第二十五話「護泉騎士団」
モスグリーンを基調とした揃いの装備を着けた騎馬の一団が、マーカット傭兵団の訓練を眺めている。
その騎馬の一団は、ゆっくりと訓練場に近づいていく。
その中で最も華美な装備を身に纏った若い男――まだ、二十歳をいくつも超えていない青年――が、進み出てきた。
ニヤけた顔で、大きな手振りを加えながら、傭兵たちを嘲笑していく。
「マーカット傭兵団はお遊びに夢中か? 水の玉を走りながら避けて、それが訓練なのか?」
ヴァレリアが嫌そうな表情を一瞬浮かべた後、すぐに厭らしい笑みを浮かべ、前に出ていく。
「これは、これは、護泉騎士団の騎士様たちではありませんか。卑しい傭兵の必死な訓練を笑いに来たのですか? 余程、暇なのでしょうね。ああ、そうか、フォンスの、いや、ラクスの平和は傭兵たちが守ってますからね。騎士の皆さんは傭兵を笑うくらいしか仕事がないんでしょう」
明らかに挑発しているその言葉に、若い騎士は呆気なく怒りを爆発させてしまう。
「貴様ら傭兵の分際で、我ら騎士を愚弄するのか!」
ヴァレリアも慇懃無礼な態度から、一変し、
「難癖を付けてきたのは、そっちだろうが! こっちは暇じゃないんだ。さっさとどっかへいってくれ!」
「女傭兵の分際で、僕を、四公爵家の筆頭、キルガーロッホ家のこの僕を愚弄するとは……」
怒りに我を忘れたその騎士――アーウェル・キルガーロッホ――は、腰の長剣を抜き放ち、ゆっくりと前に進み出てくる。
レイはこの状況に危険なものを感じていた。
(この状況は不味いんじゃないの……ヴァレリアさんもそんなに煽らなくてもいいのに……あれ? アッシュも同調している? 騎士団と確執があるとかなのか……)
「あと半歩前に進めば、我々の訓練場だ。入ったら、我々と手合わせすると看做されるが、それでも構わんのだな」
ヴァレリアの言葉に、アーウェルはビクッと踏み出そうとした足を止める。
ヴァレリアは更に相手を煽る。
「大隊長が負ければ、面目が立たんだろうが、勝てばいいのだよ。どうだ、模擬戦をやらないか。誰でも相手になってやるぞ」
「ヴァレリアさぁ、無茶はよくねェ。団長さぁに叱られるのは勘弁してほしいんだ」
ゼンガは、ヴァレリアの肩に手を置き、心配そうな顔で止めに入った。
(ゼンガさんって、意外と常識人? っていうか、ヴァレリアさんが非常識?)
「二番隊には迷惑は掛けないよ。言いがかりを付けられたのは五番隊だからね。で、どうするんだい。やるのか、やらないのか。やらないなら、とっとと、どこかに失せてくれ」
足を止めていたアーウェルが、再び怒鳴り始めた。
「き、貴様! よかろう、相手をしてやる」
アーウェルは後ろにいる部下に命令を下していく。
「バイゴット、エフィンジャー、ガーソン、ホッブス、四人で傭兵たちに護泉騎士団の強さを思い知らせてやれ」
二十代後半から三十代前半の四人の騎士が、前に進み出てくる。
彼らは皆、長剣に凧状盾を持ち、重厚そうな金属製の鎧を纏っている。
ヴァレリアはレイたちの方を向き、ニヤリと笑った。
「アッシュ、レイ、ステラ……ハル! お前たちで相手をしてやれ!」
そして、騎士団に向かって、
「こいつらは五級が二人に、七級、九級の駆け出しだ。騎士様たちにはちょうどいいハンデだろ?」
その馬鹿にしたようなヴァレリアの言葉に、アーウェルの怒りは最高潮に達する。
「くっ! き、貴様! わ、我ら護泉騎士団第三大隊を愚弄するつもりか!」
「こいつらに勝ったら、私が相手をしてやるよ……まあ、私の出番はなさそうだがな。くくく」
レイはこの展開について行けず、アシュレイを見るが、既にやる気になっているのか、木剣を選び始めていた。
「レイ、ステラ、何をしている。準備だ」
アシュレイの言葉に慌てて、槍を選び出すが、
「大丈夫なのか? 騎士団なんかに喧嘩を売っても?」
「大丈夫だ。それより、絶対に負けられないからな。ステラ、投擲剣に使えそうなものはあるか?」
ステラは刃を潰した、ただの鉄の棒のようなスローイングダガーを選び、「これを使ってもよろしいでしょうか?」と尋ねていた。
レイはその様子を見ていたが、どうしてもこの模擬戦をやる意義が見出せなかった。
(わざわざ騎士団と揉める必要はないと思うんだけどな……ゼンガさんも止めた方がいいと仄めかしていたし……)
その様子を見たハルが、
「レイさん、騎士団の連中はうちを目の敵にしているんですよ。特に大貴族連中はね。だから、難癖を付けさせて、鬱憤を晴らすんです。絶対に負けられませんよ。もし負けたら……飯が喉を通らないくらいの猛特訓が待っていますから」
レイは“はぁ”とため息を吐く。
(面倒だな……でも、どうして僕たちなんだろう? 若いからかな? 僕たちの歳は、平均すれば二十にも届かない。けど、アッシュとステラがレベル四十を超えているし、僕もレベル三十九。聞いた話だと、普通の騎士はレベル三十五くらいだから、互角以上に戦える……騎士団を貶めるには、ちょうどいいかもって考えたのかな?)
