第二十一話「赤腕団(レッドアームズ)」
徐々に宴会も盛り上がっていき、一番隊のガレス・エイリング隊長、四番隊のエリアス・ニファー隊長が団長、ギルド長に挨拶がてら、レイに話しかけてきた。
緊張しながらも、何とか受け答えをしたレイは、
(僕の方から挨拶に行った方が良かったのかな? こういう席でどうしたらいいかなんて、高校生だった僕には全然判らないよ……)
彼は隣にいるアシュレイに小声で、
「こういう時って、僕の方から挨拶に行った方がいいのかな? どうしたらいいと思う?」
「気にしなくてもいいぞ。うちの宴会は無礼講が基本だ。それに今日の主賓はお前なのだ。お前はここにいればいい」
何となく納得しがたいものがあったが、他にどうしようもないと諦めて座っていた。
横を見るとステラがまだ周囲を警戒しており、話の輪に入っていかない。
(これじゃ、駄目なんだけどな。どうしたらいいんだろう?)
レイはステラに話しかけようとするが、彼とアシュレイのところには、ひっきりなしに傭兵たちが訪れてくる。
アシュレイはいつもより明るい声で、昔馴染みと話をし、レイは緊張しながら、受け答えをしていた。
ステラの下に二番隊の隊長、ゼンガ・オルミガがやってきた。
「お前さぁも強ぇな。どこで修行さしたんだ?」
ステラは無言でゼンガの巨体を眺めている。
ステラが話しかけられているのに気付いたレイは、すぐに話に加わっていった。
「ステラは南の方の田舎で修行していたんですよ。ところで、ゼンガさんはどこの生まれなんですか?」
無理やり話題を変える彼に、ゼンガは訝ることなく答えていく。
「おらぁは、サエウムの山ん中の生まれなんだぁ」
「それがどうしてここに?」
「昔、そうさな、もう十年になっかなぁ。団長さぁがおらたちの村の近くに来たんだぁ。そん時、おらぁが団長さぁに挑戦してな、こてんぱんに負けちまっただ。そんで、そのまんま、団長さぁに付いてきたんだぁよ」
訛りがきつく、間延びするしゃべり方のゼンガの話を何とか聞き取ると、十年前にゼンガの村の近くにハミッシュが訪れた。有名な傭兵である彼にゼンガは挑戦したが完敗。それに納得できなかったゼンガは、ハミッシュについてフォンスにやってきた。何度も挑戦したが、一向に勝てそうになく、ズルズルと食客のような感じで居付いてしまった。そして、知らないうちに、マーカット傭兵団の一員になったとの話だった。
(いい人なんだけど、この話し方に付き合うのは疲れるな。でも、二番隊の隊長ってことは、部下を二十人以上率いているんだよな。慣れるもんなんだろうか?)
後で聞いた話では、ゼンガはハルバードの使い手として尊敬されているだけでなく、そのおおらかな性格から、隊長としても慕われているとのことだった。ただ、実際の二番隊の指揮は、部下である副隊長が取っている。
(それにしても個性的な人たちだなぁ)
次々と訪れる傭兵たちは、次第に酔いが回ってきており、遠慮がなくなっていった。
一人の若い男などは、「俺のお嬢を……」と泣き出すし、治癒師である魔術師は、レイの魔法の呪文をしきりに聞きたがった。
宴会が始まり、二時間ほど経つと、徐々に傭兵たちが部屋に戻っていく。
不思議に思ったレイが、アシュレイに尋ねると、「明日の朝から任務がある連中だ」との答えが返ってきた。
(ちゃんと、自己管理ができているんだ。二日酔いで依頼を受けるようなことはしないんだ。当たり前といえば、当たり前だけど、傭兵という職業のイメージがドンドン変わっていくな)
午後八時過ぎ、宴会は一層盛り上がり、気が付けば、レイは最初にいたハミッシュたちのテーブルから、ヴァレリアのいる五番隊のテーブルに移動していた。
横にはステラも付いて来ており、二人は五番隊の傭兵たちに取り囲まれていた。
「みんな、こいつらは五番隊で預かることになった。レイ、挨拶しな」
口調が変わったヴァレリアに驚きながらも、
「レイ・アークライトです。こっちはステラです。よろしくお願いします」
レイとステラは立ち上がり、頭を下げていく。
昼間の団長との立会いを思い出し、その腰の低い態度に、彼らは顔を見合わせて驚いている。
