第二十六話「オリジナル魔法の価値」
初日の訓練を終え、レイたちは馬上で和気藹々と、五番隊の仲間たちとしゃべりながら、街に戻っていく。
(いきなり模擬戦、その後は対魔法訓練、最後に騎士団との試合だもんな。半日の出来事にしては濃すぎる……でも、結構楽しいな。まあ、仕事になったら、また別なんだろうけど、仲間が大勢いるっていうのは楽しいもんだ)
日本では友達が少なく、集団行動もあまり好きではなかったが、特に構えることなく、自分を認めてくれる、今の状況に、彼は満足しつつあった。
(自分でも現金だと思う。でも、人間関係って、こんなものなのかもしれない)
だが、騎士団、そして公爵家という権力者とのトラブルに、一抹の不安も感じていた。
(しかし、大丈夫なんだろうか? 騎士団の、それも公爵家の人を怒らせてしまって……)
本部に帰ると、すぐにヴァレリアがハミッシュに呼び出される。
そして、戻ってきた彼女は、悪戯を成功させた悪ガキのような笑顔を見せていた。
レイがアルベリックに聞いたところでは、騎士団から抗議があり、ヴァレリアは騎士団の若い隊長、アーウェル・キルガーロッホを煽ったとして、ハミッシュから叱責されていたとのことだった。
但し、模擬戦に圧勝したことについては褒められ、ヴァレリアはスキップをしそうな足取りで団長室を出ていったという話だった。
「ヴァレリアが出ていった後のハミッシュの顔がね……くくく、本当に笑えたよ。叱ったつもりでいたのが、ニコニコして出ていくんだよ。どこを間違えたんだろうって顔をしているんだもの……ふふふ」
(やっぱり、この人は変だよ。教えてあげればいいのに……ハミッシュさんで楽しんでいるよ、絶対……)
その夜、食堂で五番隊の若者たちが中心となり、その日にあったことで盛り上がっていた。
騎士団との模擬戦に圧勝した話になると、更に大きな声が上がる。特に実際に参加したハルは、同世代の仲間たちに自慢していた。
「最初は、“お嬢”たちみたいな凄腕の人たちと、一緒にやれるのかって心配になったんだけど、さすがは団長の一人娘、的確な指示だったなぁ。あんなベテランの騎士相手に、俺なんか、すぐにやられると思っていたんだぜ、最初は」
そして、ステラの話になると、
「俺は見ている余裕がなかったんだけど、凄い動きだったそうだぜ。あの双剣もそうだけど、投擲剣が凄いらしい。横に飛びながら、相手の顔に命中させるなんて……それが俺より年下なんだ。少し凹むね」
周りから、そうだなという同意の声が上がる。
「でも、あの三人が本気で戦ったらさ、マジな話、騎士団の一個中隊くらい相手にできるんじゃないか?」
それは大袈裟だろうと声が上がるが、横で聞いていたトロイが口を挟む。
「一個中隊は大袈裟かもしれん。だが、よく考えてみろ。お嬢が前衛、ステラ殿が遊撃、レイ殿が後衛……あの団長に“距離を取った条件では戦いたくない”と言わしめた魔術師のレイ殿、団長に冷や汗をかかせたステラ殿、それに沈着冷静な“氷のお嬢”。その三人を相手にしようと思ったら、俺なら少なくとも二十人は欲しいな」
周りの若い傭兵たちは、レイとハミッシュの立会いを思い出し、肯いている。
ハルが何かを思い付いたような顔で、トロイに話し掛けていた。
「そう言えば、トロイさんって、対魔法訓練をやってましたよね。あれって、どうなんですか?」
トロイは訓練の時を思い出しながら、
「ああ、団長に使った“追いかけてくる魔法”じゃない普通の魔法だったが、あの連射は優に三人分の魔術師に匹敵するな。あのヴァレリア隊長でも接近できなかったんだ」
その言葉に皆が驚いている。
「団長のように魔法を打ち消すか、ステラ殿のように、すべてかわし切るかしないと、とても近づけるとは思えん。まあ、五番隊は明日から全員が、その訓練を受けるはずだ、楽しみにしておくんだな」
その後、三人の話題で更に盛り上がっていった。
翌日から、本格的な訓練が始まる。
レイは様々なメンバーとチームを組まされ、連携の訓練を行っていった。
