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トリニータス・ムンドゥス~聖騎士レイの物語~  作者: 愛山 雄町
第一章「湖の国・丘の町」

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第四十話「襲撃者」

 五月八日の深夜、ターバイド湖の湖岸に着いたセロン・グリーブスは、焚き火を囲んでいる八人の男たちを見つけた。

 八人のうち、四人は弓を持ち、傭兵というより猟師に近い。他の四人はすべて剣を腰に吊るし、三人が盾を持っていた。

 彼は自分の名を告げ、「お前たちが今回の助っ人か?」と声を掛ける。

 剣士で唯一盾を持っていない男が頷き、


「俺以外は全員、あんたの指示に従う。俺はあんたに”仕事場所”を説明したら報告に戻ることになっている」


 セロンは頷くと、「で、場所は?」と先を促す。


「ラットレー村のドラメニー湖だ。その南西の湖岸にいる。守備隊が出張って来ているかも知れんから、街道は使うな。森の中だが、道はこいつらが知っている」


 その男は細長い包みを取り出し、セロンに渡す。


「こいつをお前に渡せと言われた」


 セロンがその包みを開けると、一振りの曲刀シミターが出てきた。

 セロンはシミターを軽く振り、「ありがてぇ。長剣よりこっちの方がいいぜ」とほくそえんでいる。男はそれを無視し、


「ドラメニー湖であと二人合流する予定だ。運がよければ、更にもう一人、助っ人が行っているはずだ。お前も知っている魔術師だ」


 それだけ言うと、その男は北に向かって走っていった。


(知っている魔術師だと? 誰のことだ? まあいい……しかし、また森の中を歩くのか……)


 セロンと七人の男たちはターバイド湖からラットレー村に向け、森の中を東に歩き始めた。

 深夜の深い森の中ということもあり、十km以上を五時間以上掛け、夜明け直後にドラメニー湖に到着した。




 五月八日の夕刻、光神教の司教、ザンブロッタ・アザロは、黒覆面の女に紹介された二人の男たちと共に、街道を東に進んでいた。

 彼はカーラの店を抜け出したあと、すぐに行動を開始していた。守備隊に誰何されること無く門を通過し、モルトンの街を脱出したあと、ドラメニー湖を目指していた。

 途中、早馬らしき騎馬が通り過ぎるが、運良く森の中に身を潜めてやり過ごせ、その後は数台の荷馬車とすれ違うのみで、全く問題はなかった。


 日没前にラットレー村近くに到着すると、そのまま二十分ほど森の奥に進み、ドラメニー湖の湖岸近くに潜む。

 二人の男に、ここで一旦連絡を待つと言われたアザロは、


「こんなところで待てばよいのか? レイ・アークライトと名乗る偽聖騎士をここに連れてこられるのだな」


「そう聞いてますです。連絡が無ければ、明日の朝までここに潜んでいろって……それまでは司教様をお守りしろって……」


 ボソボソとしゃべる男に一瞥を与えると、


(どうやるのかは判らんが、ここで待っていれば奴が通るのだろう。まあよい。奴が来たら神罰を加えるのみ。夜は闇の時間、明日の朝、神のご加護のある時間の方が都合がよい……)


 アザロは昼間に使用した魔法のため、魔力が枯渇していた。彼は男たちに警護を任せ、自分は用意された毛布に身を包んで、すぐに眠りに落ちていった。




 セロンはドラメニー湖に到着直後に、パーンという乾いた破裂音を聞き、「何だ、今のは?」と辺りを見回していた。だが、この場所にいるのは、自分たちかレイたちしかいないと気付き、すぐにその場所に向かった。

 その音は彼らから見て東側の湖面の方から聞こえ、彼らは湖岸に沿って音のしたほうに足早に進んでいった。


 三十分ほど歩くと、木がなぎ倒されるようなドシンという音が何度も響き、微かに男女の叫ぶ声が風に乗ってきた。


(間違いねぇ。レイとアシュレイだ……大物と戦っているって話だが、何と遣り合っているんだ? ちょうどいい。魔物と戦って疲れたところに襲い掛かれば勝率が上がる。まあ、魔物に殺されていても一向に構わんが……)


 セロンは猟師風の弓術士を先行させ、自分たちは彼の後を慎重に進んでいく。

 森の中からドーンという音やガシャンという音が聞こえた。そして、男女の声もはっきりしてくる。


「よし、この近くだ。あの音が静まるまで、ここで待機するぞ」


 セロンは男たちにそう命じると、木にもたれかかって、休息を取り始めた。


(魔術師が来ねぇが、問題ないだろう。向こうは二人、こっちは八人。こいつらの腕は判らんが、弓術士が四人いる。レイもアシュレイも盾を持たねぇから、十分に役に立つ。盾持ちの三人に俺を含めれば、四対二。こっちも疲れているが、向こうも疲れているだろう。うまくすりゃケガもしているかもしれん……)


