第三十二話「商隊」
翌朝、レイとアシュレイの二人は傭兵ギルドと冒険者ギルドに行き、レザムからモルトンに戻る依頼を探していた。
だが、傭兵ギルドにも、冒険者ギルドにも条件に合うものが無く、二人は行きの護衛をしたオービルの護衛をするか、依頼を受けずにそのままモルトンに帰るか相談していた。
レイは「意外とないんだね。どうする?」とアシュレイに聞くと、彼女もどうすべきか判断に困ったように、
「そうだな。特に急ぐことも無ければ、帰りもオービル殿の護衛をすればいいと思うが……」
レイは金銭的に余裕があり、
(今で大体一万三千C、一千三百万円くらい持っているし、最初から持っていたあの金貨も二十枚ほどある。百C金貨より五百Cの大金貨に近い大きさだから、これだけでも一万Cくらいになるかもしれない。それなら、のんびり帰ってもいいかもしれない……でも、この金貨、アッシュも知らないって言っていたから、緊急時しか使えないんだろうけど……)
「オービルさんも帰りは野営をしないんだろ。それなら、のんびり旅行気分で帰るのもいいかもしれないね」
アシュレイも金銭的に余裕があるため、レイの提案に乗った。ロッシュたちに声を掛け、レザムの街を午前九時過ぎに出発した。
出発するにはやや遅い時間だったが、目的地のブリーマーは約三十km。騎乗の二人にとっては遠乗り気分で移動できる距離だ。
天気がよく、昨日はあれほどざわついていた森も、普段どおり静かで二人は鼻歌が出そうなほどのんびりと、街道を進んでいく。
レザムからブリーマーの間は、道の両側が牧草地になっており、羊や牛が放牧されている緩やかな丘が続いている。その牧歌的な丘に囲まれた街道を進むため、森の中に比べると、危険は少なかった。
途中の小さな集落で食事を取ると、のんびりと馬を進めていく。
何事もなく、午後四時くらいにブリーマー村に到着した。
だが、村は昨日通った時と比べ、殺伐とした雰囲気が漂っていた。
レイとアシュレイは何事かと思うが、事情を聞けそうな人が見付からない。
宿屋兼食堂に入ると、商人とその護衛が大勢たむろしていた。
アシュレイは知り合いの傭兵を見つけ、何があったのか聞いていく。
その傭兵の話では、ブリーマーからバラスターの間の森でいつも以上に魔物が出るため、明日の朝、ここにいる商人たちが商隊を組むことになったとのことだった。
宿屋は三軒しかなく、三軒とも回ってみたが、すべてが満室になっていた。
レイはベテランのアシュレイに「こういう時はどうするんだい?」と尋ねる。
「部屋を譲ってもらうか、どこか民家に泊めてもらうか、それとも納屋のような小屋を借りるか……この季節でこの天候なら、最悪、野宿という手もあるな」
「部屋を譲ってもらうのが一番だね。この中で一番護衛の少ない商人は誰なんだろう?」
レイは何か思いついたことがあるようで、キョロキョロと食堂内を見回している。
アシュレイは彼が何を考えているのか判らず、「どうするつもりだ?」と聞く。
「ああ、明日の商隊の護衛に僕たちも加えてもらおうと思ってね。報酬は二人分の宿泊費。どうせ、明日はバラスターに向かうつもりだったんだから、護衛をしながらでも問題ないし、逆に人数が多い方が安全だと思ったんだけど……変かな?」
「いや、問題ない。なら、私が交渉してこよう。お前より私の方が傭兵の階級は上だし、ある程度名前が通っている」
アシュレイはそう言うと商人たちに向かって歩いていった。
数人の商人と話をすると、一人部屋だが一部屋を譲り、食費も負担してくれるという商人を見つけた。
二人はその条件で護衛を引き受けた。
夕食の時間になると、更に人が増えていた。
どうやら早い時間に宿にいたのは、昨日レザムを出発し、今日ブリーマーからバラスターに向かった組と、今日レザムから一気にバラスターまで行こうとしていた組で、途中で引き返してきた者たちだった。
そこに今日レザムを出発してきた商人たちが加わってきたため、いつもの倍以上の人数になっていた。
このため、村の宿の収容人数を遥かにオーバーし、食事ですら食堂内の椅子が足りず、カウンターに立ってとるものもいた。
二人は早めに部屋を確保できたことに安堵していた。
「もう少し遅かったら、交渉しても無理だったかもしれないね。運が良かった」
二人は一つしかない狭いベッドに抱き合いながら、寝ることになった。
「二つ寝台があってもこうやって寝るなら、銀鈴亭でも一人部屋でいいかもしれないな。そう思わないか、レイ?」
