第二十話「宴」
部屋の準備が整ったとの連絡があり、レイとステラは一階の客室に、アシュレイは二階の自分の部屋に向かう。
客室は大きめの一人部屋で、レイとステラはそれぞれの部屋で装備を外していく。
アシュレイも同じように、自分の部屋で装備を外していくが、彼女はこの後、何を着るべきか悩んでいた。
(いつも通りでも良いのだろうが、少し変えてみても良いかもしれない……レイが、その私を見たレイが、どう思うのかも知りたい……)
アシュレイは自室のクローゼットを漁り、今まで袖を通したことが無い服を取り出していた。
マーカット傭兵団の本部では着々と宴会の準備が進んでいた。
空には雲が広がっているが、雨の降る心配はないため、中庭で大宴会が行われる。
中央に大きなテーブルが置かれ、その大テーブルを中心に、丸いテーブルと椅子が円形に並べられていく。
午後五時頃、館の調理場から次々と料理が運び込まれてきた。
「ヒース、ラージ! さっさと並べろ! ザドク、アイヴァー! 酒樽がねぇぞ! グズグズするな!」
右目に眼帯をし、左手が義手の男、司厨長が、若い傭兵たちに指示を飛ばしていく。
やや年かさの二十代の傭兵たちは、怒鳴られることなく準備を進めていくが、十代半ばの七級、八級たちは司厨長から、追い回されるように料理を運んでいく。
その指示のおかげか、中央の大テーブルには次々と料理が並べられていき、横には大きな酒樽が五つ置かれていた。
「よし、準備はあらかた終わったな。団長や隊長連中に、準備ができたと伝えて来い!」
その命令に、一人の若い傭兵がバタバタと館の中に走りこんでいった。
若い兵士の連絡を受けたハミッシュは、装備を外したラフな格好で中庭に出ていく。
レイとステラも呼びに来た兵士に連れられ、中庭に出ていく。
五、六人は座れる丸テーブルが十台以上並べられ、中央の大きなテーブルに置かれた料理と酒樽の量に、レイは目を丸くしていた。
(それにしても凄い量の料理と酒だな。五、六十人くらいは座れそうだし、このくらいは必要なんだろうな)
既に傭兵たちは中庭に集まっており、テーブルに着き始めていた。
ハミッシュはその中の一つのテーブルを選び、椅子にドッカと座る。
アルベリックが同じテーブルに着くが、ヴァレリアは違うテーブルに向かっていった。
(席が決まっているのか? 僕はどこに座ればいいんだろう?)
「レイ、ステラ。ここに座れ。今日はお前たちが主賓だ」
レイたちがハミッシュに呼ばれ、同じテーブルに着いた時、彼らの後ろの空気が変わった。若い傭兵たちのざわめく声が消え、一瞬、水を打ったような静けさが中庭を支配した。
レイが後ろを振り向くと、そこにはいつものような皮のシャツにパンツと言った冒険者スタイルではなく、萌黄色のロングのスカートに薄いブルーのシャツを着たアシュレイの姿があった。
アシュレイのことを良く知っている傭兵たちは、我が目を疑い、声を失っていた。
若い男たちは、その凛々しい美しさに目を奪われ、女傭兵たちは、にやにやと笑いながら、「お嬢が色気づいたよ」とでも言うように、隣同士でひじを突き合っていた。
全員の視線を一身に集めたアシュレイは、自分の姿がおかしいのではないかと思っていた。
(やはり、いつもの服装の方が良かった。皆、声を失うほど似合っていないのだ……)
アシュレイがUターンしようとした時、傭兵たちの歓声がこだまする。
彼女がハミッシュたちのテーブルに向かおうとすると、「お嬢! 似合ってますぜ!」とか、「見違えましたぜ!」などという声が掛けられる。
彼女は顔を真っ赤にしながら、ゆっくりとレイの横に座った。
(似合っていると言っていたが、レイはどう思っているのだろう?)
