第三十七話「準備」
五月四日。
レイとアシュレイは昨日の失敗を踏まえ、罠を作ろうと頭を悩ませていた。
レイは罠を考える前に、先輩冒険者であるアシュレイに罠の基本について、聞いていく。
「大型の魔物を狩るのに罠とかって使わないの?」
「ないことはないが……例えば大型の魔物、大鬼や魔動人形などなら、落とし穴で足を止めたり、崖の上から岩を落としたりするな」
「火攻めとかは?」
「昆虫系や不定形魔物なら効くが、大型の魔物は火で倒しきるほどの罠を作るのが容易ではない。油の量だけでも馬鹿にならんからな」
彼は「そうか」と呟いたあと、黙って考えこんでいく。
(確かにあれだけのサイズの蛇竜を、油で焼き殺すのは難しいよな。落とし穴はあの体型だと効かなさそうだし、岩を落とす場所もない。木の上から尖らせた丸太を落とすにしても、標的が細すぎる……いい手が思いつかないな……うん? そういえば蛇竜も爬虫類だよな。氷系の魔法で動きを鈍く出来ないかな?)
彼は蛇竜を凍らせることを思いつき、そのことをアシュレイに話すが、
「多分、効かないだろう。緑蛇竜は水属性だ。水属性は氷、低温に対する耐性がある」
レイは「これも駄目か」とがっくりと肩を落とす。
「三級の魔物だ。そう簡単に倒す方法が見付かるなら、皆やっている」
「そうだよなぁ……」
「我々だけで倒す必要はないのだ。無理なら守備隊に連絡して、討伐隊を編成させることも、視野に入れておくべきだ」
行き詰まったレイは何かヒントがないか、村の中をぶらつき始めた。
ラットレー村は半農半漁の村で、小さな漁港がある。漁港には三、四人乗りの小さな漁船が十隻くらいあるくらいで、目ぼしい物は見当たらない。
畑にも行ってみたが、芋か豆類のような植物が植えられているだけで、枯れた葉や茎が放置されているだけだった。
村の中に戻ってきたが、あちこちで網の手入れをしている姿があるだけで、ヒントになるようなものは見当たらなかった。
(やっぱり無理なのかなぁ。アッシュの言うとおり守備隊に頼むしかないのか。それだと犠牲者が出るまで動かないって話だし……それもちょっとな……)
レイはブラブラと歩きながら、更に考えていく。
(一つずつ整理していこう。蛇竜には、アッシュの剣は効かない。僕の魔法も単体では効かない。多分、最強の雷でも傷をつけるのが精一杯だろう……効果があるとすれば、ヒドラ戦でやったように僕の槍、アルブムコルヌに魔法を纏わせることくらいだ。それでもヒドラより硬い鱗を持っている太い体にどの程度の効果があるのか……)
彼は自力だけで三級相当の蛇竜を倒すのは難しいと結論付けた。
(……だとすれば、何らかの別の手段、罠が必要になる。大々的な罠を作るには物資が足りない。ここにある物で、そして、後の生活に支障をきたさない物で間に合わせるしかない……奴の弱点は”火”。油が使えれば、楽なんだろうけど、あの巨体を焼くのにどれだけの油が必要か判らない……巨体を焼く? 全部焼かなくてもいいんじゃないか? 頭だけで十分だろう……それでもあのでかい頭を焼くには相当な油が要る……)
ブツブツと呟きながら歩くレイは、村人たちから変な目で見られていることに気付いていない。
(頭を焼く必要はないんじゃないか? 頭にダメージを与えれば……岩で潰す。杭を打ち込む。窒息させる。毒を飲ませる……駄目だ。岩は落とすほどの落差がない。木の上に引張り上げても、その程度の重さの岩なら弾き返すだろう……杭を打ち込むのも無理だな。あの硬い鱗は尖らせただけの丸太なんかでは貫通しない……窒息か……蛇竜が爬虫類だとすると、確か爬虫類は酸欠に強かったはず。脳が発達している哺乳類なら効果的なんだろうけど、頭が悪そうだし……毒か……そもそも毒は持っていないか……)
