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トリニータス・ムンドゥス~聖騎士レイの物語~  作者: 愛山 雄町
第五章「始まりの国:神々の島」

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第七十五話「帝国の事情」

 八月二十三日の夕方。


 ルナはセオフィラスたちと共に、帝国の西の要衝ラークヒルにあった。

 そこでセオフィラスが第四軍団の軍団長、アドルフ・レドナップ伯爵、副軍団長カルヴィン・レドナップ、ラークヒル代官ルーサー・ランズウィックにレイが戦争をとめるために介入すると説明する。

 セオの説明を聞いたレドナップ伯が「それで我らにどうしろと言いたいのだ?」と鋭い眼光で問う。


 セオはその眼光に怯むことなく、


「アークライト殿は戦いを止めると宣言しました。つまり、帝国軍にも戦端を開かないことを望んでいるということです」


「それはおかしいのではないか? そもそもルークスが攻めてくるから、我々は国を守るために迎え撃つ。向こうを止めるのが筋で、我々が戦いを止める理由にはならん」


 レドナップの正論にセオは言葉を窮する。


「アークライトなる者が我らを脅すのであれば、帝国の威信にかけて叩き潰さねばならん」


「人馬族は精強な戦士たちです。野戦においては無類の強さを誇りますが」


「そのようなことは分かっておる。我が第四軍団といえども、同数の人馬族にすら抗えぬだろう。だが圧倒的に不利である分かっていても、栄えある帝国軍が尻尾巻いて逃げるわけにはいかぬのだ。これは帝国軍人としての、矜持の問題だ」


 セオはその気迫の篭った言葉に反論できない。

 そこでルナが初めて口を開いた。


「ルークス軍が引き上げるなら、あえて戦う必要はないのではありませんか?」


「それは違う」とカルヴィンが声を上げる。


「敵が侵略を意図して攻めてきたのだ。引き上げるからといって、何もせずに帰していいという話ではない」


 ルナもその言葉が正しいと感じるものの、どうやって説得するか必死に考える。


(レドナップ伯爵様はエザリントン公爵様と同じように理性的なお考えの持ち主だったはず。だとすれば、感情に訴えるのではなく、利益があるといった方がいい。でも、追撃して敵を減らした方が帝国にとっても第四軍団にとっても利があるわ。セオ君もどう言おうか悩んでいるみたいだし、ここは私が何とかしなくては……ルークスの兵士が無傷で帰る方がいい理由……多くの人が生き残る。つまり目撃者が増えるということ。その方がいい理由は……)


 必死に考えを巡らし、一つの結論に達した。


「人馬族が戦争を止めるために介入するのであれば、帝国軍も動かない方がより多くの利を得られます」


 レドナップは鋭かった眼光を緩め、「ほう、その理由とは?」と好奇心をみせる。


「今回のルークスの出兵は“光の神(ルキドゥス)の現し身”が顕現し、ルークス軍を助けて勝利するということから始まっています。つまり、ルキドゥスの現し身が勝利に貢献することなく、逆に無益な戦いを止めるように言ったらどうなるでしょう……」


 そこで一度言葉を切り、三人の男たちを順に見ていく。

 レドナップは興味深げな表情を浮かべ、カルヴィンは何を言っているのだと呆れ、ランズウィックは真面目な表情を崩していない。


「……聖職者たちの言葉を神の使いが覆すのです。そして、神の使いは信者たちが傷つかないよう、引き上げるように諭します。そして、その事実は光神教の権威を失墜させ、ルークス聖王国という国の根幹を揺さぶることになるのです」


「面白い話ではあるが、想像の域を出ぬ。それに権威を失墜させるということであれば、完膚なきまでに叩き潰した方がよいのではないか? 生臭坊主どものいう神は何もしてくれなかったということが伝わった方がより有効だと思うが?」


