第百九話「最終決戦」
虚無神はルナに絶望を与えると言って、ライアンに漆黒の剣を突き刺した。
激痛に悲鳴を上げるが、ヴァニタスは剣を抜くことなく、片手で大柄なライアンの身体を支え、笑みを浮かべている。
「ライアン!」というルナの声が部屋に響き、ライアンを助けようと前に出ようとした。しかし、イオネが彼女の腕を押さえる。
「今動けば、相手の思う壺です! 堪えてください!」
その間にウノたちが動いていた。
剣を引き抜き、ヴァニタスの後方から襲い掛かる。魔法を纏った四本の剣が、その無防備な背中に迫る。
「無駄だ」とヴァニタスは嘲るようにいうが、特に避けることはなかった。
「ウノさん! ダメだ! 引いて!」とレイが叫ぶ。
罠があると考えての命令で、ウノとセイスは即座に従い、左右に散開する。しかし、オチョとヌエベはその命令を実行するには遅すぎ、それならばとそのまま突っ込んでいった。
剣が届くと思った瞬間、二人は見えない壁に弾き飛ばされる。
しかし、ただ弾き飛ばされたわけではなかった。二人は祭壇に登ろうとしたディエスと同じく、電撃のような攻撃を受け、一瞬にして命を奪われていた。
「順に苦痛を与えながら殺してやろうと思ったが、楽に殺してしまったか」
そう言った後にルナに顔を向ける。
「まあよい。この男はゆっくりと殺してやろう。意識を失えぬようにして苦痛をたっぷりと味合わせてやる。闇の神の御子に付き従ったことを後悔して死んでいくがいい」
ライアンの身体が僅かに持ち上がる。
「ああ!……やめろ!……」というライアンの悲鳴が響くが、レイを含め、どう助けたらいいのか分からず、動けない。
「やめて!」というルナの声が響き、前に出ようとするが、イオネに押さえられてもがくことしかできない。
「ノクティスの御子よ。どうするのだ? お前の仲間が苦しんでいるのだぞ。ククク……」
更にヴァニタスはステラに左手を向けた。その直後、ステラの身体がビクンと跳ね、膝を突く。そして、大量の血を吐き出し、前のめりに倒れていく。
「ステラ!」とレイは叫んで彼女の身体を支えるが、完全に力が抜け、ぐったりとしている。
そして、アシュレイも同じように血を吐いて倒れる。
「アッシュ!」
レイは二人を抱えながらヴァニタスを睨みつける。すぐにウノとセイスが駆け付け、二人を支える。
「内臓に直接攻撃を加えた。治癒魔法も使えぬ状況ではあと三十分というところだな。助けたくば、ノクティスの御子を説得せよ。御子が我のものになったら、助けてやろう」
「貴様!」と言ってレイは睨みつけるが、すぐに治癒魔法を掛けようと呪文を唱え始めた。
「無駄なことを……神々に祈っても助けてはくれんぞ……クハハハ!」
ルナは「卑劣なことを!」と叫ぶが、三人の命の炎が消えていくことに焦りを覚えていた。
そして、腰に差していた短剣を引き抜き、自らの喉に突き付ける。
「私の身体が欲しいなら、三人を助けなさい!」
決死の覚悟でそう叫ぶが、ヴァニタスは意に介さない。
「好きにすればよい。そなたが命を絶つにしても復活させればよいし、もし間に合わねばルキドゥスの御子を代わりにすればよい……まあ、ルキドゥスの御子の身体は我にとっても謎が多い。ゆえに次善の策に過ぎぬのだが」
最後は独り言のように小さく呟いていた。
ルナは短剣を喉に突き付けたまま、言い返すことができない。
その傍らでレイは治癒魔法の呪文を唱えている。しかし、精霊の力が全く集まらず、焦りだけが募っていく。
(駄目だ。魔法が発動しない……このままじゃ、アッシュとステラが……)
焦りに顔を歪ませているレイにアシュレイが苦しげな表情のまま話しかける。
「……私のことはいい……奴を……ヴァニタスを倒せ……」
「駄目だ! 何もしないでいることなんてできない! それに相手は神なんだ。僕には無理だ……」
「……今のヴァニタスは倒せぬ相手ではない……奴は神としては不完全……感情が……セロンとの戦いを……ゴホッ……」
そこで再び大量に血を吐き出し、意識を失った。
「アッシュ!」
レイはアシュレイの身体を抱き締めるが、彼女の言葉について考えていた。
(確かに神としては不完全な感じはする。でも、圧倒的な力の差があることは間違いないんだ……セロンとの戦い? 確かに強敵だったけど、勝てない相手じゃなかった……)
アシュレイの言葉に出てきた“セロン”は彼女と最初に暮らした町、モルトンにいた冒険者セロン・グリーブスのことだ。レイに絡み、決闘を行った相手で、当初は勝ち目がないと思われたが、様々な策を講じることで勝利を得た。
(……確かに自信満々な態度と不安定な感情はセロンに似ている。だからといってあの時の作戦はほとんど使えない……そうか! 分かったぞ!)