彼のそんな考えとは別に、アシュレイは作戦を伝えていく。
「ハル、お前は私の左側で防御に徹しろ。レイ、私の右側で自由に動いていいが、今回も魔法は無しだ。ステラ、開始の合図と共に後ろに回り込んで、投擲剣を投げつけろ……」
四人の騎士たちは、怒り狂っているアーウェルを冷ややかな目で見ながら、木剣を選んでいく。
(意外とこの隊長は人望が無いんじゃないか? 公爵家って言っていたから、縁故で要職に就いたんだろうな)
準備が整い、レイたちは四人の騎士と相対する。
アーウェル・キルガーロッホの「始め!」の合図で、模擬戦が始まった。
騎士たちはがっしりと横一列に並び、盾で防御する構えを見せる。
アシュレイは「いくぞ!」と声を掛け、その盾の壁に突っ込んでいった。
横にはハルが必死に追いすがっている。
(そんな急に前に出るなんて……仕方がない。二人の援護に回るか……)
レイも慌てて走り出し、アシュレイの右横のやや後ろに位置を取る。
ステラは左から大きく迂回し、騎士たちの後ろに回り込もうとしていた。
「ホッブス、後ろに回ろうとしている奴を抑えろ。エフィンジャー、ガーソン、右の盾持ちが弱点だ。そこを狙うぞ」
バイゴットと呼ばれた騎士がリーダーのようで、他の騎士たちに指示を出していく。
騎士の一人、ホッブスが、ステラに相対しようと、やや後ろに下がり、三人の壁の後ろを一人が守る形になった。
(さすがに連携はいい。ハルのレベルが一番低いのを看破しているし、本当に僕たちで勝てるんだろうか?)
アシュレイは騎士たちの列にたどり着き、すでに攻撃を始めていた。
彼女の叩きつけるような斬撃を、中央に立つバイゴットが盾でがっしりと受け止め、その下から長剣を突き出してくる。
ハルがその長剣を弾き、アシュレイが再びバイゴットを斬りつける。
(ハルもなかなかやる! 僕も負けられない……アッシュの攻撃で空いた隙間に槍を突き込めば……)
アシュレイの斬撃が再び中央の騎士、バイゴットの頭上に振り降ろされる。
しかし、バイゴットは盾で受けようとせず、剣で受け流す。
タイミングを計ったかのように、左の騎士、エフィンジャーがハルに攻撃を、右の騎士、ガーソンがアシュレイに攻撃を掛けていく。
レイは目の前にいるガーソンが、剣を突き出した瞬間を狙い、その右腕に突きを入れていった。
ガーソンはすぐに攻撃を諦め、左手の盾でレイの攻撃を防いでいく。
エフィンジャーは、ハルを攻撃するものの、盾で受け止められ、すぐにアシュレイの攻撃を警戒し、盾で防御を固めていく。
(防御がうまい。それに盾で隣まで防御している。ギリシャかローマの重装歩兵のようだな……だとすると、上下同時攻撃か迂回しての背面攻撃に弱いはず。アッシュの上からの攻撃はそれを意識しているのか? アッシュの次の攻撃に合わせてみるか……)
アシュレイが再び上段から攻撃を仕掛けていく。バイゴットは、最初と同じように盾で剣を受け、彼女に長剣を突きだそうとしていた。
(今だ!)
レイは、その瞬間を狙っていた。
彼がバイゴットの膝元に、槍を繰り出すと、ガーソンが長剣で彼の槍を叩き落とす。慌てるレイに対し、更に盾で体当たりを掛けていった。
レイはバイゴットを攻撃するため、僅かに前に踏み出していた。このため、その盾攻撃をもろに受けてしまい、後ろに吹き飛ばされてしまった。
幸い追撃は無く、すぐに立ち上がり、戦線に復帰するが、
(やられたよ。罠だったのかな?……相手には隙がない。このままでは手詰まりだぞ。どうする、アッシュ?)