 レドナップの反論にルナは冷静に応える。


「そうではありません。そもそもルークスの農民兵は聖職者たちに無理やり連れてこられただけで、決して戦いたいわけではありません。もし、そこで多くの命が失われれば、教団に対する怒りより、直接手を下した帝国に対する怒りの方が強くなります。恐らく、聖職者たちはそれを利用して、再び戦争を起こそうとするでしょう。ですが、彼らが生きて戻れば、神の使いが自分たちの身を案じて戦いを止めさせたという事実はルークス国内に大きく伝わります。長期的に見れば、帝国にとっても益のあることではないでしょうか」


「言わんとすることは分からぬでもない。私個人、いや、宰相閣下なら君の意見に同意するだろう……」


 そこでルナは目を輝かすが、


「……しかし、大きな組織は単に合理的であるからだけでは動かぬのだ。この辺りのことは私より君たちの兄、ザカライアスの方が理解しているのだろうがな」


 そこでセオが再び会話に加わる。


「つまり、帝国全体の利益を考えれば、ルークスとの無益な戦争をする必要はないが、別の要因、具体的な名を挙げることは憚られますが、別の方の思惑があって難しいということですね……」


「君が誰のことを言っているのかは問わぬが、そういうことだ。政治とは様々な事柄が複雑に絡み合う。ザカライアスのような天才、あるいは彼の妻シャロンのような鬼才なら、この状況でも有効な策を考え出しただろう。だが、君たちにザカライアスやシャロンと同じことができるとは思えぬ」


 その言葉にセオとルナは唇を噛むしかなかった。


「ですが、人馬族に戦いを挑んだら、帝国軍でも絶対に負けると思います。戦いで負けたらそれで終わりです。そんな判断をする方に人を率いる資格はないと思います」


 セラがそう言って正論をぶつける。


「その通りだよ」とレドナップはセラの若者らしい実直さに思わず苦笑するが、すぐに表情を引き締め、


「それが分からぬ御仁もいるということだ」


 そこでルナは再び考え始めた。


(伯爵様はこの戦争を止めたがっている。だけど、総司令官であるレオポルド殿下がそれを認めないかもしれない。だから、殿下を何とかしなくてはいけない……レイが恫喝するんじゃなくて、別の方法で帝国軍を止めれば、レオポルド殿下も不用意に動けなくなるはず……)


 そこまで考えるが、具体的な策は思いつかなかった。そのため、これ以上の会談は意味がないと考え、セオに合図を送る。

 セオも同じ思いであり、小さく頷いてから話し始めた。


「分かりました。今回は情報を提供させていただいたということで、今後についてはまた協議させていただければと思います。私たちは流血を望んでいません。それが帝国兵であってもルークス兵であっても」


「私も同じ思いだ。できうるなら、私自身の手でこの状況を変えたいのだが、今は難しい。白き軍師と呼ばれたアークライトという男が噂通り、賢明であることを祈るよ」


 レドナップ伯との会談が終わり、ルナたちは宿を探しにいこうと城を出ようとした。しかし、リュシアンがそれを留める。


「軍団長閣下の屋敷に泊まってよいそうだ。もっとも私も閣下もほとんど戻れぬがな」


 軍団長には大きな屋敷が用意されているが、いつルークス軍が現れるか分からない状況ということで、ラークヒル城に詰めているらしい。

 ルナたちはありがたくその好意を受け、屋敷に向かった。


 屋敷に入り、食事を摂った後、今後の方針について話し合った。


「伯爵様は戦争を止めることに賛成のようね。でも、レオポルド殿下をどうやってお止めするかの方策が思いつかないという感じかしら」


 ルナがそう切り出すと、セオが「僕もそう思う」といって頷く。


「情けないけど、ここはレイに任せるべきだと思うわ」


「白き軍師と呼ばれるくらいだから、いい考えを思いつくかもしれないけど、彼に過度に期待するのは酷だよ。今までは指揮官がいて、それを補佐する役だったけど、今回は自分で大軍を指揮しないといけないんだから。それも気心の知れない草原の民たちを相手にね」


