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トリニータス・ムンドゥス~聖騎士レイの物語~  作者: 愛山 雄町
第二章「湖の国・泉の都」

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第十五話「傭兵の館」

 アシュレイの実家、マーカット家の大きさと、灰色の石が醸し出す重厚な雰囲気に、レイは思わず足を止めてしまった。


(嘘だろ……予想より、遥かに大きい……百人からの傭兵を束ねるって聞いていたから、ある程度覚悟はしていたけど……)


 彼が見つめるその先には、高さ四m、幅三mの大きな門扉があり、そこには二人の兵士が槍を手に持ち、歩哨に立っていた。


(一般家庭じゃないのは判っていたけど、この大きさと雰囲気は……足が竦む……)


 アシュレイに促され、前に進み始めるが、顔は強張り、目は虚ろになっていた。


(ここに王国一の剛剣使いが、僕に襲いかかろうと待っている……無理だ……)


 アシュレイはレイのその思いに気付いているが、自分の気持ちの整理がうまく付けられていないため、彼を労わる余裕がない。


親父殿(団長)になんと言おうか。出奔に近い形で飛び出したからな。だが、レイとのことは話しておかなくては……うまく説明できるのだろうか?)


 アシュレイが門の前に立つと、歩哨の一人、十代後半の若い男が声を掛けてきた。


「ここはマーカット傭兵団の本部だ。用件を伺おう」


 若い兵士が威厳を持たせるように重々しくそう問い掛ける横で、彼の先輩らしき二十代半ばの兵士が目を丸くしていた。

 彼はアシュレイに気付き、満面の笑みを浮かべて、駆け寄っていく。


「お嬢! アシュレイお嬢だ! ささ、入って下さい」


 アシュレイに近寄り、中に案内しようとした兵士は、隣で呆然と立ち尽くす後輩に、


「何をぼやっとしている! 団長に、”お嬢が帰ってきた”と伝えて来い! 走れ!」


 その若い兵士は「はい!」と叫んだ後、全力疾走で建物の中に駆け込んでいく。


 その姿を見たレイは、呆然とそのやりとりを見ていた。


(お嬢……それにこの対応……やっぱりアッシュはお嬢様だったんだな……)


 そして、兵士たちの装備を見てあることに気付く。


籠手(ガントレット)腕甲(ヴァンブレイズ)上腕甲(リアブレイズ)が赤い? 朱色に近い赤だ……“レッドアームズ”っていうのはここから来ているのか? それにしてはアッシュの装備は普通なんだよな)


 中に通されると、建物はロの字型になっており、三十m四方の中庭になっていた。訓練でもするのか、一般的な庭ではなく、土がむき出しになった平地になっている。

 先ほどの若い兵士が叫びながら、駆け込んだせいか、中庭にいた傭兵たちが門の方に集まってきた。

 傭兵たちの装備は、騎士団のような統一された物ではなく、金属鎧や革鎧などまちまちで、武器も両手剣、片手剣、槍、弓など様々な武器を手にしている。

 そんな中、腕の装備だけは赤色に揃えられており、その統一感が一種、異様な雰囲気を醸し出していた。


 傭兵たちのうち、二十代後半から三十代のやや年嵩の傭兵たちは、笑いながら、口々に「お帰りなさい、お嬢!」と声を掛けている。

 だが、その後ろを歩く、レイの姿を見ると、途端に表情を硬くしていった。


 強面の傭兵たちの遠慮ない視線を受け、レイは更に顔を強張らせていった。


(こ、怖い……その筋の人の事務所に紛れ込んだみたいだ……斬った張ったの世界の人たちだから、近いと言えば近いんだろうけど……ちびりそうだ……)


