第一話「銀狼の少女」
第二章スタートです。
五月十五日。
レイとアシュレイは、傭兵ギルドの前で元商人ロリス・デオダードと、その護衛ステラと合流した。
簡単な挨拶を済ますと、すぐに出発の準備を始める。
デオダードの馬車は、一頭立ての幌付きの軽馬車で、荷物は身の回りの品しかないのかトランクが三つほどと、元大商人にしては荷物が少ない。
デオダードとステラは既に荷物を積み込んでいた。
レイたちは、予めデオダードが用意していた馬に、自分たちの荷物を乗せていく。
レイの荷物のほとんどは収納魔法でアイテムボックスに入れられているため、通常なら少ないのだが、蛇竜の皮だけがアイテムボックスにすべて入りきらず、大きな袋が二袋残ってしまった。
(七個中、五つまで入ったんだけどなぁ。この辺りのシステムが良く判らないんだよ。全部持っていかずに売ってしまっても良かったんだけど、アッシュがフォンスの方が高く売れるっていうから……その割には自分の方に載せようとしてくれないし……邪魔だな)
すべての荷物を載せ終わると、すぐに出発していく。
ゆっくりとした行程のため、ほとんどの傭兵たちは出払っていたが、シャビィや他に残っていた傭兵たちが手を振って見送っていた。
レイたちもそれに応えながら、モルトンの街を旅立っていった。
正門を出ると、馬車を挟むように、レイが前にアシュレイが後ろという配置となり、東に向けて馬を進めていく。
レイは一月半過ごしたモルトンの街をもう一度振り返り、心の中で別れを告げていた。
(異世界で初めて住んだ所。初めて知り合いができた所。死にそうになった所……そして、初めての恋人と暮らした所……いつか……そう、いつか必ずもう一度戻ってこよう。いつか……まだ、思い出に浸る歳じゃない。この先にある世界、僕にとっては、知っているけど、未知の世界。その世界を見てみたい……)
彼はセンチメンタルな気分を振り払い、周囲を警戒しながら馬を進めていく。
一時間半ほど進むと、ラットレー村が見えてきた。
休憩のため村に入ると、レイとアシュレイを見た村人たちが手を振りながら、集まってくる。
気が付けば、キアラン村長やコーダーら漁師たちもおり、彼らにしばらくモルトンを離れると説明すると、皆に残念がられる。
休憩を終え、出発しようとすると、村総出ではないかと思えるほどの見送りを受けた。
「二人は人気があるのぉ。宿で何があったか話してくれんか」
面白そうに見ていたデオダードが、馬車の上から声を掛けてきた。
「ええ、今日はバラスター村で泊りますから、時間もたっぷりありますし……でも、退屈な話かもしれませんけど……」
デオダードは「そんなことはないじゃろ」と笑っている。
リニー村で昼食を取った後、午後三時頃、バラスター村に到着した。
以前泊った宿に向けて馬を進めていく。宿に着くと、時間が早いということもあり、宿泊客はまだ少なかった。
デオダードとの契約では、野宿は止むを得ない場合以外は行わない。また、宿の中では警備は不要とされていた。
高齢のデオダードがいるため、野宿をしないのは理解できた。だが、レイには宿での警備が不要という意味が判らなかった。
「馬車には荷物は残さんし、宿の中ではステラがいつも一緒におる。もし、同じ部屋で泊って貰えれば、話をして暇つぶしができるんじゃが、君たちは二人きりになりたかろう? だから、それは強要せんよ……ふはははっ!」
デオダードに豪快にからかわれ、レイは赤面するが、
(デオダードさんには敵わないな……でも、アッシュはどうするつもりなんだろう?)
