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トリニータス・ムンドゥス~聖騎士レイの物語~  作者: 愛山 雄町
第二章「湖の国・泉の都」

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第十七話「模擬戦:後篇」

 レイが倒された直後、銀色の狼、ステラは中庭に飛び出していた。

 彼女は走りながら、ハミッシュに二本の投擲剣を投げつけていった。


 ハミッシュは、一瞬驚きの表情を見せるが、飛んでくる投擲剣を手に持つ巨大な木剣で易々と打ち払った。そして、投擲剣を投げた一人の少女を見下ろしていた。


 ステラは投擲剣を投げた後、滑りこむように、ハミッシュの前に立ち塞がり、倒れるレイの盾になろうとしていた。


 周りにいる傭兵たちは、一瞬の出来事に声を失っていたが、敬愛する団長に不意打ちを掛けた獣人の娘に対し、怒号のような声を上げ、一斉に剣を引き抜く。



 ハミッシュは殺気を感じることなく、顔に向かって飛んできた投擲剣に驚いていた。


(この獣人は何者だ? 殺気の欠片も感じなかった……後ろを向いていたら、避け切れなかったかもしれん……)


 そして、周りにいる部下たちが、いきり立っているのに気付き、


「落ち着け! 手出しをするな!」


 その大音声に傭兵たちの動きがピタリと止まる。


「しかし、こいつは……」と誰かが叫んだとき、


「静まれ! 手を出すなといった。聞こえなかったのか」


 ハミッシュが周りを睨みつけると、傭兵たちは剣を納め、元の場所に戻っていく。

 そして、立ち塞がる獣人の娘を一瞥した後、痛みに苦しむレイのために治癒師を呼んだ。


「治癒師! 治療をしてやれ! 鎖骨が折れて、肺も傷付いているはずだ」



 レイには何が起こったのか判らなかった。槍が折られた後、強い衝撃を受け、一瞬気を失い、地面に叩きつけられた衝撃で意識を取り戻したからだ。

 地面に顔を付けながら、体を起こそうとすると、右の鎖骨辺りに激痛が走る。痛みに悲鳴を上げようとすると、肺で焼けるような激しい痛みが爆発する。


 ゲホッと咳き込むと、口から真っ赤な鮮血が吐き出された。


(うっ! 痛いなんてもんじゃねぇよ! ク、クソッ!)


「治癒師! 治療をしてやれ! 鎖骨が折れて、肺も傷付いているはずだ」


 レイの耳にもハミッシュの声が届いていた。


(鎖骨と肺か……光と水と木の精霊たち、頼む治療を……)


 彼は自らに治癒魔法を掛けていった。

 白と青と緑の光が彼を取り巻いていくと、蒼白になっていた顔に赤みが戻っていく。


(もう少しだ……うん? 誰だ、僕の前にいるのは?)


 治癒魔法が効いていくと、ようやく周囲の状況が目に入るようになる。彼とハミッシュの間に、誰かが立っているのに気付いた。

 そして、ゆっくりと視線を上げると、腰の剣に手を掛け、ハミッシュに立ち向かおうとするステラの姿が目に入ってきた。


「ステラ?」


 その声にステラがゆっくりと振り返る。


「大丈夫ですか、レイ様? あの男は私が足止めします。今のうちに……」


 レイはステラの言葉を遮り、下がるように諭す。


「ステラ、下がっていてくれ。これは殺し合いじゃないんだ。手出しはしないで……でも、ありがとう」


 ステラは「ですが」と言うが、レイが彼女の目を見つめると、警戒を解かずにゆっくりと元の場所に戻っていった。


「アッシュ、ステラを抑えておいてくれ。僕は大丈夫だ」


 アシュレイが頷くと、ハミッシュに向けて頭を下げる。


「すみません。もう邪魔は入りませんから、続きを」


 ハミッシュは何事もなかったかのように、剣を構えるが、何かを思い出したように話し始めた。


「客人は魔術師なのか?」


「はい、魔法()使います」


 ハミッシュはその答えを聞き、殺気を込めた目でレイを睨みつける。


「俺は全力で掛かって来いと言ったはずだ。魔術師なら、なぜ魔法で攻撃を掛けてこない」


「魔法では手加減できません。致命傷になるかもしれませんし……」


 その言葉にハミッシュは激怒する。


「ここまで馬鹿にされたのは久しぶりだ! 俺に対して手加減だと……良かろう、お前の魔法を受けてやる! 全力で撃ち込んでみろ!」


 レイが「しかし」と言おうとした時、


「つべこべ言わずに撃て! それともこれ以上、俺を怒らせるつもりなのか?」


 ハミッシュはレイとの距離を取るため、壁際に向かって歩いていく。

 レイは仕方なく、光の矢、連弩の魔法を準備し始めた。



 ハミッシュは本気で怒っていた。


(俺に対して手加減だと……どの程度の魔法か見させてもらおうじゃねぇか)