その時、ステラは後ろに回った騎士、ホッブスと戦っていた。
彼女の双剣がホッブスを斬りつけるが、盾と長剣でうまく凌がれ、有効な攻撃にはなっていない。
彼女は焦ることなく、右手の短剣を腰に戻し、投擲剣に持ち替える。
「投擲剣が来るぞ! 警戒しろ!」
ホッブスの声に前衛の三人がビクッと反応するが、誰も後ろを振り返らない。三人はホッブスを信じ、自分たちの戦闘を続けていく。
ステラは、三人の騎士の方をちらっと一瞥した後、投擲剣をホッブスの顔面に投げつける。
ホッブスは顔に飛んでくる投擲剣を、冷静に盾で受け止めようとしていた。
ステラはその瞬間を狙って、左に大きく跳ぶ。
ホッブスは投擲剣を防げたことに一瞬ホッとしていたが、次の瞬間、自らの盾で視界を遮られ、ステラの姿を見失ったことに気付く。
その僅かな間に、ステラはホッブスの右側、盾の無い方に回り込みながら、腰から投擲剣を抜き、もう一度、彼の顔に投擲剣を投げつけていった。
投擲剣は彼の右顎に当たり、ウッ!という悲鳴と共に倒れていった。
ホッブスを無力化したステラは、そのまま、三人の騎士たちの後ろに回り込んでいった。
バイゴットはハルの前にいるエフィンジャーにステラの対応を命じるが、既にステラの投擲剣はガーソンの右腕に命中していた。
ガーソンは、更に左腕にも投擲剣を食らったため、剣と盾を捨て、その場から立ち去っていく。
あとは、アシュレイとレイがバイゴットを仕留め、ステラに気を取られたエフィンジャーがハルの攻撃を受け、模擬戦はマーカット傭兵団側の圧勝で幕を閉じた。
バイゴットは立ち上がり、笑顔でレイたちに話し掛けていた。
「強いな、君たちは。私は第三騎士団の騎士、バイゴットだ。今日は勉強になった」
そう言って、右手を差し出してきた。
アシュレイがその手を取り、
「アシュレイ・マーカットだ。さすがは護泉騎士団、正面からは防御が崩せなかった」
「マーカット? ハミッシュ殿のご息女か? 通りで強いはずだ」
レイは右顎に投擲剣を食らったホッブスの様子を見に行き、すぐに治癒魔法を掛けていく。
「大丈夫ですか? 刃を潰してあると言っても鉄の塊ですからね。ちょっと待って下さい。今、治癒魔法を掛けますから」
ただの槍術士だと思っていたレイが、治癒師だと知り、ホッブスは痛みを忘れ、驚いている。
(あれだけの槍捌きを見せ、治癒魔法まで……それにこの獣人の娘、若いが、かなりの腕だ。さすがは赤腕団と言ったところか……)
ホッブスは治療の礼を言い、他の騎士たちと共に健闘を讃えあっていた。
だが、その後ろからアーウェル・キルガーロッホの罵声が聞こえてきた。
「何をしている! 貴様らは名誉ある護泉騎士団の一員でありながら、傭兵如きに敗れたのだぞ! それに今の勝敗は無効だ! ガーソンが受けた攻撃では、まだ戦えたはずだ。だから、この勝負は無効だ!」
ヴァレリアは呆れたような顔で、
「見苦しいな。向こうの騎士殿は清々しいが、隊長殿は騎士道というものを理解しておられんようだ」
そして、アーウェルを嘲笑し、更に挑発を続ける。
「まあいい、我々も勝敗に拘るようなケチなことは言わん。さっさと立ち去ってくれ。それとも、隊長同士、私と貴公とで勝負を付ける気か?」
彼女の言葉に、アーウェルは更に何かを叫ぼうとするが、副官らしき騎士に肩を押さえられ、大人しくなった。
「よし、帰還の時間だ。引き上げるぞ!」
アーウェルは憎しみを込めた目をヴァレリアに向けると、騎士たちを率いて、フォンスに向かって立ち去って行った。
(大丈夫なのか? 禍根を残すことにならないのかな? でも、騎士の人たちはいい人だったな。隊長だけが”ガン”か……しかし、何をしに来たんだ? この隊長さんは?)
ヴァレリアらの手荒い祝福を受け、その日の訓練は終了した。




