第七話「継がれる遺志」
レイとアシュレイが宿に戻ると、デオダード商会のモークリー支店長がテキパキと部下たちに指示を出していた。
モークリーが二人を見つけると、少し緊張した面持ちで遺言について確認する。
「大旦那様のご遺言は……お受けになられましたか?」
レイは静かに頷き、しっかりとした口調で「ステラさんは僕が引き取ります」と宣言する。
モークリーはふぅと息を吐いた後、「そうですか。さすが大旦那様が見込まれた方です」と、安堵した表情を見せる。
「奴隷解放は商業ギルドと聞きました。すぐにでも奴隷から解放したいのですが、ギルドはどこにあるのでしょうか?」
モークリーはその性急さに苦笑し、
「善は急げとはいいますが、商業ギルドに行くのは、大旦那様のご葬儀を終えてからでもよろしいのではないでしょうか」
レイも先走っていた自分に苦笑いしながら、「そうですね」と頷いていた。
周りを見ると既にデオダードの体は清められ、棺も用意されていた。
(物凄い手回しのよさだな。本当に見かけによらず、凄い人なんだ、モークリーさんは)
二人がこの後の予定を聞くと、一旦、商会に遺体を運び、明日、闇の神殿で葬儀を行うという話になっていた。
レイは、デオダードが光神教の信者であることから、光の神殿が何か言ってこないか気になり、そのことをモークリーに確認してみた。
「その点はお気遣いなく。大旦那様の遺言もございますし、私が大旦那様のご意向に沿うよう全力を尽くします。この街の光神教の司教如きに大旦那様のご葬儀を邪魔させません」
力強くそういうモークリーに、妙な頼もしさを感じたレイは、「判りました。何かあったら言って下さい」と言って、すべてを任せることにした。
二人はデオダードの遺体の横に、ポツンと座るステラを見つけ、これからの話をしようとした。
「ステラさん、話をしたいんだけど、いいかな?」
レイが遠慮がちにそう言うと、ステラはゆっくりと顔を上げ、「はい」と小さく答える。
(どう話そうか。君を相続したって言うと変だよな。これから一緒にいることになったって言うのも少し違う気がするし……)
レイは決断が付かぬまま、話し始めた。
「これから僕たちと一緒にいることになる。もちろん、ステラさんがそうしたければだけど……」
ステラは小さく「あの……」と言い、それに気付いたレイが、「どうしたの? 何か言いたいことがある?」と聞くと、期待に満ちた目で彼を見つめる。
「それはレイ様が、私の新しいご主人様になられたということでしょうか?」
(ご、ご主人様って……そうなるのか? 確かにそうなるかも……そんなつもりはないし、明日には解放するから……問題ないよな……)
「ご、ご主人様ってわけじゃ……明日には解放手続きをするつもりだし……」
想定外の問いに焦り、視線を彷徨わせ、声を上擦らせていた。
レイの言葉に、ステラは視線を落とす。
レイの目には、ステラの狼の耳が小刻みに揺れているように映っていた。
ステラは怯えるような小さな声で
「解放? 私は……私は不要な奴隷なのでしょうか?」
レイにはステラの言っている意味が判らない。
「えっ? 不要ってどういう意味?」
「いらなくなったから、捨てられるのではないのですか? 私に価値がないから……」
ステラは彼の目から視線を外さず、必死な表情でそう訴えてくる。
(もしかしたら、オークションに出された時のことが、トラウマになっているのかもしれないな。“お前など不要な奴隷だ。だから売り払うんだ”とか言われたのかも知れない……そんなこと思ってもみなかった……)
「違う。違うよ、いらないからとかじゃなくて、奴隷じゃなくても一緒いられるし、えっと、アッシュ、どう言ったらいいんだ?」
レイは咄嗟にアシュレイに助けを求めるが、
「お前が引き取ることを決めたのだ。正直に話せば良いのではないか。お前の気持ちを正直にな」
レイはその言葉に頷き、深呼吸をした後、再びステラに話し始めた。
「ステラさん、僕の考えを話すから最後まで聞いて欲しい。僕は君を引き取ることにした。そして、明日、君を解放することにした。でも、そこで君を放り出すつもりはないんだ……当分、僕たちと一緒に行動してもらって、その間に自分の生き甲斐というか、生きる目的というか、そんなものを見つけてもらおうと思っている。僕たちはデオダードさんの葬儀が終わったら、フォンスに向かおうと思っている。フォンスにはアッシュの実家があって、そこには傭兵がたくさんいる。その中で暮らせば、何か見付かるかもしれないと思っているんだ……」
ステラはレイの言葉を静かに聞いていく。時折、視線が彷徨ったり、耳がピクリと動いたりしていたが、最後まで彼の話を聞いていた。
そして、彼の話がすべて終わったところで、しっかりとした口調で話し始めた。
「私は奴隷のまま、このままがいいのです。私は命じられたことをするしか能がありません。いえ、命じられたことすらできないかもしれません」
いつになく饒舌なステラに驚くが、レイは奴隷でいたいという彼女の考えが理解できない。
