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トリニータス・ムンドゥス~聖騎士レイの物語~  作者: 愛山 雄町
第二章「湖の国・泉の都」

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第五話「遺言」

 ステラが部屋を出たことを確認したデオダードは、静かに話し始めた。


「レイ君、アシュレイ君。二人に話がある。聞いてくれんかの」


 心配するアシュレイが、「安静にしていた方がいいのでは?」と言い、レイも、


「アッシュの言うとおりです。今は痛みを抑えているだけなんですから……」


 デオダードはにっこりと笑いながら首を横に振る。そして真剣な表情で、


「儂には時間がもうあまりないんじゃ。それに治癒師が来ても無駄じゃろう。今ならまだ話ができる。最後の頼みと思って聞いてくれんか」


「判りました。でも、辛くなったらすぐにやめて下さい」


 レイはデオダードの何時にない真剣な表情に、話を聞くことにした。


「済まんな。どこから話すかの。そう、儂が旅をするようになった話からが良いか……儂は十歳の時に奉公に上がって、三十の時の独立したんじゃ。そして、独立を機に妻を娶った。妻の名はシェリル。儂より十五も年下じゃった。器量よしとは言えんが、笑うと花が咲いたようでの・・・・・・独立したての頃は苦労しての、シェリルには本当に苦労ばかりさせておったんじゃ。ようやく商売も軌道に乗り、息子たちに任せても良いと思ったのが、三年ほど前のことじゃった。シェリルはまだ六十を過ぎたばかりでの、今からアウレラでのんびりと暮そうと話しておったんじゃ」


 デオダードは懐かしむように遠い目をしながら、話を続けていく。


「儂とシェリルの終の棲家にするために、海沿いに一軒の小さな家を買ったんじゃ。シェリルも喜んでの。本当に喜んでいたんじゃよ。ようやく二人で過ごせるといって……しかし、その幸せも数ヶ月しか続かなんだ。シェリルの体が病魔に蝕まれておったのじゃ……儂はアウレラで一番の治癒師に助けを求めた。じゃがの、その治癒師はシェリルを診るなり、首を横に振って、”奥様は手遅れです。体が病を受け入れてしまっております”と言った……儂にはその言葉が信じられなんだ。どうしても妻を、シェリルを助けたかった……」


 レイはその話を聞きながら、


(体が病を受け入れた? 前にエステルさんに聞いた、腕を失っても体が認めなければ再生できるっていう話と同じなのかな? 癌なんかで、病巣があるのが当たり前と思ってしまったら、治癒魔法では治せないということなんだろうか?)


 彼が考え事をしている間もデオダードの告白は続けられていた。


「……儂はアウレラの治癒師の腕が悪いと決め付けた。神の奇跡を売りにするルークスならば治療できるのではないかと。儂は、アウレラで死にたいと話すシェリルを説得し、海路でルークスの聖都パクスルーメンに向かった……船の旅は順調じゃった。だが、シェリルの弱った体にはかなりの負担が掛かっておった……それでも何とかパクスルーメンにたどり着くことができた。それから、光神教の拝金坊主どもに金をばら撒きまくった。僅か二週間ほどで五十万(クローネ)ほどばら撒き、ようやく枢機卿と呼ばれる聖職者に会うことができたのじゃ……」


 レイたちは五十万Cという金額を聞き、息を飲む。


(五十万Cだって! 日本円にしたら五億円の献金……インチキ宗教並みの拝金主義だ……)


「僅か五分間じゃ、たった五分だけ、面会の時間を与えられたのじゃ。儂は枢機卿に涙ながらに訴えた。どれだけ妻を愛しているか、どれだけ助けたいか……約束の五分が過ぎ、枢機卿は光神教で最も腕のよい治癒師を紹介すると約束してくれた。枢機卿の部屋を出た後、案内をしてくれた司教が、すぐに診察を受けさせたいなら、更に寄進する必要があると暗に言われたのじゃ。儂はすぐに十万Cを寄進した……二日後、治癒師に会うことができた……」


