第二十二話「武器屋街」
翌朝、レイは二日酔いに苦しむ朝を迎えた。
(うっ、気持ち悪い。また、やっちまった……とりあえず、解毒の魔法を掛けて……)
以前にも使った解毒の魔法の応用版を自らに掛けていく。
頭はまだガンガンするが、用意してあった水を飲み、ゆっくりと起き上がっていった。
(やっぱり飲み過ぎは辛いなぁ……でも、アッシュやヴァレリアさんはケロッとしているんだろうな……)
木窓を開けると、外は既に明るく、中庭では朝の鍛錬を行っている声が聞こえてくる。
(前と同じなら、一時間くらいで治るんだけど、とりあえず、着替えるか)
痛む頭、ムカつく胃腸を無理やり抑え、着替えを終える。
部屋の外に出ると、すぐにステラが現れ、「お早うございます」と頭を下げてくる。
レイは挨拶を返した後、「今、何時頃か判る?」と尋ねる。
「先ほど午前六時の鐘がなりましたから、六時半くらいだと思いますが」
意外と早く起きられたことにレイは驚いていた。
(意外と早く目が覚めたな。でも、昨日は何時まで飲んでいたんだろう? 途中から全然記憶がないや……)
レイは中庭を覗き、見知った顔がないか探すと、アシュレイとハミッシュの姿が目に入ってきた。
既に二人はかなり前から鍛錬に励んでいたようで、噴き出す汗を拭いていた。
(二人とも凄いよな。途中まで僕の倍のペースで飲んでいたはずなのに……アッシュが”強い”のは遺伝のおかげか……)
レイはまだ痛むこめかみを押さえながら、中庭に出て行く。
ハミッシュは、からかうような軽い口調で、
「ようやく起きてきたか。いや、よく起きられたな。今日は半日寝ているんじゃねぇかと思っていたぞ」
「頭はまだ痛いです。魔法が効けば、あと一時間くらいで楽になると思うんですけど」
その言葉にハミッシュが驚く。
「お前は二日酔いに治癒魔法を使うのか!?」
軽く体を動かしていると、眠そうな顔のヴァレリアが現れ、
「あら、レイ君、元気そうじゃない。今日の訓練は駄目だと思っていたけど、その様子なら大丈夫そうね」
「まだ、少し頭は痛いですけど」
自分の倍以上飲んでいる面々に意外に元気そうと言われ、レイは苦笑いを浮かべていた。
「ヴァル姉、今日はちょっと用事があるのだ。訓練は明日からにしてもらえないだろうか?」
「そうね。昨日着いたばかりだし、街も見ていないものね。いいわ、用事が済んで時間があったら、いつもの場所に来なさい」
意外とあっさりと、訓練の話が無くなり、
(あれ? いいのかな? 今日は僕たちの編成の話をするとか言っていたような……昨日のレッドアームズの話で、僕がこの王都のことを全然知らないって判ったからかな?)
レイは三十分ほど、軽く体を動かすと、ようやく少し頭痛が治まる。アシュレイ、ステラと共に朝食を取るため、食堂に向かう途中、装備を整えた一団とすれ違った。
(今から出動か。昨日とは打って変わって、きりっとしているな。さすがはプロの傭兵って感じがする)
朝食にしてはしっかりとした食事――パンにスープ、それに肉と野菜を焼いたものが付いていた――を取りながら、今日の予定をアシュレイが説明していく。
「今日は私の鎧、穴を開けられた胸甲と、ステラの防具、そして剣を調達にいく。緑蛇竜の皮は、その途中で売ることになる。こんなところだが、何かあるか?」
「了解。武器屋と防具屋についてはアッシュに任すよ。皮はどこに売りに行くんだい?」
「防具を買いに行くところで、ついでに買取りを頼もうと思っている。交渉がうまく行かなければ、ギルドで買取りを頼むつもりだ」
午前八時頃、三人は蛇竜の皮の入った袋を抱え、防具屋に向かった。
防具屋は武器屋街の中にあり、館からすぐの距離にあった。
白い漆喰の壁にオレンジ色の屋根の二階建ての建物だった。
レイはその外観に、あるテーマパークを思い出していた。
(外から見る限りは、テーマパークにあるカフェか、土産物屋だよな。とても武器や防具を売っている店には見えないよ)
レイの想いとは関係なく、アシュレイはスタスタとその店の扉をくぐっていく。
中に入ると、金属製の鎧と革製の鎧が所狭しと並べられていた。
(凄いな。博物館みたいだ。それにしても鎧ってオーダーメイドだよな? 何でこんなに置いてあるんだろう?)