「どうして奴隷なんかでいたいんだ。奴隷じゃなくても……」
「”奴隷のステラ”ではない、ただの”ステラ”では不安なのです……どう言ったらいいのか……うまく言えません」
(生まれてからずっと奴隷として生きてきたからか。だから、それ以外になるのが怖いと……でも、変わらないといけないと思うんだ。変わらないと……)
「言いたいことは、何となく判ったと思う」
レイのその言葉にステラの表情が少しだけ明るくなる。だが、続く言葉に絶望にも似た表情に変わっていく。
「でも、変わらないといけないんだ。今のままでは……これはデオダードさんも望んでいたことだと思う。明日、解放手続きをするよ。これはもう決めたことなんだ」
ステラはがっくりと肩を落とし、両腕を抱えて震えている。
その姿を見たアシュレイは、
(ここまで心に刷り込まれるものなのか? 生まれながらの奴隷というのは。それともルークスでの教えのせいか……この姿を見れば、誰でも解放するのを躊躇ってしまうだろう……もしかしたらデオダード殿も同じだったのかもしれない……)
ステラは顔を上げ、アシュレイを見つめる。そして、助けを求めるように、
「奥方様からもお願いしてください。ご主人様に……私を捨てないようにと……」
「お、奥方様! ステラ殿、なぜそうなる?!」
「アシュレイ様は、ご主人様の奥方様ではないのですか?」
「い、いや、まだ、まだ妻ではないが……奥方様……」
アシュレイはステラの予想外の言葉に思考が停止してしまった。
呆然とするアシュレイに、ステラは縋りつくように助けを求める。
「どうか、ご主人様にお願いを……どうか……」
困ったアシュレイは、レイを見つめるが、
「もう決めた話だから。デオダードさんの遺志をしっかりと受け止めたいんだ」
ステラは力なく、座り込んでしまった。
(いきなりは厳しいのかもしれない。アッシュと相談すべきか……)
彼は「ちょっといい?」と言って、アシュレイを離れた場所に連れ出す。
「いきなりはちょっと難しいかもしれない。でも、解放するという話は変えたくないんだ。だから……」
レイは少し口篭るが、すぐに話を続けていく。
「とりあえず、首輪を外すだけだと言ってみようかと思う。首輪がなくても僕の……僕の物だと」
アシュレイはその言葉に眉を顰め、
「自分の物にするというのは、あまり褒められた言い方ではないぞ。もう少しマシな言い方はないのか」
「そ、そうだね……首輪を見られるのが嫌だからっていうのはどうだろう。その後に僕たちのために働いて欲しいって言うのは? それなら、変な意味はないし……」
アシュレイはレイを睨みながら、「変な意味を込めていたのか?」といった後、
「まあいい。その方がいい。それで納得してくれればいいが……」
二人はステラのところに戻っていき、
「明日、首輪を外しにいく。でも、それは僕たちが奴隷を持っていると思われるのが、嫌だから……えっと、僕たちのために働いてくれないかな?」
「お二人のために……働く? 私は不要な奴隷ではないということですか?」
「そうだよ。僕たちの仕事、護衛をやったり、魔物を狩ったりする仕事を手伝って欲しい。ステラさんは僕より強いし、絶対に役に立つよ」
「私が役に立つ? 私は役に立つのでしょうか? 本当に、本当に私は望まれているのでしょうか?」
何かに縋るような目をしながら、ステラは小さな声、だが、生きる希望を見つけたかのような期待に満ちた声でレイに訴える。
「ああ、絶対に役に立つよ。でも、僕たちと一緒に仕事をすれば、必ず自分で判断しなければいけないことが出てくる。その時は命令ではなく、自分で判断してほしいんだ。すぐにやれとは言わないけど、努力して欲しい。どうかな?」
「自分で判断……できません。私には……」
ステラはどうすればいいのか判らず、下を向いて呟いている。
レイは彼女の肩に手を置き、「ゆっくりやっていこう。少しずつ」と諭すように声を掛ける。
ステラは彼を見上げ、小さく頷いた。
「ですが、私のことはステラと呼び捨てにして下さい。私はご主人様に、奥方様に仕える者です。どうか、ステラと……」
「判った。それなら僕たちのことはレイとアシュレイと呼んで欲しい。ご主人様や奥方様ではなくね。それでいいだろう、アッシュ?」
突然話を振られたアシュレイは、少しだけ躊躇った後、
「そうだな。仲間なのだから名前で呼んで欲しいな」
(奥方様と呼ばれるのは、悪くはないのだがな。まあ、少しくすぐったいが……)
「はい、ではレイ様、アシュレイ様。よろしくお願いします」
ステラは笑顔こそ見せないものの、さっきまでの切羽詰った表情からは、かなり表情は緩んでいた。
レイは「よろしく、ステラ」と言ったものの、まだ”様”付けであることが気になっていた。
(まだ、様付けだけど、一気に普通の女の子になれるわけじゃないんだ。少しずつ、慣れてもらおう……)
そして、デオダードを見ながら、
(デオダードさん、これで良かったですか?)
