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トリニータス・ムンドゥス~聖騎士レイの物語~  作者: 愛山 雄町
第五章「始まりの国:神々の島」

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第七十九話「介入」

 九月一日の正午過ぎ。


 カエルム帝国軍三万、ルークス聖王国軍二十万、そして人馬(ケンタウルス)族を含む草原の民七万、計三十万の兵士がラークヒルの西の草原に集まり一種の膠着状態に陥っている。


 ルークス聖王国軍は大軍をもって帝国軍を蹂躙しようと考えていたが、精強な兵である草原の民の出現に、驚きを隠せない。

 総司令官である聖王アウグスティーノは慌てふためいて怒鳴り散らすだけで、有効な手を打つことができない。

 司令部に配属されている聖騎士たちも突然現れた最強の騎兵に対し、打つべき手が見つからず、聖王に進言することも部下たちに指示を出すこともできずにいた。


 一方の帝国軍は総司令官レオポルド皇子ら一部の首脳は人馬族らの出現を予想していたが、連隊長以下の前線の兵士たちにその情報は無く、何が起きたのかと訝しんでいる。

 しかし、草原の民は同じ帝国に属する味方であり、聖王国軍ほど大きな動揺は見せていない。

 それでも草原の民たちが間に入っていることから、動くに動けないでいる。


 草原の民たちはレイの命ずるまま両軍の間に入り込んだ状態で、レイの命令通りに両軍に睨みを利かせている。

 そして、王の命令でいつでも動けるように氏族ごとに整然と並んでいる。彼らの表情は長きに渡り待ち望んだ“白き王”に付き従っているという高揚感に満ち溢れていた。


 そんな中、レイはルークス聖王国軍に向けて馬を進めていく。

 彼の周りにはマーカット傭兵団(レッドアームズ)の猛者百人とソレル族の精鋭百騎が固めていた。


 聖王国軍の手前百m(メルト)ほどの場所で馬を止めると、彼はアシュレイとステラのみを従え、更に前に出る。

 そして、五十メルトほどの場所で再び止まると、聖王国軍に向かって大声を張り上げる。


「私はレイ・アークライト! 縁あって草原の民の軍を率いている者です!」


 彼の言葉に聖王国軍からどよめきが起きる。帝国軍が草原の民を援軍として派遣したと思ったためだ。


 姿が見える場所の者たちの中には、「あの者は聖騎士ではないのか」という疑問を感じていた。レイの装備が聖騎士の物によく似ていたためだ。

 その疑問に答える者はなく、レイの言葉は続いていく。


「聖王国軍の司令官にお願いします! この戦いは不毛です! 無為に人命を損ねるだけで何も得るものはありません! 速やかに国に戻ってください! 戻ってくださるなら、帝国軍が追撃しないよう、我々が食い止めます!」


 不思議なことにレイの言葉は三km(キメル)にも広がった聖王国軍の全員に聞こえていた。実際には耳からではなく、心に直接入ってきているが、そのことに気づく者は誰もいなかった。

 これはルナとイオネが祈りを捧げることで、闇の精霊たちがそれに応え、レイの声を届けていたのだ。


 彼の言葉が浸透していくと、聖王国軍に再び動揺が走る。


「我々の方が圧倒的に数は多いのだ。なぜ引かねばならん!」


 聖王や戦争経験の少ない聖騎士たちは怒りを露わにする。

 末端の兵士は人馬族が現れ、撤退を促していることは分かるものの、突撃命令が出される直前であり、戦端を開いていいのか、勧告通りに撤退したらいいのか判断できず、落ち着きもなく周りを見回していた。


 前線の指揮官たちは彼らほど状況が見えていないわけではなく、レイの声に安堵する者が多かった。特に千人規模の部隊を指揮する指揮官たちは冷静で、どう動くべきか、総司令官である聖王の判断を仰ぐ伝令を送り出した。


 しかし、その冷静な行動は報われなかった。

 司令官である聖王を含め、司令部を固める聖騎士たちにこのような特殊な状況で対応できるほどの柔軟性はなかったためだ。


 そんな中、二人の人物が聖王の前に進み出る。

 一人は豪奢な祭服を纏った聖職者、マッジョーニ・ガスタルディ執行司教だ。

 ペリクリトル攻防戦の際に聖騎士たちと共にレイに協力した人物で、その功績をもって司教から独自の裁量権を持つ執行司教に昇格していた。

 今回の戦いでは自ら志願し、助言者(アドバイザー)的な待遇で、総司令部に席を与えられている。


 そして、もう一人は中隊長の羽根飾りを付けた兜を持つ、ランジェス・フォルトゥナートだった。一時期レイの部下として聖騎士隊を指揮していた人物だ。


「陛下に申し上げます」とガスタルディが恭しく頭を下げる。


「何だ?」と聖王が問うと、


「あの方こそが“光の神(ルキドゥス)の現し身”であらせられます。神のお導きにより、あの方と知遇を得ておりますので、我が国に与力していただくよう、お願いしてまいります」


