第八話「もう一つの遺言」
翌日、五月の下旬の初夏と言える時期だが、丘を抜ける風は爽やかで、空は青く澄んでいた。その爽やかな晴天の下、ロリス・デオダードの葬儀が闇の神殿で行われていく。
レイが懸念していた光神教の妨害もなく、滞りなく葬儀は進んでいく。
闇の神殿の神官が厳かな声で、神に祈りを捧げる。
「安らぎを与えし夜の神、ノクティスよ。ロリス・デオダードの魂を御身の下で安らかな眠りに……」
ここにデオダードの親族は誰もいない。だが、ここに集った人たちは皆、彼の死を心から悼んでいた。
支店長のモークリーは、自らの部下たちがいるにも関わらず、大きな声を上げて泣いていた。だが、彼の部下たちは誰もそのことを笑おうとはしなかった。
彼らにとっても、デオダードは敬愛する人物であった。そして、モークリーの人となりも理解していたし、彼が如何にデオダードを尊敬したか知っていたからだ。
レイもデオダードのことを思い出し、モークリーに釣られて涙を零しそうになる。彼は必死に涙を堪えていた。
葬儀は粛々と進められ、デオダードの遺体は闇の神殿に程近い、墓地に埋葬されていく。
モークリーは棺に取り縋って泣いていたが、最後の別れをしたあとは、落ち着きを取り戻していた。
ステラは泣くという行為ができないのか、棺が埋められても何の表情も表れなかった。だが、一筋の涙が零れたことを、レイは知っている。
(ステラは感情を外に出せない。これは辛いことなんだろうな。小さい頃からそう仕込まれ、感情を押し殺す生活をしていたんだ。デオダードさんとの二年でも、あまり改善していない。そうなると、この先も難しいかもしれないな……)
レイはデオダードの遺体が埋められていくのを見ていた時、ふと、親族が誰もいないこの土地に埋葬してもいいのだろうかと思った。
(ここにお墓を作っても良かったのかな? 息子さんたちはどうするんだろう? でも、アウレラまで一ヶ月くらいは掛かるそうだから、遺体を運ぶわけにはいかないな……)
埋葬が終わったあと、モークリーにそのことを尋ねてみた。
「レイ様は記憶を失っておられるんでしたね。ここに建てられる墓標は仮のものなのです。本当のお墓には、魔晶石を納めます。大旦那様の魔晶石は、大奥様の魔晶石と共に、すでにアウレラに向けて送られておりますので、旦那様方が本当のお墓を建立されるはずです」
(魔晶石は魂の欠片。魔晶石を納めたところがお墓になるんだ。なるほど……デオダードさんは奥さんの魔晶石を肌身離さず持っていた。奥さんと旅をしていたんだ……)
墓地で埋葬される様子を眺める一人の男がいた。
その男は、静かに近づいていき、デオダード商会の従業員に話しかける。
「デオダードさんのことは大変残念でした……本当に。昔お世話になり、いずれお礼をと思っていたのですが……ところで、あそこにいらっしゃる方はデオダードさんのご親族の方なのですか?」
その男はレイたちを指差していた。
「相続人の方と聞いていますが、詳しくは……支店長の様子を見る限りではご親族の方のようなのですが?……ところでどちら様で?」
従業員が話し終わった時、その男の姿はすでに無かった。
葬儀は無事に終了し、レイ、アシュレイ、ステラの三人とモークリーは商会に戻っていく。
商会に着くと、モークリーはレイに向かって話し始めた。
「ステラさんの奴隷解放のお考えは変わりませんか?」
モークリーにそう確認されたレイは、「はい、今から行こうと思っています」と大きく頷く。
そして、三人が商業ギルドに向かおうとすると、神妙な面持ちのモークリーが「皆さんに大旦那様のご遺言をお伝えします」と言って、応接室に通された。
「大旦那様は、レイ様がステラさんを引き取ると決めたら、伝えて欲しいと、私にお命じになりました」
「えっ? 役所で見た遺言書だけではないんですか?」
「はい、大旦那様がなぜレイ様にステラさんを託したのか、そのことを伝えて欲しいと……」
三人はモークリーを見つめ、黙って話が始まるのを待っている。
「まず、大旦那様がなぜモルトンの街に現れたのか、そこからお話ししなければなりません。そのためには少し長い話になります」
皆が頷くと、モークリーは静かに話し始めた。
「大旦那様は半年ほど前から体調を崩し始めたそうです。そして、アウレラの治癒師に診せたところ、大奥様と同じように既に手遅れの状態であると言われたそうなのです。そこで大旦那様は、光神教への意趣返しをお考えになりました。光神教の治癒魔法では治らない病を、ラウルスの高名な薬師の薬で治せれば、光神教の謳う神の奇跡が紛い物であると世に知らしめ、欲に塗れた坊主もどきにひと泡吹かせられると……」
モークリーは深く息を吸い、どう話していいのか悩んでいるようにも見える。
「……そこで海路ルークスに向かい、以前大奥様を診た治癒師にあったそうです。当然、手遅れと言われたそうで、大旦那様はその足で、海路サルトゥースの王都、ラウルスに向かわれました……」
アウレラからルークスの聖都パクスルーメンまでは海路で三千km以上、パクスルーメンからラウルスまでは四千km以上ある。この世界の帆船では、順調に行っても百日以上の海の旅になる。
「……大旦那様は病魔に体を蝕まれながら、二ヶ月ほど前にラウルスに到着されたそうです。そして、サルトゥースの高名なエルフの薬師、水属性と木属性の魔術師であるその薬師を探し出し、薬の調合を依頼されました。ですが、その薬師は、大旦那様の病気は“既に薬では治せない、折角ここまで来てもらったが、残された時間は長くて三ヶ月”と余命を宣告したそうです。そして、残りの時間を有効に使えるようにと、痛みを取り除く薬を調合してくれたそうです……」
(いつも飲んでいた薬がその薬なのか……)
「薬師から薬を受け取った大旦那様は、生きることを諦め、最後に知り合いに会いながら帰るつもりで、陸路をお選びになったそうです。モルトンのユアンさん、いえ、ソロウ支部長でしたね……ソロウ殿や私に会うためにわざわざ……モルトンで、ソロウ殿にお会いになり、その時、レイ様の話を聞かれたそうです……」
(モークリーさんもソロウ支部長の知り合いなのかな? それにしてもなぜ僕のことが?)