 デオダードは怒りに満ちた表情を浮かべる。


「……その治癒師はシェリルを診るなり、”手遅れ”と一言いうだけで治療しようともしなかったのじゃ! 儂はその治癒師に縋りついて頼んだ。妻を助けてくれと……その治癒師は、神の奇跡を起こすためには徳が足らない。更に徳を積めば何とかなるかもしれないと……そうなのじゃ! あやつらはまだ金を毟り取ろうとしたのじゃ! 儂の、いや、皆の愛する者を救いたいと思う気持ちを、食いものにしておったのじゃ!」


 デオダードは興奮気味にそう言うと、息を荒くする。レイは落ち着かせるため、水を飲ませる。


「済まぬの。少し興奮してしまったの……そこに至って儂も光神教に頼っても無駄だと判った……その時、既にシェリルの容態はかなり悪くなっておったのじゃ。最早アウレラに帰ることは望めぬほどにの……儂は後悔した。妻との大切な時間をなんと無駄なことに費やしてしまったのかと……金など要らぬ。失った時間を返してくれと、何度もそう思ったのじゃ……」


 デオダードの目から涙が零れる。


「シェリルはそれから三週間ほどで息を引き取った。儂しか知り合いがおらん、パクスルーメンでの……シェリルの死で儂は絶望した。世の中すべてに絶望したのじゃ。何故そう思ったのかはもう覚えてはおらん。じゃが、儂は自分より不幸な者たちを見てから、シェリルの元へ行こうと思った……そして、奴隷のオークションに行った。それがステラとの出会いじゃった……」


 ステラが戻ってきていないことを確認し、話を続けていく。


「ステラを買い取った時の話は、アシュレイ君には話したが、レイ君は知っておるかな?」


 レイが頷くと、デオダードも頷き返す。


「ステラは獣人の奴隷部隊に選ばれなかった。不思議には思わなかったかな? 二年前から、ほとんど儂の護衛だけをしているステラじゃ。オークションにかけられた頃と今の実力はほとんど変わらん。そのステラが、アシュレイ君やレイ君ほどの傭兵と互角に戦えるステラが、なぜと……」


 アシュレイが大きく頷く。


「私が手合わせした時に思ったのはそれです。これほどの腕を持ちながら、なぜと」


「儂が奴隷商人から聞いた話ではの、ステラは養成部隊、奴隷商人は”里”と言っておったが、その里で一、二を争う腕の持ち主だったそうじゃ。売りに出されたのはもう一つの理由、そう、命令を聞けない奴隷だと見なされたからじゃ」


 レイは普段のステラの姿を思い出し、おかしいと思った。


「ステラさんを見ている限り、そんなことはないと思うんですが」


「これも奴隷商人から聞いた話じゃ。前にオークションで売れ残った奴隷は訓練の的にされると話したと思う。ステラが十四の時、売られる前の年じゃな、同じ里で育った一人の男がオークションに出された。そして、売れ残ったそうじゃ」


 デオダードは辛そうな表情になる。


「その者はステラの里に”的”として回されてきたんじゃ。そして、里で一番の使い手、ステラに止めを刺すように命令が下ったのじゃ。不幸なことにその的の男は、ステラの実の兄じゃった……」


 レイは息をすることすら忘れて聞き入っていた。アシュレイは壁の一点を見つめ腕を組んでいる。


「……ステラはその男、実の兄とは仲が良かったそうじゃ。そして、ステラは命令を実行できなかったと。里の指導者に鞭で何度打たれても、その男を殺せなかった。その男はステラの姿を見て、自らの命を絶った……ステラは命令を遂行できぬ半端者として一年後に売りに出されたそうじゃ。儂以外のオークションに参加した者はすべてこの事実を知っておった。だから、ステラは売れ残りそうになったのじゃ……」


 デオダードはここで言葉を切り、二人を見つめる。


「レイ君、アシュレイ君。ステラは優しい。今は家族も友もおらぬ。頼れる知り合いもおらぬ。会って間もない二人に、こんなことを頼むのはお門違いかもしれん。じゃが、頼めるのは二人しかおらんのじゃ……いや、儂が頼めば、誰かが親代わりになってくれるじゃろう。この街におるモークリーという男も恐らくな。それでも二人にあの娘のことを託したい……」