 セオの言葉にルナも「そうね」と言うが、


「でも、この状況を伝えて上手く立ち回ってもらわないといけないわ。だから、私は彼のところに戻ろうと思う。私ならあなたたちほど目立たないし、家に迷惑を掛けないと思うから」


 ロックハート家の者が人馬族と共にあり、人馬族が帝国軍を攻撃することになれば、帝国政府としてはそのことを問題視する。特にレオポルド皇子派は直接的にも間接的にも被害を受けるから、ロックハート家に対して懲罰を動議する可能性は否定できない。


 一方でセオフィラスたちは人馬族と共に生活していたことは中部域や西部域では有名な話だ。その彼らが帝国軍にいれば、今まで帝国に馴染みのなかったルナがいなくなっても気づかれる可能性は低い。


「そうだね。僕たちは動くわけにはいかない。なら、ルナに任せるのが一番合理的だと思う」


 こうしてルナは再び草原地帯に向かうことになった。但し、闇雲に草原に向かうとすれ違いになる可能性があり、三日ほどラークヒルで情報収集を行ってから東に向かうことになった。


「でも大丈夫なの? 私たちは一緒にいられないわよ」とセラが心配する。


 ルナに同行するのはライアンとイオネの二人だけであり、護衛としてはレベル五十を超えるセオたちとは比較にならないためだ。


「大丈夫よ。この辺りは比較的安全だし、私たちの馬なら平地にいる限り、逃げ切れるから」


 こうして八月二十六日までラークヒルに滞在し、二十七日の朝に東に向かうことになった。


■■■


 八月十七日。

 時はルナたちがネザートン近くの野営地から出発した後に遡る。


 ルナたちが出発した後も、ソレル族の野営地には多くの人馬族や遊牧民たちが訪れていた。

 皆、伝承にある白き王を一目見たいと、多くの者たちがレイの前に列を作っている。

 レイは草原の民たちと話をしながら、今後の作戦についてハミッシュ・マーカットやソレル族の族長リーヴァらと協議を行っていた。そして、補給が問題として浮かび上がってきた。


 ここネザートンからラークヒルまでは五百km(キメル)。人馬族の機動力を以てしても集団であれば十日近く掛かる。また、その速度で動くとなると、食料であり資産である家畜をどうするかという問題もある。


 草原の民たちは馬の他に羊や野牛(バイソン)のような牛を飼っている。移動させることは可能だが、無理に動かせば餌を食べることができず衰弱してしまう。

 また、馬についても普段は草を与えておけばよいが、長距離移動など激しい運動をさせる場合には穀物などの栄養価の高い飼料が必要となる。


 補給の問題についてレイから提案がなされた。


「どの程度一緒に行ってもらうかは分かりませんが、何万人もの人が動くには食料や馬の飼料などが必要になります。私としては最小限の部隊としたいのですが、リーヴァ殿の話では人馬族だけでも二万、遊牧民の皆さんが三、四万にはなるという話でした。それだけの人たちを食べさせるために、輜重隊として先行させようと思っています」


 レイは食料などを持った部隊が先行し、後から追いかける部隊に食糧などを供給する方法を提案した。


「我ら人馬族は自らの食料だけなら充分な量を運ぶことが可能です……」


 人馬族は小柄な者でも三百kg(キグラン)、戦士長のような大柄な者なら千kg(キグラン)近い巨体だ。しかし、食料の消費量は普通の人間より多少多い程度で、非常に燃費がいい。

 これは魔物と同じように精霊の力をエネルギーとして活動しているためだ。


 また、人馬族は騎馬と違って人を乗せないため、馬の胴体部分が丸々空いている。そこに百kg(キグラン)程度の物資を載せることは難しくない。そのため輜重隊が不要で、通常の騎兵より高速移動が可能だ。