アシュレイは、店の奥まで進み、大声で店主の名を呼んでいた。
「グスタはいるか? アシュレイ・マーカットだ」
アシュレイの声に、野太い声の返事が返ってくる。
「アシュレイだと! ちょっと待ってろ。すぐにいく!」
店の奥から、背の低い髭面の男がドタドタと走ってきた。
(ドワーフか。さすがに王都なんだな。北部ではチラッと見掛けたくらいだったけど……)
「いつ帰ってきたんだ? 元気そうじゃないか」
そう言いながら、ガハハと笑いながら、バシバシとアシュレイの背中を叩いている。
レイは茫然とした顔で、その様子を見守っていた。
アシュレイと二言三言、話をすると、ようやく落ち着いたのか、
「今日は何のようだ?」
「まずは買取りを頼みたい。レイ、ステラ」
アシュレイの合図で、二人が蛇竜の皮をテーブルの上に載せていく。
グスタは彼女をジロリと睨み、
「蛇竜か、緑だな。お前が仕留めたのか?」
彼女は笑いながら、軽く手を振り、レイを指差す。
「そこにいるレイが仕留めた。私は少しだけ手伝っただけだ。で、いくらで買い取ってくれる?」
グスタはすべての皮を取り出し、入念に確認していく。
そして、しばらく考えた後、顔を上げ、「全部で一万、どうだ?」と、査定額を口にした。
アシュレイは、ニヤリと笑い、
「それはないだろう。顔の部分以外、ほとんど傷はないはずだ。それに処理も悪くはない。二万とは言わんが、一万五千は堅いはずだぞ」
グスタはお手上げだとでも言うように、手を上に上げながら、
「いくらハミッシュの娘でも、それはねぇだろう。一万二千。これ以上は無理だ」
アシュレイは少し考え、にこりと笑う。
「判った、それでは、この娘の鎧をこれで作ってくれ。それで一万二千。悪くないだろう?」
アシュレイのその言葉にグスタは、頭の中で計算を始める。そして、一分ほど経った後、
「作るのは今着ている物と同じ物でいいんだな。それなら、一万二千で手を打とう」
アシュレイは「ちょっと待ってくれ」といった後、後ろを振り向き、「レイ、それでいいな?」と確認する。
彼はニコリと笑いながら、軽く頷く。
(アッシュは楽しそうだな。武器屋とか防具屋に来ると生き生きしているような気がする。それにしても、こういうところの交渉に慣れている感じだな)
グスタは広げられた皮を裏に持っていくと、ステラを手招きする。
「嬢ちゃん。寸法を測る。ちょっとこっちに来てくれ」
ステラはレイとアシュレイを見るが、二人が頷くと、ドワーフについて奥に入っていった。
「一万二千か……そんなに高いものだったんだ」
「フォンスには傭兵が多いから、常に需要はある。それに、ここにはドワーフの名工が多い。彼らは競っていい物を作りたがる。だから、いい素材は少々高くても手に入れたがる」
レイはなるほどと感心していた。
「アッシュはこういう店に慣れているよね。昔から来ているから?」
「ああ、父上に連れられてよく来たな。新人の装備を買う時に供をした」
「それで交渉も出来るのか。見違えたよ」
アシュレイは少し照れながら、「そうか」と呟いていた。
十分ほどでグスタと共に、ステラが戻ってきた。
グスタの顔に困惑の表情が浮かんでいた。
「アシュレイ、一つ教えてくれ。この嬢ちゃんは何者だ? 中に着ているチェインシャツは、アルス――ドワーフが多く住むカウム王国の王都――のゲールノートの物だぞ。これだけでも一財産だ」
「ゲールノートの物だと! かなりのものだとは思っていたが、まさかな……」
アシュレイはその名前を聞き、絶句してしまう。
レイは小声で、「ゲールノートって人はそんなに凄いの?」と聞くが、アシュレイの耳には入らなかった。
その代わり、グスタが呆れ顔で、彼に答えていく。
「お前さんも傭兵の端くれだろう。ゲールノートの名も知らんのか? ゲールノートと言えば、アルスで一番の名工だ。この嬢ちゃんのチェインシャツはその名工の一品物だ。恐らく十万、いや二十万は下るまいな」
(十万Cって、一億円? えっ! 二億以上の防具を着けているわけ?)
