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第五話「これからの身の振り方」

 レイとアシュレイの二人は、アトリー男爵の屋敷の大食堂に向かって歩いている。


(晩餐って言っていたけど、マナーなんか知らないよ……マナーの設定なんて考えていなかったし……食事の設定はどうしていたっけ?)


 彼はそんなことを考えながら、アシュレイの横を歩いていく。

 隣を歩くアシュレイも、


(男爵がこの服を見てどういう反応をするのだろう? 私は見たことはないが、男爵ならルークスの聖騎士を見たことがあるだろう……)


 大食堂には、二十人以上が一度に会食できるような大きなテーブルと、明るく輝く大きなシャンデリア――蝋燭ではなく、光属性魔法により輝いている――がある立派なものだった。

 しかし、今日は内輪の食事ということで男爵家の五人――男爵、夫人と思しき三〇代前半の美しい女性、長女オリアーナ、十歳くらいの男の子が二人――しかいなかった。


 レイとアシュレイが席に着くと、男爵はレイのその姿に驚くが、すぐに家族を紹介し始め、そして、レイに対して謝辞を伝えて、食事が始まった。

 食事は野菜と淡水魚――ラクス王国は湖が多く、マスなどの淡水魚が名産――を使った料理が多く、質、量とも満足のいくものだった。

 特に昼過ぎの休憩で軽い食事――固いパンとチーズだけ――だったレイにとっては、空腹という調味料も加わり、非常に美味に感じていた。


 食事には白ワインと濃い色をしたビールらしき発泡酒が付けられ、酒とは縁が無かったレイはどうしようかと躊躇った。

 勇気を振り絞って飲むと、白ワインはほのかに甘く、弱い炭酸と相まって、とてもうまく感じられた。

 そのため、いいペースでワインを飲み、軽く酔い始める。

 心配していたマナーも、特に難しいものはないようで、隣に座るアシュレイを盗み見ながら、問題なく食事は進んでいった。

 食事も終盤に差し掛かり、男爵がレイの服装について尋ねてきた。


「レイ殿の着ている騎士服なのだが、ルークス聖王国の聖騎士団のものに似ているような気がするのだが……何か思い出されたことはないかな?」


 レイはその言葉に驚き、横ではアシュレイが面白そうに彼を見ていた。


「いえ、まだ何も……聖王国ですか……光属性の魔法を使ったそうですが、よく覚えていないんです。この服は聖騎士の服と同じものなんでしょうか?」


「儂もそこまで詳しいわけではないが、紋章の意匠が少し複雑な気がしないでもない。色使いや雰囲気はまさに聖騎士のいでたちなのだが……光神教の司教に見られると厄介かもしれんな」


 男爵は少しだけ嫌な顔をして、そう言った。

 レイは疑問に思い、「光神教? 司教? 何故なんですか?」と聞くと、アシュレイが男爵に代わり答える。


「この街の光神教、光の神の神殿のアザロ司教、正式には神官長なのだが、彼はやや狂信的なところがあるのだ。ここはラクス、水の神フォンスが最も信仰されているのだが、光の神ルキドゥスが絶対神という考えを押し付けてくる。光の神の神殿でも持てあまされているという専らの噂だ」


 モルトンの街の規模の場合、通常、八属性すべての神の神殿と創造神、天の神、地の神、人の神の十二の神殿があるのが普通である。

 小さな町や村なら、人の神=ウィータの神殿だけがあるということも珍しくないが、祭りや行事などで必要になるため、その地方の中核都市には必ずすべてが揃っている。


 光神教は光の神ルキドゥスを絶対神とする新しい考え方だが、ルークス聖王国以外では広まっていない。

 神官の呼び名も勝手に大司教や司教、司祭などと変え、聖王国では他の神殿を排斥しようとさえしている。

 特に闇の神ノクティスの神殿は、悪魔を信奉する邪教として、聖王国内では排斥運動が始まっていた。

 光の神殿の総本山はルークス聖王国内にあり、神官たちはそこから派遣されてくるのだが、アザロ司教はその中でも特に狂信的な宗教家だった。


「つまりだ。そのアザロ司教が今の姿を見れば、聖騎士を騙る不届き者と言って騒ぎだすだろうということだ」


 レイは日本という宗教観が緩い国から来たため、狂信者というとカルト集団しか思い付かない。


(光神教なんて設定は考えていなかったと思うけど……しかし、カルトに追い回されるのは嫌だな。服は別の物にした方がいいかも……でも、鎧はどうしようか。アシュレイが気にするくらいだから、かなりいい物なんだろうけど……)


 彼がそんな思いに耽っていると、男爵が後ろに控える執事のエドワードに合図をする。


「これは些少だが、儂と娘の命を救ってくれた謝礼だ。受け取ってくれんか」


 男爵はずっしりと重そうな小さな革袋をテーブルに置く。

 中を確認すると、金貨が二十枚入っていた。


(金貨一枚は百(クローナ)だから、十万円。二十枚ということは二百万円……当面の資金には十分なのだが、貰ってもいいものだろうか?)