 彼の後ろから、傭兵たちの「あいつは誰だ?」、「お嬢が男を連れてきたのか?」という遠慮のない声が聞こえてくる。


 アシュレイは予想通りの反応にこみ上げる苦笑いを堪えながら、中庭の奥にある厩に向かっていく。

 厩に着くと、彼女は見知った顔を見つけ、ようやく笑顔を見せた。


「バート、久しぶりだな。元気そうで何よりだ」


 バートと呼ばれた男は、灰色の髪が半ば白くなった五十代半ばくらいの男で、右脚の膝から下が義足だった。


「お嬢! よう帰ってきた!」


 アシュレイはバートの肩を叩き、馬を渡すと、そのまま、建物の中に入っていこうとした。

 レイが戸惑いながらも、バートに馬を渡そうとすると、「おめぇ何者だ?」とでも言うように睨み付ける。

 レイは頭を下げながら「お願いします」と言って愛馬を渡すと、バートはその名馬に一瞬にして、目を奪われてしまった。


「こ、こいつは! カエルムの軍馬じゃねぇか。てめぇ何もんだ!」


 アシュレイがその声に振り返り、


「レイは私の仲間だ。その後ろのステラの馬も面倒を見てやってくれ」


 バートはまだ問いたげな表情だったが、渋々といった態で馬を受取っていく。

 レイは逃げるようにアシュレイを追いかけ、ステラもレイのすぐ後ろを守るようについていく。彼女の両手は、すぐに戦闘に入れるよう、短剣に掛かっていた。


「ステラ、ここは安全だ。レイ()安全だ。だから、剣は抜くなよ」


「はい……ですが、レイ様に殺気が当てられております」


 レイは頭を掻きながら、苦笑いを浮かべている。


「大丈夫だから……多分……僕か、アッシュがいいと言うまで剣を抜かないでくれ」


 レイのその言葉にステラは剣から手を離す。だが、周囲に視線を飛ばして、警戒することは止めなかった。


 建物に入っても、アシュレイに掛けられる声は減らない。それどころか、徐々に人が集まり、廊下の両側に並び始めていた。


 アシュレイは声を掛けられるたびに、一言二言、何かを言っているが、緊張しているレイには、何を言っているのか全く聞こえていなかった。


(思った以上のアウェー感だ……これでアッシュのお父さんに会ったら……)


 建物の一番奥、門のちょうど反対側にかなり広い部屋――学校の教室を二つ繋げたくらいの大きさの部屋――があった。

 中に入ると、二m近い身長の偉丈夫が仁王立ちしていた。


 顔は髭で覆われ、銅線のようなやや赤みがかった髪には、白髪が目立ち始めているが、鋭い眼光と、ところどころにある傷が更に凄みを加えている。

 数人の傭兵が彼の後ろに立っているが、その偉丈夫の圧倒的な存在感に、レイには後ろの傭兵たちの姿が目に入ることはなかった。


(何だ、この存在感は……僕のことは見ていないのに、圧倒的なプレッシャー……この人がアッシュのお父さんか……)


 その偉丈夫、ハミッシュ・マーカットはアシュレイに声を掛けた。


「アッシュ、ようやく帰ってきたか。一人で生きてみてどうだ? 少しは強くなれたか?」


「ただいま戻りました。団長(・・)。勝手に飛び出し、申し訳ありませんでした」


 アシュレイは深々と頭を下げる。


(アッシュって、もしかして家出娘だったりする? 自分の父親を団長って呼ぶし、親子関係がうまくいっていないのか?)


 アシュレイを一瞥したハミッシュが、突然、レイに視線を向けた。レイは自分に向けられた視線に、物理的な力を感じ、後退りしそうになる。


「レ、レイ・アークライトです。アッシュの、お嬢さんのパートナーをやっています……」


 ハミッシュは、ぎろりと睨み、「アッシュだと……パートナーだと」と呟く。


(しまった! アシュレイさんの傭兵仲間って言おうと思っていたのに……自爆だ……)


「ハミッシュだ。アシュレイの父、ハミッシュ・マーカットだ。客人は傭兵か?」


 ハミッシュの割れ鐘のような声にビビリながら、


「はい、傭兵もやっています。つい最近上がったばかりですが、一応、五級の傭兵です……」


 レイはハミッシュの顔を正面から見ることができず、次第に小声になっていく。


 周りでは、「五級だと? 本当か?」、「かなり若いぞ」などという呟き声が広がっていくが、ハミッシュが一睨みすると、場は一気に静まっていった。


「見事な武具だな。どこの出身だ?」


 ハミッシュの問いにレイが答えようとした時、アシュレイが口を挟んできた。


「団長、詮索は後にしてもらえないか。レイは私の命の恩人だ。それも三度も助けられている」


 ハミッシュは「ほう」とアシュレイを眺めた後、再びレイに話し掛ける。


「腕はそこそこありそうだが、娘の命を救えるほどの腕とは思えん。アッシュが油断したか、腕が鈍ったのだろう」


 その言葉にアシュレイが噛み付く。


「一度目は仲間のはずの傭兵(・・)の裏切りだった。それもギルドから正式に派遣された傭兵が十五人もだ。二度目はヒドラと二人で戦い、毒にやられた私を一人で背負って街に連れ帰ってくれた。三度目は蛇竜(サーペント)と戦った後に、暗殺者に襲われた。そして、自分の命を削って、私を助けてくれた。団長(・・)はそのレイを貶めるのか! 私の腕が鈍ったというのか!」


 ハミッシュはアシュレイの怒りを歯牙にもかけず、


「俺はお前に教えたはずだ。生き残ってこそ傭兵だとな。自分の技量を弁えることすらできぬようになったとは……これは鍛え直さねばならんな」


 レイは二人の関係がよく判らず、黙っていた。だが、ハミッシュの言いように怒りを募らせていく。


「アッシュは僕を助けようと命懸けで戦ったんです。その結果が、たまたま僕が助けることになっただけです」


「助けようとして、助けられただと? 仲間に面倒を掛けさせるなど、本末転倒ではないか」


 その言葉に、レイの怒りが爆発する。


「助けようとすることが非難されることなのか! 傭兵なら仲間の命を犠牲にしても、生き残れと言うのか! 傭兵がそんな奴らの集団なら、僕は傭兵を辞める! アッシュ、帰るぞ!」


