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トリニータス・ムンドゥス~聖騎士レイの物語~  作者: 愛山 雄町
第五章「始まりの国:神々の島」

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第七十四話「ラークヒル」

 八月十七日。

 ルナたちが帝国の西の要衝ラークヒルに向けて出発した。

 彼女はセオフィラス・ロックハートらと共に旧知の武人、アドルフ・レドナップ伯爵と会見し、ルークス聖王国との戦争を回避する策を協議しようと考えていた。


 中部域の主要都市ネザートンからラークヒルまではおよそ五百km(キメル)

 ネザートンから西に向かう街道は西方街道と呼ばれ、ほぼ直線で起伏も少ない。それでも優秀な軍馬であるカエルム馬を使ったとしても、一日当たり五、六十キメルが限界だろう。


 それ以前に五百キメルという距離を、馬術スキルのレベルが低いイオネが耐えられるかという問題もあった。

 実際、初日は六十キメル進み、街道沿いにある野営地で宿泊することになったが、移動を終えた時、イオネは口を聞けないほど疲労していた。


 ルナが心配し、「大丈夫?」と声を掛ける。

 イオネは立ち上がって、「問題ありません」というものの、顔色は悪い。


「私より馬の方が心配です。乗り手が悪い分、負担が掛かっておりますので……」


 ライアンが疲労で動けない彼女に代わって世話をしているが、他の馬に比べ、彼女の馬の動きは悪い。


「足手纏いになるのは不本意でございます。私のことに構わず、先にお進みください」


 目がキラリと光る。自らの不甲斐なさに悔し涙を浮かべているのだが、ルナとしては置いていくわけにもいかず、対応に苦慮する。


(どうしたらいいのかしら。できればもう少しスピードを上げたいくらいなんだけど……安全な中部域といっても一人にするわけにもいかないし……こういう時にレイ(聖君)がいてくれたらよかったのに……)


 イオネのことをセオたちに相談するが、


「遅らせるわけにはいかないことは分かっているんだろ? 馬は替え馬に乗り換えてもらったらいいけど、本人にがんばってもらうしかないね」


 イオネ本人に対し、セオは比較的冷淡だった。

 強行軍であることは事前に分かっており、その上で同行すると決めたのはイオネ本人だ。ならば、彼女に責任があり、自ら始末を付けるべきだとセオは考えていた。


 セオの考えはルナも理解している。しかし、厳しい修行をしてきたわけではなく、そこまで割り切って考えられなかった。

 ルナはあることを思い付き、天幕に戻った。


「治癒魔法で回復させようと思うのだけど」


 義理の兄であるザカライアスが魔法の可能性について語っていたことを思い出したのだ。

 しかし、それは一般常識とはかけ離れていた。


「疲れに治癒魔法は効果がないと教えられましたが……」


 ベテラン治癒師であるイオネはそう言って断ろうとした。


「私の家では疲労回復にも使っていたはずよ。他にも美容とかにもね」


 ルナはそう言って全身に水属性の治癒魔法を掛けていく。


(疲労物質を取り除くことが大事って聞いた気がするわ。疲労物質……乳酸だったかしら? それを筋肉の中から浄化するイメージで消して……最後にリラックスできるように闇属性魔法を掛ける……これでいいはずよ……)


