第四十二話「死闘:中篇」
アシュレイの「行くぞ!」という合図で、二人は木の陰から飛び出していく。
盾を翳し、全速力で三十mくらい先のセロンに接近、アシュレイは邪魔な盾を投げ捨てる。
「セロン、私と勝負だ!」
彼女はそう宣言すると、自慢の大剣をセロンに叩きつけるように振り抜く。
その横をレイが駆け抜け、更に奥にいる弓術士に肉薄していく。
セロンは作戦通りだと、ニヤリと笑いながら、
「お前じゃ相手にならねぇよ、アシュレイ。つまらねぇ男とつるんだ自分を恨みな!」
セロンは曲刀で大剣をきれいに受け流し、体勢の崩れたアシュレイの脇腹を斬り裂きに掛かった。
アシュレイは振り下ろした大剣が受け流されたことで、蹈鞴を踏むようにバランスを崩すが、横から襲ってくる曲刀に気付き、飛び込むようにしてその斬撃を回避した。
セロンは「ほう」と感心したように声を上げると、立ち上がろうとするアシュレイに一瞬で接近し、その足を狙って曲刀を振り下ろしていく。
アシュレイもその動きに反応し、尻餅を付いたような状態で体を捻り、大剣で曲刀を弾く。
「やるじゃねぇか。だが、その程度じゃ、次で終わりだな」
セロンは曲刀を彼女に突きつけながら、そう言うと、がら空きになっている彼女の腹に曲刀を叩き込もうとした。
アシュレイは剣では間に合わないと、足でセロンの足を払い、彼の体勢を崩そうとする。
セロンはそれを見て、すぐに攻撃を諦め、バックステップで彼女の足払いをかわして見せた。
「危ねぇ、危ねぇ。足癖の悪い女だ」
アシュレイはその隙に立ち上がり、どう対応するか必死に考えていた。
(私の大剣では奴の曲刀のスピードについていけない。次の攻撃は奴の得意な連続攻撃だろう。どうする? 捌ききれるのか?)
「こっちから行かせてもらうぜ」
彼女の予想通り、セロンはレイにも見せた連続の斬撃を繰り出してきた。アシュレイは大剣を盾のように使い、最低限の動きでその攻撃を捌いていく。
だが、セロンの攻撃は早く、捌ききれない攻撃が彼女の体に次々と傷を付けていった。
アシュレイは強引に右に跳び、その攻撃範囲から離脱しようとする。
だが、それを予想していたのか、セロンは彼女が跳んだ瞬間を狙い、左足を大きく斬り裂く。
アシュレイはその衝撃で地面に無様に転がり、同時に愛剣を手放してしまった。
「これで終わりだ!」
セロンは醜く傷付いた顔に歪んだ笑顔を作る。
そして、アシュレイの首に曲刀を振り下ろすため、大きく振りかぶっていた。
レイはセロンの横を抜け、矢を放ち続ける弓術士に迫っていく。
前に掲げる円盾には数本の矢が突き刺さっているが、思ったよりも威力が少ない。
(ケガをしている? だとすると、無傷の弓術士が迂回した……拙いぞ……)
レイは盾に矢が刺さったことを感じると、盾を捨て、槍を両手に構えて突っ込んでいく。
弓術士まであと五m。
弓を構える弓術士の顔が歪み、矢を放つか、逃げ出すか悩んでいるようにも見えるが、レイは跳ぶように一気にその距離を縮めた。
弓術士は狙いもせずに矢を放った。
その矢はレイの顔に向かっていくが、彼の右頬を掠めただけだった。
弓術士は顔に絶望の色を浮かべ、腰の短剣を抜くことすらできず、手に持つ長弓で彼を迎え撃とうとした。
レイは走りこむ勢いのまま、弓術士の腹に槍を叩き込んだ。
弓術士は長弓で槍を受けようとするが、レイの槍は易々と長弓を切り裂き、そのまま腹に吸い込まれていく。
弓術士は断末魔を上げ、体をくの字に曲げ後ろに倒れていった。
レイはアシュレイを援護するため、すぐに後ろを振り返る。
しかし、彼の目に映ったのは、アシュレイが左足を斬られ、剣を手放した状態で倒れている姿だった。
「ああぁぁぁ!」
レイは言葉にならない叫び声を上げながら、彼女のところに戻ろうと走った。だが、彼の前には絶望的な二十mという距離があった。
レイは何も考えられなくなっていた。
彼は本能に従って、曲刀を振り下ろそうとするセロンに向け、手に持つ槍、アルブムコルヌを投げつけていた。
セロンはアシュレイに止めを刺すべく、無防備になっている首に曲刀を振り下ろそうとした。
(これでこの女はお仕舞いだ。あとはレイだけだ)
その時、後ろから「あぁぁぁ!」という叫び声が聞こえ、彼の左腕に衝撃が走った。
レイが投げた槍が彼の左側面を通り過ぎ、張り出した刃が彼の左腕を掠め、傷を付けていた。
「痛っ!」
セロンは一瞬何が起こったのか理解できなかったが、自分の左前方に突き刺さっている槍を見て、レイがそれを投げつけ、偶然掠ったと理解した。
(痛ぇが、これで奴の武器はなくなった。女を始末したら、嬲ってやる!)