レイはウノに「二人を頼みます」と言うと、槍を持って立ち上がった。
その間もルナとヴァニタスの舌戦は続いていた。
「……いい加減に諦めたらどうだ? それとも自分は命を絶ち、盟友であるルキドゥスの御子を我に捧げるか? これほど強情なら我も次善の策で妥協してもよいが」
ルナが更に言い返そうとした時、レイが彼女の横に立つ。
「命を絶つ必要はないよ」
その言葉にルナは目を見開いて、「えっ!」と驚きの声を上げる。レイが諦めたのだと思ったためだ。
「僕は大丈夫だよ。諦めてなんかいない」
「そなたに我をどうにかできるとでもいうのか」
ヴァニタスの嘲笑に決然とした表情を向ける。
「できる! 以前のお前なら勝ち目はなかったと思う。でも、今のお前は不完全な存在だ。僕はそのことに気づいたんだ!」
「不完全な存在だと? この俺が? まあ、完全無欠の絶対神であるというつもりはないが、お前から見れば限りなく完全な存在だと思うがな」
その嘲笑にもレイは表情を変えない。
「確かに力はあると思う。でも、今やっていることは絶対的な強者がやることじゃない。強者ならこんな姑息な手を使う必要などないはずだ」
そこでヴァニタスはライアンを蹴飛ばし、レイの前に縮地のように移動した。
ルナはすぐにライアンに駆け寄り、抱き締める。
「すぐに助けてあげるから……」というルナの言葉に、ライアンは小さく首を横に振る。
「……お、俺のことは大丈夫だ……お前たちが勝つまで生き延びてみせる……」
それだけ言うと激しくせき込む。
「ライアン!」
「……レイが言った通りだ……不思議と恐ろしくないんだ……なぜかは分からないが……」
ルナはその言葉に小さく頷いた。
ヴァニタスはレイの目の前に立っていた。身長差が十cmほどあり、レイを睨みつけるように見下ろしている。
レイはその存在感に圧倒されそうになるが、意思の力を総動員して目を逸らさなかった。
「何を恐れているんだ? 僕たちより強いのに」
「俺が恐れているだと」
「そうだ。この状況で凄む必要なんてあるのか? その圧倒的な力で僕たちをねじ伏せればいいだろ」
レイの言葉にヴァニタスは「よかろう」と言って無造作に剣を振った。
その一振りはハミッシュ・マーカットに劣るものではなく、レイは反応できなかった。
腹部に強い衝撃を受け、大きく吹き飛ばされる。
「その鎧は厄介だな。我が剣で斬り裂けぬとは」
ヴァニタスはそう言うものの、余裕の笑みを浮かべていた。
「大言壮語した割には大したことがないではないか」と言いながら、倒れているレイに近づいていく。
「ノクティスの御子が手に入るなら、お前は不要だ。あとで処分するつもりだったが、今でもよかろう」
ルナはライアンをイオネに預けると、肩に掛けていた弓を構える。
それに気づいたヴァニタスは「無駄なことを」と嘲笑し、倒れているレイに意識を向ける。
ルナはその無防備な背中に向け、矢を放つが、オチョたちの攻撃と同じく通らない。
その事実に打ちのめされるが、「力を貸して……」と誰に言うでもなく呟きながら、更に矢を放つ。
しかし、結果は変わらず、ヴァニタスは振り返ることすらしない。
そのまま、倒れ込んでいるレイを蹴り上げる。
「大口を叩くだけか? お前たちが何をしようと、俺に傷をつけることすら叶わぬのだ」
再び蹴り上げようとしたが、レイはその足を受け止めた。そして、痛みを堪えながら反論する。
「……き、気づいていないのか?……今、自分がどんな状況なのかを……」
「何を言っているのだ? 衝撃で頭がおかしくなったようだな」
そう言って嘲笑し、レイの腕を捻りながら、片手一本で持ち上げる。
「貴様は神々の助けを期待しているようだが、ここは我の版図だ。奴らは何が起きているかすら把握できぬ。無論、あの“観察者とかいう“覗き屋”も同様だ」
