方、アシュレイはハミッシュらの反応を思い返していた。
(父上、アル兄、ヴァル姉のように、レイのことを考えてくれる者ばかりではない。レイはあの通り、警戒心が少ない。私が確りと手綱を握らなければ、彼に災厄が訪れることになるかも知れない……)
しばらく歩くと、アシュレイもいつもの調子に戻っていた。
「まずは食料品店に行くぞ」
「どういったものを買うわけ?」
「保存の効く干し肉や疲れを取るための甘味類だ。後は調味料類だな」
食料品店は傭兵団本部から北に行った商業地区にあった。
中には干し肉などの乾物類や小麦などの穀物類、そして、南方のジルソール産の砂糖で作られた飴なども置いてある。
アシュレイは干し肉や飴を選び始める。
(どのくらい買えばいいんだろう? 途中の街で買うことが出来るのかな? 移動は馬だから馬上で食べられる物の方がいいんだろうか?)
彼とステラはアシュレイの買う物を見ながら、同じようなものを買っていく。
干し肉などは少なく、飴や甘い焼き菓子などを多めに買っていた。
彼女の話では、輸入品である甘味類は地方都市より、王都の方が品揃えがよく、出来るだけ甘味類を買っていくことにしているとのことだった。
(なるほど。干し肉なら田舎でも手に入るけど、贅沢品の甘いものは、王都の方が安くていい物が多いってことか。それにしても多いな。ただ単にアッシュの好みってことはないよな?)
食料品店を出た後、防寒着や毛布を買いにいく。
レイは防水性の高い表面に油を塗った革製のマントを購入する。更に厚手の毛布を買おうとして、
「毛布は馬に括りつけて持っていくんだろうけど、僕たちの荷物って、他に何を用意したらいいんだ? 量が良く判らないんだけど?」
彼は馬の載せる量が多くなり過ぎないか、心配していた。
「基本的には商会の荷馬車に必要な物資は載せていくから、個人が持つのは武器や装備類と私物だけだ。着替えの衣類と小型の鍋やカップ類も必要になるが、それは今ある分で十分だ。あとは灯りの魔道具くらいだが、邪魔になるようなら、無くてもいいだろう。なにせ、ステラは夜目が利くし、お前は光の魔法が使えるからな」
「そんなものか……助かったよ、ありがとう。これで準備は終わりでいい?」
アシュレイは満足げに頷き、本部に戻っていった。
午前中で明日からの遠征準備が終わったため、昼からはのんびりとフォンスの街を見物していく。
街の中央にある泉の広場から、王宮のある西側などをブラブラと歩き、ゆったりとした休日を過ごしていった。
六月五日、午前七時。
初夏の晴天が広がり、爽やかな風が吹き渡っていく。
マーカット傭兵団本部の中庭には、装備を整えた五番隊が整列していた。
全員、腕を赤く染めた装備に身を固め、直立して立つその姿は、精鋭というに相応しいと、レイは感心していた。
(たった二十五、六人で、こんなに威圧感があるんだ。騎士団が危機感を持つのは判らないでもないな。武田家の“赤備え”もこんな感じだったのかな? 精鋭部隊って言うのはこういう統一感からも生まれてくるんだな)
その彼も識別用ということで、腕に赤い布を巻きつけており、その精鋭たちの中に立っていても違和感はなかった。
(さすがにいつも以上にピリッとしている。空気も凛としていて、アッシュと二人で護衛依頼を受けた時とは全く違う。軍隊って感じがひしひしと伝わってくるな……)
ヴァレリアの訓示があり、全員が一斉に騎乗する。
手隙の者が見送りに立ち、その中をゆっくりとした歩調で商会との待ち合わせ場所――東門――に向かっていった。
アシュレイ率いる五班は、五番隊の最後尾に位置し、アシュレイとレイ、ステラとハル、最後尾に山猫族のレンツィという隊列で、馬を進めていく。
午前七時半。
今回の護衛対象であるメラクリーノ商会の商隊と合流する。
ヴァレリアが、商会の代表者と挨拶をしていると、彼女がアシュレイを手招きした。
アシュレイが近づいていくと、
「エリック・メラクリーノ殿だ。面識はあったのではないか?」
アシュレイを見たメラクリーノが、
「アシュレイちゃんか? 立派になったなぁ。覚えているかい、エリックだよ」
「エリック小父様? ご無沙汰しております」
メラクリーノは、マーカット傭兵団創設時の後援者の一人で、個人的にもハミッシュと付合いがあり、アシュレイと面識があった。
一言、二言話をし、アシュレイは隊列に戻っていく。
(やっぱりアッシュは有名人なんだ。これだけ知り合いがいれば、窮屈にも思うよな)
午前八時。
商隊との打合せも終わり、隊列を組んで出発していく。
五班は先頭から二番目に配置され、十一両目から二十両目までが護衛対象となっていた。
(先頭の一斑にはヴァレリアさんがいて、最後尾の二班にはドゥーガルさんがいる。五班は経験の少ない僕とステラ、若いハルがいるから、隊長の指示を受けやすい二番目に配置か……)
フォンスの街を出ると、すぐに丘陵地に入っていく。