 その一連の魔法でイオネの疲労は嘘のように消えていく。


「本当に効くのですね! 先ほどまでの疲れが嘘のようです!」


「よかったわ。これで明日からも一緒に行動できるわね」


「ありがとうございます!」と大きく頭を下げると、


「この魔法を教えていただけませんか? 水属性と闇属性なら私にも使えると思うのです」


「そうね」といってルナはイオネがイメージしやすい言葉で説明していった。


 イオネは三十分ほどでイメージを掴んだ。


「この魔法は馬にも効くのでしょうか?」


「ええ、私にこの魔法を教えてくれたザックさんは馬にも掛けていたはずよ……いい考えね! この魔法で馬の疲れを取れば、一日に進める距離を伸ばすことができるわ!」


 ルナはイオネを伴ってセオたちのところにいき、今の話をした。


「馬に疲労回復の魔法か。ルナも使えるようになったんだね」


「ええ。セオ君たちも疲れていたら掛けるけどどうする?」


「僕たちは大丈夫だから優先的に馬にかけてほしい。明日の調子を見てからだけど、できればもう少し距離を伸ばしたいから」


 馬たちへの疲労回復の魔法は功を奏した。

 翌日から一日当たりの移動距離は八十キメルに伸び、予定より三日早い八月二十三日にラークヒルに到着できた。



 八月二十三日の夕方。

 ルナたちは西の要衝、城塞都市ラークヒルに到着した。


 ラークヒルは二重の防壁に囲まれた都市である。

 内側は帝国様式の標準城塞都市だが、その一キメル外側に簡単な堀と土手、木製の防護柵で構成される簡易な防壁が築かれている。

 これはこの街の歴史に関係していた。


 ラークヒルは元々西部域の一都市に過ぎなかった。

 三百年ほど前のトリア歴二七〇一年にルークス聖王国が成立したため、帝国の西の要衝になる。そのため、要塞化が進められたが、当時は既に土属性魔法を使える魔法兵の数が少なく、人力によって防壁を作る必要があり、今の形となっている。


 防壁の間にも街が広がっているように見えるが、ほとんどが駐留する軍団の兵舎だ。数万人にも及ぶ兵士が比較的頻繁に駐留するため、恒常的な兵舎が作られたのだ。また、兵士たちのための歓楽街も併設されている。

 この他に、練兵場や馬の放牧場も用意されている。


 城塞都市は派遣軍の司令部が設置される城と西部域を統括する行政庁が多い。また、商店もあるが、それらは軍との関係が強く、ラークヒルに純粋な民間人は少ない。


 ルークス聖王国軍が近づいているため、第一の城門で厳重なチェックを受けた。

 問題ないことが確認できると、兵士たちの態度が軟化する。


「凄い馬ですね。さすがはロックハート家だ」


 有名なロックハート家の者たちであり、若いとはいえレベル五十を超える猛者たちが援軍に来てくれたことで歓迎ムードに変わったのだ。


 第一の城門をくぐり、第二の城門に向かう。

 ここでも厳重なチェックを受けるが、子爵家の関係者であり、更に第四軍団長であるレドナップ伯と旧知の間柄ということが知れ渡っていたことから、短時間で城塞都市に入ることができた。


「思った以上に厳しいチェックだったね」とセオがルナに話しかける。


「そうね。この調子だとレドナップ伯爵様に会うだけでも大変そう」


 彼らは宿ではなく、第四軍団の司令部に向かっていた。可能な限り早くにアポイントメントを取っておきたいと考えたためだ。


 第四軍団の司令部は行政庁街の中にあるラークヒル城に設置されている。そのため、レドナップ伯と面会するためには城に入る必要があった。

 ルナもそうだが、セオたちもロックハート子爵家の者であるものの、帝国政府や軍とは全く関係がない。帝都やエザリントン市であれば、貴族としてあいさつに来たといえば面会自体は難しくないが、さすがに敵が迫る最前線の地で、現在最高司令官でもある伯爵に会うには理由が弱すぎる。

 ルナたちは城門の手前でどうすべきか相談を始めた。


「ザック兄様ならすぐにでも会ってもらえたんだろうけど、私たちじゃ難しいそうね」とセラフィーヌが零す。


 そこでルナが話し始めた。


「人馬族の情報を持ってきたということにすればどうかしら? ネザートンの代官に依頼しているのだし、セオ君たちが人馬族と懇意っていうのは知っているんでしょ。それに実際、人馬族に関する情報を持ってきたのだから、嘘ではないわ」


「そうだね。それでいってみようか」


 セオは城門に近づき、門の警備責任者らしき騎士に話しかけた。


「ロックハート子爵家の三男セオフィラス・ロックハートです。レドナップ伯爵閣下に人馬族の情報を持って参りました。一刻を争う情報です。大至急、取次ぎをお願いします」


 騎士はオーブで本人であることを確認すると、


「どのような情報ですかな。概略だけでも教えていただけまいか」


「極秘情報です。本来なら上層部の方だけにしかお伝えできないのですが……」と断りながら騎士に近づき、耳元で囁くように話していく。


「……人馬族が自主的に動きます。既にこちらに向かっているはずですが、この情報が広がると混乱を招きますから、上層部の方以外、誰にも話さないでください」


 騎士は「まさか! 人馬族は今までに……」と言いかける。


「それ以上は口にしないで!」とセオが鋭く言うと、騎士は慌てて「失礼した! すぐに閣下に取り次ぐので、馬を預けてここでお待ちいただきたい」といって頭を下げて走り去った。