 彼はそう思い、アシュレイの方に視線を向けると、彼女は小さくうなずき、

「閣下のお気持だ。受け取っておくべきだぞ」と囁くように助言をくれた。


「ありがとうございます。助かります」と男爵に頭を下げ、金貨を受け取った。


 男爵は彼とアシュレイの明日の予定を聞いてきた。

 どうやら、傭兵ギルドの支部長を呼び出し、今回の傭兵の裏切りについて、釈明を聞くつもりのようだった。

 彼はもちろん、アシュレイも特に用事が無かったため、午前中は屋敷にいることになった。



 晩餐も終わり、レイは与えられた部屋に戻った。

 そして、ベッドに横になり、長かった一日を思い出していた。


(結局、異世界トリップなのか? 明日の朝、目覚めたら自分の部屋の布団の中にいたってオチには……ならないんだろうな。それにしても、惨殺された人の死体を初めて見た。それも僕が殺した人を……あれだけリアルな姿を見れば、これが夢では有り得ないってことは分かる……それにしても今日の夕食が肉料理じゃなくて良かった……)


 彼はこの世界が、自分の考えた小説の世界に酷似していることに、疑問を抱いていた。


(トリニータス・ムンドゥスの世界に似過ぎている。僕にとって都合がいいんだが、それにしてもなぜ? 世界設定なんかは思い出せるのに、肝心のストーリーが思い出せない……主人公の名前すら思い出せない。まるで記憶をブロックされているようだ……)


 少し考え続けると鈍い頭痛が襲ってくる。そのため、もう少しで思い出せそうなのに、それ以上考えることができないというジレンマに陥る。


 彼はストーリーを思い出すことは諦め、世界設定や魔法について考えることにした。

 彼の設定では、筋力、知力などのパラメータは存在しない。ヒットポイント、マジックポイントなども数値化されていないのだ。

 レベルは最もスキルが有効に使えるもの、例えば剣術スキルが高ければ、“剣術士”、弓スキルが高ければ“弓術士”となり、その強さ・有効度を“職業レベル”と称し、スキルレベルと経験値から算出される。


(ステータスは見られないけど、職業レベルやスキル、魔法なんかを見ることができるという設定だったはずだ……魔晶石をイメージして、見たい項目を思い浮かべればよかったはず……あっ! 見られる。レベルは……)


 彼が見た項目は、まずレベル。


(職業は“魔道槍術士”? レベルは“一”? 駆け出し以下じゃないか! 新人でも訓練でレベル六くらいにはなっているはずだ。それがたったの“一”しかない)


 彼の小説の設定では、一般的な戦闘技能者のレベルは、素人が一~五、新兵が六~十五、一般的な兵士が十六~三十、ベテラン兵が三十一~五十、一般的に見かけることができる最高のレベルが七十~八十で、これが大体の目安だった。ちなみに人間の最強クラス――騎士や傭兵、冒険者のトップレベル――は百五十程度。竜人など長命種族の場合、二百を超える者もいるとされていた。


 次にスキルを見るが、剣術、槍術……全部が“??”と表示されている。ブロックされているのか、本当に使えないのか見ただけでは分からない。

 最後に魔法関連を確認すると、八属性すべてが使えることが確認できた。

 彼はこの世界で生きていくにしても、魔法が使えれば充分なアドバンテージになると安堵する。


 そして、明日からのことを考え始めた。


(現代日本の知識を生かした内政・生産チートは、僕には無理だな。知っている知識があまりに中途半端ですぐにお金に変えられるものが思い付かない。そうなると、やはり“冒険者”しかない……傭兵ほど“戦い”が主体じゃないけど、殺し合いが仕事なんだよな……人はともかく、モンスター系なら殺せるかもしれないけど……)


 この世界では、職人や商人などのギルドもあるが、職人や商人は徒弟制度を取っているため、ぽっと出の人間がギルドに加入することはかなり難しい。

 比較的簡単に加入できるのが、冒険者と傭兵のギルドになる。

 最も両者とも実力主義であるため、加入イコール安定した収入の確保というわけにはいかない。


(男爵にもらった金貨と盗賊の報奨金、アシュレイの言っていた傭兵ギルドからの賠償金があるけど、必要な物を買ったら、すぐに懐が寂しくなるんじゃないだろうか。やはり、収入を確保する手段を得ないことには……明日の朝、アシュレイに相談するか……)



