第二話「戦闘奴隷の話」
アシュレイはレイとステラの模擬戦を眺めながら、
(もしかすると、ステラ殿は……後で確認してみるか……)
彼女には何か思い当たることがあったようで、思案顔で二人を見ていた。
二人の模擬戦が終わると、部屋に戻るというデオダードとともに、アシュレイも部屋に戻っていく。
「デオダード殿。ステラ殿は……もしかしたらルークスの出身ではないのだろうか?」
突然話しかけられたデオダードは、一瞬と惑うものの、すぐににこやかな顔になる。
「アシュレイ君はルークスの獣人部隊のことを知っておるのかね」
アシュレイが頷くと、
「そう、ステラは”元”獣人部隊の一員。正確には養成部隊で育った戦闘奴隷じゃがな……」
部屋に戻ると、デオダードはルークスの獣人部隊のことを説明していく。
「ルークスでは獣人が奴隷にされておる。既に百年以上の長きに渡り、獣人奴隷の特殊部隊は存在しておるのじゃ。最近ではルークス国内に獣人の集落はなくなったが、奴隷同士で結婚させられ、その子供を幼少より鍛えておるそうじゃ。噂では三歳頃から訓練を始め、十五になると部隊に配属されるそうじゃ」
ここでデオダードは不愉快そうな表情を浮かべる。
「そして、十五になった時に戦士として相応しくない者、例えば、技量が規定以上に満たない者や命令に絶対服従できない者などは部隊、すなわち彼らの家から追い出される。そして、その者たちは奴隷として売りに出されるのじゃ」
アシュレイは風の噂でその話は聞いたことがあった。だが、戦闘奴隷はルークスの国民、それも限られた者しか所有できないことを思い出す。
「ですが、その者たちはルークスの民、それも選ばれた者しか所有できないのでは?」
「ああ、基本的にはその通りじゃよ。だが、こういったものには抜け道はあるもんじゃ。ルークスの民でなくとも、光神教の信者であれば、そして多額の寄進をしたものであれば、そのオークションに参加することはできるんじゃよ」
光神教と聞き、アシュレイの目付きが変わる。
「すると、デオダード殿は光神教の信者なのですか?」
デオダードは笑いながら、
「形式上はな。光神教の神の奇跡という奴が必要になっての。それで入信したんじゃよ。別にあの生臭坊主どもを拝んでおるわけではないぞ」
そう言って、光神教の信者である証、三本の棒を交差させたペンダントを見せる。
「話を戻すが、ステラはそのオークションに出されておった。当時、二年前じゃったかな、儂は少し荒れておったんじゃ。特に買う気もなかったが、自分より不幸な者たちを見て、少しでも気持ちを落ち着かせようとしたのかも知れぬ……」
一旦言葉を切ると、再び静かに語り始める。
「オークション会場に行くと、金銀で着飾った坊主どもやルークスの商人、中には聖騎士もおったが、その者たちが獣人の子供たち、暗い目をした子供たちを家畜のように買っていく姿を見たのじゃ。その時、儂は絶望した。このような者たちに神の奇跡など起こせぬとな……そして、オークションが進むのを漫然と見ておった。そう、何もせず、自分より不幸な子供たちを助けようともせずにな」
「デオダード殿お一人では、助けようがないのでは」
「その通り。儂一人では全く何も出来ぬと思った。その日は人数が多かったのか、売れ残りが出ておった。最初は売れ残れば再びオークションに出されると思っておったが、横にいた商人と聖騎士の話を聞き、驚いた……」
アシュレイは声を挟むことも出来ず、ただ彼を見続けている。
「売れ残った子供たちは、訓練用の的にされるそうなのじゃ。森に放たれ、狩られる動物のように追い回され、最後には殺される。そのようなことを話しておった。儂はその場に行ったことを激しく後悔した。確かに自分より不幸な者は見られた。だが、あまりに不憫ではないかとな……」
デオダードは窓の方に視線を向け、まだ明るい空を見ながら、
「殺すことだけを教えられ、それが出来ないと殺される。正に家畜と同じ……いや、家畜になれなかった“人”、感情を持ち、命令に服従することに疑問を持った“人”が殺されていく。儂はその時思ったのじゃ。売れ残りが出そうであれば買い取ろうと。このような場に興味本位で来た、せめてもの罪滅ぼしにとな。それがステラなのじゃ……」
初めて知ったルークスの闇に、アシュレイは憤りを覚えずにはいられなかった。
