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トリニータス・ムンドゥス~聖騎士レイの物語~  作者: 愛山 雄町
第一章「湖の国・丘の町」

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第三話「世界設定」

 レイは自分が簡単に馬に乗れたことに疑問を持ちながら、今がどういう状況なのかを考えていた。そんな思いとは関係なく、馬は彼を乗せたまま、山道を歩いていく。一時間ほど進んだところで、急に木々に遮られていた視界が開け、ようやく深く暗い森を抜ける。


 そして、彼の眼下には今まで見たことがない美しい風景が広がっていた。

 そこには、森や丘の間に大小さまざまな湖があり、その湖面は森の緑を映しながら、太陽の光を受けて翡翠色に煌いている。

 彼は思わず馬の歩みを止め、暫しその風景に心を奪われた。


「何てきれいなんだ……初めてだ、こんな美しい風景は……」


 彼は思わず声に出していた。

 森を抜けたところで馬車を止めていたため、男爵がその声を聞きつける。


「そうであろう。ここから見るわが祖国、わが領地はまことに美しい。レイ殿にも分かってもらえたか。重畳重畳」


 男爵は自分の国が褒められたことに気を良くし、満面の笑顔を彼に向けてくる。


「ええ、こんな美しい風景は初めて見ました。本当にきれいです……」


 彼はこの風景に見惚れ、ほとんど独り言のように呟いていた。


(設定では湖と泉の国ラクスだった。僕が書いていたのは冒険者の街ペリクリトル周辺だったはずだから、美しい国としか表現していなかったんだ。でも、こんなに美しいとは……でも、僕の描写じゃこの風景は表現できないな)


 二人の会話を聞いていたアシュレイは、


(まだ危険なのだが……どうも緊張感のない男たちだな。私一人で警戒するしかないのか。割に合わんな……)


「まだ、危険ですから先を急ぎます。レイ殿、風景に見惚れて、警戒を怠らないでくれよ」


 彼女はため息を吐きながら二人に進むように促す。


 峠をゆっくりと下っていくと、二時間ほどで丘陵地帯に入る。

 太陽はかなり傾いているが、夜までにはあと二時間くらいはあるといった時間だった。


「ここまで来れば、もう大丈夫です。閣下、一度休憩を入れます。エドワード殿、馬車をあの広場に止めてもらえないか」


 アシュレイは御者をしている執事であるエドワードに指示を出すと、自らも馬たちを連れて道の脇にある草原に入っていく。


(やっと休憩か……思ったよりは体は疲れていないけど、精神的に疲れた。ところでこの後、僕はどうなるんだろう?)


 レイはようやく安全地帯に入れたことで、自分の身の振り方について考えていなかったことに気付く。

 金も食料もなく、身分を示す物――個人情報を書き込んだブレスレットなど――も見付けられていない。


(普通に考えれば、怪しすぎるんだよな。男爵を助けたから、何とかしてもらえるかもしれないけど、直接的な身の危険が去れば、次に考えるのは僕が危険要因にならないかだろうな。盗賊二十人を簡単に全滅させ、怪しい魔法を使う身元不詳の男。普通の領主なら例え命の恩人でも街に入れることを躊躇うんじゃないのかな……)


 彼は馬から降り、草の上に座ると、一人物思いに耽っていた。

 すると、アシュレイが彼の横に座ってきた。そして、水筒を彼に手渡し、


「水も飲んでいなかったんだな。すまない。気付かなかった」


「仕方ないですよ。アシュレイさんは一人で警戒していたんですから。僕がもう少し役に立てればよかったんですけど……」


 彼が自嘲気味にそう言うと、彼女は彼の肩を掴んで正面を向かせ、


「そんなことはない! レイ殿は命の恩人なんだ。貴方がいなければ私は死んでいた。それも陵辱された上でな」


 彼は余裕があると思っていたアシュレイも、かなり緊張を強いられていたということに、初めて気付く。


(ベテランの傭兵っぽく見えるけど、よく見るとかなり若いんだよな。五つも歳は離れていないんじゃないか?)


「レイ殿、ああ、面倒だな。レイと呼んでいいか。私もアシュレイと呼び捨てでいいし、敬語もいらん。で、これからどうするつもりなんだ?」


「ああ、僕もそうさせてもらうよ。これからのことなんだけど、どうしようかと悩んでいる。記憶はないし、金も身分を示す物もないから、どうしたらいいんだろうって……」


「金なら何とかなる。盗賊の懸賞金、それに傭兵ギルドからたんまり慰謝料を分捕れる。男爵様を襲ったのはギルドに登録している傭兵だからな」


 彼は世界設定を思い出そうとした。


(確か、魔晶石は魂そのものという設定だったよな。冒険者ギルドの討伐証明や傭兵の忠誠度なんかもこれで分かる。自分で言うのも何だけど、どんだけ都合のいい設定なんだ……それに魔晶石は高く売れるんだよな。魔道具の材料になるから。人間の魔晶石だと一つ最低十クローナ、一万円にはなる。山分けしたとしてもそれだけで十万円はあるから、当面の資金にはなるな)


 彼の考えた世界設定では、通貨はクローナで一クローナは小銀貨一枚、日本円で千円くらいになっている。ちなみに通貨は大きいものから、白金貨=一千クローナ、金貨=百クローナ、銀貨=十クローナ、小銀貨=一クローナ、銅貨=〇・一クローナ=十エーレ、小銅貨=一エーレとなっている。この他にも金貨五枚分の大金貨や銀貨の半分の価値の半銀貨などがある。