グスタはレイの鎧、ニクスウェスティスに目が留まる。
「おい、兄ちゃん。お前さんの鎧、どこで手に入れたもんだ? ちょ、ちょっと見せてくれないか」
「見てもいいですけど、僕も手に入れた経緯とか説明できませんよ」
グスタはレイの周りをぐるりと回りながら、鎧をじっくりと眺めていく。
グスタはレイの話など耳に入っていないのか、コツコツと叩きながら、一人でしきりに感心している。
困り果てたレイは、我に返ったアシュレイに、目で助けを求める。
「グスタ、今度暇のあるときにしてくれ。まだ、用事が残っているのだ」
アシュレイの声にグスタも我に返る。だが、まだ名残惜しそうにレイの鎧を触っていった。
「す、すまねぇな。ああ、そうだ、嬢ちゃんの鎧は早くて一ヶ月は掛かるぞ。それでもいいか?」
「構わん。もう一つの用件だが、私の胸甲を作り直したい。予算は、三万Cだ」
(三万Cって、アッシュはそんなにお金を持っていたのか。びっくりだな)
「ほう、奮発するな。胸甲一つに三万か。判った。素材の指定は……」
アシュレイとグスタは細かい仕様について、打合せをしていく。
暇を持て余したレイは、並んでいる鎧を眺めていく。
「触るんじゃねぇぞ。それは引き取り手の決まっているやつばかりだからな」
グスタの声にビクッとするが、興味深げに更に鎧を眺めていく。
(展示品じゃなくて、引き取り待ちの品か。クリーニング屋の吊ってある服みたいなもんか? でも、いろいろあるんだな。自分の以外、あんまりじっくり見たことがないから、おもしろいや……)
アシュレイの注文も終わり、店を出ていく。
外に出た後、
「三万Cって、大丈夫なのか? って言うか、そのくらい出すのが普通なのか?」
アシュレイは笑いながら、
「大丈夫だ。お前と一緒にいた二ヶ月でも、かなりの額を稼がせてもらったしな。それに防具は命を預ける大切なものだ。出来るだけ良いものにしておいた方がいい。まあ、お前には関係ないが」
(買い物でテンションが上がっているのか、昨日のことで吹っ切れたのか。いつもより、明るい感じがするな。いざとなったら、僕が持っている金もある。さっきの蛇竜の僕の取り分、六千を加えたら、二万を超える……結構、溜まっているよな。僕の場合、武器も鎧も、そして、馬も一級品。それが、ただで手に入っているから、お金の使い道がなかなか無いんだよな。まあ、贅沢な悩みだけど……)
ステラは、二人が楽しそうに話している後ろを数歩下がって、付き従っていく。
(お二人が楽しそうだと、なぜか心が温まる。このまま、この時間が続いて欲しい……)
アシュレイが目指す武器屋は、グスタの店のすぐ近くにあった。
造りはグスタの店と同じような白い漆喰の壁にオレンジ色の屋根だが、高い煙突からは黒い煙がモクモクと上がっている。
中に入ると、剣、槍、斧など、様々な武器が並んでいた。
アシュレイが「バルテルはいるか?」と声を掛けると、先ほどのグスタよりやや年嵩のドワーフが、黒い革の前掛けを引き摺るようにして、店に出てきた。
「誰じゃ、この忙しいのに儂を呼ぶ奴は……おっ、アシュレイじゃねぇか! いつ帰ってきたんじゃ?」
(さっきと同じ反応だ。この街では相当な有名人なんだ、アッシュは……)
「久しぶりだな、バルテル。今日はこの娘に剣を二振り打ってもらおうと思ってな」