前日に行った対魔法訓練も行われ、訓練を終える頃には、心身がへとへとになるほど疲れて本部に帰っていくが、彼は同世代の傭兵たちと行う、この訓練が好きになっていた。
五番隊は編成を大幅に変え、レイ、アシュレイ、ステラの三人は五番隊の第五班に入ることになった。班長はアシュレイが務めることになり、レンツィという山猫族の女性剣術士と、若い剣術士のハルが加わることになった。
レイが見た感じでは、レンツィはステラと同じくらい――身長百六十cmくらい――の身長で、明るい茶色の髪に先が尖った茶色の猫耳と、よく動く目が印象的な女性だった。彼女の武器はやや短めの片手剣で、丸盾と併用する軽戦士タイプ、周りの傭兵に聞くと、アシュレイより年上の二十七歳という話だった。
(レンツィさんも五級だし、アッシュが班長なのをどう思っているんだろう? 明るそうな感じの人だから、大丈夫だと思うんだけど……)
レイとアシュレイにはステラのことで悩みがあった。彼女は二人の言葉にしか従わず、隊長であるヴァレリアの命令すら聞くことがなかったからだ。
「ステラのことはどうするべきだと思う?」
「そうだな、私かお前のどちらかが一緒にいれば、問題は無いのだが……必ずしも、そうとばかりは限らぬしな」
正攻法で、ステラに他の傭兵の言うことも聞くようにと伝えるが、
「私はレイ様、アシュレイ様をお守りするために存在しております。他の方の命令を聞くと、その任務に支障をきたす恐れがあります」
取り付く島もなく、二人は何かいい方法がないか、更に頭を悩ましていく。
訓練も三日目に入り、レイも何とか他人の邪魔をしない程度には連携出来るようになる。
五番隊全員での訓練では、まだぎこちなさが残るが、槍術士、そして、魔術師としての能力が認められ、仲間たちに溶け込めていた。
その日――六月三日――の夜、五番隊隊長のヴァレリアより、明後日から五番隊が護衛任務に就くという通達があった。
「明後日、六月五日から商隊の護衛だ。目的地は東部のチュロック村。守備隊駐屯地への物資の輸送隊が護衛対象だ。荷馬車は五十両。護衛は我々五番隊のみだ」
五番隊の面々、特にベテランたちに緊張が走る。
不思議に思ったレイが、隣に座るアシュレイに小声で理由を聞いていた。
「何か問題があるのか?」
「ああ、東部行きの護衛、それも大規模な商隊の割には、護衛の数が少ない。ここからブリッジェンド――フォンスから北北東に百七十kmにある地方都市――までは、比較的安全だが、その先は道も悪く、魔物、盗賊、それに魔族まで出てくることがある」
そして、記憶をたどるように、
「ブリッジェンドからチュロックまでは確か百七十kmほど。我々全員が宿に泊まれるのは、途中にあるボグビー村、ミリース村くらいしかなかったはずだ。他はすべて野営になる……それを考えれば、この倍、五十名は必要なはずなのだが……」
ヴァレリアの説明は更に続いていく。
「元々はブリッジェンドまでの予定だったが、商会からの“強い要請”で、チュロックまでいくことになった。だが、他の隊は別の仕事が入っているため、増員は難しい。向こうの言い分では、マーカット傭兵団と専属契約を結んでいるから、他の傭兵たちは雇わないそうだ」
(強い要請ってところを強調したよな。どこからか横やりが入ったのか? 騎士団? なんとか公爵? 専属契約を結んでいると言っても、無理じゃないのか? それにしても、自分たちの商隊が危険に曝されるのに、何で護衛を増やさないんだろう?)
「明日は、訓練は無しだ。自由行動を許可する。明後日の午前七時、中庭に集合だ。質問は?」
隊員たちから質問はなく、その場で解散となる。
突然、休暇が貰えた若い傭兵たちは、喜びの表情を浮かべているが、ベテランの副隊長ドゥーガルは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。
(やっぱり、納得できないのかな? でも、団長が良く認めたよな。何か裏があるんだろうか?)