いい案が思い付かないレイは、その場に座り込む。
前を見ると、子供たちが捕まえた虫を糸に繋いで遊んでいる。
虫は逃げ出そうと飛び立つが、糸で繋がれているため、その場をグルグルと回っている。
(こういう遊びってどこでもやるんだ。僕はやったことがないけど、小学生の頃、よくやっていた奴がいたな……)
虫が軌道を何度も変えるうちに、糸が絡まっていく。
最後には翅にも絡まり、そのまま地面に落ちていった。
(うん? もしかしたら使えるかも……)
レイは子供たちの遊びから、ヒントを得た案を検討するため、アシュレイの下に走っていった。
アシュレイも彼の案を聞き、「それなら何とかなるかもしれない」と、目を輝かせていた。
その日から二人は蛇竜狩りの準備を始めていった。
光神教の司教ザンブロッタ・アザロが無声の部屋に軟禁されてから、既に七日が過ぎていた。
彼は自らの指を傷つけ、黙々と魔法陣を作っていた。だが、複雑な魔法陣を指で描くためには、魔法陣自体が大きくなり、扉一杯――直径一m以上――の大きさが必要となる。そのため、遅々として進んでいなかった。
(ええい、早く、早く描かなくては気付かれる。いや、気付かれるより先に、フォンスの教団支部から召還の命が届くかもしれん。早く……)
彼は次第に狂気の色を強め、部下たちであった助祭たちが食事を差し入れる際も、目を合わさず、ブツブツと口を動かしていた。その姿を見た助祭たちは、遂に発狂したと思い、監視の目を緩めていった。
アザロは更に三日かけ、五月七日の深夜に魔法陣を完成させた。
五月六日。
ドラメニー湖に漁師たちが向かわなくなり、蛇竜に襲われることはなくなった。
一方、目撃情報もなくなり、蛇竜が今どこにいるのか、判らなくなっていた。
レイとアシュレイの二人は、罠の設置場所を決めるため、曇り空の下、ドラメニー湖の南西の湖岸に向かっていた。
「これで居なくなってくれたら、万々歳なんだけど……」
「それはないだろう。この湖は餌が豊富だ。元の山奥に引っ込むことなく、ここに居つくだろう。被害を出さないためには、村の方に近づく前に倒すしかない」
二人は昼過ぎに、二日前に蛇竜と戦った場所に到着した。
二人は警戒しながら湖が見える場所に移動し、湖の方を見つめる。
そこには蛇竜の影はなく、静かな湖面が広がっているだけだった。
「どこかに移動したのかな? それだと拙いことに……」
レイがそう呟くと、アシュレイは、
「そう判断するのは早いだろう。襲われるのはいつも早朝。昼間はどこかで寝ているのかもしれん……」
そして、少し考えた後、
「レイ、前に合図で使った火の魔法、あのでかい音がする魔法を使ってくれないか」
「寝ている蛇竜を叩き起こすんだね。了解だ。どの辺りを狙えばいい?」
アシュレイは岸近くの湖面を指差し、「あそこへ」と彼に指示した。
レイは花火の魔法をその場所に撃ち込む。
水平に撃ち込まれた花火はヒュルヒュルという音の後に、パーンという破裂音をさせ、水面を叩いていく。
水面に大きな波紋ができるが、蛇竜が出てくる気配がない。
「居ないのかな?」とレイが言った瞬間、アシュレイが、「あそこを見ろ」と魔法を撃ち込んだ場所から百mほど東を指差す。そこには蛇竜の鎌首が水面から突き出ていた。
二人は蛇竜を確認すると、森の奥に向かい、その様子を眺めていた。
蛇竜は魔法を撃ち込んだ辺りをグルグルと回り、何もいないことを確認すると、水中に潜っていった。
普段は水中に潜って休み、船が近づく音を聞いて襲い掛かっていたようだ。
二人はまだこの辺りに潜み続けるだろうという結論に達し、罠を設置する場所を探していく。
二時間ほどでレイが考えた罠を設置するのに適した場所を見つけ、村に戻っていった。