 更に三十分以上も攻防が続いていたようだが、遂にその音が途切れた。

 セロンは男たちに静かに指示を出し、ゆっくりと近づいていった。


 彼はレイとアシュレイの二人が大型の蛇の魔物、恐らく蛇竜サーペントの一種を倒したことに驚いていた。


(蛇竜だと! 奴らはたった二人であいつを倒しちまったのか? それほどの腕が…… それとも他に味方でもいるのか……)


 彼は周りを見回し、周囲に他の人影がないか、確認する。

 だが、人の気配は無く、レイとアシュレイの二人も誰に声を掛けるわけでもなく、二人で大物を倒した喜びに浸っていた。


(クソッ!……俺がどん底に落ちたのはお前らのせいなのに……)


 セロンは彼には絶対に見せない満面の笑みで、嬉しそうにレイに抱きついているアシュレイが許せず、奥歯をギリッと強く噛み締める。

 そして、その嫉妬が彼に無駄な行動を取らせてしまう。

 彼は村に戻ろうとする二人に、静かに近づいていき、後ろから声を掛けた。


「まだ、帰ってもらっちゃ、困るんだがな」


 彼の姿に驚いたレイが、「セロン?!」と声をあげ、アシュレイが、


「お前はフォンスに護送されていったのではないのか? なぜこんなところに……」


「お前たちに借りを返すために来た。やれ!」


 セロンの合図で四本の矢が二人に向かって飛んでいく。

 セロンの出現に驚いていた二人は、ほんの僅かだが、行動が遅れた。

 レイの左腕とアシュレイの右腕に矢が突き刺さる。

 二人は同時に「うっ!」と呻いて、膝をついてしまった。


 その隙を狙って、セロンが曲刀シミターを引き抜き、二人に襲い掛かっていく。

 更に長剣を持った三人の男たちも森の中から、走りこんできた。


 レイはアシュレイに、「蛇竜の体を盾にしよう」といって、矢を引き抜きながら、とぐろを巻いた巨大な蛇竜の体の向こう側に走りこんだ。


 セロンが冷静ならば、弓術士による奇襲で決着を付けられたはずだ。

 七人の男たちは何も言わないが、セロンの身勝手な行動に怒りを覚えていた。だが、その軽率な行動を非難する時間を惜しみ、レイたちに攻撃を加えるため、自分たちが最も有利になる位置にそれぞれ移動していった。


 アシュレイもレイに続き、蛇竜の体を盾にし始める。二射目が蛇竜の体に当たるが、堅い鱗に弾かれる音だけが響いている。


 レイは痛む腕に治癒を掛け、アシュレイにも治癒を掛けようとしたが、セロンが接近してくる方が早く、彼女に治癒を掛けられなかった。


「無駄なことだ。こっちはお前たちの何倍もの人数だ。嬲って殺してやるよ。ふははは!」


 レイはアシュレイの腕が気になるものの、セロンを食い止めるために槍を振るい始めた。

 そして、すぐに三人の剣術士が現れ、四対二の混戦になっていった。


 レイはセロンを抑えるので精一杯、アシュレイは利き腕に傷を負ったため、いつもの鋭い攻撃ができない。

 レイはこの状況をどう切り抜けるべきか、槍を振るいながら必死に考えていた。


(矢は四本だった。ということは最低四人の伏兵がいる。ここにいる四人とあわせて、八対二。逃げるにしても弓を封じないと逃げるに逃げれない……どうする。くそっ、いい考えが思い付かない……)


 アシュレイも痛む腕を庇いながら、この状況を打破する方法を考えていた。


(レイだけなら、逃げられるか? いや、無理だろうし、私を置いては逃げないだろう……それに弓術士が四、五人いる。動き回れば、それほど当たらないはずだが、この状況では難しいな……)


 セロンは奇襲を掛けなかった自らの失態に気付いていた。だが、現状ではレイたち二人は成すすべも無く、防戦一方であるという事実に、それほど大きな失敗だとは考えていない。


(厄介なのはレイ(こいつ)の魔法だけだ。だが、これだけ攻撃を掛け続ければ、奴の魔法も恐れる必要はねぇ)


 セロンとレイの間では、半月前の決闘が再現されていた。

 セロンは愛用の曲刀ではないものの、決闘の時と同じように手数でレイを圧倒していく。


 一方、レイは蛇竜との戦闘で疲れていたにも関わらず、決闘の時より余裕があった。

 決闘から僅か半月しか経っておらず、彼が著しく技量が上がったわけではない。だが、森狼や蛇竜との戦闘を経験し、精神的に成長したことが大きかった。

 更に、セロンが使う曲刀シミターが、彼の愛用のものとは微妙に異なるため、決闘の時のような、ミリ単位で急所を狙う攻撃になっていないことも、彼に余裕を与えていた。


(前より正確じゃない。アッシュが二対一で、敵の一人が近づけないでいる、今のうちに何とかしなければ……短時間で発動できる魔法……)