そう心の中で話しかけ、忙しそうに働くモークリーの手伝いに行った。
デオダードの遺体を棺に収め、商会の建物に運んでいく。
ステラはかなり落ち着いたのか、いつもの無表情な顔で棺を守るように付き添っていた。
商会の建物は宿から程近い場所にあり、棺を運びながらでも十分ほどしか掛からなかった。
その建物は商業地区の一等地、大通りに面した一画にあり、三階建ての立派な建物だった。
(デオダードさんって、本当に大商人だったんだ。これがただの支店なんだからな。この建物を見たら、数億円をポンと献金できるって思えてくるよ……でも、そんな偉そうな人じゃなかったんだけどな)
商会の建物に入り、奥に棺を運んでいく。棺が安置されると、従業員たちが次々と弔問に訪れる。
そして、レイたちに弔意を示していく。
(僕たちは親族でも何でもないんだけど……何でそんなに恭しく扱われるんだろう?)
疑問に思ったレイは、忙しく働くモークリーを捕まえ、
「どうも皆さんの反応がおかしいんですが? 僕たちは親族でも何でもないんですよ。ただの護衛なのに……なぜなんでしょうか?」
モークリーはにっこりと微笑み、
「レイ様たちは、大旦那様の相続人です。すなわち、私たちにとってはデオダード家の方々と同じなのです。ですから、従業員一同はあなた方に弔意を示すのです」
(昨日からモークリーさんが、僕たちに恭しい態度を取ったのはそういうことなのか?……納得はいかないけど、モークリーさんたちも、悲しみを分かち合いたいということなんだろうか?)
すべての段取りは商会が行うため、レイたちはやることもなく、応接室でただ待っているだけだった。
夕方になり、ようやくすべての段取りが終わったのか、モークリーが彼らのところに戻ってきた。
「皆様は今夜、どうなされますか? こちらで宿泊することも可能ですが?」
レイとアシュレイは、ステラに最後の別れをさせてやりたいと思い、商会で泊まらせてもらうことにした。
モークリーにそのことを伝える。
既にデオダードの荷物は、商会に回収してあるとのことで、二人は自分たちの荷物を取りに行くことにした。
その道すがら、二人はステラのこと、そして、今後のことを話していた。
「ステラさん、いや、ステラのことなんだけど、本当に良かった? 二人だけの方が良かったんじゃない?」
その問いに、「レイはどうなのだ?」と逆に質問で返される。
「そうだね。二人の方が楽しかったかもしれないね。三人だと宿に泊まっても……」
赤くなりながら、そう言ったあと、誤魔化すように言葉を続けていく。
「でも、三人でいるのはそんなに長い話でもないと思うし、フォンスまでの話だろ」
「そうだな。フォンスまでだ。そう言えば、フォンスから先の話はまだ何も決めていないな」
元々の予定では、デオダードの護衛をしながら、アウレラまで行く予定だった。そして、その途中のペリクリトル、ドクトゥスで、レイがなぜこの世界に飛ばされてきたのか、どうやったら戻れるのかを調べようと考えていた。
それが、突然のデオダードの死で、予定が変わり、フォンスから先の行程がフリーになってしまった。
「どうしようかな? とりあえず、一番近いペリクリトルに向かうのが、いいんじゃないかと思うんだけど」
「ペリクリトルか……情勢次第だな。ペリクリトル周辺は、何度も魔族の襲撃を受けている。単独で街道を進むのはかなり危険だ。今回もフォンスからペリクリトルまでは大規模な商隊に紛れ込むつもりでいたのだ」
「じゃあ、フォンスで情報を集めてからか……まあ、急ぐ旅でもないし、できるだけ安全な方法でいきたいな」
そんなことを話しながら、宿に戻り、自分たちの荷物、馬たちを回収して、デオダード商会に戻っていった。