 ここまで話して、デオダードは精も根も尽き果てたようで、ゆっくりと目を閉じる。


「デオダードさん。ステラさんのことですが、今すぐは決められません。友達になるという話ならすぐにでも頷けるのですが……アッシュ、後で君の意見を聞きたい……」


 レイは搾り出すようにそう言うと、アシュレイも、


「そうだな。このような話、すぐに結論は出せぬな。デオダード殿、申し訳ないが、考える時間を頂きたい」


「うむ。君たちならそう言うと思っておった。だから、君たちに託したいとも思っておるんじゃ……少し疲れた。休ませて貰おう……」


 デオダードは静かに眠っていった。


 しばらくすると、ステラが戻ってきた。

 レイとアシュレイはステラに看病を任せ、朝食を取りに食堂に下りていった。


 三人分の朝食とデオダード用の消化のいい物を、部屋に運んでもらうように頼み、部屋に戻っていく。

 部屋に戻ると、リビングのソファにドサリと力なく腰を下ろす。


「アッシュはどうする? ステラさんのことだけど」


「そうだな。同情には値するが、正直なところ私たちにどうこう出来る問題ではないと思う。これから先、ペリクリトル、ドクトゥス、アウレラと旅していくなら、二人だけでも余裕はない。ステラ殿は、確かに腕は立つ。だが、その他のことはどうも危うい……彼女が大きなミスを犯す可能性は否定できん」


「そうだね。まあ、それを言ったら僕も同じなんだろうけど……そう言えば、デオダードさんと出会ってからまだ十日しか経っていないんだ。それなのに、なぜだか判らないけど、頼みを聞きたくなるんだ。不思議だね」


「そうだな。私も同じことを思っていたのだ。魅力というのだろうか、なぜか引き付けられる物がある。大商人になる男というのはそういったものがあるのかも知れんが……」


 二人は結論が出ぬまま、届けられた朝食を食べていた。


 更に三十分くらいすると、町の治癒師が到着した。

 デオダードを診察するが、やはり手の施しようがないと言うだけだった。帰り際にレイの施した、痛み止めの魔法に興味を示すが、闇属性の魔法を使っていると聞き、自分には使えないと諦めて帰っていった。


(治癒師だから光属性、闇属性の反属性だから無理なのか……あまりおおっぴらには、治癒魔法と麻酔の魔法は使えないな)


 そして、午前十時頃、デオダード商会のクロイック支店長、モークリーが息を切らせて部屋に入ってきた。


「す、すみません! はぁはぁ、大旦那様、ロリス・デオダード様が臥せっておられると伺ったのですが、はぁはぁ、こちらで間違いないでしょうか。はぁはぁ」


 モークリーは四十前くらいの頭の薄くなりかけた小男で、レイはその貫禄のない姿に、大手の商会の支店長というより、小さな商店の主人だなと思っていた。


「デオダードさんは今、眠っておられます。申し遅れましたが、私は護衛を依頼されております、レイ・アークライト。隣がアシュレイ・マーカットです」


 レイは落ち着かせようとゆっくりとした調子で話し掛ける。


「こちらこそ名乗りもせずに……デオダード商会クロイック支店長のダンスタン・モークリーと申します。大旦那様に会わせて頂いてもよろしいでしょうか?」


 かなり切羽詰った感じで、遠慮気味にではあるが、面会を申し出てきた。


「判りました。お通しします」


 三人はデオダードの眠る部屋に入っていく。

 その気配にデオダードが目を覚まし、


「モークリーか。久しいな。何年振りかね」


「四年ぶりです。大旦那様……本当にお久しゅうございます……」


 モークリーはデオダードの姿を見て、その場で泣き崩れそうになるが、必死に耐えていた。


「どうしたのじゃ? ああ、儂の手紙のせいじゃな。済まんの、あの手紙を受け取ればの……ステラ、こちらはモークリー殿じゃ。挨拶をしなさい」


 ステラは椅子から立ち上がり、「ステラです」と言って、小さくお辞儀をした後、何事もなかったように椅子に座って看病を始める。

 デオダードは苦笑し、


「手紙にあったステラじゃ。後ろのレイ君、アシュレイ君の名は聞いたかな?」


「はい、先ほど。大旦那様、お、お体は大丈夫なのでしょうか?」


「今のところはな。そこのレイ君が痛みを取ってくれたんじゃ。おかげで久しぶりに頭がすっきりしておる。じゃが、いつまでもつやら。今晩辺りが山かも知れぬな。ふはははっ!」


