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トリニータス・ムンドゥス~聖騎士レイの物語~  作者: 愛山 雄町
第二章「湖の国・泉の都」

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第九話「奴隷解放」

 商業ギルドはデオダード商会のすぐ近くにあり、モークリーが入っていくと、彼に数人の商人が声を掛けてきた。それはデオダードに対するお悔やみの言葉であり、彼に対する慰めの言葉であった。

 その様子を見たレイは、モークリーの人柄がにじみ出ていると思っていた。


(ライバル同士が角突き合わせる商業ギルドでも、モークリーさんの人柄って、認められているんだな……)


 モークリーに案内され、三人は奥にある応接室に入っていく。すぐに担当者が現れ、モークリーが事情を説明していった。


「それでは、レイ・アークライト様が所有されております、奴隷ステラの解放手続きを行います。まず、相続を受けた証明書類を確認させていただきます……」


 その後、書類の確認などが行われ、


「本来であれば、前所有者のロリス・デオダード様からアークライト様に所有権移転手続きを行う必要があったのですが、相続ということですので、所有権移転手続きは省略し、ギルドの権限で奴隷解放手続きを行います……」


 担当者の説明では、本来は所有者の魔力パターンが首輪のキーとなるため、一旦所有権を移転しないと解放手続きができないとのことだった。だが、今回はすぐに解放するため、ギルドの権限、マスターキーに当たるもので、直接解放するという話になった。


 担当者がステラを大きな箱状の魔道具に入れる。ちょうどオーブを作るときに使ったような箱と、同じ大きさだった。

 ステラが中に入ると、何人かの職員が現れ、操作を行っていく。

 レイとアシュレイが不思議そうに見ていると、


「奴隷解放は所有者が行うなら、簡単なのです。首輪に血を垂らして、予め決めておいた解放の言葉を言えばいいだけですから。所有権の移転も同じです。前所有者と新所有者が一緒であれば、前所有者が首輪に血を垂らして所有権移転の言葉を言った後、新所有者が自分の血を垂らして首輪を有効にすればいいだけですから。今回は一旦、所有権をギルドに移す必要がありますから、支部長、副支部長などの複数人の承認が必要になるわけです」


 モークリーの説明に、


(ギルド関係者が勝手に所有権を奪えないシステムにしているわけか……)


 一連の操作が終わり、ステラが箱から出てきた。

 その手には、首に着けていた奴隷の首輪があった。そして、レイに首輪を渡す。

 渡されたレイは、この首輪をどうしていいものか困り、


「これはどうしたらいいんでしょうか?」


「再利用可能ですから、お持ちになっていても構いません。もし不要でしたら、ギルドで買い取ってくれますが」


 レイはギルドに売ることにした。ステラは少し寂しそうな顔でレイを見ている。

 奴隷の首輪は思いのほか高額で、五千Cで売れた。


「奴隷の首輪は悪用されると大変ですから、高額で引き取るようにしているのです。死んだ奴隷や不要になった奴隷から外した首輪を、悪用する者が出ないようにとの配慮です」


 既に金銭感覚が麻痺しつつあるレイは、碌に話を聞いていなかった。


(五百万円か……確かに高いけど、この金額なら悪用する人は、いそうな気がするな)


 レイの後ろでは、ステラがしきりに首周りを気にしていた。


「どうした? ステラ」


「生まれて初めて外したので……少し変な感じが……」


 物心ついてから常に着けていた首輪が無くなり、違和感を覚えているようだ。


(後でチョーカータイプのネックレスでも買ってあげようかな? アッシュの機嫌が悪くなるか……相談してみよう)


 彼は心の中にそうメモを記したあと、ステラに話しかける。


「これでステラは“奴隷のステラ”じゃなく、僕たちの“仲間のステラ”だ。気分はどう?」


「仲間のステラ……良く判りません。ですが……」


 ステラは何か言いかけて口篭る。


「……済みません。やっぱり良く判りません」


 レイは何か変わったのではないかと期待したが、


(そんなに急には変われないか。少しずつ変えていけばいいか)


 アシュレイはステラを構うレイを見ながら、心が少し沈んでいた。


(やはり嫉妬心があるようだ。どうしたらよいのだろう。この気持ちを……)



 四人は商業ギルドから再び商会に戻り、軽馬車などを見ていく。


「大旦那様の持ち物は、すべて適正な価格で買い取らせてもらうこともできます。一応、査定を行いました。すべてお売り頂くとして、二千Cになります。軽馬車は良い物なのですが、この辺りでは需要が無いのでかなり安くなっております。フォンス辺りならもう二割ほど高く買い取ってくれるはずなのですが」


「僕はそれでいいと思う。ステラが荷物を見て欲しいものがあれば、それ以外を売ることにしたいんだけど」


「私もそれで構わない。馬車は必要ないし、我々は必要なものを持っているからな」


 ステラに荷物を確認させると、旅に必要なものをいくつか選び出す。


「デオダードさんとの思い出の品だけど、それだけでいいの?」


「はい……ですが、どれを選んでいいのか良く判りません」


 モークリーに買取りを依頼すると、大した金額のものを選ばなかったようで、


「今、お選びになったものは買い取り価格でいえば五十Cにも届きません。まとめて買い取るということで、二千Cのままで買い取らせて頂きます」


 レイはアシュレイを見てから頷く。


(今日一日で、アッシュと僕の資産は一気に六万C近く増えた。半分としても僕の持っている財産は四万C。四千万円か……日本でもキャッシュで家が買えるよ。まあ、この六万はステラのもの。ステラが独り立ちする時に持たせるもの。惜しいとは思うけど、このくらい大金だと、逆に実感が湧かないな)