「最悪の場合は人馬族の皆さんと先行するつもりですが、私としては遊牧民の方々とも連携している姿を見せたいと思っています」


「それは異種族である人馬族だけでなく、すべての草原の民がお前に従っていると見せるためか」


 ハミッシュの言葉にレイは「その通りです」と頷き、


「帝国としても五万人の人馬族だけでなく、二十万人にも及ぶ遊牧民まで敵に回るとなれば軽く見ることはできません」


「そうだな。人馬族は野戦においては絶大な力を発揮するが、攻城戦や市街戦ではいささか不利だ。遊牧民が加わればその弱点を補うことができる。帝国軍の指揮官はそう考えるだろう」


 ハミッシュの言う通り、人馬族はその機動性と突破力で他の騎兵の追従を許さない。罠を仕掛けにくい平原においては無敵の強さを誇るといっていい。しかしながら、頑丈な城壁に守られた要塞に対しては有効な攻撃手段を持たず、また市街戦や森林戦においてはその巨体が仇となり、有効な戦力とは言い難い。

 その人馬族の弱点を補うには人族の戦士が必要だ。全く同じではないが、戦車と機械化歩兵の組み合わせに近い。


「輜重隊を先行させるといっても指揮官はどうするのだ? リーヴァ殿はお前と共にある必要があるが、他に任せられる人物は思い当たらぬが」


 アシュレイの疑問にレイも「僕もそのことで悩んでいるんだ」といい、ハミッシュに視線を向ける。


「人馬族か遊牧民の方で信用できる人に任せたいと思っているのですが、僕の考えを理解してもらうには時間がなさ過ぎます。マーカット傭兵団(レッドアームズ)から助言者(アドバイザー)を出してもらうことしか思いつきません」


「うちならエリアスが適任だろう。奴なら遊牧民たちに侮られることはないだろうからな」


 ハミッシュは四番隊隊長エリアス・ニファーの名を出した。

 四番隊は傭兵団には珍しい騎乗戦闘専門の部隊で、精強な騎兵を誇る帝国軍の正規部隊にも引けを取らない技量を誇る。


 先行部隊は遊牧民であるカルカス族を中心に五千の兵で構成されることとなった。また、ネザートンで大量に飼料を買い取ることも決まり、先行部隊はそのまま出発する。


 翌日以降も続々と人馬族たちが集まり、祭のような様相を呈している。

 八月十九日には人馬族だけで四万以上、遊牧民たちを合わせると十万を超える大規模な集団となった。

 その数にレイは目眩に似た感覚を覚える。


(これだけの人が“白き王”の下に集まってきたんだ……でも、これだけの人を連れてはいけない。どうやって絞り込んだらいいんだろう……)


 そのことをリーヴァに相談すると、


「各氏族の精鋭のみを連れていくと宣言されればよいかと。それで人馬族は半数、遊牧民たちは三分の一ほどになるかと」


「では、リーヴァさんが認めるほどの精鋭のみと付け加えてください。私としては人馬族一万、遊牧民一万でも充分過ぎるので」


「分かりました。では、今から選別作業に入りましょう」といって各氏族の代表を集め始めた。


 代表が集まったところでリーヴァが大声で宣言する。


「白き王の出陣である! 王はこう仰せだ! 数ではなく従うにふさわしい質が必要であると! 氏族の名に恥じぬというものだけを王の下に集めるのだ!」


 しかし、その選別作業は困難を極めた。特に人馬族は高い戦闘力を誇りにしており、自ら引く者がほとんどいなかった。


 最終的に、この場では人馬族一万五千、遊牧民三万の計四万五千の兵力で落ち着くこととなった。但し、カルカス族ら五千が先行しており、まだ到着しておらず、途中で合流を予定している氏族もいるため、ラークヒルには人馬族二万、遊牧民五万の計七万程度になると予想された。


「七万ですか……もう少し絞れませんか」とレイは言ったものの、


「これ以上減らそうとすれば、戦わせて決めねばなりません。そうなれば何日掛かるか……明日の出発に間に合わせるにはこれが最少とお考えください」


 レイは諦めの表情で頷くと、「明日の夜明けをもって西に向かって出発します」と宣言した。

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