「そ、そうですか……手紙に書かれていた話は真なのですね……私に、私に出来ることがあれば……ど、どのようなことでも……お命じ下さい……」


 モークリーは涙を堪えながら、デオダードに話し掛ける。


「レイ君、アシュレイ君、ステラ。済まんが、モークリーと二人きりにしてくれんかの。何、すぐに済む。十分ほどじゃ」


 ステラは出て行くのを嫌がったが、デオダードに命じられ、寝室の外に出て行く。


 寝室の中では、デオダードがモークリーに話をしていた。


「手紙に書いてあったとおり、儂の命はここで終わるじゃろう。モークリー、頼みがある。儂が身に着けておる袋にシェリルの魔晶石が入っておる。儂が死んだら、儂の魔晶石をシェリルの魔晶石とともに、アウレラに送ってくれんか。そして、海の見える丘に二人の墓を作ってほしい……」


 モークリーは涙を流しながら、何度も頷く。


「それから、先ほどのステラのことじゃ。ステラはレイ君たちに任せようと思っておるが、もし彼らが断ったら、面倒を見てやってくれんか……あの子がおってくれたことが、儂にとって救いじゃった。この二年間、あの子がおらねば、悲しみに沈むだけじゃっただろう……」


 その後、デオダードはモークリーに後事を託すべく、細々とした指示を出していく。そして最後に、


「済まぬな、モークリー。儂にとって、この地で生を終えるのは幸運じゃった。お前という信頼できる男がおる土地で死ねることがの。面倒を掛けるが、よろしく頼む。息子たちにもよろしく言っておいてくれ……」


「お、大旦那様のご恩に少しでも報いられるなら、私にとってもこれ以上の幸せはございません……後のことは私にお任せ下さい。うっ……」


 モークリーはそう言った後、泣き崩れてしまった。


「相変わらず、涙脆いの、ほっほっほっ……お前がここまで出来る商人になるとは思わなんだ……」


 デオダードは、モークリーに思い出話を話し始めていた。


 十分後、モークリーが寝室から現れ、「大旦那様が呼んでおられます」と三人を中に招き入れる。


 デオダードのベッドの周りに集まると、


「儂が死んだ後のことはモークリーにすべて任せた。この男、こう見えても我が商会のラクス北部域総支配人じゃからな。頼りになる」


 モークリーはデオダードと話して立ち直ったのか、「“こう見えても”はないですよ。大旦那様」と軽口が叩けるほどになっていた。


「おお、済まんの。儂が死んでもゴタゴタが起こらぬよう、手配してくれるはずじゃ。安心してよい」


 デオダードは話し疲れたのか、少し眠ると言って、目を瞑った。

 その傍らにはステラが座り、他の三人は寝室を出ていった。


 モークリーはレイとアシュレイに、


「レイ様、アシュレイ様、大旦那様はあなたたちのことを、大層気に入っておられるご様子です。特にレイ様には痛みを和らげて貰ったと感謝しておられました」


 レイは、モークリーの言葉を聞き、一介の傭兵に対し、礼儀正しい態度で話すモークリーに疑問を持った。


「デオダードさんからどのような話を聞かれたのか、伺ってもよろしいでしょうか? 私にしてもアシュレイにしても一介の傭兵に過ぎません。デオダードさんの話ではあなた方の商会はかなりの大店ですよね。私たちにそのような話し方をするのは、何か理由があるのではないですか?」


「大旦那様が旅立たれるまで、すべてをお話しすることは出来ません。ですが、大旦那様はお二人と旅をでき、楽しかったとお話になられました。この二年間で最も楽しかったと……」


