第十三話「盗賊の誤算」
盗賊の頭目であるダドリーには、手下たちが次々と倒されていく光景が、およそ現実の物とは思えなかった。
(な、何が起こっていやがる? き、聞いていねぇぞ……)
彼はレイたちが商人の親族であり、護衛を兼ねた旅の供だと思っていた。
女傭兵はそこそこ腕が立ちそうだ聞いていたが、男はまだ若く、真新しい鎧を身に着けた駆け出しで、獣人の娘は、裕福な商人の愛人だと聞いていたのだった。
それが、侮っていた若造は実は魔術師、それもかなり高位の魔術師のようで、見たこともない魔法を使っている。そして、手下の弓術士たちをあっという間に撃ち殺していく。
ただの愛人で全くの戦力外だと思っていた獣人の娘も、目で追えないような素早い動きで味方の後ろに回り、手下たちを葬っていく。まるで、噂に聞く魔族の暗殺者集団のような動きだと、他人事のようにダドリーは見ていた。
もう一人の女剣術士も、思っていた以上の技量を持ち、その体格に見合った剛剣を使って、鎧ごと手下たちを斬り裂いていく。
その三人の戦いを見たダドリーは、自分の目が信じられなくなっていた。
(たった三人だぞ。それも二十を超えるか超えねぇかっていう若造どもだ……夢を見ているに違いねぇ……夢だ、夢……ふははは……)
彼は唯一人残っている手下が、必死に声を掛けていることにすら気付いていない。
「頭! 頭、しっかりして下せぇ! どうすりゃいいんで! 頭!」
その若い手下は、白い魔術師が近づいてくるのを見て、「ひっ!」と悲鳴を上げてから、逃げ出していく。
だが、魔術師は面倒だとでも言うように苦笑した後、光の矢を放った。
逃げ出した手下は、その光の矢に右脚を射抜かれて、犬が蹴られた時のような情けない鳴き声のような悲鳴を上げ、無様に地面に転がっていく。
「何が起こった! くそっ! てめぇは何もんだ!」
自暴自棄になったダドリーは、白い鎧の男に向かって、巨大な両手剣を振りあげた。
「何者って言われても……盗賊に襲われている被害者?」
ダドリーには、笑みを浮かべたその男が、悪魔に見えていた。
そして、狂ったように「死ね! 死ねぇ!」と叫びながら、その男に斬り掛かっていった。
その男は軽く右に跳んでその斬撃を避けると、ダドリーの右腕を槍で貫いていく。
レイは、落馬し呆ける男に向かって近づいていった。
一人の男が逃げ出したため、光の矢で脚を射抜く。
(逃がすと面倒だ。殺してもいいけど、さっき、”頭”って呼んでいたからな。生け捕れたら、その方がいいかもしれないな。他に仲間がいると面倒だし……)
呆けている男は四十代前半の大柄な男で、髭面に革鎧、自分の身長ほどの巨大な両手剣を握っている。
レイはまともに動けない盗賊の頭目をみて、余裕が出てきた。
(見た目からして、盗賊、野盗の類なんだよな……これでよく町の中を歩けるよな……)
盗賊の頭目は突然、剣を構え、襲い掛かってくる。
その構えは隙だらけで、
(本当に頭目なのか? アッシュの方が十倍は強いぞ! こんな奴が頭目だから、こんなに弱かったのかな?)