「あの者が……いや、あの方がルキドゥスの現し身……」


 聖王はそう呟くと、レイの姿をもう一度見つめる。輝くような純白の装備に身を固めており、ルキドゥスが降臨したと言われてもおかしくないとすら思い始めた。

 そして、夢に現れたルキドゥスの言葉を思い出す。


『……我が現し身が神軍を率い、正しき教えの者たちを援(たす)けるであろう……』


 その言葉を思い出したことにより、聖王は今までの混乱が嘘であったかのように余裕を取り戻す。


「確かに神託の通りの状況だ。先ほどの言葉には何か意味があるのだろう……そなたらに任せる。あの方の真意を確認してまいれ」


 ガスタルディは「お任せを」といってフォルトゥナートを引き連れ聖王の下から下がる。


 後ろを歩くフォルトゥナートはガスタルディが言っているような状況にはならないと考えていた。


(あの方が我が国に助力するはずがない。特に此度の戦争の名分はあの方の名を使ったもの。自らの名を利用され、多くの人が死ぬ。そのようなことを許容されるはずがない……)


 そう考えたものの、思い込みの激しいガスタルディに話しても聞く耳を持たないとも考えていた。


(執行司教に何を言っても無駄だろう。ならば、この機会を使い、あの方の真意を確かめ、その意に沿うように動いた方がよい。単なる勘だが、あの方は神に愛されている。此度のことも何か深い理由があるはずだ……)


 ガスタルディはフォルトゥナートだけを引き連れて前線に出ようと歩いていく。彼の部下である司教や司祭たちが護衛を付けようと慌て始める。


「神の御使いに謁見するのに護衛など不要。あの方の心証を悪くするだけだ」


 フォルトゥナートも同じように護衛が不要であると主張した。


「執行司教様のおっしゃる通りである! あの方は高潔な方であり、まさに騎士の鑑! 話をしにいく我らに危害を加えることなどあり得ぬ!」


 彼は無駄に人が増え、話がややこしくなることを懸念し、ガスタルディの言葉に乗ったのだ。


 ガスタルディとフォルトゥナートがレイたちに向かって歩いていく。

 その見覚えがある姿にレイは運命を感じた。


(ガスタルディ司教はともかく、フォルトゥナートさんなら話を聞いてくれるはずだ。これもザックさんが準備してくれたことなんだろうか?)


 レイはガスタルディが執行司教に昇格したことを知らなかったため、以前と同じく司教だと思い込んでいた。


 二人を迎えるべく、馬から降りる。


「お久しぶりです、アークライト様。ペリクリトルで共に戦ったマッジョーニ・ガスタルディです」


 そう言って豪華な指輪を付けた右手を差し出す。

 レイはその手を取りながら、「ご無沙汰しております」と小さく頭を下げる。


 すぐにフォルトゥナートが前に出て片膝を突き、


「ランジェス・フォルトゥナートでございます。このような場で再びまみえさせていただいた神の思し召しに感謝を」


 そう言いながらもレイの目をしっかり見ていた。


 二人の挨拶を受けた後、レイは「先ほどの私の声は聞こえていたでしょうか」と確認する。


「もちろん聞こえておりました。ですが、あなた様のお考えを計りかねてもおります。圧倒的に有利な我が軍に引けとおっしゃられた。その意図はいかなるものなのでしょうか」


 レイはガスタルディに目を向けながら、フォルトゥナートに意識を向ける。


「この度の戦争の大義名分は何なのでしょうか? あなたもご覧になったはずです。ペリクリトルでは多くの人が命を落とし、フィスカル村の人たちも多くが亡くなったことを。そして、生き残った方も多くが怪我をし、手足を失った方もいます。このような不幸を作り出す戦争をなぜ始めようとするのですか」


「神の言葉に従い、理想の世界を地上に作るためです」と胸を反らせて告げる。


「神々はそのようなことを望んでいない! 軽々しく神の言葉などと言わないでください!」


 ガスタルディは突然のレイの怒りに戸惑うが、それは現し身として神を軽々しく扱ったように見えたためと勘違いした。


「ルキドゥスの現し身たるあなた様の前で、軽々しく神の言葉と言ったことは謝罪いたします。ですが我らを勝利に導くためにここに来てくださったのではありませんか? ならば、先ほどの言葉の意味が分からぬのですが」


 そこでガスタルディから視線を外し、フォルトゥナートに向ける。


「あなたなら今回の戦争がいかに危険なことか分かっていたはずです。草原の民が来なくても、聖王国軍が敗北することを」


 フォルトゥナートはどう答えていいのか迷ったものの、ここは己の心に正直に話すべきだと覚悟を決める。


「アークライト閣下のおっしゃる通りです。帝国軍は精強であり、農民兵では太刀打ちできません。“光の神(ルキドゥス)の血”なる薬物を使っても、一日も掛からずに敗北したでしょう」