 レイは納得できなかったが、口が堅そうなモークリーから、これ以上の話は聞けないと諦める。


「判りました。私たちも楽しかったです。ですが、私たちの身の振り方は、私たちで決めます。必ずしもデオダードさんのお考えに沿えるとは、約束できませんが」


「はい、それは判っております」


 モークリーはにこやかにそう答えるが、すぐに敬愛するデオダードのことを思い出し、寂しそうな表情になる。


 午後になってもデオダードの容態は変わらず、交替で付き添っていく。

 途中でレイが掛けた麻酔の魔法が切れ、二度ほど魔法を掛けなおした。

 一度、治癒魔法も掛けてみたが、やはり効果はなかった。だが、麻酔の魔法は一度目ほど苦労せずに掛けることができていた。


(精霊にイメージを伝えるやり方の問題なのかな? 一度目はかなり魔力を使ったけど、二度目はそれほどでもなかった。一度目は痛みだけを取ろうとしたから闇の精霊も困ったのかもしれないな。なかなか効かなかったから、麻酔をイメージしたらうまく行ったのかも……)


 彼はイメージ力の問題ではないかと考えていた。


(それなら、光の精霊に治療を頼めないか……でも、どこが悪いのかが判らないし、どう治したらいいのかも判らないから、難しいな……医者だったら、手術で患部を切り取って、その後に治癒魔法を掛けて治すってこともできるんだろうけど……ただの高校生だった僕にはそんな知識もないし……)


 必死になって治療できないか考えるが、いい案は全く浮かばない。


(結局、痛みを取るだけしかできないのか! 何のための魔法なんだ! 魔法なら簡単に治せるんじゃないのか! 何でこんなに無力なんだ……クソッ!)


 彼は無力感に包まれ、心の中で何も出来ない自分を罵っていた。

 イライラしている彼の手をアシュレイがそっと握る。


「お前は良くやっている。あれほど苦しそうだったデオダード殿の苦痛を取り除いたのだ。他の治癒師ではできないことをやっているのだ」


 レイは彼女の言葉に、少しだけ心の負担が軽くなった気がしていた。


 デオダードは夕食時になっても眠り続けていた。レイたちは気付いていなかったが、デオダードは苦痛のため、ここ数日睡眠が取れていなかった。

 デオダードの元を離れたがらないステラに食事を取らせ、再び、四人でデオダードを見守る。

 午後八時頃、デオダードが目を覚ました。そして、首を回して周りを見回す。


「こ、ここは? そうか、クロイックの街だったな……」


 その話し方は今までと代わり、若々しい話し方に代わっていた。そして、声を掛けようとする四人に気付かず、話を続けていく。


「夢を見ていた。シェリルと共に暮らしていた頃の。そう、独立して間もない頃、事業がドンドンうまくいっている頃、隠居を決めた頃……」


 そして、ようやく四人に気付き、彼らに向かって話し始めた。


「儂は十分に生きた。長命のエルフらに言わせれば、何を言っていると言われそうじゃが、満足できるほど、十分に生きた。君たちにはまだ判らんじゃろう。だが、人の生は時間ではないと思うんじゃ。死を迎えた時にどれだけ満足できたかではないかと……レイ君、最後に君に会えて本当に良かった。これだけ安らかに寝たのは久しぶりのような気がする……」


 四人には、デオダードの命の火が消えようとしているのが、感じられていた。

 だが、それをどうすることもできず、見守るしかないことも判っていた。


「ステラ、二年間良く仕えてくれた。これからは自分の為に生きるんじゃ。今は判らんじゃろうが、それを探しなさい。本当に良く付き合ってくれた……ステラ、儂の手を握ってくれんか……」


 ステラは彼の手を握った。その顔はいつもの無表情なままだったが、その目に涙が浮かんでいた。

 そして、涙が零れていく。

 彼女はそのことに気付き、不思議そうな顔をしていた。


「本当に疲れた……レイ君、アシュレイ君、アウレラまで一緒に行きたかったんじゃが、無理そうじゃ。いつか、アウレラに行ったら……」


 デオダードの意識が混濁し始めていた。

 レイはデオダードの名前を叫びながら、治癒魔法を掛け続けていた。


「デオダードさん! 頑張ってください! 必ず治ります。治します!……」


「レイ君、もうよいのじゃ……もう……ステラ、手を……」


 デオダードは意識を失い、日付が変わった頃、静かに息を引き取る。

 傍らに座るステラに頭を撫でられながら。


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