「僕のことですか?」
「はい、ソロウ支部長は、レイ様が光神教とトラブルになっているため、どうしたらよいか大旦那様に相談されたそうです。そこで、大旦那様は、レイ様が光神教の司教と対決し、光神教にひと泡吹かせたと聞いたそうで、最初は大変お喜びになったとおっしゃっていました。ですが、更に話を聞いていき、自分の狭量さ、醜さが嫌になったともおっしゃられていました」
「デオダードさんが自分の狭量さですか……無縁の人だと思いますけど」
「私もそう思いました。そこで、どのような話を聞いたのか尋ねてみると、レイ様が、どうやったのか光神教の司祭を更正させ、光の神殿を本来の姿に変える努力をされたと。それに引き換え、自分は意趣返しのために、自らの命を無駄に削っただけで、彼らを変える努力をしようともしなかったと……」
「そ、そんな……僕はそんな大それたことをしたわけじゃないです……ただ、アッシュが馬鹿にされたから、その仕返しをしただけなのに……」
「大旦那様は、“自分は妻を亡くした時、自分より不幸な者が目の前にきて、初めて助ける気になった。だが、光神教に自分のように苦しめられている人のことを、自分は考えようともしなかった”と……」
(それは過大評価だよ……僕はそんな立派な人間じゃない……)
「そして、“レイ君は光の神殿の神官の考えを変えることによって、苦しめられている人を助けようとした。それに引き換え、自分は何をしていたのか。自分には財力という武器がありながら、何もしようとしなかった。ステラのことも、ただ一緒にいるだけで彼女を助けようとしなかった”と……」
「それは間違いです。ステラを助けましたよ。普通の人にはできません」
「そうですね。私も同じことを大旦那さまに申し上げました。ですが、笑って、こうおっしゃられました。“レイ君は知恵を以って、それを成した。儂は財を以っても、それを成し得なかっただろう。ステラのことも殺されないようにしただけだ。それ以上は何も……”と。正直、私にはよく判りません。ですが、大旦那様はレイ様、あなたに、自分のありたかった姿を見たのではないでしょうか」
(何かここまで過大評価されると苦しいものがあるよ……そんなに僕は凄い人間じゃないんだけど……)
レイが何か言おうとした時、モークリーが笑いながら、先に話し始める。
「難しく考えられることはないと思いますよ。大旦那様は“自分が勝手にそう思っているだけだ。だから、面と向かって言えなかった”ともおっしゃっていましたから」
「だから、デオダードさんはステラを僕に託したのですか? 光神教に屈しなかったから」
「私には分かりかねます。大旦那様は“レイ君はステラの正体を知っても態度を変えなかった。それどころか気遣いすら見せていた。アシュレイ君も同じだった。そのことが無性に嬉しかった”とおっしゃっておられました。ですから、レイ様に光神教と戦ってほしいと思われたわけではないと思いますよ。あなたなら、ステラさんを“人”に戻してくれるのではないかと思われたのではないでしょうか。あくまで私の勝手な想像に過ぎませんが」
アシュレイはその話を聞きながら、
(確かにレイなら、ステラを“人”に戻すことができるかもしれない。デオダード殿はそのことを感じていたのだろうか?)