レイは納得し難いものがあり、副官であるアルベリックを捕まえて、事情を聞きだそうとしていた。
「どういうことなんですか? アッシュが言うには、護衛が少なすぎるっていう話ですけど」
珍しくアルベリックが真面目な顔になる。
「ああ、その話ね……商会がさる公爵家から圧力を掛けられたみたいなんだ。ハミッシュも怒り狂っていたけど、他の隊は回せない。キャンセル料くらいは払えるんだけど、商会に泣き付かれてしまったんだ。この仕事をキャンセルすると、公爵家からの圧力で、フォンスでは仕事ができなくなるってね」
その言葉にレイの声が大きくなる。
「そ、そんな、酷い話じゃないですか! こういう時、ギルドは何もできないんですか!」
「残念ながらね……この国の公爵家は四つあるんだけど、その四つの公爵家と王家の力のバランスが微妙なんだ。公爵家は、王家ですらものが言い難いほど、力を持っているんだよ。だから、ギルドでも難しいんだ」
途方に暮れ、「どうしようもないんですか?」と聞くレイに対し、アルベリックは悪戯が成功した子供のような表情で、彼に耳打ちをする。
「ここからは、みんなにはオフレコでね。実は、僕とハミッシュがボクビー村に視察に行くことが急に決まったんだ。何と、それが三日後でね。ここまで言ったら判るよね?」
レイは小さく頷き、ホッと息を吐く。
(ハミッシュさんとアルベリックさんの二人なら、傭兵十人分以上の戦力だ。表立って動くと、また圧力や嫌がらせをされるから、視察に行くって名目で付いていくんだな。それにしても、ハミッシュさんが過保護なのか、本当に危険なのか……まあ、あのハミッシュさんが付いて来てくれるなら、危険はなさそうだけど)
その夜、レイとアシュレイは明日の休日の予定を考えていた。
「明日はどうするんだい? のんびり過ごすとか?」
「いや、明日は明後日からの準備だな。食料や野営用の道具などの必要な物資は商会か、団が準備するが、それ以外のもの、自分の好みの携行食や予備の衣類などを揃えておく方がいい。ブリッジェンドから先は野営が多くなる。六月とはいえ、かなり冷え込む。厚手の毛布も用意しておいた方がいいかもしれない」
「判った。じゃあ、明日は買い物だ。少し多めに買っても、僕の収納魔法を使えば、荷物は増えないし、要りそうなものを買っておこう」
アシュレイは「そうだな」と呟き、
(レイの特殊な魔法のことをどうするか……父上、ヴァル姉、アル兄くらいには打ち明けておきたいが……)
彼女はレイに向き直り、
「お前の魔法について、父上たちに話しておいた方がいいと思うのだが、どうだろうか?」
レイは突然の話に戸惑う。
「突然、何?」
アシュレイは真面目な顔で、
「お前の魔法はかなりの戦力になる。収納魔法も“花火”の魔法も。今回はどうもきな臭い。何かの助けになるかもしれないと思っているのだが」
(確かに特殊な魔法を使えれば、戦術の幅は広がる。水球の魔法も特殊だし、今更の感はあるけど、どこまで話すべきか……)
「了解。ハミッシュさんとヴァレリアさんには、話しておいた方がいいと思う。できれば、一度見てもらった方がいいかもしれない。明日、時間を貰えるか聞いてみるかい?」
アシュレイも同意し、すぐにハミッシュに話をしに行った。そして、明日の朝、ハミッシュらにレイの魔法を見せることに決まった。
翌日の早朝、レイたちはハミッシュ、ヴァレリア、アルベリックの三人と共に訓練場に向かう。
早朝ということもあり、街道には疎らに行商人たちが歩いているだけで、いつもの往来はなく、閑散としていた。
訓練場に着くと、レイが簡単な説明を始める。
「まずは目立つ“花火”からです。これは、元々合図に使うために考えました」
そう前置きをした後、空に向けて“花火”を打ち上げる。
ヒュルヒュルという音と共に上空に上がっていき、三十mくらいの高さに達すると、パーンという破裂音が響き、空にはオレンジ色の大輪の花が咲く。
(イメージ力が上がったのか、何度か使ったからなのか。結構きれいな“花”が咲いた。夜空ならもっときれいに見えるんだけどな)
レイは暢気にそんなことを考えていた。
だが、横ではハミッシュとヴァレリアが、難しい顔をして、空を見上げていた。
(これだけの音と光。夜襲に使えれば、かなりの霍乱効果が見込める。いや、騎馬隊に向ければ、それだけで馬たちをパニックに陥れることができる。レイはあまり気にしていないようだが、アッシュが見せておきたいと思ったのは、このためか……)
(本当に面白い子ね、レイ君は。この魔法も使い方次第ではいろんな使い方ができるわ。それに、もっと別の魔法も思いつきそうだし……これで、今度の依頼も何とかなるかもしれないわ……)
二人が自分の考えに没頭しているため、レイは声を掛けていいものか、悩んでしまった。
(アッシュもそうだったけど、花火の魔法でそんなに驚くのか不思議だ。確かに盗賊に使ったときは役に立ったけど、殺傷力は皆無だし、目くらましにもなりにくいんだけど……フラッシュの方が目くらましとしては優秀だし、煙幕とかを考えた方がいいのかな?)