丘はすぐに森に覆われ、針葉樹や楢、樫といった大木が鬱蒼と茂っている。
丘の間を抜ける街道は、北からの街道と似ているが、南北を貫くフォンス-ラウルス街道と比べ、東街道を行く旅人、荷馬車の数はかなり少なかった。
初日は何事もなく順調に進んでいくが、レイは慣れない大規模な護衛任務に戸惑いを隠せなかった。
護衛と言っても、襲われたときに戦うだけでなく、全長五百mにも及ぶ長大な商隊を、円滑に移動させることも、業務の一つとされていたのだった。
その業務の中には、街道を先行し、前から来る商隊とすれ違い場所の調整をしたり、御者からの移動速度の調整依頼を商隊全体に伝えたり、休憩場所で荷馬車の交通整理をしたりと、細々とした雑務が多くあった。
(結構、雑務が多いんだな。兵士というより、調整係みたいな感じだ……大規模な護衛なんて、一回しかやっていないし、その一回も寄り合い所帯だったから、特に何かしていたわけでもなかった。本当に何も知らないんだな、僕は……)
慣れない雑務で神経をすり減らしながら、何とか初日の宿泊地である小さな町に到着する。
だが、すぐに宿に入るわけでもなく、自分たちの馬の世話や、荷馬車を並べなおすなどの仕事があり、宿泊地に到着してからも二時間以上働き詰めだった。
へとへとになって宿に入るが、すぐに隊長であるヴァレリアから集合命令が届く。
ヴァレリアから、その日の夜警の割り当てが発表される。
レイたちの第五班は、出発直前の午前三時から六時に割り当てられていた。
食事を取り、割り当てられた部屋に入ると、すぐにベッドに倒れこんでいった。
(結構ハードだ。まだ初日なのに、これが二十日以上続くのか……正直、舐めていた。近距離の、それも小規模な護衛しかしたことがなかったからなぁ……他の傭兵団も同じくらい厳しいんだろうか?)
早朝の警備があるため、早めに床に着く。
レイは体の疲れ以上に精神的に疲れたため、すぐに寝つき、アシュレイに起こされるまで、完全に熟睡していた。
眠い目を擦りながら、装備を整え、荷馬車の警備に向かう。
荷馬車の駐車場所は宿から一分ほどの広場で、五十両の荷馬車が、縦に五台、横に十台の配列で、隙間なく停められていた。
彼らは前の班と交替し、五人は灯りの魔道具を手に、決められた場所に向かっていく。
レイには宿に近い場所が割り当てられ、一人で周囲を警戒していた。
夜空には星が煌き、草叢からは虫が動くガサゴソという音が聞こえ、遠くでは家畜の鳴き声が聞こえている。
だが、自分たち以外の人の気配もなく、ただ周囲を見張るだけの警備に、レイは二十分ほどで退屈し始めていた。
(退屈だ……話し相手もいないし、することもない。座っていてもいいけど、寝てしまうかもしれない。定期的に回ってくる班長に見付かると、厳しい罰があるそうだから、座るのも躊躇われるし……野営ならともかく、街の中では何か暇つぶしを考えた方がいいかもしれないな……)
レイは退屈を紛らわすために、素振りを始める。
槍を一通り振った後、まだ、使いこなせていない長剣を手に取る。
(長剣か……槍よりレンジが短いから、使いにくくて敬遠してしまうけど、もう少し、真剣に練習した方がいいかな? 今度時間があるときにでも、レンツィさんに教えてもらおうかな……)
長剣の素振りを三十分ほど続けていく。
途中、アシュレイが見回りに来るが、異常の有無を確認するだけで、特に何も言わずに巡回を続けていく。
午前四時の鐘を聞いた後、三十分ほど時間が経つと、空が白み始めてきた。
東の山の形がくっきりとし始め、空が濃い紺色から、群青色、そして青色へと変化していく。
彼は東の山を見ながら、
(東の山、アクィラの山の向こうは魔族の土地、クウァエダムテネブレ。なぜか気になる。思い出さなければいけない何かが……)
午前五時頃になると、馬を引いた御者たちが現れ始めた。
彼らも当番があるのか、すべての御者ではなく、十人ほどで手際よく馬を繋いでいく。
馬を繋いだ荷馬車は一両ずつ、宿の方に運ばれていき、レイもその荷馬車についていった。
午前六時、ほぼすべての荷馬車に馬が繋がれると、商会の商人たちが、その荷馬車を検め、異常が無いことを確認していく。
レイたちは、急いで宿に戻り、朝食を取る。
そして、休む間も無く、出発の準備に追われていく。
午前六時半。
出発の準備が整った荷馬車から順次出発していく。レイたちの第五班は昨日と同じ、前から二番目に入り、先頭の荷馬車が出発してから五分後に出発していった。
二日目の移動も順調に進んでいく。
天候もよく、街道の整備状況も悪くないため、数回の休憩を挟み、午後三時にコーロルトという街に到着した。
コーロルトは人口五千人ほどで、規模としてはモルトンの街とほぼ同じだ。
商隊はコーロルトの街に入ると、真直ぐに宿に向かわず、商業ギルドに向かっていく。
(なんで商業ギルドに行くんだろう?)