 五分ほどで騎士が戻ってくる。


「すぐにお会いになられるそうです。私についてきてください」


 そう言うと急ぎ足で城の中に向かった。

 城の中に入ると、一応面識のある人物が待っていた。セオたちとほぼ同じくらいの年齢で、副官の徽章を付けている。表情は硬く緊張した面持ちだ。


「ご無沙汰しております、リュシアン様。マサイアス・ロックハートの三男セオフィラスにございます」


 リュシアン・エザリントンの前で片膝を突き、大きく頭を垂れる。その動きにセラたちも合わせるが、ライアンとイオネはあたふたとしながら同じように片膝を突いて頭を下げる。

 リュシアンは現宰相アレクシス・エザリントン公爵の次男で二十歳になったばかりだ。帝都の高等学術院を卒業した後、第四軍団で軍団長付きの副官の任に就いている。副官といっても第二副官と呼ばれる補佐役にすぎない。


 リュシアンは「久しいな」と言った後、「人馬族の話と聞いたが、真か?」と聞く。


「はい。この場では話しづらいことですので、閣下に直接お話したいのですが」


 セオが真直ぐに見つめると、リュシアンはその気迫に気圧され、「分かっている」といった後、門から案内してきた騎士に「ここからは私が案内する」といって歩き始めた。


 リュシアンに先導される形で上層階に上がっていく。

 一番後ろにいるライアンが小声でルナに「誰なんだ」と聞いているが、「後で教えてあげるから、静かにしなさい」と言われて肩を竦めていた。


 四階まで上がり、奥の部屋に案内される。

 部屋の前には鎧を身に纏った兵士が二人歩哨として立ち、軍人には見えないルナたちを胡乱気な表情で見つめている。


「少し待っていてくれ」とリュシアンはいい、中に入っていった。


 部屋の前で待っている間にルナが「あの方は今の宰相閣下、エザリントン公爵様のご次男、リュシアン・エザリントン様よ」と小声で教える。


「宰相の次男!」とライアンは思わず声を上げてしまう。


 ルナに「静かに」と言われ、慌てて口を押さえる。歩哨たちがギロリと睨むが、予想以上に大物であったことから目を丸くしている。


 その直後、リュシアンが現れる。


「閣下のお許しが出た。すぐに中に入ってくれ」といって扉の中を指し示す。


「武器はどうしましょうか」とセオが確認すると、


「そのままでいいそうだ。気になるなら、中の兵士に渡してくれたらいい」


 部屋に入ると、壮年の男性が二人の武人と護衛らしき兵士三人を従えて待っていた。

 壮年の男が立ち上がり、セオに近づく。


「セオフィラスだったな。昔の面影が残っておる」


 アドルフ・レドナップ伯はそう言って右手を差し出した。セオはその手を取りながら、


「ご無沙汰しております。レドナップ閣下」


「七年振りか。公爵閣下が宰相になられる前だったな」


「はい。父の子爵陞爵のおりにはお世話になりました」


 更にセラとルナにも声を掛けると、二人の武人を説明する。


「こちらはラークヒル連隊の連隊長、ルーサー・ランズウィック殿だ。ここラークヒルの代官も務めておる」


 そこでガッシリとした体格で立派な髭を蓄えた武人が小さく会釈する。

 そして、もう一人は三十歳くらいの比較的若い武人だが、落ち着いた雰囲気を持っていた。


「そして、こいつは第四軍団の副軍団長、カルヴィン・レドナップだ。名前から分かる通り、私の息子だ」


 紹介が終わったところでセオ、セラ、ルナの三人に椅子を勧める。ライル・マーロンら三人とライアンとイオネは従者ということで後ろに立つ。


「さて、人馬族の情報を持ってきたということだが、詳しく聞かせてもらおうか」


 そこでセオが小さく会釈をしてから話し始めた。


「最初にお断りしておきます。私たちは数日前まで人馬族のソレル族と行動を共にしておりました。そして、今から話すことはすべて私の目で見たことでございます」