ハミッシュはレイを無視して、ヴァレリアとアルベリックに話しかけていた。
「どう思う?」
ハミッシュの問いに、アルベリックがニコニコした顔で物騒な考えを披露していく。
「そうだね。とても面白いよ。夜襲、奇襲、退却戦、どれでも使い道はあるね。一度見ても、耳元でこれだけの音がしたら、指揮命令系がズタズタに出来そうだし、馬を混乱させて陣地内で暴れさせることもできそうだね」
ヴァレリアはアルベリックの軽口に珍しく同調せず、真面目に答えていた。
「私も同意見です。逆に言えば、もし、自分たちに使われたらと思うと、鳥肌が立ちます」
「そうだな……俺もそう思う。レイ、この魔法を他人に教えることはできるか?」
突然、話を振られ、レイは驚くが、
「えっと、これは僕のオリジナルですから……呪文もありませんし、難しいと思いますけど……すみません。よく判らないんです。治癒師以外の魔術師とあったことがありませんから」
ハミッシュは顔を顰めるが、すぐに元の表情に戻る。
「判った。レイ、この魔法はヴァレリアの許可なくして使うことを禁じる。特に魔族に知られると厄介だ。判ったな」
レイは大きく頷くと、もう一つ見せる予定の収納魔法を披露する。
「これは僕のオリジナルというより、左手の魔法陣とセットみたいなんですが……」
解説を加えながら、アイテムボックスを開き、中から予備の服や道具類を取り出していく。
ハミッシュらは、口をポカンと開け、言葉も無い。普段は笑顔を絶やさないアルベリックですら、呆然としていた。
「どのくらい入るのは良く判っていないんですが、大体一m四方分くらいの量は入れることが出来ます。もしかしたら、もう少し入るかもしれないんですけど」
我に返ったハミッシュが、
「ほ、本当にお前は何者なんだ? 食料なども入れられるのか? どのくらいの重さまで入れられる? おまえ自身重さを感じるのか?」
ハミッシュは矢継ぎ早に質問を投げかける。
「食料も大丈夫です。重さは量ったことは無いですが、百kgくらいまでなら、大丈夫そうです。重さは全く感じません」
ハミッシュは首を横に振り、ブツブツと何か呟いている。
その横では、アルベリックがようやくいつもの表情に戻っていた。
「レイ君はこの魔法の凄さを判っている? すべての兵士がこれを使えれば、軍事革命が起こるんだよ。兵士が必要とする水と食料が一日分で大体五kgだとすると、二十日分を何の負担もなく運べるんだ。輜重隊っていう弱点がなくなるし、移動速度も格段に上がる。これは凄いことなんだよ」
レイはいまいち、ピンとこないが、
「でも、これは魔法陣とセットですし、再現できないように思えますけど?」
「だからさ。だから、君の身が危険なんだよ。聖王国、帝国なんかに知られれば、君は捕まえられて研究対象にされ兼ねないよ。研究という点ではドクトゥス――学術都市――にも狙われるかもね」
レイはブルッと身震いし、
(笑顔で恐ろしいことを言わないで欲しいな。でも、確かに人前で使うのは危険だと判った。今のところ知っているのは、この人たちだけだし、これから先、人前で使うのは絶対に止めよう)
「お前の魔法の凄さは判った。今まで見せた光の矢、雷、水球の他に攻撃系の魔法は何が使えるんだ?」
ハミッシュが搾り出すようにそう言うと、
「光の槍、光の円盤、炎の球は使ったことがあります。多分、氷の礫や石の槍なんかもできると思いますし、炎の嵐みたいな複数に対する魔法も使えると思います」
「判った……お前が稀代の魔術師だということは良く判った。アル、どうすべきだと考える?」
「うーん、そうだね。普通の攻撃魔法は使ってもいいんじゃ無いかな? マーカット傭兵団に魔術師がいてもおかしくないんだし。一度、レイ君に魔術師の魔法を見せたほうがいいかもしれないね。誰かに頼んでみたら?」
「そうしよう。今回の任務が終わったら、手配する。今回は、ヴァレリアの特別な指示が無い限り、光の矢と雷だけを使うようにしてくれ。まあ、緊急時はその限りじゃないが、そこはお前の判断に任せる」
「了解です。相当不利な状況にならない限り、攻撃魔法を使う機会は少ないと思いますが、肝に銘じておきます」
六人はほとんどしゃべることなく、訓練場を後にした。