ヴァニタスは観察者の存在に気づいていた。ただ、自らに影響がないため、無視していたにすぎず、神々に与すると知ったため、空間を閉鎖し、完全に排除している。
そして、レイのみぞおちに膝蹴りを入れる。雪の衣に守られているとはいえ、その衝撃はレイの内臓に達していた。
「うっ……か、神々に期待など……し、していない……」
レイは息を詰まらせながら、振りほどこうともがく。
「では、何をしようというのだ? 先ほどから聞いていれば適当なことを言っているだけではないか」
「待っているんだ……」
「何を待つというのだ? ここには誰も入ってこられんのだ。お前たちに助けなど来ない」
レイは口の中にたまった血を吐き出すと、ゆっくりと立ち上がる。
「僕たち以外にも戦っている人がいる。お前もそのことは分かっているはずだ。それともそれすら分からないほど弱くなったのか」
「何のことだ……まさか……あり得ぬ!」
ヴァニタスの表情が大きく歪む。
「ようやく気づいたようだな。肉体を得たことで神としての無謬性というか完全性が失われたんだ」
「そのようなことはない! 俺は神だ! お前のような不完全な者に貶められる存在ではないのだ!」
「どうしてそんなに必死に反論しているんだ? 完全な存在なら僕にそれを示せばいい」
ヴァニタスは剣を離し、頭を抱え始める。
「貴様! まだ消えていなかったのか!」
「サウル殿! 今のヴァニタスなら身体を取り戻せるはずだ!」
レイはヴァニタスの身体の持ち主、サウル・イングヴァルの魂に語り掛けた。
ヴァニタスは「最初からそれを……」と呻き、憎悪の視線をレイに向ける。
「そんな表情をする神はいない。今のお前に神を名乗る資格はない!」
レイはヴァニタスに感情が芽生えたことに気づき、身体の持ち主であるサウルの魂の残滓が影響していると考えた。そして、感情を爆発させることで神としての自分に疑問を持たせ、サウルの魂が復活することに期待した。
ルナはレイとヴァニタスのやり取りを聞きながら、自分にできることが何か考え始めた。
(ヴァニタスは私にやったことと同じ方法で身体を乗っ取ったみたいね。だとしたら、私にできることは助言をすること……)
ルナは苦しむヴァニタスに向け、声を張り上げる。
「サウルさん! ヴァニタスの世界は自分のイメージ次第でどうにでもなるわ! 私にもできたのよ! 黒魔族の長なら私より上手くできるはず!」
その言葉でヴァニタスが更に苦しみ始める。
「あなたの拠り所になるものを思い出して! あなたは何を守りたいの! それを考えて!」
「やめろ! 貴様には勝てぬ! 我に従え!」
レイはルナの言葉であることに気づいた。
(ヴァニタスの世界……ここもそうじゃないのか? 僕たちは自分に肉体があると思っているけど、本当にそうなんだろうか……)
レイはこの場所がヴァニタスによって作られた精神世界のようなものではないかと考えた。
(だとしたら、イメージ次第では僕たちも奴に勝てる。あとはどうイメージするかだ……)
そう考えると、すぐに行動を起こした。
「ここもヴァニタスの世界なんだ! 僕たちも自分のイメージでどうにでもできるはず!」
その言葉にルナも「そうね!」と答え、静かに目を瞑った。
次の瞬間、彼女の身体が光り始める。そして、レイも同じように輝き始め、周囲の風景が崩れ始めた。
「な、何をしている……ここは我の版図! 好きにはさせぬ!」
そう言いながらも頭を押さえて動くことができない。
更に「やめろ! お前にこの身体は返さぬ! 早く消えぬか!」と叫んだ。
その間もレイとルナの身体は輝き続け、アシュレイ、ステラ、ライアンの身体が光に包まれていく。
三人の表情が穏やかなものに変わっていた。
「何が起きているのだ」とアシュレイが顔を上げる。それまでの痛みが嘘のように消え、今の状況についていけないのだ。
ステラとライアンも同じように自分の変化に戸惑っていたが、ステラはすぐに立ち上がった。
「私たちは大丈夫です!」