(何という話だ! 神の教えを広めると公言しているくせにこのような……やはり光神教は腐っている。レイがこれ以上係わり合わないようモルトンを出たのは正解だった……だが、デオダード殿もいろいろとあるのだな。そう言えばモルトンに来る前はラウルスに行っていたと聞いたが、何か関係があるのだろうか……だが、これ以上立入ることはできないな)
アシュレイはデオダードに頭を下げ、
「立ち入ったことを尋ね、申し訳ありません。ですが、なぜ私にそこまで話してくださったのでしょうか?」
デオダードは気にするなという感じで、手を振ると、
「はて、なぜだろうの? 友というものを知らぬステラの相手をしてくれたからかの。ステラは昔の話はせんが、あの子らにとって“友”とは殺し合う相手。楽しく語り合うことも笑い合うこともなかったであろうから……これからも仲良くしてやってくれんか」
「判りました。旅の間は出来る限りのことを。ですが、私もただの傭兵。うまく出来るかは……」
「まあ、そう難しく考えなくてもいいんじゃよ。それに、レイ君なら普通に相手をしてくれそうな気がするのじゃがな」
アシュレイはラットレー村での出来事などを思い出し、
「確かにレイならあまり意識しないでしょう。それに獣人というのを見……覚えていないのか、獣人に興味を持っておるようですし……」
危うく“見たことがない”と言いそうになったアシュレイは、すぐに言い換えるが、デオダードは最後の言葉のほうに興味を持った。
「そうかね。じゃが、レイ君があまり行き過ぎると、アシュレイ君は、大事な恋人を奪われると、心配せねばならんのではないかな。ふっほっほっほっ!」
アシュレイは真っ赤になりながら、
「で、ですが、ステラ殿はデオダード殿の護衛。レイが勝手にどうこうできるものではないのでは……」
「いや、儂は一向に構わんよ。レイ君とステラが互いに好きあったのならば。その時はステラを解放して儂の養女としてレイ君に進呈しよう。ふほっほっほっ!」
墓穴を掘ってしまったアシュレイは話題を変えることにした。
「は、話は変わりますが、なぜラウルスに? 行きは急いでおられたと伺いましたが」
デオダードは途端に難しい顔になる。
アシュレイはその姿にすぐに謝罪した。
「申し訳ありません。立ち入ったことを。お忘れ下さい」
「いや、特に気にはしておらんのじゃが……いずれ話す機会もあるかのぉ……」
デオダードは窓の外を眺めているが、アシュレイにはその姿がなぜか弱々しく見えていた。
レイとステラの二人が部屋に戻ってきた。
すぐに宿の従業員が部屋を訪れ、湯の用意ができたと伝えてきた。
デオダードとステラ、レイとアシュレイの順で、浴室にも使える洗濯場のような場所に向かう。
銀鈴亭には小さいながらも浴室があったが、小さな村の宿にはそのような設備はない。
アシュレイの話では、泉の都フォンスには大きな浴場があるそうなのだが、それまでは浴槽というものが付いた浴室というのはほとんどない。
レイは今回の旅の楽しみの一つに風呂があった。
(清浄の魔法できれいになるとは言っても、湯に浸かれないのは寂しい。毎日、風呂に入っていたとアッシュに言った時は驚いていたよな。フォンスでも毎日風呂に入るのは結構お金が掛かるそうだし……)
湯で体を拭いて、さっぱりとしたところで、夕食の時間となる。
アシュレイは最初、「依頼主と同席するのはいかがなものかと」と同席することを辞退しようとしていた。
だが、デオダードが、
「宿の中では警備は不要じゃ。それならば同じ宿泊者同士ということにならんかな。折角、一緒に旅をしておるのじゃ。楽しくやらねばの」
レイは”妙なところに倫理観があるんだよな、アッシュは”と思っているが、おくびにも出さず、黙って見ていた。
アシュレイが納得したところで、四人で同じテーブルに着き、料理を楽しみ始めた。
レイとアシュレイに比べ、高齢のデオダードはともかく、ステラも食べる量は非常に少ない。デオダードも食事を食べるより、酒を飲む方が多く、釣られてレイとアシュレイも酒が進むことになった。
アルコールの助けもあり、ステラを除く三人は様々な話で盛り上がる。
特にデオダードの旅の話は面白い上に為になった。
アシュレイも、自分が行ったことがないルークスや西の島国ペリプルス、更に南のジルソールの話になると、自然や人々の暮らしの違いに、レイとアシュレイの二人は面白がったり、感心したり、更には首を傾げたりと、忙しく表情を変えていった。
一人ステラだけは周りに気を配りながら、茶を飲んでいる。
レイは一人で茶を飲むステラに、