アシュレイに確認すると、
「そうだな。確かに馬車の警備はいらぬし……別の部屋でもよいが、デオダード殿が同じ部屋が良いというのなら、そうすべきだろう。特に小さな村の宿では、窓から侵入される可能性が無いとも言えない。護衛として雇われたのだから、できるだけのことをするべきだな」
そのことをデオダードに伝え、四人部屋を借りることにした。
宿でチェックインを行い、荷物を降ろした後、ステラは馬車馬の世話をするため、厩舎に向かう。
アシュレイが、「馬たちの世話をしてくる。レイはデオダード殿の護衛を頼む」と言って、ステラを追うように厩舎に向かっていった。
残されたレイは荷物を部屋に入れると、他にすることが無くなってしまう。
同じようにすることが無く、窓際に座るデオダードと、自然と話をすることになった。
レイは約束通り、ラットレー村での出来事、初めての討伐であるリザードマン討伐、その後の灰色熊の討伐、そして、蛇竜とその後のセロンらとの激闘の話を彼に語っていく。
「なるほどのぉ。レイ君は記憶を失っておると聞いたのじゃが、その短期間でのぉ……」
デオダードは感慨深げにレイを見つめると、
「結果が良ければすべて良いというものでもないが、二人は生きておる。それで良しとするのが一番じゃな。アシュレイ君も拘りはないのじゃろう。ならば生きることを楽しむのが一番じゃ」
話題が豊富な割に聞き上手なため、気が付けば、アシュレイたちが戻ってくるまでの小一時間、デオダードとのおしゃべりに費やしていた。
アシュレイは馬たちを厩舎に連れて行き、体を拭いてやったり、飼葉や水の準備を行ったりしていた。
横ではステラが馬車から馬を外し、同じように馬の世話を行っている。
アシュレイは、ステラの歩き方や所作の中に厳しい訓練の跡を見てとっていた。
(ステラ殿の動きを見る限り、かなりの使い手……年齢はレイよりも若いくらいだが、どのようなところで育ったのだろうか?)
興味を持ったアシュレイは、ステラに、
「ステラ殿は双剣を使うのか? もし、この後、鍛錬を行うのであれば、一度手合わせをお願いできないだろうか?」
話しかけられたステラは馬の世話の手を止め、「旦那様の御許しがあれば」とだけ、小声で返し、再び馬の世話を始めた。
「ならば、デオダード殿のお許しがあれば良いのだな」
ステラは小さく頷くが、手は止めない。
二人が馬の世話を終え、部屋に戻ると、すぐにアシュレイは「デオダード殿、お願いがあるのだが……」とステラとの手合わせの許可を願い出る。
「別に手合わせなら構わぬがの。ステラ、何か問題はあるかな?」
問いかけられたステラは「ございません」と小さく答える。
「まだ夕食までに時間がある。裏庭で手合わせを」
アシュレイがそう言うと、デオダードが「面白そうじゃの。レイ君も一緒に見に行くかね」と言って、四人で裏庭に向かっていった。
レイはアシュレイが何を考えているのか判らず、歩きながら彼女に尋ねていた。
「どうしてステラさんと手合わせなんだ? 確かに護衛の実力を見ておくって言うのは判るんだけど……何か別の意味があるわけ?」
「いや、特に意味はないのだが……ステラ殿はかなりの手練と見た。あの歳でどの程度の腕か気になったのだ」
レイは“アッシュもやはり戦闘狂なのか”と思うが、彼もステラがどの程度の腕かは気になっていた。
四人が裏庭に着くと、手ごろな木の棒を探して木剣の代わりにする。
デオダードは近くにあるベンチに座り、面白い見世物でも始まるかのような期待に満ちた目で、二人の女剣士を見ていた。
アシュレイが大きめの木の棒を見つけ、ステラが短い木の棒を二本見つけてきた。
軽く振って、感触を確かめると、二人は五mくらいの距離を挟んで向かい合う。
アシュレイの「では参る」という声で、手合わせが始まった。
アシュレイの鋭い踏み込みで、二人の距離は一気に縮まる。
一方、ステラは二本の棒をぶらりと下げたまま、構えも取らずにアシュレイの攻撃を待ち受けている。
アシュレイは構えも取らないステラに対し、
(私の勘違いだったのか? この距離でその構えでは、打ち払うこともできまい)
彼女は振り下ろす木の棒がステラの体に直撃しないよう軌道を変えようとしていた。だが、その瞬間、ステラの姿がアシュレイの視界から消える。
「なに!」
アシュレイの叫びが響く中、ステラはアシュレイの左横に移動しており、無防備な脇腹に左手に持つ棒で突きを放っていた。
アシュレイは振り下ろす棒の勢いを利用しながら、咄嗟に体を捻ってその突きをかわすが、その強引な動きにより体勢が崩れ、次の攻撃には対応できなかった。
ステラは一本目の突きが避けられることを予想していたのか、突きを放つ勢いを利用して右に回転していた。そして、右手の棒を逆手に持ち替え、アシュレイの鳩尾に叩き込んでいた。
