第二十四話「対魔法訓練」
ステラは、自分の後ろでレイとヴァレリアの戦いに決着が付いたことを知る。
(レイ様も敗れた。後ろから、ヴァレリア隊長が来るはず……一旦、引くべき……)
一旦距離を取ると決めた彼女は、ドゥーガルに攻勢を掛け、押し込んでいく。
彼女の双剣が左右からドゥーガルに襲い掛かり、彼の防御が飽和した瞬間を見計らい、一気に横を抜けていった。
十mほど進んだところで振り返り、剣を構え直していた。
「レイ、ああやって攻勢を掛けてから距離を取るんだ。そこまでだ、ステラ! 模擬戦は終わりだ!」
ヴァレリアはレイに話し掛けた後、ステラに終了を告げる。
ステラは、アシュレイとレイの方に視線を向けるが、まだ構えは解かない。
そのことに気付いたレイが、「ステラ、終わりだ」というと、ようやく構えを解き、彼らのところに走ってきた。
二人の前に立つと、ステラは深々と頭を下げ、二人に謝罪している。
「申し訳ございません。お役に立てませんでした」
レイとアシュレイは互いに顔を見合わせ、苦笑した後、
「いや、よくやってくれた。お前が回り込まなければ、もっと早く決着が付いていたはずだ」
「そうだよ。ステラが動いたから、状況が有利になったんだ。それを生かせなかったのは、僕のせいだよ」
二人の言葉にステラは顔を上げる。
(でも、守れなかった。確かに殺意のない訓練。でも……もっと強くならなければ……)
「集合だ! ケガで動けない奴は手を上げろ!」
ヴァレリアの声に模擬戦を行っていたメンバーが集まってくる。腕を押さえている者はいるものの、大きなケガを負ったものはいなかった。
「今の反省会だ! アッシュ、ノーマ。負けの責任はお前たちにある。判っているな」
二人は黙って頷く。
「ノーマ、お前はドゥーガルが下がった時、迷ったな。その迷いが戦線を崩壊させた。事前に対応を考えていなかった証拠だ。戦場では常に状況は変化する。次の一手の選択肢を常に考えておけと、いつも言っているだろう! 何か言いたいことはあるか?」
(僕に向かって言ってくれているのかな? 確かに何も考えずに戦っていたな……)
レイはぼんやりそんなことを考えていたが、ノーマの「ありません!」という大声で我に返る。
ヴァレリアは頷き、アシュレイの目の前、数cmの場所に立っていた。顔を近づけ、
「アッシュ、さっきのは何なのだ? 私の攻撃を数合受けただけで、剣を取り落とすとは。お前は一年間何をやっていた? 男とイチャついているばかりで、腕が鈍ったんじゃないのか? 何か言いたいことは?」
「ありません。今回の負けは私の力不足。あの局面で隊長をあと一分押さえられれば、勝てたはず……私の責任です」
(ヴァレリアさんって、あの状況でノーマさんの動きまで見えていたんだ。凄いな……しかし、ヴァレリアさんって、映画なんかに出てくる鬼軍曹みたいだ……)
レイがそんなことを考えていると、彼の前にヴァレリアが立っていた。
「レイ、いきなり連携しろとは言わん。だが、もう少し周りを見ろ。周りを見ればどう動けばいいか、お前なら判るはずだ」
彼はどう答えていいのか判らず、頷くことしかできなかった。
ヴァレリアはその姿に、仕方がないと苦笑していた。
「お前は一人の時と、チームを組む時の動きに、差がありすぎる」
そして、レイの隣にいるステラに、ヴァレリアは声を掛けていく。
「お前の動きが一番際立っていたぞ。だが、レイとアッシュ以外の命令を聞けないのでは、我々と一緒に仕事はできん。そこをよく考えるのだな」
ステラは彼女の目をじっと見つめたまま、何も言わなかった。
ヴァレリアはどうしようもないねとでも言うように、首を横に振った後、
「レイ、けが人に治癒魔法を掛けろ! アッシュ、ノーマ! お前たちは五対一の模擬戦だ! ステラ、お前は弓を使えるな。ドゥーガル、こいつの弓の腕を確認しておけ! ハル! お前は二番隊の連中に混じって、盾の訓練だ。さっきのように一撃で盾を吹き飛ばされるようじゃ困るからな! よし、始め!」
ヴァレリアの号令が掛かり、一斉に動き始める。
レイはけが人を治療しながら、
(これだけの激しい訓練を、毎日やっていれば強くなる。僕も頑張らないと……)
けが人は三人しかおらず、すぐに治療は終わった。
「隊長、けが人の治療は終わりましたが、この後は何を?」
ヴァレリアは少し考えた後、「魔力はまだ大丈夫かい?」と尋ねる。
