第十五話「傭兵の館」
アシュレイの実家、マーカット家の大きさと、灰色の石が醸し出す重厚な雰囲気に、レイは思わず足を止めてしまった。
(嘘だろ……予想より、遥かに大きい……百人からの傭兵を束ねるって聞いていたから、ある程度覚悟はしていたけど……)
彼が見つめるその先には、高さ四m、幅三mの大きな門扉があり、そこには二人の兵士が槍を手に持ち、歩哨に立っていた。
(一般家庭じゃないのは判っていたけど、この大きさと雰囲気は……足が竦む……)
アシュレイに促され、前に進み始めるが、顔は強張り、目は虚ろになっていた。
(ここに王国一の剛剣使いが、僕に襲いかかろうと待っている……無理だ……)
アシュレイはレイのその思いに気付いているが、自分の気持ちの整理がうまく付けられていないため、彼を労わる余裕がない。
(親父殿になんと言おうか。出奔に近い形で飛び出したからな。だが、レイとのことは話しておかなくては……うまく説明できるのだろうか?)
アシュレイが門の前に立つと、歩哨の一人、十代後半の若い男が声を掛けてきた。
「ここはマーカット傭兵団の本部だ。用件を伺おう」
若い兵士が威厳を持たせるように重々しくそう問い掛ける横で、彼の先輩らしき二十代半ばの兵士が目を丸くしていた。
彼はアシュレイに気付き、満面の笑みを浮かべて、駆け寄っていく。
「お嬢! アシュレイお嬢だ! ささ、入って下さい」
アシュレイに近寄り、中に案内しようとした兵士は、隣で呆然と立ち尽くす後輩に、
「何をぼやっとしている! 団長に、”お嬢が帰ってきた”と伝えて来い! 走れ!」
その若い兵士は「はい!」と叫んだ後、全力疾走で建物の中に駆け込んでいく。
その姿を見たレイは、呆然とそのやりとりを見ていた。
(お嬢……それにこの対応……やっぱりアッシュはお嬢様だったんだな……)
そして、兵士たちの装備を見てあることに気付く。
(籠手や腕甲、上腕甲が赤い? 朱色に近い赤だ……“レッドアームズ”っていうのはここから来ているのか? それにしてはアッシュの装備は普通なんだよな)
中に通されると、建物はロの字型になっており、三十m四方の中庭になっていた。訓練でもするのか、一般的な庭ではなく、土がむき出しになった平地になっている。
先ほどの若い兵士が叫びながら、駆け込んだせいか、中庭にいた傭兵たちが門の方に集まってきた。
傭兵たちの装備は、騎士団のような統一された物ではなく、金属鎧や革鎧などまちまちで、武器も両手剣、片手剣、槍、弓など様々な武器を手にしている。
そんな中、腕の装備だけは赤色に揃えられており、その統一感が一種、異様な雰囲気を醸し出していた。
傭兵たちのうち、二十代後半から三十代のやや年嵩の傭兵たちは、笑いながら、口々に「お帰りなさい、お嬢!」と声を掛けている。
だが、その後ろを歩く、レイの姿を見ると、途端に表情を硬くしていった。
強面の傭兵たちの遠慮ない視線を受け、レイは更に顔を強張らせていった。
(こ、怖い……その筋の人の事務所に紛れ込んだみたいだ……斬った張ったの世界の人たちだから、近いと言えば近いんだろうけど……ちびりそうだ……)
彼の後ろから、傭兵たちの「あいつは誰だ?」、「お嬢が男を連れてきたのか?」という遠慮のない声が聞こえてくる。
アシュレイは予想通りの反応にこみ上げる苦笑いを堪えながら、中庭の奥にある厩に向かっていく。
厩に着くと、彼女は見知った顔を見つけ、ようやく笑顔を見せた。
「バート、久しぶりだな。元気そうで何よりだ」
バートと呼ばれた男は、灰色の髪が半ば白くなった五十代半ばくらいの男で、右脚の膝から下が義足だった。
「お嬢! よう帰ってきた!」
アシュレイはバートの肩を叩き、馬を渡すと、そのまま、建物の中に入っていこうとした。
レイが戸惑いながらも、バートに馬を渡そうとすると、「おめぇ何者だ?」とでも言うように睨み付ける。
レイは頭を下げながら「お願いします」と言って愛馬を渡すと、バートはその名馬に一瞬にして、目を奪われてしまった。
「こ、こいつは! カエルムの軍馬じゃねぇか。てめぇ何もんだ!」
アシュレイがその声に振り返り、
「レイは私の仲間だ。その後ろのステラの馬も面倒を見てやってくれ」
バートはまだ問いたげな表情だったが、渋々といった態で馬を受取っていく。
レイは逃げるようにアシュレイを追いかけ、ステラもレイのすぐ後ろを守るようについていく。彼女の両手は、すぐに戦闘に入れるよう、短剣に掛かっていた。