「この二人にアシュレイが加わる。編成は明日、ドゥーガルを交えて決めるつもりだ。団長から特別扱いはするなと厳命された。普通に付き合ってやってくれ!」
ヴァレリアの言葉にレイたちの周りに人垣が出来る。
その中で三十歳くらいの細身の人間の男が、レイの前に立ち、右手を差し出した。
「ドゥーガル・ゲシンだ。五番隊の副隊長をやっている。明日からよろしく頼む」
背はやや低いが、細面の顔に鋭い眼光のため、レイはやや引き気味になる。
彼はおずおずといった感じで「よろしくお願いします」と言って、その手を取った。
(この人も怖そうだな。アルベリックさんが言うとおり、五番隊に入ったのはラッキーじゃないみたいだ)
その後も、二十人近い隊員たちと握手を交わしていく。人数が多く、名前は覚えられないが、何事もなく、顔合わせは終わった。
彼は心の中で溜め息を吐く。
(ふぅぅ、何とか顔合わせは終わったけど、ここは女の人が多いな。半分くらいは女の人だった気がする。隊長が女の人だからなのかな?)
人垣も崩れ、少し落ち着いた感じでテーブルに着くと、ヴァレリアが話しかけてきた。その口調は元の軽い感じに戻っていた。
「ビックリしたでしょ。これでも一応、隊長だからね」
そのギャップに面食らいながら、「隊長って呼んだ方がいいんでしょうか?」と尋ねると、
「任務中だけ、隊長って呼んでくれればね。後はどう呼んでもらってもいいわ。ヴァレリアでもいいし、ヴァルでもね」
レイは「はぁぁ」と溜め息のような返事をした後、気になっていた、レッドアームズという言葉について質問する。
「あら、レイ君は本当に知らないの? ステラちゃんも?」
二人が頷くと、周りからも驚きの声が上がる。
(そんなに有名な話なんだ。モルトンで聞いておけば良かったかな?)
「じゃあ、教えてあげるわ。そもそもの話からなんだけど、団長がマーカット傭兵団を立ち上げて五年くらい経った頃にね……」
ヴァレリアの話では、十五年ほど前、ハミッシュがマーカット傭兵団を立ち上げて五年ほど経った頃の逸話だそうで、その当時、戦争状態にあったカエルム帝国とラクス王国は、南部の自由国境付近で、何度も戦闘を繰り返していた。
マーカット傭兵団は当時五十人ほどしかおらず、知名度も低かった。そのため、輜重隊の護衛任務につくことが多かった。
ある時、ラクス軍は、カエルムの獣人部隊――ルークス聖王国と違い奴隷ではない精鋭部隊――の奇襲を受け、正規軍である騎士団が壊滅させられてしまった。
そして、正規軍の後続として付き従っていた輜重隊と、その護衛のマーカット傭兵団だけが戦場に残されてしまった。
カエルムの派遣部隊のうち、手柄を上げられなかった属州の正規軍二百人が、逃げる輜重隊に追撃を掛けてきた。ハミッシュは五十人の傭兵たちを率い、輜重隊を逃がすため、敵に立ち向かった。
敵の正規軍は、弱敵である輜重隊と、自分たちの四分の一しかいない護衛だと侮り、力押しに攻めていった。
だが、ハミッシュらは劣勢をものともせずに奮闘し、逆に敵を潰走させる。
その時の戦闘で、ハミッシュは二十とも五十とも言われる首級を挙げた。
それだけの戦果を上げながらも、彼はその鋭い動きのため、胴体にはほとんど返り血はなく、二の腕から先だけが、敵の血で赤く染まっていた。
その血に染まった赤い腕を見た仲間たちが、ふざけて、“赤腕=レッドアーム”という名を彼に贈った。
その戦闘は完全に負け戦だった。だが、それを糊塗したいラクス軍の上層部が、ハミッシュの話を誇張して王都に伝える。
このため、ハミッシュは凱旋将軍のような扱いで、沿道に立つ人々から”赤腕”という叫びが、多く上がったという。
その後、マーカット傭兵団に入る若い傭兵たちは、その名に憧れ、自らの篭手や腕甲を赤く塗るようになった。そして、いつしかそれが標準装備のようになり、マーカット傭兵団の通称がレッドアームズとなった。
(なるほど。だからレッドアームズ、赤腕団か。でも、何でアルベリックさんの説明では駄目なんだろう?……アルベリックさんも、その場にいたんじゃないの?)