「まだまだ大丈夫ですが?」
「うちの隊員たちの対魔法訓練をやりたい。手加減した魔法、当たっても怪我程度で済む魔法は使えるか?」
「……少し練習すれば、使えると思いますが……どういった魔法がいいですか?」
「そうだな。団長に使った光の矢があるだろう。あのくらいのスピードのものなら、何でもいい。できそうか?」
(ダメージが少なくて、スピードが速い魔法か……光の矢の威力を下げるか……いや、水の球の方が安全だな……)
彼は水の精霊の力を左手に集中し始める。
(形が壊れないように圧縮する感じで……野球のボールをイメージ……バッティングマシーンのように打ち出す……)
彼の左手の前に水の球が形成されていく。
直径が十cmほどになったところで、一本の立ち木に向けて、その水の球を放つ。
水の球は形を崩すことなく、ビューンといった感じで飛んでいく。
そして、当たった瞬間、立ち木は大きく枝を揺らしていた。
その速度は彼が思っていたより速く、光の矢に近い速度で飛んでいった。
(結構速いな。バッティングセンターなんて行ったことが無いから、どのくらいの速度かは判らないけど、光の矢と同じくらいの速度にはなったと思う。木に当たった感じだと、ダメージも無さそうだし、魔力の消費も少ないから、結構撃てそうだ。変化球の要領で曲げることも出来そうだし、力を溜める時間は二秒ほどだから、ほとんど連射に近い形で撃ち出せそうだ)
ヴァレリアはレイの水の魔法を見て、言葉を失っていた。
(昨日の団長との立会いでも驚いたけど、今の魔法は何? 水の属性は、高位の氷系以外、攻撃魔法がほとんどないっていうのに……この子は本当に何者なの?)
「隊長、今の魔法でよければ百発くらいなら撃てると思います。多分、軌道を変えることもできます。速射なら、二、三秒に一発くらいならいけます。ところで、この訓練の目的は何なんですか?」
ヴァレリアは彼の言葉に我に返ると、
「そうだな。今日のところは、軌道は変えなくていい……ああ、目的だな……ちょっと前に、魔族の魔術師と戦ったが、その時かなり苦戦した。弓と魔法では微妙に対応が違うからな。マーカット傭兵団には攻撃系の魔術師がいない。だから、訓練したくてもできず、困っていた」
「了解です。僕の役目は、遠距離攻撃手段を持たない隊員に、魔法の癖みたいなものを理解させられればいいんですね」
「そうだ……ところで、その魔法は誰に習ったんだ?」
「えっ? 今、考えたんですけど……攻撃力は皆無で、スピードがある魔法ですから、普段使うところなんてなかったですし。変ですか?」
ヴァレリアは「い、いや、そうか」と考え込むが、すぐに、二人の傭兵を呼びつけていく。
「アイリーン、トロイ! こっちに来い!」
彼女の前に、二十代前半の人間の男女が走ってきた。
「今から対魔法訓練を行う。レイの魔法は当たってもダメージはないはずだ。だから、思い切って動いてみろ!」
アイリーンと呼ばれた両手剣を持つ小柄な女傭兵が手を上げる。
ヴァレリアが何だと尋ねると、
「目的は魔術師に接近、殲滅と考えたら良いのでしょうか?」
「そうだ。レイの放つ魔法を掻い潜って、接近しろ。今日はこいつの前に前衛は付けん。レイのところに辿り付ければ、それでいい」
アイリーンは頷くと、トロイと呼ばれた片手剣と丸盾を装備した彼女より少し若い傭兵と、作戦を練り始めていた。
二人は頷き、三十mほど離れた場所に行き、「「準備よしです!」」と叫ぶ。
ヴァレリアが頷き、レイにも確認した後、「始め!」と開始の合図を叫ぶ。
二人の傭兵は左右に分かれるように走り出す。
(そう来るだろうと思っていたよ……)
レイは、彼から見て右に走るアイリーンに向けて、水球の魔法を放っていく。
走る標的に対し、追尾を付けずに撃つため、初弾は大きく外してしまった。
(走る目標に当てるのは難しいな。追尾が使える光の矢はやっぱり便利だ。さて、どうしたものか。もう一人の方も近づいてくるし、前方を狙って足を止めるか……)
全速力で走るアイリーンの前方に放つと、彼女は目の前に飛んでくる水球に驚き、思わず足を止めてしまう。レイはそのチャンスを逃さず、すぐに次弾を放っていった。
猛スピードで飛ぶ水球は、立ち止まったアイリーンの足に命中し、彼女は悲鳴を上げて倒れこんでいく。
(あれ? そんなに痛くないはずなんだけど? 大丈夫かな?)