その言葉にレイは小さく頷くと、更に力を籠めて祈り始める。
「やめろ……」とヴァニタスが呻く。その直後、同じ口から「俺を殺せ……」というしわがれた声が発せられた。
「サウル殿か!」
「そうだ……時間がない。早く俺を……お前の槍で……」
「諦めろ! 貴様の魂は我に吸収されたのだ。我に逆らうな!」
それは一人の口から発せられていた。ヴァニタスとサウルが主導権を奪い合っている状態だとレイは気づく。
それが彼に攻撃をためらわせることになった。
「サウル殿! 頑張って身体を取り戻すんだ!」
「……俺の魂は既に消えかかっている。早く俺を……サウル・イングヴァルとして闇の神の下に送ってくれ……」
その言葉でレイは覚悟を決めた。
槍にオレンジ色の光を纏わせると、「サウル殿、済まない!」と叫び、槍を突き出した。
「無駄だ。我には勝てぬ」という言葉が響くが、レイの愛槍白い角はサウルの心臓に真っ直ぐに突き刺さったかに見えた。
その瞬間、眩い光が二人を包む。
すぐに光は収まった。
しかし、サウルとレイ、そしてルナの姿はなかった。
「レイ!」、「レイ様!」というアシュレイとステラの叫びが洞窟にこだまする。
ライアンは茫然としたまま、立ち尽くし、声を出すことすらできなかった。
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レイはサウルの身体ごとヴァニタスを貫いたと確信した。しかし、手応えがなく、その直後に襲った激しい光に一瞬、目を瞑ってしまう。
ゆっくりと目を開けると、そこは何もない空間だった。
そして、自分が“レイ・アークライト”ではなく、“聖礼”に戻っていることに気づく。
(元に戻った? ヴァニタスは……アッシュたちはどこだ!……)
『元に戻ってはおらぬ。無論、死者の国でもない』
その声はヴァニタスのものに酷似しており、レイは周囲をキョロキョロと見回す。
「どこにいる! 僕をどうしようというんだ!」
『そなたらが勝利したことは揺るぎない事実。ゆえに我は姿を維持することは叶わぬ。ただ、ノクティスの御子によいものをみせてやろうと思っただけだ』
「ルナに? ここにルナがいるのか?」
「レイがいるの?」というルナの声が聞こえてきた。すぐにルナの姿がぼんやりと浮かび始める。
「聖君? 元に戻ったの?」
「僕にも分からない。でも、まだヴァニタスは消えたわけじゃないみたいだ。油断しないで」
「ええ、分かっているわ」とルナは答える。
次の瞬間、再びルナの第二の故郷、ラスモア村にあるロックハート城の姿が映し出される。
大型の竜牙兵を前にして、城の前には多くの兵士が倒れていた。
「シャロンさん!……リディアさん!……」とルナが叫ぶ。
彼女の視線の先には城のバルコニーに横たわる二人の女性の姿があった。
更に戦いは続いていく。
「ベアトリスさん! メルさん!」と叫び、「もうやめて……」とルナはしゃがみこんで両手で顔を覆う。
『ずいぶんと苦戦しているようだな……だが、我が手勢の方が有利であることは間違いない』
「この映像を見せて何をしようというんだ! またルナに取引を迫るつもりか!」
『そのようなつもりはない。既に我が封じられることは確定している。この場でノクティスの御子の身体を得ようと、我が復活することはできぬのだから』
ルナは顔を上げる。その顔は涙に濡れ、蝋のように蒼白になっていた。
「なら、どうしてこんな映像を見せたの……負けたのならさっさと消えればいいじゃない……」
『十一神側につけば、どうなるかを見せてやりたかったのだ。そなたたちは我を邪神と呼ぶが、あの者たちも我と変わらぬ。我を追い詰めるためにあれほど献身的に働いた者を容赦なく切り捨てる。そのことを覚えておくといい』
その間にも戦いは続いていた。
漆黒の鎧を纏った青年がオレンジ色に光り輝く剣を構えて、城のバルコニーから巨大な竜牙兵に飛び掛かる。