村長の家に戻ると、キアラン村長に作戦の概要と、罠の設置の手伝いを依頼する。
作戦を聞いた村長は、
「判りました。それで何とかなるのなら、安いものです。いえ、失敗しても安い物でしたね。ですが、罠の設置に村の者たちを使っても大丈夫なんでしょうか? 蛇竜に襲われることは……」
それに対し、アシュレイが、
「大丈夫だ、村長。蛇竜は昼間は水の中に潜んでいる。仮に陸上に上がったとしても、走って逃げれば逃げ切れる。それにあまりグズグズしていると、村に向かってくるかもしれん」
村が襲われるかもと聞き、青くなる村長に、
「出来るだけ多くの男衆を集めてくれ。罠は丸一日掛かる。いや、天候を考えれば二日は見ておいた方がいい」
明日は雨が降ると村の長老が言っており、そのため、レイの考えた罠の設置作業は出来ない。雨が止み次第、設置に向かうことにした。
夕方、村長は男衆を集め、罠の設置の手伝いを指示していた。
「皆の衆、蛇竜を退治するには儂らの力が必要だ。村を守るため、手を貸してくれ」
二十人ほどの男たちは、不安そうな顔をするが、村が襲われるかもしれないと聞き、表情が変わっていく。
「やるぞ! 村を守るためだ。何でも言って下さい!」
一人の若者が立ち上がると、他の男たちも次々と立ち上がり、拳を振り上げていた。
レイはその姿を見て、
(あの可愛い猫耳が付いていなければ、シリアスなシーンなんだけどなぁ……どうも猫耳で男臭い仕草をすると、コスプレっぽくて……駄目だ。みんな真面目なんだから、笑っては……)
彼はピコピコと動く猫耳を付けた二十人の男たちが拳を振り上げ、気勢を上げている姿に笑いを堪えていた。
アシュレイはレイの様子がおかしいことに気付くが、すぐに男たちに明後日からの作業について説明していった。
「全員、聞いてくれ! 明後日の朝、雨が止んでいれば、早朝から罠に使う物資を運ぶ。船が使えれば楽なのだが、蛇竜に襲われる可能性があるから、徒歩で運ぶ……」
アシュレイが説明を始めると、男たちはその説明を真剣に聞いていった。
五月八日。
前日の雨も夜には止んだようで、ラットレー村は早朝から晴れ渡っていた。
アシュレイは、村長宅の前に集まった男たちに、
「全員、割り当てられた荷物を持ってくれ! 午前中はその荷物を運ぶだけだ。二往復するからそのつもりで頼む。昼からは罠の設置を手伝ってくれ」
そして、レイに対し、
「私が先頭に立つ、レイ、最後尾を頼む。落伍者が出そうだったら、合図してくれ」
レイが頷くと、「出発!」と大声で合図をすると、男たちは”オォォ!”と掛け声を上げて、歩き始めた。
彼らの背には丸められたロープのような物、小さな樽など、様々な物が背負われている。そして、最も大きなものは数名の男たちで担ぐ、ゴミの塊のようなものだった。
二時間で罠を設置する場所に着くと、荷物を降ろし、再び村に戻っていく。
男たちは黙々と歩き、予定の荷物の運搬を終了させた。
五月八日。
昨日、雨の中を一人歩いていたセロンは、モルトンの街近くの一軒の農家に潜んでいた。
(酷い目にあったぜ。連絡があるまでここに待機だそうだが、いつまで待たされるんだろうな。ここが安全かは判らんが、レイの奴を殺せるなら、多少のリスクは仕方がねぇ……)
彼は外に出るわけにも行かず、離れになっている小さな小屋で寝転がっていた。
日没の直前、冒険者らしき風体の男が小屋を訪れる。
「今からすぐターバイド湖に向かえ。そこにいる連中が、今回お前が使える”手駒”だそうだ」
それだけ言うと、すぐにその小屋から消えていった。
(ターバイド湖だと……蛙退治をやった場所じゃねぇか……今からだと、日付が変わるぞ……仕方がねぇ。行くとするか……)