「うむ。そなたらが人馬族と行動を共にしておることは聞いておる。今から突拍子もないことを言うからそのつもりで聞けということだな」


 セオは小さく頷くと、再び話し始めた。


「人馬族は遊牧民たちと共にこちらに向かってきます。正確な兵力は不明ですが、数万単位になることは間違いないでしょう」


「数万だと……」とカルヴィンが呟く。


「ですが、帝国軍に味方するわけではありません。今回の戦いを止めるために介入するつもりです」


「戦争を止めるために介入だと。信じられん」とランズウィックが唸るように呟くが、レドナップは小さく頷き、先を促した。


「人馬族を指揮する人物はペリクリトルの戦いで名を上げた“白き軍師”ことレイ・アークライト殿です。人馬族は彼のことを“白き王”と呼び、絶対的な忠誠を誓っておりました」


 そこでレドナップが初めて口を挟んだ。


「人馬族が絶対的な忠誠を誓ったというのは真か? ルークスの侵攻などよりこちらの方が重大だぞ」


「先ほども申し上げた通り、私はその場に立ち会っておりました。人馬族の指導的な立場にあるソレル族の族長リーヴァ・ソレル殿が前脚を折って平伏し、涙を流して忠誠を誓う姿を見ております」


 その言葉にレドナップら三人は言葉を失う。


「レイ・アークライト殿は今回の戦争を止めるべく、人馬族と草原の民に助力を願い出ました。リーヴァ殿は即座に了承され、白き王の降臨と両国の仲裁のための進軍要請のため、すべての氏族に使者を送りました。私がソレル族の野営地を後にする時、既にいくつかの氏族がその要請に従ってアークライト殿の下にはせ参じております」


 そこでカルヴィンが疑問を口にした。


「アークライトなる人物だが、魔族との戦いで名を上げたことは知っている。しかし、ラクス王国の傭兵であり、帝国や聖王国とは関係がないと聞いているが、なぜ介入するのか、その理由は知っているか?」


「アークライト殿ですが、帝国とは関係はありませんが、聖王国とはいささか関係がございます。といっても光神教が一方的に絡んでいるだけのようですが」


「光神教が一方的に絡む?」


「はい。恐らくここにも情報が入っていると思いますが、ルークスでは“光の神(ルキドゥス)の現し身”が降臨し、自分たちを導くという話が出ています。その現し身と共に帝国に侵攻し、光神教の教えを世界に広めると。そのルキドゥスの現し身こそが、アークライト殿のことなのです。もっとも、これは光神教が勝手に言っていることで、アークライト殿はあずかり知らぬことですが」


「それでアークライトなる者が戦いに介入する理由はどうなのだ?」とカルヴィンが重ねて聞いてくる。


「アークライト殿は光神教のやり方に強い不満を持っております。一部の聖職者たちが純朴な信徒から搾取し、更に神の名を勝手に騙って戦いを起こすことに憤りを感じているのです。一方でルークスの民たちには同情的です。ペリクリトル攻防戦ではルークスの農民兵が参加しておりますが、彼はその待遇に同情し、光神教の司教に待遇改善を要求しておりました。このことは多くの物語になっておりますのでご存知かと思いますが」


 そこでレドナップが話を引き取る。


「つまりアークライトは自分の名を使って戦争を起こすルークスの上層部に憤りを感じているが、動員された農民兵たちには同情的だから、戦いが起きないように介入するということか。白き軍師は戦死者を悼んで涙したと詩人たちは歌っておるが、仁の心を持っておるということか」


「はい。実際に会った印象ですが、勝利のためには手段を選ばぬ冷厳な策士ではなく、人間味のある人物だと感じました。その彼が今回の戦争に憤り、今回得た力を使うつもりでいます」


 セオの言葉にレドナップは頷くが、


「それで我らにどうしろと言いたいのだ?」


 そう言って鋭い眼光でセオを睨んだ。

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