その時、レイは普段とは違うアシュレイの姿に見惚れていた。
(こういう姿もいいよ。いつもの颯爽とした格好もいいけど、こういう女性らしい格好も好きだな)
アシュレイが上目使いで彼を見ると、ようやく我に返り、彼女が何を期待しているのか、すぐに判った。
「アッシュ、似合うよ。本当によく似合っている。いつもの格好も好きだけど、こういうのもいいと思う」
少し興奮気味に話すレイに、アシュレイはようやくほっと息を吐いた。
(良かった。勇気を振り絞って。しかし、恥ずかしいものだな。昔、ヴァル姉から無理やり貰った時には、一生着ないものだと思っていたが。ヴァル姉に感謝しなければいけないな)
ハミッシュは娘の姿に驚いていた。
(アッシュ……こいつのために着替えたのか。喜んでいいのか、悲しんでいいのか……だが、アビーに、あいつの母親にそっくりだぜ……)
およそ六十人の傭兵で、すべてのテーブルが埋まる。
それを見届けたハミッシュはゆっくりと立ち上がった。
「今日は娘の帰還と仲間の歓迎の宴だ! みんな、存分に楽しんでくれ!」
ハミッシュの開会の宣言が終わると、「「ウォー!」」という歓声が上がり、若い傭兵たちが酒の入ったジョッキを配り始める。
気取りも作法も何もない宴会に少々面食らったものの、レイは傭兵たちの楽しそうな顔に自然と笑みが零れてきた。
(本当に楽しそうに笑っているな。それにしても、これだけの大宴会を二、三時間で準備してしまうなんて凄いな。役割もきちんと決まっているみたいだし……)
一人の若い女傭兵――十五、六歳くらいの人間の女兵士――が、ハミッシュたちにジョッキを渡していく。中には濃い色のビールが、なみなみと注がれていた。
乾杯の音頭もなく、全員にジョッキが渡った瞬間、レイとステラ以外の四人が突然立ち上がった。
慌てて、レイが立ち上がると、ステラもゆっくりと立ち上がる。
ハミッシュとデュークがジョッキを持ち上げ、「「新しい仲間に、乾杯!」」と叫びながら、ジョッキを打ち付け、飲み始めていく。
アルベリックとアシュレイも同じようにジョッキを持ち上げていた。
レイは作法も何も判らないが、とりあえず横にいるアシュレイと乾杯をし、ジョッキに口を付けていく。
少し甘く感じる温めのビールだったが、場の雰囲気にも合い、彼には非常に美味に感じていた。
ふと横を見ると、横にはジョッキを持ったまま、固まっているステラの姿が目に入った。
「ステラも飲んだら? ここは安全だし、それに僕たちより強い人たちが味方なんだ。安心して飲んでいいから」
「ですが、全員飲んでしまったら、何かあったときに動けません。私はレイ様、アシュレイ様をお守りする任務があります」
レイは苦笑しながら、ステラの頭に手を置き、「ありがとう。ステラ」と言った後、
「大丈夫。見張りの人たちは飲んでいないし、ここに攻め込んでくるほどの敵はいないから。だから、一緒に飲もう」
だが、護衛に立とうというのか、ステラは腰を上げかける。
「私が一緒に飲む必要はあるのでしょうか? 私はお二人の後ろに立っています」
「今日は僕たち、僕とステラの歓迎会でもあるんだ。だから、ここに座って一緒に飲んで……うーん、仕方がないな。じゃ、これは命令だから」
その言葉に、ステラは上げかけた腰を下ろしていく。
その姿を見ていたアルベリックがニコニコと笑いながら、ジョッキを上げていた。
「じゃあ、とりあえず、ステラさん、乾杯をしよう。乾杯!」
ステラがぎこちなくジョッキを上げ、そこにアルベリックのジョッキが当たり、コツンという音を立てる。
アルベリックが飲み始めるのを見たステラは、レイのほうをもう一度見た後、ゆっくりとジョッキに口を付けていった。
(初めてお酒を飲んでくれた。これだけでも大した進歩だ……あとはもう少し砕けた態度が取れればいいんだけど……)
若い傭兵たちが次々と料理をテーブルに運んでくる。
他のテーブルより、速いペースで運ばれており、よく見ると競い合ってここに運ぼうとしているのが判る。
(ハミッシュさん、いや、憧れの団長に近づこうと頑張っているのかな? よく見ると僕と同じくらいの歳の人もいる。次からは、僕もあの仕事をやることになるんだな)
その事をアシュレイに話すと、笑いながら首を横に振る。
「レイがする必要はない。彼らは七級以下の駆け出し、お前は五級だ。うちでは五級はベテランとして扱われないが、他所では十分ベテラン扱いなのだ。それだけの腕の持ち主に雑用はさせんよ。まあ、歳が若かろうと腕がある奴が偉いというのは、この世界では常識だ」
周りを見ると、確かに同じ年恰好でも給仕をしている者としていない者がいる。
(実力の世界ね……やっていけるのかな? 最初にハードルを上げ過ぎたよ……)
彼はハミッシュに負けを認めさせた男ということで、周りの傭兵たちが一目置いていることに気付いていた。だが、それが、これからの生活にプラスになるとは、とても思えなかった。
溜め息をつきながら、ジョッキを傾けていると、ハミッシュが話しかけてきた。
「お前が嘘を吐いているとは思えんが、槍と鎧はかなりの業物だった。その線からも素性は判らんのか?」
「はい、装備の名前、銘は判ったのですが、どういう経緯で手に入れたのか、いつから持っているのか、全然判らないんです」
(嘘は吐いていないけど……少し苦しいな。この言い訳は……)
「そうか……まあいいだろう。俺はお前を気にいった。それで十分だ」
レイは軽く頭を下げ、話題を変える。
「ハミッシュさん、いえ、団長に聞きたいんですが、“レッドアームズ”ってどういう意味なんですか?」
ハミッシュは一瞬、苦虫を噛み潰したような顔になる。アルベリック、デューク、そして、アシュレイまで面白そうに笑っている。
「無理に“団長”という必要はないぞ。お前は俺の客分だからな……そ、その話はアルにでも聞け」
(あっ! なんか不味いことを聞いちゃったかな? アッシュまで笑っているから大丈夫だと思うんだけど……)
「アルベリックさん、どういう意味なんですか?」
アルベリックは目を丸くし、
「レイ君は本当に知らないの? フォンスじゃ知らない人の方が少ないのに……ハミッシュ、僕が話してもいいの? あとで怒らないでよ」
「ちょ、ちょっと待て! アルに聞くのはよせ。あとで他の奴に聞いてみろ。そうだな、ヴァレリア辺りがいいだろう」
(何を焦っているんだろう? アルベリックさんだと不都合があるのかな?)