 レイはセロンの激しい連続攻撃を受け続け、セロンが僅かに手を緩めたところで反撃に出た。

 彼の槍、アルブムコルヌを頭上で回すように構え、上段から叩き斬るように振り下ろす。セロンはその鋭い攻撃を後ろに下がることで回避し、次の攻撃に備えていた。

 更に、振り下ろした槍をセロンの足元に向けて突き出すと、セロンは曲刀で弾いて、その攻撃も回避していく。だが、その動きのせいで、僅かながらレイとの間合いが広がった。


(チャンスだ!)


 レイはその刹那の時間を使い、左手の魔法陣に精霊の力を溜めていく。

 セロンはレイに時間を与えたことに舌打ちしながら、彼に肉薄していった。


 レイは左手を槍から離すことなく、溜めた精霊の力を槍に流していく。

 槍の穂先は眩い光に包まれていき、レイが槍を振るうと、それが目に入る位置にいた男たちはその光に一瞬目を奪われてしまった。

 セロンは咄嗟に目を離すが、アシュレイと戦っていた男たちは初めて見る光る槍に、一瞬だけ気を取られ、僅かな隙を作ってしまった。


 その隙をアシュレイは見逃さなかった。痛む右腕を無視し、左に立つ男の右腕に向けて大剣を振り下ろす。

 その男の右腕は、握った剣と共に斬りおとされ、男は呻きながらその場に蹲っていく。


 隣にいる男は仲間の腕が落ちたことに驚き、僅かに後退していった。

 アシュレイは振り下ろした剣を左手一本で振り上げ、フェンシングのような突きをその男に入れた。


 突きそのものには、いつもの力強さはなかったが、彼女の剣は男の喉下を掠めていった。その直後、男の首からは真っ赤な血が噴き出していた。

 男は自分の首から噴き出す血に気付き、剣を手放して、慌てて首を押えるが、血は彼の指の間から噴き出し続け、すぐに力なく膝から崩れ落ちていく。


 レイの方も、セロンに突きの連撃を繰り出していた。

 仲間二人が倒された姿が目に入り、やや弱気になったのか、セロンは槍のレンジからズルズルと後退していった。


 三人目の剣術士はアシュレイの前が空いたことから、その場に入り、疲れの見える彼女に鋭い斬撃を加えていた。


 弓術士たちも蛇竜の体の陰に隠れるレイたちを狙えるよう、徐々に移動し、矢を放つ機会を窺っていた。

 セロンは弓術士たちに、怒鳴りながら命じていた。


「さっさと援護しねぇか! 回りこめ! 当てなくてもいいから隙を作らせろ!」


 セロンは弓術士たちの援護を待って雌雄を決するつもりでおり、レイの魔法を邪魔することに専念する。


「てめぇは魔法がなけりゃ、俺の敵じゃねぇんだ」


「確かにそうだよ。でも、魔法が使えれば、僕のほうが強いってことを認めるんだ!」


 再び連続攻撃しようと接近してきたセロンに対し、嘲笑するようにレイは言い放ち、槍をセロンの顔に向けて突き出す。そして、先ほど集めた精霊の力の残滓を使って、槍の穂先を僅かに伸ばした。

 ギリギリの間合いで避けるセロンにとって、僅か数cmの長さの違いは大きい。

 彼は見切ったはずの槍の穂先が伸びたことに驚き、更に避けようとするが、光の刃は容赦なく、彼の顔に近づいていく。


 「ウグッ!」という悲鳴が上がり、セロンの整った顔に光の刃が食い込んでいった。


 その刃は彼の右頬を貫き、醜い傷を付けていく。

 レイは、動きの止まったセロンに追撃を加えようとしたが、射線を確保した弓術士の矢が降り注いできたため、断念した。


 その隙にセロンは後退していった。

 セロンの後退で射線があいたため、弓術士の攻撃が激しくなる。

 レイの後ろではアシュレイが戦っているが、傷が痛むのか、動きに精彩がない。


(拙いぞ。下手に避けるとアッシュに当たってしまう。弓術士を無力化しなければ……)


 セロンが後退したことから、レイの前に敵はいなくなった。

 降り注ぐ矢を槍で叩き落とし、叩き落とせなかった矢は、後ろに流れないよう、鎧で受けていた。何本かの矢が鎧の隙間に入り、彼の体を傷つけるが、それに構わず少しずつ場所を移動していく。

 そして、アシュレイの背中に矢が当たらない位置に着いた時、槍で叩き落とすことを止め、光の矢を作り出していく。


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