アシュレイはグハッと呻いた後、苦しそうに地面に転がる。防具の上からとは言え、容赦のない一撃だったため、すぐに立ち上がることが出来ない。
ステラは地面に転がるアシュレイに更に追撃を掛けようと、無防備な首に木の棒を振り下ろそうとしていた。
デオダードの「ステラ、もう止めなさい」という声が掛かると、振り下ろす直前の木の棒をピタリと止めていた。
レイは苦しそうに地面に転がるアシュレイに走り寄り、「大丈夫か? 治癒魔法は?」と聞くが、彼女は苦しそうに「だ、大丈夫だ」とだけ答え、仰向けに寝転がる。
デオダードも心配そうに声を掛けるが、ステラは無表情な顔でその場に立ち尽くしている。
しばらくして立ち上がったアシュレイは、デオダードに心配を掛けたと謝った後、ステラに、「ステラ殿、いい勉強になった。また、次も頼む」と礼を言うが、ステラは表情を変えずに静かに頭だけ下げるだけだった。
レイはアシュレイが手も足も出ずに破れたことに驚愕していた。
(つ、強い……あのアッシュが一撃を入れる間も無く負けるなんて……それにしてもデオダードさんが止めなければ大怪我をしていたかもしれない。でも、その割にステラさんは何も感じていないみたいだし……なんか、戦闘機械みたいな感じだな。小説なんかである戦闘用クローンとか、サイボーグとかみたいな……)
アシュレイが回復するのを待ち、部屋に引上げようとした時、彼女から、「レイも稽古をつけてもらったらどうだ?」と提案される。
「ぼ、僕が!? アッシュが相手にならないのに無理だよ」
「いや、レイの方が相性はいいはずだ。間合いも有利だしな。セロンとあれだけ戦えたのだから、手も足も出ないと言うことはないだろう」
アシュレイの言葉にデオダードも乗ってきた。
「ステラのためにも稽古をつけてやってくれんか。頼む」
(やっても無駄なような気がするけど……こういったタイプの敵が来た時のことを考えたら、手合わせしておいた方がいいんだろうな……)
レイは渋々了解し、二mほどの木の棒を見つけ、ステラと模擬戦を行うことになった。
「ステラさん、よろしくお願いしますね。それでは」
レイが木の棒を構えると、アシュレイ戦とは打って変わって、ステラが突っ込んできた。
戸惑うレイはすぐに木の棒を突き出すが、掻い潜るように避けられ、一気に間合いを詰められてしまった。
(しまった! 自分の間合いが……拙い……)
ステラは二本の木の棒をクロスさせるように持つと、レイの胴を斬り裂くように薙いできた。
レイは慌てて後退し、引き寄せた棒を腰の回転で振り抜く。
ステラは左から襲い掛かってくるレイの攻撃を、ダッキングの要領で回避すると、更に前方に跳ぶように彼に迫っていく。
レイは振りぬいた棒では間に合わないと判断し、振りぬいた姿勢のまま、ショルダータックルのような肩からの体当たりをぶつけていく。
ステラはその行動に驚き、僅かに眼を見開く。そして、次の攻撃を諦め、横にステップして、レイのタックルをかわしていた。
レイは数歩進んだところで踏み止まり、すぐに構えを取り、
(ふぅ。何とか初めの攻撃は回避できたけど、どんな反射神経をしているんだ? 近寄らせたら絶対に負ける。得意の間合いで何とか……)
彼の考えとは全く関係なく、ステラは無造作にレイに接近していく。
レイは木の棒をいつもより短く持ち、突きというより薙ぎ払うような攻撃で迎え撃つことに決めた。
ステラが突然、右に跳んだ。
レイは石突に見立てた方の端で彼女を打ち据えようとするが、ステラのその動きはフェイントだった。
右に跳んだ後、すぐに左に跳び、レイの右横にすれ違うように、更に前に跳んでいく。
不意を突かれたレイは、棒をそのまま回すか、それとも穂先に見立てた反対側で打ち据えるかで、僅かに躊躇った。
穂先側では間に合わないと、石突側を更に回そうとするが、ステラの動きの方が速く、彼は右脇腹に一撃、そして、右の二の腕にも、打撃を加えられていた。
レイは「痛っ!」と唸った後、通り過ぎていくステラの背中を打ち据えようとした。
だが、彼の攻撃は間に合わず、彼の目の前を銀色の太い尾が通り過ぎるのを見ることしか出来なかった。
(全く敵わないな。体術っていうんだろうか。凄い身のこなしだし、こっちの攻撃を読んでいるような動きをする……場数を踏んでいるっていうことなのかな?)
再び距離を取ったところで、レイが「参りました」と頭を下げ、デオダードがステラに終了を告げる。
レイは構えを解いたステラに近づき、
「ステラさんって強いですね。当たる気が全くしなかったですよ」
ステラはその問いに答えることなく、黙って素振りを始めていた。
(あれ? 何か嫌われることをしたかな?)
レイは疑問に思うものの、今のイメージが消えないうちにと、ステラの横で素振りを始めていた。
第一章と第二章の区切りが悪い感じですね。
出発のシーンを一章の最終話に持って行った方が良かったかも知れません。ご意見お待ちしております。