バルテルと呼ばれたドワーフは、ステラを値踏みするように見つめた後、アシュレイに向き直る。
「ほう、獣人のお嬢ちゃんか……若いな。儂が打つ価値があるんだな?」
アシュレイは「私が連れてきたのだぞ」と冗談半分に凄んだ後、
「ステラは私より剣術の腕は上だ。ギルドで確認しているから間違いない。差しで戦えば、六:四で私は負けるだろう」
その言葉にバルテルは奥まった目を丸くする。
「ほう、お前さんにそこまで言わすのか。良かろう、嬢ちゃん、注文を聞こうじゃねぇか。どんな感じの物が望みじゃ」
それに対し、ステラは首を傾げ、「どのようなものでも」とだけ答える。
アシュレイはその言葉に苦笑し、置いてある剣を取って、
「この中で一番使い易いものを選んでみてくれ。三人で戦う上で一番いいと思うものを選べばよい」
そのやりとりにバルテルは「何じゃ、この娘は」と首を傾げている。
ステラとアシュレイが剣選びを始めたため、ここでもすることがなくなったレイは、槍のコーナーで並んでいる槍を眺めていた。
(いろいろあるんだなぁ。単純なスピアっていう感じのものから、三本の穂先のトライデント型、斧が付いているからハルバードか。面白いな。手にとってもいいんだろうか?)
「お前さんは槍使いか? 好きな物を手にとってみな」
後ろから突然掛かる声に驚き、後ろを振り返る。レイはバルテルの頷く姿を見て、一本のスピアを手に取った。
(軽いな。天井は高いし、少し振っても大丈夫だろう)
レイはスピアの重心を確かめた後、連撃を繰り出し、槍の感触を確かめていく。
(結構シックリ来るな。アルブムコルヌがなければ、この槍を買っていたかも知れないな)
バルテルは、若さに似合わぬレイの槍の扱いに、感心していた。
(若いのに相当な腕じゃな。ハミッシュの娘は面白い奴らを連れてきおったわ)
アシュレイとステラが剣を選び終わったようで、一振りの短剣、長さ七十cmくらいの鋭利な両刃の剣を選んでいた。
「長さと重さはこれがいいそうだ。バランスはもう少し手元側、切れ味を出来るだけ上げてほしい」
「良かろう。で、予算はどのくらいじゃ」
「どうする、レイ? 三万から四万Cくらい掛けてもいいと思うのだが」
(ステラの受け継いだ資産は五万八千Cほど。四万でも二万弱は残る。これだけあれば、独り立ちしても十分生きていける。四万でいくか……)
「ステラがよければ、四万でいいと思う。どう?」
「私には良く判りません。レイ様とアシュレイ様のご判断にお任せします」
(まだ、自分で考えるところまで行かないか……仕方がない。時間を掛けるしかないんだから)
短剣二本で四万C、素材は一本がカウムの高品質鋼、もう一本がミスリルとすることになった。
(どうして、別の素材にするんだろう? 同じ方が使いやすいんじゃないのかな)
バルテルの店を出たところで、レイはその疑問を口にした。
アシュレイの答えは、
「ミスリルはアンデッド用だ。カウムの鋼の方が切れ味がいい。だから、通常は鋼の方を使うことになるだろう。重さやバランスは同じだから、使いにくくなることはないはずだ」
「了解。で、いつできるんだっけ?」
「これも一ヶ月ほど掛かるそうだ。二人とも腕のいい職人だから、安心して任せておけばいいだろう」
三人は午前中に予定の買い物を終え、傭兵団本部に戻ることにした。