 レイは怒りに任せて、ハミッシュにそう言い放つと、アシュレイの腕を取って、部屋から出て行こうとした。

 ハミッシュの良く響く低い声がレイの背中を打つ。


「待て、娘は置いていって貰おう。鍛え直さねばならんからな」


 レイが振り返ると、更に殺気の篭った低い声で、


「聞き捨てならん言葉が聞こえた。仲間を見捨てても生き残るのが傭兵だとな。それは俺たちマーカット傭兵団に向けられた言葉だと思っていいのだな」


 レイはその殺気の篭った声に、背中が粟立つ。だが、勇気を振り絞って、


「アッシュに対する暴言を撤回しないんでしたら、そう受取って貰っても構いません!」


 気力のすべてを振り絞って、ハミッシュの目を睨みつけながら、何とか言葉を搾り出した。


「良かろう。その大言、根拠を見せて貰おうか」


 ハミッシュは獰猛な笑みを浮かべた後、「中庭に行くぞ!」と叫ぶ。

 その言葉に傭兵たちが「「ウォォ!」」と応えていた。





 ハミッシュ・マーカットは、久しぶりに帰ってきた愛娘を見て、その無事な姿に安堵していた。


(無事に帰ってきたか……面構えも多少良くなったな……)


 そして、後ろにいる一人の男、白い鎧を着込み、業物であると一目で判る槍を手に持つ若い男の姿を見て、心の中で苦笑していた。


(アッシュも遂に男を連れてきたか……優男のようだが……後ろの獣人の娘は何者だ?)


 狼の獣人の若い娘、革鎧に身を包み、油断なく周囲に視線を飛ばすその娘の姿に疑問が膨らんでいく。


(あの足運び、殺気を抑えながらも瞬時に人を殺すことができそうなあの構え、あの男に対する殺気が飛ぶたびに、その方向を見つめる勘の鋭さ、あの若さで……只者ではない……それにあの男を見る目は……あの野郎はうちのアッシュだけじゃ満足できないのか? いい度胸だ……)


 ハミッシュは「アッシュ、ようやく帰ってきたか。一人で生きてみてどうだ? 少しは強くなれたか?」と、自分の想いとは別のことを話し始めていた。


(くそっ! そんなことを言いたいんじゃない!)


 そして、よそよそしい娘の応対に更に心が乱れていく。

 自分の苛立ちの原因と思われる男を見つめると、その男は怯えたような、おどおどした態度でしゃべり始めていた。


「レ、レイ・アークライトです。アッシュの、お嬢さんのパートナーをやっています……」


 その怯えたような態度にハミッシュは、その男、レイを睨み付けてしまった。


(何だこの男は! アッシュが連れてきたから、少しは骨のある奴だと思ったが……優男に騙されたのか?)


 そして、一言二言言葉を交わしていく。


(五級だと! アッシュより若い。二十になっていないのではないか? それで五級だと……)


 そして、アシュレイが口を挟むのを見た彼は、その思いとは裏腹な言葉を口にしていた。


「腕はそこそこありそうだが、娘の命を救えるほどの腕とは思えん。アッシュが油断したか、腕が鈍ったのだろう」


 アシュレイの怒りが爆発するが、


(二人でヒドラに蛇竜だと……うちの副隊長クラスでも厳しいぞ……無茶なことをする)


「俺はお前に教えたはずだ。生き残ってこそ傭兵だとな。自分の技量を弁えることすらできぬようになったとは……これは鍛え直さねばならんな」


 ハミッシュは無茶をした娘を気遣ってそういったつもりだったが、レイと呼ばれる男がその言葉に怒りをぶつけてきた。


「助けようとすることが非難されることなのか! 傭兵なら仲間の命を犠牲にしても、生き残れと言うのか! 傭兵がそんな奴らの集団なら、僕は傭兵を辞める! アッシュ、帰るぞ!」


(ほう、俺に意見するとはな……少しは骨があるようだな)


 ハミッシュは、にやけそうになる表情を引き締めながら、言葉に殺気を込めていく。


「聞き捨てならん言葉が聞こえた。仲間を見捨てても生き残るのが傭兵だとな。それは俺たちマーカット傭兵団に向けられた言葉だと思っていいのだな」


「アッシュに対する暴言を撤回しないんでしたら、そう受取って貰っても構いません!」


 一歩も引かず、自分の目から視線を外さないレイの姿に感心していた。


(俺の目を見続けられるとは……おもしろい。アッシュも面白い男を連れてきたものだ。楽しませてもらおうか)


「良かろう。その大言、根拠を見せて貰おうか」


 ハミッシュは、レイと言う男がどの程度の男なのか、楽しみになっていた。


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