「ステラ、ここは安全だ。レイも安全だ。だから、剣は抜くなよ」
「はい……ですが、レイ様に殺気が当てられております」
レイは頭を掻きながら、苦笑いを浮かべている。
「大丈夫だから……多分……僕か、アッシュがいいと言うまで剣を抜かないでくれ」
レイのその言葉にステラは剣から手を離す。だが、周囲に視線を飛ばして、警戒することは止めなかった。
建物に入っても、アシュレイに掛けられる声は減らない。それどころか、徐々に人が集まり、廊下の両側に並び始めていた。
アシュレイは声を掛けられるたびに、一言二言、何かを言っているが、緊張しているレイには、何を言っているのか全く聞こえていなかった。
(思った以上のアウェー感だ……これでアッシュのお父さんに会ったら……)
建物の一番奥、門のちょうど反対側にかなり広い部屋――学校の教室を二つ繋げたくらいの大きさの部屋――があった。
中に入ると、二m近い身長の偉丈夫が仁王立ちしていた。
顔は髭で覆われ、銅線のようなやや赤みがかった髪には、白髪が目立ち始めているが、鋭い眼光と、ところどころにある傷が更に凄みを加えている。
数人の傭兵が彼の後ろに立っているが、その偉丈夫の圧倒的な存在感に、レイには後ろの傭兵たちの姿が目に入ることはなかった。
(何だ、この存在感は……僕のことは見ていないのに、圧倒的なプレッシャー……この人がアッシュのお父さんか……)
その偉丈夫、ハミッシュ・マーカットはアシュレイに声を掛けた。
「アッシュ、ようやく帰ってきたか。一人で生きてみてどうだ? 少しは強くなれたか?」
「ただいま戻りました。団長。勝手に飛び出し、申し訳ありませんでした」
アシュレイは深々と頭を下げる。
(アッシュって、もしかして家出娘だったりする? 自分の父親を団長って呼ぶし、親子関係がうまくいっていないのか?)
アシュレイを一瞥したハミッシュが、突然、レイに視線を向けた。レイは自分に向けられた視線に、物理的な力を感じ、後退りしそうになる。
「レ、レイ・アークライトです。アッシュの、お嬢さんのパートナーをやっています……」
ハミッシュは、ぎろりと睨み、「アッシュだと……パートナーだと」と呟く。
(しまった! アシュレイさんの傭兵仲間って言おうと思っていたのに……自爆だ……)
「ハミッシュだ。アシュレイの父、ハミッシュ・マーカットだ。客人は傭兵か?」
ハミッシュの割れ鐘のような声にビビリながら、
「はい、傭兵もやっています。つい最近上がったばかりですが、一応、五級の傭兵です……」
レイはハミッシュの顔を正面から見ることができず、次第に小声になっていく。
周りでは、「五級だと? 本当か?」、「かなり若いぞ」などという呟き声が広がっていくが、ハミッシュが一睨みすると、場は一気に静まっていった。
「見事な武具だな。どこの出身だ?」
ハミッシュの問いにレイが答えようとした時、アシュレイが口を挟んできた。
「団長、詮索は後にしてもらえないか。レイは私の命の恩人だ。それも三度も助けられている」
ハミッシュは「ほう」とアシュレイを眺めた後、再びレイに話し掛ける。
「腕はそこそこありそうだが、娘の命を救えるほどの腕とは思えん。アッシュが油断したか、腕が鈍ったのだろう」
その言葉にアシュレイが噛み付く。
「一度目は仲間のはずの傭兵の裏切りだった。それもギルドから正式に派遣された傭兵が十五人もだ。二度目はヒドラと二人で戦い、毒にやられた私を一人で背負って街に連れ帰ってくれた。三度目は蛇竜と戦った後に、暗殺者に襲われた。そして、自分の命を削って、私を助けてくれた。団長はそのレイを貶めるのか! 私の腕が鈍ったというのか!」
ハミッシュはアシュレイの怒りを歯牙にもかけず、
「俺はお前に教えたはずだ。生き残ってこそ傭兵だとな。自分の技量を弁えることすらできぬようになったとは……これは鍛え直さねばならんな」
レイは二人の関係がよく判らず、黙っていた。だが、ハミッシュの言いように怒りを募らせていく。
「アッシュは僕を助けようと命懸けで戦ったんです。その結果が、たまたま僕が助けることになっただけです」
「助けようとして、助けられただと? 仲間に面倒を掛けさせるなど、本末転倒ではないか」
その言葉に、レイの怒りが爆発する。