 アシュレイとそんなことを話していると、執事のエドワードが彼を呼びにきた。


「お話中失礼します。お館様がレイ様をお呼びです」


 レイは何事かと思いながら、彼についていく。


 アトリー男爵と令嬢のオリアーナが馬車の外で待っており、


「娘がレイ殿にお礼を言いたいそうなのだ。済まぬが聞いてやってはくれまいか」


 レイは男爵の趣味の悪い服装と小太りの容姿から、あまりいい印象は持っていなかった。しかし、娘を想う姿から印象を変えつつあった。


(何か悪代官って感じでやられ役の貴族っぽいなと思っていたけど、意外といい人なのかもしれないな。僕に対しても偉そうな感じはないし……)


 彼は「分かりました」と答え、男爵の横に立つ少女の方に顔を向ける。

 少女は、まだショックから立ち直っていないのか、俯き加減で、


「お、オリアーナ・アトリーと、も、申します。この度は、た、助けて頂き、ありがとうございました。レイ様がいらっしゃらなければ……うっ」


 彼女はそこまで言ったところで、馬車から引き摺り出されたシーンを思い出し、涙を浮かべ、言葉に詰っている。男爵が肩を抱くが、彼女はすすり泣いていた。

 彼は何か言わなければと思うが、言葉が出てこない。

 二人の間に沈黙が流れる。


(気の利いた事が言えればいいんだろうけど、人付き合いが苦手な僕には無理だよ……龍司がいれば……)


 彼は唯一の友達と言える龍司、成海龍司なるみりゅうじのことを思い出していた。

 龍司はレイとは全く正反対の社交的でスポーツ万能の男の彼から見ても格好いい男だが、なぜか引っ込み思案な彼と友達付き合いをしてくれている稀有な存在だった。

 その友ならこういった場面でも如才なく対応できるだろうと思い、彼ならどう対応するのだろうと考えていた。


「オリアーナ様がご無事で何よりでした。あのようなことは忘れる方がいいと思います……」


 最後は尻すぼみになりながらも、何とかフォローすることに成功する。

 オリアーナは涙を堪えながら頷き、男爵に肩を抱かれて馬車の中に入っていった。


(これで良かったのかな? 駄目と言われても僕にはこれ以上は無理だけど)


 三十分ほどの休憩時間の間に簡単な食事を摂った。

 胃の中のものをすべて吐き出していた彼は空腹だったが、未だにスプラッターな場面が頭をよぎり、食欲は回復していなかった。それでも体力が落ちるのを防ぐため、無理やり食事を飲み込んでいく。


 再び街道を進むと徐々に農地が広がり始め、のどかな農村の中に農家の家々が見られるようになってきた。

 その家はヨーロッパ風で、白い石材と漆喰でできた真っ白な壁に、黒っぽいスレートでできた屋根の素朴なものだが、緑の森との対比が美しい。

 農民たちの服装も黄色や赤色に染められた毛織物で作られているようで、かなりカラフルな感じがする。


(全体的に豊かな土地なんだろうな。水も豊富だし、土も肥えていそうだ。羊に牛、豚もいたな。この辺りの設定はあまり記憶にないけど、食事は何とかなりそうだな)


 安全な土地に来たことと、金銭的に何とかなりそうだというアシュレイの意見を聞いたことから、彼にも余裕が出始めていた。

 彼はアシュレイの横に並び、この世界の情報を入手していく。


 ここはトリア大陸の西方、ラクス・サルトゥース連合王国のラクス王国にあるアトリー男爵領。

 大国はラクス・サルトゥース連合王国の他に、南のカエルム帝国と東のカウム王国があり、その三ヶ国は歴史が古く、三古国と呼ばれている。この他にカエルム帝国から独立したルークス聖王国とジルソール王国が比較的大きな国で、冒険者の国ペリクリトルや傭兵の国フォルティス、商業都市や学術都市を傘下に持つ都市国家連合という国もある。


 今日はトリア暦三〇二五年、四月一日の春分の日。

 一年は三六〇日、一ヶ月三〇日、一日二四時間、一時間六〇分、一分六〇秒となっている。

 度量衡関係では、長さが一(メルト)=一メートル、一cm(セメル)=一センチメートル、一km(キメル)=一キロメートル。

 重さは一(グラン)=一グラム、一kg(キグラン)=一キログラム、一(トン)は呼び方も重量も元の世界と同じになっている。


 種族についてだが、ラクス王国は人族、いわゆる人間が多く、七割くらいが人族だ。その他はエルフが二割、獣人が一割。カウム王国などはドワーフが多く、サルトゥース王国はエルフが多い。カウム王国の更に東にはクウァエダムテネブレ(永遠の闇)という魔族の支配地域がある。


(ここまで聞いた話は僕が書いていた“トリニータス・ムンドゥス”の設定通りだ。時間的にも小説とほぼ同じ時期だったと思う。だけど、細かいストーリーがどうしても思い出せない。何か記憶がブロックされているみたいだ……)


 彼はアシュレイと話をしながら街道を進み、休憩から一時間ほど経った夕方になると、前方に大きな街が見えてきた。

 その街――アトリー男爵領最大の街、モルトンは小高い丘の上にあり、丘の頂上には三角形の尖塔を備えた大きな屋敷が立っている。レイはそれが男爵の屋敷だろうとあたりを付けていた。

 街の周囲には高さ五メートルほどの壁が築かれ、街道は大きな門に繋がっている。

 街が見え始めてから三十分ほどで門に到着した。

国名はラテン語風ですが、雰囲気で付けたいい加減なものです。


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