彼はアシュレイが冗談をいっているのか、本気なのか判断が付かず、曖昧に笑っていたが、すぐに彼女を求め、そんなことは意識の片隅にも残らなかった。
翌朝、商人たちの出発の準備の音で、二人は夜明け前に目を覚ました。
アシュレイは眠い目を擦りながら、これほど早い時間に出発の準備をする理由を考えていた。バラスターまでは途中の山道が険しいとはいえ、僅か二十五kmしか離れていない。
魔物の襲撃を警戒するため、商隊を組むなら、早朝から準備を始める必要はない。
「なぜこんなに早く準備をするのだ? いや、ともかく急いで準備をするべきだな」
アシュレイは状況を確認するためにも、早く準備をするべきだと、早々に準備を始める。まだ寝ぼけていたレイも、その言葉に慌てて準備を始める。
装備を整えて、食堂に向かうと、そこには大勢の商人、護衛たちが食事を取っていた。
二人も食事を食べながら、この慌しい状況について情報収集を始める。
同じテーブルに座っている三十代の商人に、
「我々は急に護衛をすることになったのだが、このように早く出発するとは聞いていない。もし、事情をご存知なら教えていただけないだろうか?」
「昨夜遅くに商業ギルドからの伝令があってな。レザムの守備隊が到着次第、このブリーマー村からバラスター村の間の街道は封鎖されるそうなんだ。何でも盗賊団だか何だかがこの辺りを徘徊しているから、レザムとモルトンの守備隊が合同で山狩りをするんだそうだ。だから、こっちは守備隊が来る前にバラスターに向けて、出発してしまおうって算段なわけだ」
「大丈夫なんですか? 守備隊が合同で狩り出すほどの盗賊団がいるんですよ!」
レイは驚いて、そう聞くが、
「何でも五十人くらいの集団なんだそうだが、こっちにも護衛が三十人以上いる。これだけの護衛に向かってくる盗賊は少ないはずだ。普通ならもっと護衛の少ない商隊を狙うからな」
レイは釈然としないものの、アシュレイの意見を聞くことにした。
「アッシュはどう思う?」
「そうだな。危険な気がするが、商人たちの全員の総意なら、行かざるを得ないだろうな。昨日、ここに部屋を取るために契約したのだから」
二人は準備を整えた後、馬を引いて、集合場所である村の広場に向かった。
薄暗い広場には、二十台以上の荷馬車と三十人以上の護衛の傭兵がいた。
傭兵たちは一箇所に集まり、これからの護衛のやり方を話し合っていた。
ベテランらしい長剣を腰に吊るした男が、場を取り仕切っていた。
「みんな聞いてくれ! 俺はレザムのガッド、四級のガッド・フィンクだ! 顧客たちがバラスターまでの移動を強行することは聞いているな。護衛の数は俺が把握しているだけで三十六人。誰かが頭をやらなきゃならねぇことは判るな! とりあえず俺が仕切るが、文句がある奴はここで言ってくれ!」
ガッドという男が周りを見渡すが、誰からも声は上がらなかった。
「よし! じゃ、すまねぇが、バラスターまでは俺が隊長だ! 荷馬車の数は全部で二十五台。全部並べば二百mくらいの大行列になっちまう。そこで五台ごとにチームを組む。既に商人側でチームを決めているはずだ。基本的には依頼主の荷馬車に付くことになるが、チームごとにリーダーを決めてくれ! 時間が掛かるから”級”と”レベル”の高い奴が頭になってくれ! 判ったな! それじゃ、リーダーが決まったら俺のところに来てくれ」
レイとアシュレイは自分たちが護衛を行う商人のところに向かう。彼らは二組に入り、アシュレイが五級で剣術士レベル四十二ということでリーダーになった。
アシュレイがガッドのところに行き、レイは二組の護衛たちを見回していた。
(僕とアッシュを含めて、八人か……剣術士が五人に槍術士が三人、弓術士がいないのが痛いな……剣術士のうち、二人は僕と同じ年くらい。どの程度使えるのか判らないけど、実戦経験はあるだろうし……)
六人に挨拶に行くと、全員、レザムのギルドに所属する傭兵で、十代後半から二十代半ばと言ったかなり若い人員構成だと判る。
(ベテランがいない。アッシュが一番のベテランだけど……どうしてこんなに若いんだろう? 僕が言うのも変だけど……)
十分ほどでアシュレイが戻ってきた。
「みんな聞いてくれ! とりあえず決まったことを伝える。出発後は最も足の遅い荷馬車に速度を合わせる。先頭にそいつがいるから、気にする必要はないが、間を空けたくないから、護衛が伝令になって速度を調整して欲しいそうだ。それから、盗賊や魔物が出たときの対応だ」