レイは疑問に思い、アシュレイに尋ねると、
「商業ギルドで荷馬車と駄馬を預かってもらうのだ。こういう街では宿の近くに荷馬車を停める場所が少ないからな。というわけで、今日は夜警はなしだ。ゆっくり眠れるぞ」
笑顔で告げる彼女の言葉に、レイはホッとする。
商業ギルドの馬車置場の前で、ヴァレリアから明日の予定が告げられる。
「明日は午前七時にここに集合だ。それまでは自由行動を許可する。遅刻した班は明日からの夜警の時間を増やすからな! では解散!」
その声を聴き、傭兵たちはゆっくりと動き始める。
レイは今日の宿のことをアシュレイに確認していく。
「アッシュ、どこに泊るんだい? 当てはあるの?」
「班ごとにまとまって泊る。レンツィ、いい宿を知らないか?」
アシュレイに呼ばれたレンツィは、その良く動く目を輝かせながら、
「いい宿を知っているよ。飯がうまくて、酒も安い。そこでいいかい?」
アシュレイが頷くと、レンツィが先導していく。
五分ほど馬を引きながら歩くと、レンツィが目指す宿が見えてきた。
「あそこだよ。”ロロの宿”っていうんだけど、本当の名前は知らない。ロロっていう猫族の女将がやっている宿なんだ。なんと言っても野鳥料理がうまいよ。それにここのエールは逸品なんだ……」
(レンツィさんって、あんまりしゃべったことがなかったけど、結構しゃべる、楽しそうな人なんだ。やっぱり、この人に剣を教えてもらおうかな?)
宿に入ると、ロロと呼ばれる三十代後半の小柄な猫族の女性が現れる。
馬込みで一泊八Cと安くはないが、居心地の良さそうな宿だとレイは思った。
(銀鈴亭を思い出すな。レスターさんやビアンカさんは元気にしているのかな?)
愛馬のトラベラーを厩に連れて行き、世話をしていく。
水と秣を与え、愛馬の様子を確認しながら、ブラシを掛けていくと、以前より毛並みが良くなっていることに気付く。
「そういえば、毛並みが良くなったよな。前はもっとくすんだ灰色だったけど、今はほとんど銀色だ。バートさんに世話をしてもらったのが、良かったのかもな……」
話しかけられたトラベラーは、彼の言葉が判っているかのように、嬉しそうに軽く嘶いていた。
アシュレイは自分の馬の世話をしながら、マーカット傭兵団の仕事で初めて充足感を味わっていた。
(こんなに満ち足りた気分になるのは初めてだ。皆が、“アシュレイ”と呼んでくれる。団長の娘、“お嬢”ではなく、名前を……自分が誰かの付属物ではなく、一人の人間として扱われる。これがこんなにも心躍ることだとは思っていなかった……これもレイと出会えたおかげなのかも知れない。もし出会っていなければ、傭兵団に戻ったとしても、また、“お嬢”と呼ばれていただろう……)
彼女はステラのことに思い至る。
(ステラも“部隊の一員”、“ただの護衛”ではなく、一人の人として認めてやれば……そうか! レイはこのことを判っていたのだ。だから、ステラに出来るだけ声を掛け、頭を撫でてやっていたのか……私は自分のことだけしか見えていなかったのか……)
その心の声が、レイに聞こえていれば、即座に否定しただろうが、幸か不幸か、その心の声は彼には届いていなかった。