「最後に私からもお礼を言わせて下さい。レイ様、アシュレイ様、お二人には、大旦那様の最後の時間を、よりよいものにして頂いたと感謝しております。偶然とは言え、共に旅をして頂けなければ、大旦那様は、これほど安らかな最期を、迎えられなかったのではないかと思っております。本当にありがとうございました」
モークリーは深々と頭を下げる。彼の足元の床には、涙の落ちた跡ができていた。
デオダードの遺言を話し終わったモークリーは、湿った雰囲気を変えるかのように、突然話を変えてきた。
「ところで、ステラさんを解放した後、傭兵か冒険者の登録をされるおつもりですか?」
レイとアシュレイは突然変わった話に驚き、顔を見合わせる。
「考えていなかったな。フォンスで登録すればよいと思っていたが。どうだ、レイ?」
「そうだね。何も考えていなかったよ。オーブが無くなるんだな……どうせなら、両方登録しておこうか?」
二人の会話を聞き、にこりと笑ったモークリーは、「でしたら、先にどちらかに登録に行くべきですね」と提案する。
レイには理由が全く判らなかった。アシュレイを見ると何か気がついたようだが、モークリーが、いたずらを思い付いたような、そんな笑みを浮かべ、説明し始めた。
「なに、税金の話なんです。奴隷から解放されると、その土地の住民として登録されます。そうすると人頭税が発生します。どうせ、冒険者か傭兵になるなら、先に登録しておいた方が節税になるんですよ」
(そういうことか……普通は解放されたその土地に住むから、問題ないんだろうけど、モークリーさんの言うとおりだな)
納得したレイは、近い方の冒険者ギルドに行くことにした。
ギルドに入り、冒険者登録を行うため、受付に向かう。
正午前と一番人の少ない時間であったため、受付は閑散としており、すぐに登録手続きを済ます。
三十分ほどでオーブは完成し、にっこりと微笑む受付嬢が登録完了を告げた。
「ステラ様の登録が完了しました。これで、ステラ様も第十級冒険者です。ようこそ冒険者ギルドへ」
ステラはオーブを左手に嵌め、情報を確認していた。
ステラのレベルが気になったレイは、ステラのレベルを尋ねていた。
「剣術士レベル四十三です」
彼はその答えに驚くと共に、納得もしていた。
「アッシュが四十二だっけ? ステラの方が高いんだ。どおりで僕じゃ敵わないはずだよ」
「ああ、予想通り、いや、もう少し高くてもおかしくはない。他のスキルレベルはどうなっているのだ?」
「投擲が四十、格闘術が四十、弓術が三十二、体術が五十、馬術が……」
レイは、その数と平均的に高いレベルに、唖然としていた。
(どれをとってもベテランクラス、モルトンで指導をしてくれたシャビィさんと同じくらいじゃないか。まだ、十七歳なのに……“里”でどんな鍛え方をされたんだろう? 訓練だけじゃ、ここまで上がらないから、実戦なんだろうけど……人間を的にした訓練か。恐ろしいな……)
アシュレイも同様に驚いていた。
(私も幼い頃から訓練を重ね、八年間の実戦経験で今のレベルになった。だが、ステラはまだ十七。ルークスの獣人部隊の噂は話半分だと思っていたが、もしかしたら、噂以上に恐ろしい一団なのかもしれない。しかし、体術五十とは……あの動きなら納得はいく……しかし、レイといい、ステラといい、私の自信をとことん無くさせてくれる……それはそれで面白いが……)
三人は冒険者ギルドを出て、再び商会に戻り、モークリーと合流する。彼が「それでは商業ギルドにご案内します」と言ったところで、何かを思い出し、「あっ!」と叫び声を上げる。
「失礼しました。レイ様、アシュレイ様の受け取られる現金が確定しましたので、それをお伝えするつもりだったのですが、失念しておりました」
モークリーが従業員に合図をすると、すぐに皮袋が運んでこられる。
「大旦那様からの厳しいお言付けで、商会及び私が葬儀の費用や手続きの手数料などを出すことはできませんでした。更に宝石類の査定は厳密に行うようにとのことでしたので、お二人が受け取られる金額は、五万一千三百二十Cになります。これには軽馬車とお持ちであった道具類の査定額は入っておりません」
二人はその金額に言葉を失う。
(五万Cって……五千万円だよな。そんなに持ち歩いているものなのか、大金持ちって……)
「一応、白金貨で用意いたしましたが、もし宝石類の方がよろしければ、そちらでも構いません」
二人は固まったまま、答えることができない。
モークリーが「いかがいたしましょうか?」と再度問いかけて、ようやく言葉が出てきた。
「そ、そんなにあるんですか! 旅の資金って聞いていたんですが」
モークリーは平然とした表情で、
「はい、大旦那様ほどのお方なら、これでもかなり少ないかと」
レイは少し考えた後、
「判りました。白金貨で受け取ります。それでいいよね、アッシュも」
アシュレイは「ああ」と、答えるだけだった。
「よろしいのですか? かなりの重さになりますが?」
レイは自分の収納魔法、アイテムボックスに入れておけばいいと考えていたので、すぐに了承する。
貨幣が数十枚入った皮袋はずっしりと重く、とりあえず商会で預かってもらってから、商業ギルドに向かっていった。