 その言葉にガスタルディが驚愕し、「何を言っておる!」と間に入ろうとした。しかし、レイは彼の言葉を無視し、フォルトゥナートに話しかける。


「ではあなたが成すべきことは?」と問い掛ける。


 答えに窮するフォルトゥナートの目をしっかりと見つめ、


「この機を利用して人々を無事に故郷に送り届けることではありませんか?」


 その言葉でフォルトゥナートは覚悟を決めた。レイに従って己の信じる道を進む覚悟を。


「御意にございます。無辜の民を守る。これこそが閣下の望みであり、私の望みでもあります。命に替えましても聖王陛下を説得してみせます」


 そう言って清々しい表情で頭を下げた。

 横にいるガスタルディは怒りを露わにする。


「貴様は何を言っておるのだ! アークライト様の兵力を味方に付ければ、帝国軍など簡単に粉砕できる。素人の私でもその程度のことは分かる!」


「草原の民は帝国に味方しても、聖王国に味方することはありません。少なくとも私はそのような命令は出しません」


 レイは毅然とした態度でそう告げると、


「お話しすべきことはこれ以上ありません。すぐにでも帰国の準備を」


 それだけ言うと、愛馬に乗って離れていった。


 残されたガスタルディはフォルトゥナートに怒りを向ける。


「貴様のせいで勝利をふいにした! 私があの方を説得するのを邪魔しおって!」


「執行司教様、あの方は戦いを心から嫌っておられます」


「何を言うか! ペリクリトルであれほどの手腕を見せておるではないか! 戦いを嫌悪する者にあれほどの指揮が執れるはずがない!」


「それは違います。あの方は弱き者を守るために命を賭ける方です。まさにルキドゥスの現し身、すべての者に等しく光を与える方なのです。あなたもご覧になったはずです。フィスカル村の農民兵を弔った時のあの方の涙を。足を失った兵をあなたに託す時に見せた真剣な眼差しを……」


 彼の真摯な言葉でもガスタルディの怒りは収まらない。そこでフォルトゥナートは言葉を変えることにした。


「あの方は以前より遥かに強大な力をお持ちです」


「それがどうしたのだ」


 憮然とした態度でそう言うものの、突然話題が変わったことにガスタルディは戸惑う。


「草原の民がどの程度いるのかは知りませんが、あの方が我が国の指導者に不満を持っていることは明らかです……」


 そこで一旦言葉を切り、ガスタルディの様子を窺う。ガスタルディはフォルトゥナートを睨みながらもその表情から怒りが消えていく。


「……その力を我が国に向けないとも限りません。あの方の理想のために……」


 その言葉でガスタルディはフォルトゥナートが何を言いたいのか理解した。そして、冷静さを取り戻していく。


(確かにこの者の言う通りだ。あの方は若い。理想と現実が違うことを理解されておらん。一時的かどうかは分からぬが、帝国ですら恐れる力を持った……)


 そこでペリクリトルでのことを思い出す。


(……あの時の大隊長パレデスを心底嫌っていた様子だった。だから、聖騎士隊ごと潰すことを厭わなかった。もしあの時と同じように教団上層部を潰すことを考えたら……聖王陛下、いや、総大司教猊下ですらあの方を止めることはおろか、命すら危うい。ならば、あの方の意に沿うように行動し、我が身を守らねばならん……)


 切り替えの早いガスタルディは自己の保身を第一に考えた。


「フォルトゥナート卿、君の言葉で目が覚めたよ。すぐにでも兵を引くよう陛下に進言しよう」


「ありがとうございます。このことはアークライト様に必ずお伝えいたします。執行司教様の善行に必ずや感謝されるでしょう」


 その言葉にガスタルディは大きく頷く。


(あの方はフォルトゥナートを気に入っておった。ここはこの者を上手く利用すべきであろうな……)


 そう考えたガスタルディはフォルトゥナートに笑みを向ける。


「貴公をアークライト閣下の直属にすべきと陛下に進言するつもりだ。あの方は我が国の事情を知らぬ。貴公は閣下に正しきことを伝え、教団に対する誤解を解かねばならん」


「ハッ!」と応えるが、内心ではガスタルディの思惑に気づいていた。


(アークライト様に自分のことを上手く伝えろということなのだろう。あの方がルキドゥスの現し身であることは間違いない。上手く取り入ればすぐに大司教になれる。更にその先にも……)


 それでも今はガスタルディを利用すべきであると考え、無駄な言葉は発しなかった。


 聖王国軍の陣に戻ったガスタルディは聖王の説得を開始した。しかし、聖王はガスタルディの考えが理解できず、また、聖騎士たちも独断専行気味のガスタルディに警戒し、聖王国軍指導部は前線の兵士たちに明確な指示を与えることなく、ダラダラと議論を続けていった。

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