「ステラさんも少しくらい飲んでもいいんじゃないの? ねぇ、デオダードさん?」
「そうじゃの。いつもそう言っておるんじゃが、ステラは絶対に酒を飲まんのじゃ」
「ステラさんは何で酒を飲まないんですか?」
レイが何気なく質問すると、
「酒は体の動きをぶれさせる。戦いとなった時に後悔すると教えられた……」
小さく呟くようにそう言うと、再び周囲に気を配り始めている。
デオダードは肩を竦めるような仕草で、
「いつもこうなんじゃ。ステラは付き合ってくれんが、今回はレイ君たちがいるから楽しめる。やはり食事は楽しく取らねばの」
二時間ほど飲んで食べた後、部屋に戻ることになるが、アシュレイがもう少し飲まないかとレイを誘い、二人は食堂に残っていた。
「珍しいね。アッシュが誘うなんて」
「ああ、二人だけで話をする機会がないからな。いや、決してデオダード殿たちといるのが、嫌というわけではないぞ」
「判っているよ。でも、何か話があるんじゃないの? ステラさんのこと?」
アシュレイはレイが言い当てたことに驚き、「なぜ判ったのだ?」と聞く。
「僕たちのことなら、別に部屋でも話せるよね。相当変な話でもない限りだけど。それなら、デオダードさんか、ステラさんの話になる。となると、秘密は多そうだけど、ちょっとやそっとでは、尻尾を掴ませてくれそうにないデオダードさんのことより、立ち合いまでやったステラさんの話の方が、確率は高そうかなと思ってね」
「なるほど、確かにデオダード殿にも気になることはあるが、レイの予想通り、ステラ殿の話だ」
デオダードから聞いたステラの話をレイに伝えていく。
陽気に飲んでいたレイも、その話に次第に無口になっていった。
「僕がいた世界にも酷い宗教はあった。肌の色の違いだけで人を狩ることや、別の宗教を信じているからと言って、民族ごと皆殺しにすることを容認する宗教がね。でも、これは酷過ぎる……確かにアザロは狂信者だった。でも、少なくとも彼には私欲はなかったと思う……今の話を聞く限り、私欲に塗れているだけじゃないか……」
「そうだな。私も最低の者たちだと思う。だが、私たちでは何も変えられない」
自分が義憤に駆られ暴走するのではないかと、心配していることに気付いた彼は、
「うん。個人の力でどうこう出来る話じゃないのは判るよ。でも……納得はいかないけどね……」
自嘲気味にそう言う彼を見ながら、アシュレイは話を続けていく。
「デオダード殿は、ステラ殿を普通の少女に戻したいのではないかと思うのだ。そこで私たちに期待しているのではないかと……」
「そうみたいだね。でも、どうすればいいんだろう? 普通に接するだけでいいんだろうか? この話を聞いて普通に話せるかな……」
レイはそう呟くと、黙って考えに浸り始めた。
(本当にどうすればいいんだろう。言ってはいけないんだろうけど、重たいな……どうするべきなんだろうな。普通に接するか……友達の少なかった僕にできるのか? そうか、僕がして欲しかったことを思い出せば……でも、事情が違いすぎるか……)
アシュレイも同じように考え込んでいた。
(デオダード殿に恩があるわけでもないが、力にはなりたいと思う。だが、レイが彼女に心を奪われないという保証があるのか? そのことを思うと素直にレイの背中を押せない。隠し事をするつもりはないが、このことを話したのは失敗だったかもしれない……)
デオダードはステラと二人で部屋に戻っていた。
ステラの用意する薬を飲み、ベッドに横になる。
そして、彼女に静かに話しかけた。
「レイ君とアシュレイ君のことをどう思うかね」
ステラは小さく「よく判りません」とだけ答える。
「そうか。では、明日からも一緒に手合わせをして上げなさい。ただ、私が止めなくても大きなケガをしないように注意しなさい」
「はい」
「もし、もしも私がこの旅の途中で死んだら……お前をあの二人に託すかもしれん。それでも構わないか?」
ステラは躊躇いもなく、「ご命令ならば」と答える。
デオダードは苦笑しながら、「そうか……命令ならば、か」と呟いた後、
「私が死んだら、お前は泣いてくれるか?」
ステラはどう答えていいのか判らず、「……判りません」と答え、自分が主人の命令に従えなかったと「すみません、旦那様」と謝罪する。
再び苦笑したデオダードは、「判らんか……」と呟いた後、彼女の頭を撫でながら、「正直でよろしい」と目を細めていた。
彼女もその手の温かみは感じるようで、少しだけ表情が柔らかくなっていた。