「ここまで馬鹿にされたのは久しぶりだ! 俺に対して手加減だと……良かろう、お前の魔法を受けてやる! 全力で撃ち込んでみろ!」


(しかし、槍の腕もそこそこいい。うちの若い奴の中でも一、二を争う腕だろう。それに治癒魔法もだ。少なくとも鎖骨に、ひびが入っていたはずだ。血を吐いていたから、肺にもかなりのダメージが入っていた。それを自分で、それもあの短時間で治すとは……攻撃魔法がどの程度か見せてもらおうか)




 レイは、光の連弩の魔法を準備しながら、どう攻撃しようか悩んでいた。


(いくらハミッシュさんが凄い人だと言っても、魔法はやばいよな。万が一、アッシュのお父さんにもしものことがあったら……間違っても致命傷にならないよう足を狙おう。足ならすぐに治療すれば大丈夫だろうし……でも、手を抜くともっと怒られそうだし、どうしようかな……)


 精霊の力を取り込み始めてから、三十秒ほどで連弩の魔法は完成した

 レイは一発目を上に向けて放つ。

 ハミッシュは何をしているという表情で一瞬上に視線を向けた。

 レイはその僅かな隙を見逃さず、二撃目と三撃目を足元に向かって放った。そして、すぐに四撃目、五撃目を僅かに右に逸らして放っていく。



 上に向けて撃たれた魔法に気を取られ、その隙を突かれたハミッシュは自らに悪態を突いていた。


(やられたわ。最初の一本を囮するとはな)


 続く四連射された魔法に驚くが、低く飛んでくる二本の光の矢を木剣で叩き消していく。


(連射だと! 三十年以上傭兵をやっているが、初めて見たぞ……)


 そして、更に二本の光の矢が飛んでくるが、僅かに軌道がずれていることに気付く。


(わざと外したのか? それとも連射で精度が悪いのか? 何かある。油断するなよ)


 彼は外れる軌道を取る光の矢に危険な臭いを感じていた。


 二本の矢は数m手前で、突然軌道を変えた。


(何! なんて厄介な魔法だ)


 そう思いながらも、まだ余裕のあるハミッシュは、命中する直前で左に跳んで回避する。

 光の矢は、彼の後ろの壁にぶつかり消滅した。

 中庭を見つめる傭兵たちは息をすることすら忘れ、周りはシーンと静まり返っている。


(恐ろしい魔法だな……初めて見た奴のほとんどは避けきれまい……ん? 何か嫌な予感がする……一本目か!)


 最初に放たれた光の矢が頭上から襲ってくると予想し、前に数m跳ぶ。

 後ろでは、光の矢が地面に突き刺さる、グサッという音が聞こえてきた。


 ハミッシュは背中に冷たい汗が流れるのを感じていた。そして、ニヤリと笑い、レイを見つめていた。


(なんて奴だ! 一発目は囮だと思わせておいて、実は本命だったとはな……だが、今の場所は俺に当たる場所じゃねぇ。 確かに頭から受けたらケガじゃ済まねぇかもしれねぇが、舐められたもんだ……待て、最初に迷ったあの顔……奴はまだ隠し玉を持っている。間違いない……)




 魔法を放った方のレイも、ハミッシュの並外れた剣技、体術、勘に驚くというより、呆れていた。


(一本くらい当たるはずだったのに……二本目、三本目は、ただの木の剣で消されてしまうし、四本目、五本目も避けられた。初めて追尾する魔法を見たはずなのに……それより、一本目だ。目の前に突き刺さるように調整したのに、それを見もせずに避けてしまうなんて……これが”第一級”傭兵の実力なんだな……)


「全部外されたのは、初めてです。完敗です」


 レイは頭を下げ、潔く負けを認めた。

 だが、ハミッシュは鋭い目付きを緩めることはなかった。


「客人、いや、レイ。まだ、何か隠しているだろう。俺の勘がそう言っているんだ」


 レイは困った顔をして、アシュレイを見る。


(勘がそう言っているって言われてもなぁ。それだと反論しようがないよ……あとは”雷”の魔法なんだけど、危険すぎる。弩の矢なんて比較にならないくらいのスピードだし、威力も半端ないしな……アッシュ、どうしよう?)


 視線を送られたアシュレイも困っていた。


(レイが考えているのは、恐らく”雷”の魔法だろう。だが、いくら親父殿(団長)でも、あれは危険だ……だが、こうなったら引くに引かないだろう。どうする、レイ?)