 モークリーに礼を言うと、彼は仕事に戻っていった。


(本当は忙しい人なんだろうな。僕たちの相手をしてくれて、本当にいい人だ。そう思うと、ステラを預けても良かったのかも……だけど、デオダードさんは僕たちと一緒にいさせたかったんだ。歳が近いとか、職業が近いとかだけじゃなく、もっと違うことを考えていたみたいだし……)



 まだ、午後二時を過ぎたばかりだったので、ステラの登録とレイたちの依頼に関する報告のため、傭兵ギルドに向かうことにした。


 レイとアシュレイの受けたデオダードの護衛依頼については、達成扱いになるのか、途中キャンセル扱いになるのか判らないが、少なくともギルドへの報告が必要になる。

 昨日、オーブの確認をした時に聞いておけば良かったのだが、役人がいたため聞きそびれていた。

 レイはベテラン傭兵であるアシュレイに「こういう時はどう言う扱いになるんだ?」と尋ねる。


「そうだな。顧客クライアントの病死だからな……顧客側の理由によるキャンセルだから、達成扱いになると思うのだが、支部長の裁量に任されている部分になるから、どちらとも言えないな」


「そうか……達成扱いだと、傭兵ギルドの昇級条件を満足できるんだけどなぁ……」


 レイの受託回数は四回と十回以上の規定に足りないが、日数は十三日となるため、規定の十日以上をクリアすることになる。達成扱いになれば、魔道槍術士三十九のレイは一気に五級に昇級できる可能性がある。


 三人は傭兵ギルドに入り、まず、レイとアシュレイの依頼の状況報告を行った。

 すると、受付嬢が何か紙を取り出し、


「アシュレイ様、レイ様の依頼に関しては達成扱いとなります。報酬については、お一人当たり、実働日数分の八十Cが支払われることになります。では、オーブをお願いします」


 二人が交わした契約では、モルトンからアウレラまでの護衛で一人当たり千C、前金で五百Cとなっていた。依頼者側の理由によるキャンセル時については日当として十C支払われることになっていた。金額的にはそれほど高くないが、宿泊費や税金などを依頼者が支払う条件であったため、かなりの好条件であると言える。


 レイのオーブを差し出すと、受付嬢はにこやかに、「おめでとうございます」とレイに声を掛ける。


「レイ様は第五級に昇級されました。今後も上を目指してがんばってください」


(五級か……冒険者、傭兵とも五級になれた。これで一人前として扱ってもらえる。数字上はアッシュと並んだ。これで見劣りはしないはずだ。でも、まだまだ判らないことが多い。足を引っ張らないようにがんばろう……)



 レイたちの依頼完了手続きが終わり、ステラの登録手続きを行っていく。

 既に冒険者ギルドで登録しているため、登録自体はすぐに終わった。


「アッシュ、九級に上げておいた方がいいと思うかい?」


 レイのその問いに「そうだな……」と言って考え始める。


(ステラならゴブリンだろうが、オークだろうが、確実に勝てる。この先、戦闘の機会があれば、無理に上げておく必要はない。だが、実戦でどの程度の動きができるのかを見ておくのも良いかもしれないな)


「……ステラなら問題ないだろうから、九級に上げておいても良いかもしれん。手合わせをしたが、実戦での動きも見ておきたいからな」


「そうか……すぐに出来そうなら頼んでみようか」


 レイは受付嬢に九級への昇級条件を満たすための”実戦”が可能か確認した。受付嬢は支部長に確認しに行く。

 すぐに受付嬢は戻ってきた。


「三十分ほどで準備は可能だそうです。費用は百(クローナ)になりますが、すぐに準備を始めてよろしいでしょうか?」


 レイは頷き、百Cを支払う。

 受付嬢は手続きを始めるが、何か思い出したのか、突然顔を上げた。


「ステラ様の装備はそのままでよろしいのでしょうか?」


 ステラの装備は腰に二本の短剣とベルトに差した投擲剣だけであり、普通の乗馬服のようなシャツとズボンにブーツという姿で、防具も着けているように見えない。このため、受付嬢は遠慮気味に確認してきた。


(そう言えば気にしていなかったな……今回は大丈夫だと思うけど、これから先のことを考えると、装備を整えた方がいいかもしれない)


「オークかゴブリンと戦ってもらうけど、その装備で大丈夫?」


 ステラはコクリと頷く。


「大丈夫です。このままでお願いします」


 受付嬢もステラのレベルを思い出し、手続きを再開した。


 待ち時間を利用して、レイはアシュレイにステラの装備について相談していた。


「そうだな。ステラの希望にもよるのだろうが、中に着込んでいる鎖帷子だけでもかなりの防御力はあると思うぞ」


「鎖帷子? チェインメイルを着込んでいるのか。気が付かなかったよ」


「ステラ、お前の着ているのはチェインシャツだろう?」


「はい、前の旦那様に買っていただきました」


 アシュレイは後で見せてくれと言った後、レイに向き直る。


「相手の装備を考えておくは基本だぞ。手合わせを何度もやっているのだ。音を気にしていれば気付けるはずだ。相手の弱点、強み、そういった情報を常に……」


 レイはアシュレイのお説教を聴きながら、


(そんなことを言われてもなあ。そう言えばジャリっていう音が、聞こえたことがあったような……)


「判ったよ、アッシュ。後でステラの装備についてじっくり三人で話し合おう」


 アシュレイの説教が長引きそうだと感じたレイは、幕引きに入る。

 アシュレイも渋々といった感じで、「大事なことなのだがな」とだけ付け加えて、その話題を終えることにした。



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