レイはその大振りの攻撃を軽く回避する。地面に振り下ろされた剣を一瞥した後、頭目の腕を狙い、槍を軽く突き出した。
右腕の二の腕に大きな裂傷ができ、ダラダラと血が流れ出すと、頭目は剣を取り落とし、跪いて命乞いを始めた。
「助けてくれ! 見逃してくれたら、金を、金をやる。だから……」
「お前らの金なんか要らない。さっさと立て!」
頭目はゆっくりと立ち上がり、レイに促されるまま、アシュレイたちの方に歩かされていった。
アシュレイとステラの方も、残りの盗賊を斬り殺しており、生き残りを集め始めていた。
レイは「こいつが頭目みたいなんだけど……」と、自信無さ気に頭目を指差す。
アシュレイが不思議そうな顔で、「頭目ではないのか?」と聞くと、
「いや、あまりに弱くって……十何人も従える盗賊の頭には思えないんだけど」
アシュレイがふっと笑う。
「仕方がないだろう。お前の魔法を見て、冷静に戦える方がおかしい。女二人に若造一人と侮っていたようだしな」
レイは「そんなものなのか?」と首を傾げていた。
「で、どうする、こいつら? ここに捨てていくのも、街道に野犬や魔物を呼び寄せてしまうから迷惑だし、クロイックに運んだ方がいいかな?」
「そうだな。ところで何人生き残っているのだ?」
レイとアシュレイは、生き残りの盗賊たちを集めると、腕や脚にケガを負ったものが七人おり、十三人が死んでいた。
レイはステラの頭を撫でながら、
「よくやってくれた。助かったよ。本当に強いな、ステラは」
ステラは頭を撫でられることに嫌がるわけでも、喜ぶわけでもなく、ただレイを見つめていた。だが、尾が少し揺れ、耳もピクリと動いていることにレイは気付いていた。
(これで人間性が出てくるのかは判らないけど、愛情を注げば人間性も出てくるかもしれない。過剰なスキンシップじゃなく、このくらいなら僕にも出来る……)
ステラの頭を撫でながら、
「馬に載せて運んでいくしかないかな? ステラ、馬を集めてきて」
ステラはレイの言葉に「はい」と答えた後、盗賊たちの乗っていた馬を集めにいった。
残されたアシュレイは、
(何か考えがあるのか? ステラの頭を撫でることに……こんなことでも心がざわつく……)
ステラが馬を集め始めてから、十分ほどで十五頭の馬が集まった。
「三頭が死んでいました。二頭は足にケガをしています」
レイはステラに盗賊たちの武装を解除させ、ロープで縛るよう命じ、自分はケガをした馬を見に行った。
一頭の馬は、他の馬とは違い大型の葦毛の軍馬のようで、右前足を骨折していた。その馬は何度も立ち上がろうともがいているが、うまく立ち上がることが出来ない。
もう一頭の馬は後足に裂傷を負っているだけで、足を引き摺りながら近くを歩いていた。
(こっちは治せそうだけど、骨折した方は治せるかな?)
裂傷の馬の傷を治癒魔法で治療すると、必死に立ち上がろうとする馬に近づいていく。
(花火の魔法で驚いて、足を折ったのかな? ごめんな、今治してやるから……)
レイが馬の前足を押さえると、更に大きく暴れ始める。
「動くなって! 真直ぐにしないと、歩けなくなるんだぞ!」
必死に諭すが、馬には通じない。獣医は大変だと思いながら、何とか治癒魔法を掛けていく。
馬は最初、嫌がって暴れていたが、治癒魔法で痛みが消えていくことに気付いたのか、落ち着きを取り戻し始めていた。
骨折の治療を終えると、その馬はお礼でもするかのように、レイの顔を舐め始める。
「くすぐったいって! よしよし、もう大丈夫だ」
レイはその軍馬の顔を軽く撫で、アシュレイたちの方に引いていった。
馬の治療を見ていた盗賊の一人が、「こっちも治してくれよ。痛ぇんだよ」と情けない声でレイに懇願する。
レイは、「お前たちは僕たちを殺そうとしたんだぞ。逆に殺されなかっただけマシだと思え」と冷たく言い放つ。
アシュレイとレイは、ステラに盗賊たちの見張りを命じ、自分たちは馬に盗賊たちの死体を載せ始める。
一時間ほどで、すべての馬に盗賊の死体と生き残りを乗せると、レイは返り血を浴びた自分とアシュレイに清浄の魔法を掛け、血を洗い落とした。ステラを見ると、腕に僅かに返り血を浴びただけで、清浄の魔法は必要なかった。
三人はクロイックの街に向けて、引き返していく。
道中は、ステラが警戒していたこともあり、野犬が二度ほど近寄ろうとしてきただけだった。その野犬たちも、接近される前にレイの魔法で追い払ったため、実害は全くなかった。
午後四時頃、無事にクロイックの街に戻ってきた。
警戒を続けたため、張り詰めていたレイは、ホッと息を吐く。そして、盗賊たちを引き渡すため、騎士団の詰所に向かっていった。
詰所に到着すると、出てきた騎士が驚きの声を上げ、目を丸くしていた。
「何があったんだ!? 君たちは何者だね?」
盗賊を引き渡しながら、アシュレイが事の次第を説明していく。その説明に、騎士は更に声を失ってしまった。
「信じられん……この人数を君たちだけで……すまないがオーブの確認をさせてもらえないか」
騎士は三人のオーブを確認していく。