思った以上のリアクションを取られ、レイは慌てるが、反対側から接近してくるトロイの姿が目に入ってきた。
(十mくらいか……二発しか撃てない。盾で受けにくい足元を狙ってと……)
レイは盾を翳しながら接近してくるトロイの足元を狙う。彼も予想していたのか、横にステップすることで、その一撃を避け、更に接近してきた。
(拙いな。間に合うか!)
ほんの数m先にまで接近を許し、慌てて水球を放つ。
トロイは盾で受ける間も、避ける間もなく、腹に水球を受け、ウッ!という声を上げながら、倒れこんでいった。
「大丈夫ですか? 威力はそんなに無いはずなんですけど……」
「大丈夫だ。痛くはないが、魔法だと構えてしまうんだ。だが、さすがに衝撃はあるよ。しかし、あと、もうちょっとだったのにな。次は必ず……」
「よし、とりあえず終了だ。アイリーン、立てるな」
アイリーンが近寄ってきたところで、ヴァレリアが話し始める。
「レイ、今の接近をどう思った? 魔術師としての意見を聞かせてくれ」
「魔術師の意見ですか……僕は純粋な魔術師じゃないんで、変な意見かもしれませんけど、いいですよね?」
ヴァレリアが頷くと、彼は自分の考えを話し始めた。
「横に走るのはいいと思います。横に走る相手に当てるのは難しいですから。でも、動きが単調だと、予測できますし、目の前に撃ち込まれて足を止めると、いいカモになってしまいます」
「だけど、全力で走らないと、もっと狙いやすいんじゃないの?」
「いいえ、コースをいきなり変えるとか、緩急を付けられた方が狙いにくいですね」
アイリーンは唸りながら、考え込む。
レイはトロイの方を向き、
「真直ぐ接近してきたら、外しようがないですよ。盾で受けるフェイントなり、ジグザグに動くなりしないと、タイミングを合わせて狙い打ちにできます」
「そうか……弓と同じか……」
「多分、弓より厄介ですよ。弓は弦を放す動きが見えますが、魔法はどのタイミングで飛んでくるのか、判りにくいですから」
ヴァレリアはレイの話を聞き、
(この子は本当に面白いわ。よく見ているし、的確な指摘をする。まあ、彼くらい冷静に魔法を放てる魔術師が、それほど多くいるとは思えないけど……)
「よし、もう一度やるぞ! 次は私だ」
ヴァレリアとレイの訓練が始まる。
彼女はレイの言っていたフェイントを織り交ぜ、彼に接近していくが、あと数mというところで、膝下に水球を受けてしまった。
「難しいな。特に最後だな。どうすればいいと思う?」
「何か物を投げつければいいと思いますよ。魔法は集中力が要りますから」
「私は投擲剣があまり得意ではないんだがな」
「石でも棒でも何でもいいと思います。集中している時に目の前にものが飛んで来れば、集中が切れますから」
ヴァレリアは、なるほどと頷き、
「明日から、全員にこの訓練を受けさせる。魔力の回復は大丈夫そうか?」
「一晩寝れば大丈夫です。魔力切れ直前まで使っても、一晩で何とかなります」
その後、ノーマ、アシュレイ、ステラと同じ訓練を行い、ステラだけがすべての魔法をかわすことに成功した。
その訓練風景を眺める一団があった。