レイがその疑問を口にすると、ヴァレリアが大笑いする。
「アル兄にその話を聞いちゃ駄目よ。折角のいい話が台無しになるから。アル兄はいい人なんだけどね、団長がその“通り名”にいかに悶えていたかとか、いろいろ付け加えてくれるからね」
(なるほど、恥ずかしいよな。そんな”二つ名”を付けられたら。厨二病の人なら問題ないんだろうけど、ハミッシュさんは普通の感覚の人だったんだ……でも、僕たちの装備はどうしたらいいんだろう?)
「ところで、僕たちも赤く塗らないといけないんですか?」
「うーん、どうかしらね? 正式に団員になったわけでもないし、折角の純白の鎧が勿体無いわね。とりあえず、識別用に赤い布でも巻いたらいいんじゃない?」
本当にそうしていいものなのか、判らない彼はこっそりドゥーガルに尋ねた。
「ヴァレリアさんはそう言っているんですけど、それでいいんでしょうか?」
「別に赤く塗る規則はない。現に団長やアルベリック殿、アシュレイ様、いや、アシュレイは塗っていないからな。好きにすればいい」
(どうするかな? とりあえずヴァレリアさんの言うとおり、赤い布でも巻いておくか)
レイとともに五番隊のテーブルにいたステラは、レイとヴァレリアたちの会話にはあまり関心がなく、周りを警戒し続けていた。
(敵意を向ける者はいない……でも、関心を寄せている者は多い。前の旦那様もこういう席ではそうだった……やはり、私はレイ様の後ろに立っていた方がいいのでは……)
レイが見ているところでだけ、ジョッキに口を付けていたが、ほとんど中身は飲まず、素面の状態を保っていた。
そのことに気付いたヴァレリアが、「ステラちゃん、飲んでいないわね」といい、自分の部下の若い男たちを手招きで呼ぶ。
「このお嬢さんが飲み足りないわよ。もう、本当に気が利かないわね。そんなことだと、もてないわよ。少しはレイ君を見習いなさい」
若い傭兵たちは、「「はい!」」と元気よく返事をし、酔った勢いも手伝って、ステラに酒を勧めだした。
「ハルっていいます。ステラさん、さあ飲んで下さいよ。明日から一緒に仕事をする仲間なんですから」
ステラは、「いいえ、もう十分飲みましたから」と言って、ハルたちの酒を断っていく。
(まだ、今なら普段どおり戦えるはず。いえ、既に少し感覚がずれているかも……)
なかなか飲んでくれないステラに閉口したハルたちは、憧れの女隊長に泣きつく。
「隊長、無理です。俺たちの酒を飲んでくれません。代わりに飲んでもらえませんか?」
ヴァレリアは呆れながらも「仕方がないわね」と言って、ジョッキを空にする。
(この人もアッシュと同じ”うわばみ”だ。それにしてもステラは変わらないな。やっぱり、体に染み付いた習慣はすぐには抜けないって事かな……)
レイはステラのことを気にするものの、自分の周りの人たちの相手をするので精一杯だった。
午後十時頃、彼は五番隊の面々に酔い潰されていた。