レイとアシュレイが、五級の傭兵であることを確認すると「うーむ」と唸り、更に若いステラが、レベル四十三と知ると、口を開けたまま固まってしまった。だが、何とか自力で我に返り、アシュレイの言ったことをようやく信じることができた。
「なるほど……あの盗賊どもは見た目で判断したわけだな。まあ、私も人のことは言えんが……盗賊どもの処理に明日一杯掛かる。明日の夕方、もう一度、ここに来てくれ」
二時間ほどの事情聴取を終え、三人は騎士団の詰所を後にした。
「これで、明日もクロイックで泊りだね。どうする?」
レイが苦笑交じりに話しかけると、アシュレイも、
「そうだな。ゆっくり街でも見てまわるか?」
「町から離れるわけにもいかないし、天気が良ければ、観光でもするかな。ステラもそれでいい?」
ステラは「はい」とだけ答え、それ以上何も言わない。
「昨日の宿が空いているといいんだけど。結構遅くなったしね」
三人が昨夜泊まった宿は幸い一人部屋に空きがあり、三部屋を借りる。
夕食後、部屋の前でステラと別れたレイとアシュレイは、彼の部屋に入っていく。
二人は、今日の盗賊たちとの戦いについて話した後、
「アッシュに聞きたいことがあるんだけど……いいかな?」
「何の話だ?」
「ステラのことなんだけど、どう思った? 戦い方は傭兵たちに敬遠される?」
「そのことか。今日の戦いを見る限り、恐らく大丈夫だろう。私やレイの指示も聞けていた。軽装の剣術士の戦いと、さほど異質だとは思わなかったな」
「そうか……それは良かった。アッシュがそう言うなら、大丈夫なんだろう」
レイが嬉しそうにそう言っていると、アシュレイがやや険しい表情で、
「私も聞きたいことがある……ステラのことだ」
レイが何のことだろうと、首を傾げていると、
「レイはやたらとステラを構うが、ステラのことを……す、好きになったのか? 私のことは……もう……飽きたのか」
レイは一瞬何のことか判らず、「はぁ?」という間の抜けた声を上げる。
「今日も戦いの後、ステラを褒めていただろう。それも頭を撫でながら……私には一言もなかった……まして……」
(私は何を言っているのだ。女々しいにも程がある……だが、どうしても話すことを止められない。何故なのだろう?)
「答えてくれ、レイ。私は……お前がステラと一緒にいるだけで心がざわつくのだ……私は……」
アシュレイはいつもの毅然とした姿ではなく、レイを上目遣いで見ていた。レイはアシュレイの横に座り、肩を抱く。
「ステラはデオダードさんが亡くなっても、泣くことすら出来なかったんだ。どうしたら、彼女が人間的になれるのか、僕なりに考えてみた……ステラには子供時代がなかったんじゃないかって。だから、子供が喜ぶような褒め方、接し方をすれば、少しは人間らしくなるんじゃないかなって」
「本当にそれだけなのか……女として見ていないのか?」
「そうだね。ステラは美人だと思うよ。でも、僕にはアッシュがいる。アッシュがいればいい。それで駄目かな?」
アシュレイはレイの肩に顔を埋める。そして、顔を上げ、
「判った。いや、ステラの頭を撫でることの意味はよく判らない。だが、レイが……私のことを……見てくれているのは判った」
レイはアシュレイの頭を抱きながら、
「じゃあ、今度から、アッシュもステラと一緒に頭を撫でて褒めてあげるよ。ぷっ」
「ここはふざけるところではないだろう! まあいい。だが、私のことも褒めてくれ」
二人は静かにベッドに倒れこんでいった。
ステラは、レイとアシュレイが同じ部屋に入っていったことに気付いていた。
(お二人は仲がいい。私はどうしたらいいのだろう? レイ様は私を褒めて下さる。少し胸が熱くなる気がする……なぜなのだろう?)
騎士団の詰所の取調室では、盗賊の頭目のダドリーの尋問が続いていた。
尋問の結果、デオダードの葬儀を偶然見た手下が、レイたちを親族だと思い込んだところから、ことは始まった。
レイを孫か、親戚の息子、それも武芸の修行を兼ねて旅に同行した素人同然の駆け出しで、ステラをデオダードの愛人、警戒すべきは雇われた護衛のアシュレイだけだという手下の話を、ダドリーが真に受けてしまったことが、今回の真相だった。
ダドリーは納得いかないという顔で、
「あいつらは何もんなんだ? 並みの腕じゃねぇ」
取調べをしていた騎士団の従士の一人が、馬鹿にしたような口調でダドリーに説明していく。
「お前、そんなことも知らずに襲ったのか? あの女傭兵はあの“レッドアームズ”の団長の娘だぞ。くっくっ、お前らの腕なら、二十人でも勝てねぇな」
ダドリーは「違う!」と叫んだ後、何かを恐れるような表情に変わった。
「違うんだ。あの白い鎧の男、それにあの獣人の娘……あいつらの方が、あの女傭兵より強ぇんだよ……何もんなんだ?」
その言葉に、従士は言葉を失ってしまった。
(どこかのお坊ちゃんみたいな奴と、虫も殺せそうにない獣人の嬢ちゃんがか? そんなことありえんだろう……だが、こいつの思い詰めた表情を見ると、もしかしたら本当なのかもしれないな)
十日後、ダドリーら七人は、戦闘奴隷に身分を落とされた。そして、二年後には誰も生きてはいなかった。