盗賊、魔物と聞き、全員の視線が厳しくなる。
「敵の数を見て、前後の班から増援を出す。基本的には三つの班の護衛で対応する方針だ。私が合図をしたら、応援に向かってほしい。だが、深追いは厳禁だ」
全員が頷いたところで、「馬を持っていないものはいるか」と最後の確認をする。
二人の獣人が手を上げた。
二人は虎か山猫系の獣人で、双子なのか、そっくりな顔をしている。
「二人は荷馬車に分乗してくれ。増援には向かってもらうが、馬車はそのまま進んでいく。手間取ったら、追いつくために走らなくてはならない。問題は?」
二人の獣人は互いを見ることも無く、黙って頷く。
「それでは私とレイが先頭に立つ、獣人の二人は四台目と五台目の荷馬車に乗ってくれ。他は最後尾に六級の二人、三台目と四台目の間に七級の二人が付いてくれ」
アシュレイの指示で六人の傭兵たちはそれぞれの持ち場に向かっていく。
(やっぱり慣れているな、アッシュは。それにしても傭兵の印象が変わるな。訓練場でも思ったけど、傭兵と言っても本当に兵士なんだ。きちんと訓練はやるし、命令にもしっかり従う。どうも物語の傭兵のイメージが強すぎるみたいだ……)
そんなことを考えていると、アシュレイに怒鳴られる。
「レイ、グズグズするな。お前だけだぞ、騎乗していないのは!」
レイは「ごめん」と謝り、ひらりと馬に跨って、アシュレイの横に並ぶ。
(レザムの宿のベッドで、あたふたした面影は全く無いな。本当に兵士なんだな)
すべての準備が整い、曙光の中、二十五台の商隊はブリーマーの村を出発していった。
ブリーマーからバラスターへの街道は、途中に峠があり、深い森の中を進むことになる。
村を出るとすぐに上り坂になり、深い森に入ると、朝日が木々を通して差込み、新緑の葉がきらきらと光る。
まだ気温は低く、馬たちの吐く息が白い煙のように吹き上がっていた。
レイは「アッシュ、聞いていいか?」と言って、彼女の馬に近づいていく。
アシュレイは「なんだ?」と不思議そうに彼を見る。
「盗賊団って、出てくると思うかい? それに昨日、魔物が多かったって言っていたけど、その盗賊団と関係があるのかな?」
「どうだろうな。五十人もの武装した集団が森に入れば、魔物や獣がいつもと違った行動に出ることはよくある。騎士団や守備隊が訓練で森に入ると、同じように魔物たちがざわめく。今回もそれに似た話だろう」
「もしかしたら、一昨日、僕たちが森狼に襲われたのもその影響かも知れないってこと?」
少し考えたアシュレイが、
「ありうる話だな。もっと気になる話がある……盗賊団というか、その武装集団がなぜこんなところにいるのかという話だ。この街道はサルトゥースの王都ラウルスからラクスの王都フォンスに向かう主要街道ではある。だが、この辺りは険しい森で村も街道沿いにあるだけだ。つまり潜伏するには不向きな土地なのだ。大人数の盗賊団なら、もっとフォンスに近い土地の方が活動しやすいはず……」
彼女は兵士として、武装集団の行動に疑問を持っていた。素人であるレイには、彼女の言っている意味がよく判らない。
「フォンスに近いと警戒が厳しいから、こっちに来たとか?」
「それはないな。確かに警戒は厳しくなるが、街道すべてを警戒するわけにはいかない。森もここよりは深くないとはいえ、十分に険しい森だ。それに森の中に小さな村が点在し、脇街道が多くある。人数が多いなら、ここのように街道が一本だけで、あとは獣道というところより、余程活動しやすいはずなのだ」
「そうなると、この商隊を襲ってくる可能性は少ないってこと?」
「どうだろうな。そいつらがどの程度困窮しているかで変わってくる。普通に考えれば、襲い掛かることは無いのだろうが……」
レイはここでやや声を潜め、
「ところで同じ班の護衛って当てになると思う?」
アシュレイは少し考えた後、
「正直な話、私とレイ、最後尾の二人は当てに出来る。残りの四人はあまり当てにしない方がいいと思っている。まあ、戦は数だからな。武器を持った兵がいればそれだけで抑止力になる。それを期待するしか……」
レイは”やっぱりそう考えているんだ”と思った後、
「判った。アッシュ、僕は当てにしてくれ。絶対に守ってみせるから」
その言葉にアシュレイが目を見開き、顔が真っ赤になっていく。
「わ、判った。当てに、当てにさせてもらう。私も全力でお前を守ってみせる」
徐々に森が深くなり、二人も警戒を強めていった。