 翌朝、窓から差し込む朝日で目を覚ます。


(やっぱり夢じゃなかったか……ちょっとは期待していたんだけどな。それにしても、普通は神様なり、神の使いなりが説明してくれるんじゃないのか。トラックに轢かれたわけでもないし、ゲームをしていたわけでもない。ここにトリップした原因や理由くらい説明してくれてもいいと思うんだけど……)


 夢でもなく、トリップの理由も明らかにされなかったため、やや目覚めが悪いが、不貞寝をしても仕方がないと思い直す。


 服装を整え、ふと横を見ると、昨夜は気付かなかった金属製の鏡が掛けてあった。

 その鏡で自分の顔を見ると、そこには輝くようなきれいな金髪に蒼い瞳の美しい白人青年の顔が映っていた。


(凄い……二枚目だ……俳優にでもなれそうなイケメンだ……)


 彼は暫し放心し、自分の顔を見つめていた。


(自分の顔という気がしない。話し方や態度に気を付ければ、さぞ、もてるんだろうな……でも、僕には無理だろうな……)


 放心から覚め、予定通り、アシュレイの部屋に向かった。

 彼女も既に起きており、鎧を着け、装備を整えていた。


「朝から装備を整えているけど、午前中は傭兵ギルドの支部長との面談に立ち会うんだろ?」


 彼は疑問に思い、そう尋ねると、


「ああ、今から裏庭で少し鍛錬をしておこうかと思ってな。レイもどうだ?」


 彼女は愛剣を手に持ち、彼に誘いの言葉を掛けた。

 彼も少し体を動かしておきたいと思ったことと、折角の誘いを断るのもどうかと思ったので、「分かった。装備を整えてくるから、先に行っててくれ」と了承し、鎧を着けに自分の部屋に戻っていく。


 部屋に戻り、昨日アシュレイに教えてもらった通りに鎧を身に着けていく。

 最初は戸惑ったものの、着け始めると体が自然に動き、十分ほどで全身に鎧を纏うことができた。


(あれだけ苦労した昨日はなんだったんだろう? 中学の時に体育の授業で着けた剣道の防具より簡単に着けられた気がする……体が憶えているという感じが……)


 裏庭に向かうと、剣を振るうアシュレイの姿が目に入る。

 型ではないが、仮想敵を思い浮かべながら剣を振っているようで、力強い振りの中にトリッキーな動きも混じっている。


(なんか実戦的って感じの剣だな……人のことを見ていないで自分も体を動かすとするか……)


 彼は手に持っている槍を構えようと思うものの、どこを持って、どうやって構えたらいいのかが分からない。

 いろいろ試行錯誤する中、何となく様になる場所を持ち、単純な突きを繰り返して行く。

 徐々に突きに鋭さが増して行くような気がし、二連突きや薙ぎ払うような動作も加えていく。


(やっぱり体が憶えているみたいだ。何年もやっていないゲームをやった時の感じに似ているかもしれない……最初のうちはコントローラの操作がぎこちなかったのが、昔の感覚を思い出して行くような、そんな感じだ……)


 横で剣を振るっていたアシュレイは、彼の動きを見ながら、


(最初のうちは全くの初心者、いや、それ以前の状態だった。だが、すぐに突きに切れ味が出始めてきたな。今の腕ならベテランとは言わないが、中堅クラスと渡り合えるだろう……全く分からん男だな)


 彼女はレイの訓練姿に興味を持ち、あることを思いつく。


(剣はどうなのだろうか? あの時は槍と魔法だけだった。まだ見ていないが、鞘だけでもかなりの業物に見える……)


「レイ、ちょっといいか」と彼女が言うと、彼はすぐに手を止めて、「なんだ?」と小首を傾げている。


「槍だけでなく、剣も試したらどうだ。昨日はその剣を見ていないから、どんなものか見たいし、お前の腕がどの程度かも確認したい」


 彼は頷き、槍を壁に立てかけ、剣を引き抜く。

 握りは短く、片手で扱う、いわゆるロングソードと呼ばれるタイプの剣で、その剣身ブレードは朝日を受けて美しく輝いている。

 彼はどう構えたらいいのか分からず、半身になって剣を構えてみるが、どうにも様になっていない。


「アシュレイ、どう構えたらいいんだ? 握りはこれであっている?」


 彼女は自らの両手剣を使って、基本的な構えと振り方を簡単に説明していく。

 その説明を聞きながら、剣を振るうと、槍の時と同じように徐々に様になっていった。

 面白くなりそうだと思った彼女が、模擬戦をやろうと誘いを掛けたところで、朝食の準備が整ったとメイドに伝えられる。


(折角面白そうだったのに……まあいい。朝食後にも時間はある)


 二人はそのままの姿で食堂に向かった。

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