 沈黙するレイにハミッシュが痺れを切らす。


「とっとと準備しろ! 当たって大怪我をしても治癒師がいる。それとも俺を殺せるほどの魔法だというのか? ”一級”の俺を殺せると思うとは思い上がりも甚だしいぞ!」


 アシュレイは雷の魔法の危険性を考え、父が大ケガをすると確信していた。


「団長! 危険だ! レイの切り札は……レイ、頼む……」


「黙れ! アッシュ! これは俺とレイの勝負だ。口を挟むな!」


「しかし……」


 アシュレイが尚も言い募ろうとした時、レイが割って入った。


「判りました。建物に被害が出ると困るので、丈夫な壁のところを背にして下さい」


(当てずに横を通過させて、壁に傷を付ければ納得してくれるだろう)


 ハミッシュは言われたとおり、壁に向かって歩いていく。


(建物に被害だと。それほどの自信があるということか。ということは炎系の魔法、いや、こいつは光属性の使い手。光の槍でも飛ばしてくるのか……)


 ハミッシュが丈夫そうな石壁の前に立つと、レイが雷の魔法を準備し始める。

 レイの周りに光の粒子が集まっていく。

 一分後、準備が終わったレイは、左手を突き出すように軽く前に出した。


 レイの左腕から金色の閃光が走り、バリバリという雷に似た大音響が屋敷中に響き渡る。


 ハミッシュは自分の一mほど横を、眩い金色の閃光が走り去るのをただ眺めているだけだった。


 彼の後ろでは、石が割れる“バッキン”という硬い音が鳴り、その直後、彼の背中に細かい石の破片がコツコツと当たっていく。


 彼は目を見開いたまま、立ち尽くし、声を出すことすら出来ない。


(何だ……何なんだ、今のは……こいつが当たっていれば、俺は死んでいたかもしれん……)


 五秒ほど誰も声を上げなかった。

 ハミッシュはゆっくりとレイに近づいていく。


(思い上がっていたのは俺の方かも知れんな。久しぶりだ。”玉”がキュッと縮こまったのは……二十年ぶりくらいか……世の中は広い……それにしてもアッシュはいい拾い物をしたようだ)


 ハミッシュはレイの前で立ち止まる。

 何が起こるのかと、びびっているレイに、ゆっくりとした口調で話しかけてきた。


「レイ、お前の勝ちだ。さっきの言葉、娘に言った言葉は取り消そう」


 何を言われたのか理解できず、呆然としていた。


(へぇ? 僕の勝ち? そんなぁ! こんなところで勝ちなんて言われたら、後が大変だよ……怖そうな人たちが手合わせをって……)


「ち、違います! 今のは時間を貰ったから撃てただけで、本気なら魔法を撃つ前に倒されていました。ですから、僕の勝ちなんかじゃありません!」


 ハミッシュは必死に説明する彼の肩をバシンと叩き、


「お前の勝ちだ。俺の油断、驕りが招いたことは認める。だが、戦場ではそれが命取りになる。俺の目が節穴だったから、お前に魔法を撃たせた。そういうわけでお前の勝ちに変わりはない」


 そして、ニヤニヤと笑っている若いエルフの男に、


「アル! アルベリック! このあとの予定はすべてキャンセルしろ! 宴だ! 宴の準備をしろ!」


 その言葉に傭兵たちが、ウォー!と歓声を上げる。

 アルベリックは「ギルド長との会合があるが、それもキャンセルか!」と笑いながら叫んでいる。


「娘が婿を連れて帰ってきたんだ! そんなもん明日で十分だ! なあ!」


 嬉しそうに破顔したハミッシュが、レイの肩を抱き、部屋に入っていく。


 レイは突然の展開に全く付いていけない。


(何が起こっているんだ? 婿とかって言っていたような……)


 アシュレイの前に連れて行かれると、ハミッシュは後ろから二人の肩を抱く。


「アッシュ、よく帰ってきた。さっきはすまん。あとでゆっくり話を聞かせてもらうぞ。ガハハハ!」


 アシュレイも予想していたものとは、全く違う展開に戸惑っていた。


(どういうことだ? レイが団長に気に入られた? そういうことなのか?)


 彼女がレイを見ると、彼も戸惑った表情をしている。


「どうなっているんだ、アッシュ? 僕はどうしたらいい?」


「判らん。判らんが、どうしようもないような気がする」



 呆然とする二人の横でステラは唯一人、冷静に周囲を見ていた。


(とりあえず、レイ様に対する殺気はなくなった。今のところ安全と考えていいのかしら? でも、あのハミッシュという人は危険。私では絶対に勝てない……他にも私より強い人は何人もいる……)



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