そして、竜牙兵の頭を砕いた後、そのまま数メルト下の地面に落ちていく。しかし、地面に叩きつけられることなく、一人の若者に受け止められた。
青年の意識はなく、瀕死の状態であることは明らかだった。
「ザックさん!……あああ! いやあああ……」
ルナの悲鳴が虚空に響く。
『これでもまだ神々に従うというのか……』
ヴァニタスはそこで言葉を途切れさせた。
『ほう……思い切ったことをする……』
「何をしているというんだ!」とレイが叫ぶ。
『あの者は神々と交渉しているのだ。死者を生き返らせなければ、我が眷属となって世界を滅ぼすと……最後に面白いものを見せてもらった』
ヴァニタスは満足げな思念を送る。次の瞬間、映像が途切れた。
「どうなったんだ! あの人たちは……」
『神々はあの者の要求を呑んだのだ』
「全部生き返らせると神々は言ったのか……」
レイは驚きを隠せなかった。死者の復活という奇跡を神々が選んだことに。
「助かるの……あの人たちが助かるというの……」
ルナは信じられないという顔で虚空を見上げた。
『あの者ほどの意志の力を持たねば、神々に利用されるだけだ。そのことを肝に銘じておくがいい……』
そこでヴァニタスの思念が唐突に消えた。
そして、別の思念が二人に届く。
『あなた方はよくやってくれました』という美しいソプラノの声が響く。
虚空だったところに白い美しい翼を持った女神、人の神の姿が現れる。
『ヴァニタスは消えました。これで二万年はこの世界に干渉できないでしょう。これもあなたたちのお陰です』
「あの人たちは助かったのですか」というルナの問いにウィータは大きく頷く。
『ええ、全員生きています』というが、その顔には僅かに陰りがあった。
「よかった……」
「僕たちはどうなるんですか?」とレイが聞いた。
『望むなら元の世界に戻すこともできます。ですが、あなたたちはそれを望まないでしょう』
「はい。少なくとも僕はみんなのところに戻りたいです」
「私も同じです。仲間や私を助けてくれた人たちのところに戻してください」
『分かりました。これから先、あなたたちは自由に生きて構いません。二人とも大きな力を得たのですから、世界を我が物にしても構いません』
ウィータはまじめな表情でそう言った。その言葉に二人は驚き、顔を見合わせる。
『フフフ……ごめんなさい。あなたたちがそのようなことをするとは思っていません。ですが、それくらい自由だと理解してほしかったのです。これから先、あなたたちと会うことはないでしょう。あなたたちが幸せな生涯を送ることを祈っています……』
それだけ言うと、ウィータはゆっくりと消えていった。
姿が完全に消えると、二人は元の場所に戻っていた。
そこではアシュレイたちがレイの姿を探していた。
「帰ってきたよ!」とレイがいうと、アシュレイが驚きの表情で振り向く。
「レイ!」というと駆け寄り、彼に抱き着き、口づけをする。
「よかった……ヴァニタスに道連れにされたのかと思ったぞ……」
「大丈夫。もう奴は消えたよ。ウィータの話だと、二万年は出てこられないみたいだし、これからは平和になるんだ」
「そうだな……」といってもう一度口づけをするが、
「だが、まだルークスと草原のことが残っているのではないのか? ルナもソキウスと西側の国々との交渉も……」
「そうだね。でも今はそのことは忘れよう。早くハミッシュさんたちのところに合流して、安心してもらわないと」
二人は抱き締めあいながら、周囲を見回した。
ルナを始め、ステラやライアン、ウノたちも二人を温かい目で見ていた。
レイは慌ててアシュレイと離れると、死んだはずのオチョ、ヌエベ、ディエスの三人がいることに気づき、「よかった!」と喜びをあらわにする。
全員で勝利を噛み締めた後、レイは「では、戻りましょうか」と宣言し、元来た道に向かった。
次話が最終話です。