アシュレイは手に愛剣がなく、目の前には大きく振りかぶったセロンがいる状況を見て、自分の死を覚悟していた。だが、殺されると思った瞬間、自分の右側にドスンという音が響き、セロンの曲刀は振り下ろされてこなかった。
何が起こったのかは判らないが、痛む左足を無視して剣が落ちているところに転がっていく。
セロンはすぐにそのことに気付き、曲刀を振り下ろしてきたが、間一髪その刃から逃れることが出来た。
彼女は大剣を手に取ると、寝転んだ状態から大きく剣を振りぬいた。
その攻撃にセロンも一旦、後退していった。
「その足でまだ抵抗するのか。まあいい。先に奴から始末してやる。武器を失った奴など敵じゃねぇ」
セロンはレイが槍を取り戻すまでに倒すつもりでいた。
冷静に考えれば、傷付き、立っているのもやっとというアシュレイを先に殺し、一対一の状況を作る方が確実なのだが、彼はレイに槍を持たせることの方に脅威を感じていた。
(奴を槍に近づかせねぇようにする。その間に弓の支援があれば、確実に二人を殺れる。それにアシュレイはまともに動けねぇはずだ……)
レイは腰に吊るしている長剣を抜き、セロンに向かっていった。
彼の頭の中は愛する女が殺されそうだということしかなく、長剣でセロンに対抗できるのか、もう一人の弓術士がどう出てくるのかなどという考えは、すっぽりと抜け落ちていた。
(間に合え! 間に合ってくれ!)
右手に長剣を構え、セロンに向かって走っていくと、セロンもアシュレイを無視して彼に向かってきた。
「上等じゃねぇか! 得意の槍を捨てて、俺に勝てると思っているのか!」
嬉しそうに叫ぶセロンの声を聴き、レイは少しだけ冷静になった。
(何も考えていなかった……槍を取らないと……どうやっていく? もう一人の弓術士は?)
考えがまとまる前にセロンが目の前に迫っていた。
不敵な笑みを浮かべながら、セロンは下げられた曲刀の切っ先をレイの目の前で振り上げる。
レイは長剣で払うように避けるが、槍ほど慣れていない長剣に僅かに振り回されていた。
(もう少し練習しておけば良かった。今更言っても仕方がないけど……どうする、このままだと、簡単に斬り殺される。何か使える手は……)
レイは必死にセロンの攻撃を捌いていた。
数合斬り結ぶと、徐々に長剣が馴染んでいく感覚があり、体が思い出していく気がしていた。
(槍のときと同じだ。体が思い出していく……でも、捌ききれない……どうする、このままでは……何かきっかけがあれば……)
レイが長剣に馴染んでいくように、セロンも曲刀に慣れつつあった。
(この曲刀にも大分慣れたな。こうなればこっちの物だ。さっさとこいつを始末して、顔を治しに行かねば……)
セロンは剣舞のような連撃を加え始める。
さっきまでの微妙なずれもなくなり、正確に鎧の隙間、顔、腕を狙った斬撃がレイを襲っていく。
レイは何本もの剣で攻撃されるような感覚に陥っていた。
(目で追えない! 間合いがセロンの間合いになっている。やばい。決闘の時より手数が多いかもしれない……)
上下左右から繰り出される流れるようなセロンの連撃を受け、顔、腕、脚に見る見る傷が増えていく。
レイは状況を変えるすべを思いつかないまま、絶望が心を侵食していった。
セロンは自分の攻撃を捌ききれないレイの姿に満足していた。
(この間合いに入れば、こっちの物だ……その絶望した顔が堪らねぇぜ……ククク……)
アシュレイは満足に動けない自分が歯痒かった。
苦戦しているレイの姿を見ながら、自分が行っても足手纏いになるだけだと動けずにいた。
(レイが槍を取り戻すきっかけさえ作れれば……)
偶然、腰に差してある短剣に手が触れる。その短剣は彼女の母親の形見で常に身に着けているものだった。
(この距離なら……母上! 力を貸して!)