他愛のない話から、徐々にレイとアシュレイの馴れ初め、そして、今後の話に話題は変わっていく。
程よく酒の入ったデュークが口火を切る。
「その歳で傭兵、冒険者とも五級だそうだが、いつ登録したんだ?」
「えっと、冒険者が四月の初めで、傭兵の方は、確か四月の半ばくらいでした。ですから、冒険者が二ヶ月、傭兵が一ヶ月半くらい前ですね」
「まだ、二月も経ってねぇのか。傭兵はともかく、冒険者の方は無茶苦茶だな」
「僕もそう思います。まあ、まぐれで緑蛇竜なんて大物を倒しちゃったんで……」
レイは頭を掻きながら、笑って誤魔化している。
「緑蛇竜だと……三級相当の、それも大物じゃねぇか! それをアシュレイと二人で……ハミッシュ、こいつをうちの孫の婿にくれ!」
「馬鹿野郎! うちの婿を盗もうとするんじゃねぇ! 第一、おめぇんとこの孫は、まだ五歳にもなっていねぇだろうが」
デュークとハミッシュは怒鳴り合うように、レイの話で盛り上がっている。
(なんか、いつまで経っても慣れないよな、こういうの……元々、あんまり注目されたことがなかったからな……人ごとにしか思えないよ……)
怒鳴り合うハミッシュたちを無視し、レイはアシュレイに話しかけようと横を向いたが、彼女は、知らないうちに寄って来ていたヴァレリアに捕まっていた。
「アッシュ、その服って、私のあげたものじゃないの。今まで、どんなに頼んでも着てくれなかったのに、愛しい殿方のためなら、頑張れるのね。ふふふ」
「ヴァル姉! い、いや、何でもない……この服のことは感謝している……」
ヴァレリアにからかわれ、アシュレイは真っ赤になっていく。適度にアルコールの入ったヴァレリアは、その姿を見て、更に弄りに掛かる。
目敏く胸のペンダントを見つけ、
「あなたがアクセサリーを身に着けているなんてね。その首飾りは彼のプレゼント?」
更に赤くなるアシュレイは、ゴニョゴニョと答えているが、その話をハミッシュが聞きつけ、
「ほう、それは魔道具か? どういった効果があるんだ?」
レイは想像通りのコメントに、思わず吹き出してしまった。
(やっぱり、そう言うんだよな。アッシュが喜んだわけだ)
アシュレイがただの飾りだというと、ハミッシュは驚いた顔になる。
「何のために着けているんだ? ただの飾りなのだろう?」
その言葉にヴァレリアが呆れ顔になる。
「団長には女心は一生、判りませんね。本当にもう……」
少しだけ寂しそうな顔をするが、すぐに元の表情に戻った。
(今の表情は何なのだろう? ちょっと寂しそうな、残念そうな顔だったけど……)
「愛しい男性からの贈り物なんですよ。どんなものでいいんです。そうよね、アッシュ?」
完全にヴァレリアの標的と化したアシュレイは、恥ずかしさに俯いてしまう。
「ほら、ヴァレリアが弄りすぎるから、アッシュが恥ずかしがっているよ。アッシュを虐め過ぎるなら、僕が代わりに反撃してあげるよ?」
その言葉に「アル兄に何が出来るのよ」と胸を張る。
「そう……ヴァレリアも正直になったら? アビーを亡くしてから、十五年以上経っているんだよ。そろそろ遠慮しなくてもいいんじゃないの?」
その言葉にヴァレリアが口をポカンと開け、ハミッシュは「何の話だ?」と不思議そうな顔をしている。
(アビーさんって、アッシュのお母さん? ってことは、ヴァレリアさんって、ハミッシュさんのことが……なるほど、だから、さっきの表情か……)
この後、ヴァレリアはアルベリックに散々にからかわれ、ほうほうの態で自分のテーブルに戻っていった。