「助けようとすることが非難されることなのか! 傭兵なら仲間の命を犠牲にしても、生き残れと言うのか! 傭兵がそんな奴らの集団なら、僕は傭兵を辞める! アッシュ、帰るぞ!」
レイは怒りに任せて、ハミッシュにそう言い放つと、アシュレイの腕を取って、部屋から出て行こうとした。
ハミッシュの良く響く低い声がレイの背中を打つ。
「待て、娘は置いていって貰おう。鍛え直さねばならんからな」
レイが振り返ると、更に殺気の篭った低い声で、
「聞き捨てならん言葉が聞こえた。仲間を見捨てても生き残るのが傭兵だとな。それは俺たちマーカット傭兵団に向けられた言葉だと思っていいのだな」
レイはその殺気の篭った声に、背中が粟立つ。だが、勇気を振り絞って、
「アッシュに対する暴言を撤回しないんでしたら、そう受取って貰っても構いません!」
気力のすべてを振り絞って、ハミッシュの目を睨みつけながら、何とか言葉を搾り出した。
「良かろう。その大言、根拠を見せて貰おうか」
ハミッシュは獰猛な笑みを浮かべた後、「中庭に行くぞ!」と叫ぶ。
その言葉に傭兵たちが「「ウォォ!」」と応えていた。
ハミッシュ・マーカットは、久しぶりに帰ってきた愛娘を見て、その無事な姿に安堵していた。
(無事に帰ってきたか……面構えも多少良くなったな……)
そして、後ろにいる一人の男、白い鎧を着込み、業物であると一目で判る槍を手に持つ若い男の姿を見て、心の中で苦笑していた。
(アッシュも遂に男を連れてきたか……優男のようだが……後ろの獣人の娘は何者だ?)
狼の獣人の若い娘、革鎧に身を包み、油断なく周囲に視線を飛ばすその娘の姿に疑問が膨らんでいく。
(あの足運び、殺気を抑えながらも瞬時に人を殺すことができそうなあの構え、あの男に対する殺気が飛ぶたびに、その方向を見つめる勘の鋭さ、あの若さで……只者ではない……それにあの男を見る目は……あの野郎はうちのアッシュだけじゃ満足できないのか? いい度胸だ……)
ハミッシュは「アッシュ、ようやく帰ってきたか。一人で生きてみてどうだ? 少しは強くなれたか?」と、自分の想いとは別のことを話し始めていた。
(くそっ! そんなことを言いたいんじゃない!)
そして、よそよそしい娘の応対に更に心が乱れていく。
自分の苛立ちの原因と思われる男を見つめると、その男は怯えたような、おどおどした態度でしゃべり始めていた。
「レ、レイ・アークライトです。アッシュの、お嬢さんのパートナーをやっています……」
その怯えたような態度にハミッシュは、その男、レイを睨み付けてしまった。
(何だこの男は! アッシュが連れてきたから、少しは骨のある奴だと思ったが……優男に騙されたのか?)
そして、一言二言言葉を交わしていく。
(五級だと! アッシュより若い。二十になっていないのではないか? それで五級だと……)
そして、アシュレイが口を挟むのを見た彼は、その思いとは裏腹な言葉を口にしていた。
「腕はそこそこありそうだが、娘の命を救えるほどの腕とは思えん。アッシュが油断したか、腕が鈍ったのだろう」
アシュレイの怒りが爆発するが、
(二人でヒドラに蛇竜だと……うちの副隊長クラスでも厳しいぞ……無茶なことをする)
「俺はお前に教えたはずだ。生き残ってこそ傭兵だとな。自分の技量を弁えることすらできぬようになったとは……これは鍛え直さねばならんな」
ハミッシュは無茶をした娘を気遣ってそういったつもりだったが、レイと呼ばれる男がその言葉に怒りをぶつけてきた。
「助けようとすることが非難されることなのか! 傭兵なら仲間の命を犠牲にしても、生き残れと言うのか! 傭兵がそんな奴らの集団なら、僕は傭兵を辞める! アッシュ、帰るぞ!」
(ほう、俺に意見するとはな……少しは骨があるようだな)
ハミッシュは、にやけそうになる表情を引き締めながら、言葉に殺気を込めていく。
「聞き捨てならん言葉が聞こえた。仲間を見捨てても生き残るのが傭兵だとな。それは俺たちマーカット傭兵団に向けられた言葉だと思っていいのだな」
「アッシュに対する暴言を撤回しないんでしたら、そう受取って貰っても構いません!」
一歩も引かず、自分の目から視線を外さないレイの姿に感心していた。
(俺の目を見続けられるとは……おもしろい。アッシュも面白い男を連れてきたものだ。楽しませてもらおうか)
「良かろう。その大言、根拠を見せて貰おうか」
ハミッシュは、レイと言う男がどの程度の男なのか、楽しみになっていた。