アシュレイは母の形見の短剣を、レイに攻撃を加え続けるセロンの背に向けて投げつけた。
傭兵である彼女は、父から武芸一般について叩き込まれており、得意ではないが、投擲の技も身に着けていた。
彼女の投げた短剣はセロンの左太ももに見事命中した。
しかも防具の裏側であり、短剣は深く彼の太ももの裏に突き刺さっていた。
セロンはその痛みにバランスを崩してしまった。
レイはその隙を突いてアシュレイの下に駆け寄り、槍を手に取る。
彼は槍を引き抜きながら「ありがとう。助かったよ」と言い、すぐにセロンに槍を向けた。
セロンは一瞬何が起こったのか判らなかった。
レイに攻撃を加えていたとき、突然、左脚に火を押し付けられたような痛みと衝撃を感じた。そして、それがアシュレイの投げた短剣のせいだと気付くのに数秒を要していた。
(アシュレイか! まさか投げナイフを使えるとは……レイも槍を取り戻した……一気にやばくなってきたぞ。弓術士はどうしたんだ!)
その時、その弓術士のジェスローは、森の奥を大きく迂回していた。
それはセロンの命令で”レイたちの背後に出ろ”と言われたためで、この数分の戦闘の展開が早すぎ、所定の位置につけていなかったためだ。
セロンは弓術士を口の中で罵りながら、太ももの裏に刺さった短剣を抜く。
血管は傷付いていなかったようで、大きな出血はないが、俊敏な動きを支える足にダメージを負ったことは彼の戦闘力を大きく損なっていた。
レイはセロンの動きが止まったことに戸惑っていた。
(脚に受けた傷が大きいのか? ……もう一人の弓術士を待っているのか?)
彼は失念していたもう一人の弓術士の存在を思い出した。
周囲を警戒するが、その影は見えない。
今の場所は周囲から丸見えの場所であり、大木の陰に移動すべきか、悩んでいる。
(この隙にアッシュをどこかに隠すか。それとも深手を負ったセロンを倒すべきか)
セロンのダメージが小さい場合、二人を引き離す策という可能性がある。
脚に深手を負ったアシュレイは満足に歩くこともできず、矢の格好の標的となる。
迷ったレイは、アシュレイの安全を優先するため、一本の大木の陰に彼女を運ぶことにした。
「アッシュはあそこの木の陰で休んでいてくれ。あとは僕が何とかする」
自分の状況では足手纏いになると判っているアシュレイは黙って頷き、木の陰に向かっていった。
レイはセロンを威嚇するように見つめながら、アシュレイを庇うように下がっていく。
セロンも一人で突っ込んでいくわけにも行かず、睨みつけるだけで動こうとしなかった。
ザンブロッタ・アザロは二人の護衛と共に森の中を進んでいた。
一時間ほど森の中を進むと、前方から人の断末魔のような叫び声や罵声が聞こえてきた。
「司教様、どうやらこの先でレイとかいう男が戦っているようです。急ぎましょう」
三人が先を急ぐと、セロンが立ち尽くし、レイとアシュレイの二人がゆっくりと後退していく姿が見えた。
「なぜあの男は偽聖騎士と戦っておるのか? あの者に神罰を加えるのは私の義務、邪魔をするつもりなのか!」
アザロの怒りを感じた護衛は、この狂信者に何を言っていいのか判らず、黙っていた。
アザロはその男――セロン――に怒りを感じるものの、すぐにレイに向けて光の魔法、光の槍を撃ち込もうと呪文を唱え始めていた。




