第三十一話「依頼達成」
ロッシュは商人、馬などの被害状況を確認し、護衛以外に被害が無かったことに安堵していた。
護衛の被害も一番酷いケガを負ったのは自分で、それでも歩けないほどの傷ではなかった。ウーゴ、ヴィエリもかすり傷とは言えないが、行動に支障はないため、このままレザムの街に向かうことが可能だった。
そのことをオービルに伝えると、
「このまま、レザムの街に向かう。荷馬車が動けるようになり次第、出発する」
その言葉に商人たちは荷物をまとめ、移動の準備を始める。
レイはアシュレイの無事な姿を見て、ホッとしていたが、彼女を助けにいけなかったことが悔しく、落ち込んだ表情をしていた。
「良かった。囲まれているのが見えたから、助けに行こうと思ったんだけど……ごめん。結局いけなかった……」
アシュレイは特に気にする様子もなく、落ち込んでいる彼を慰める。
「気にするな。最後の奴は群れのリーダーだった。お前が倒したから、他の狼たちは逃げていったのだ。だから、結果的には助けてくれたことになっている」
アシュレイにケガがないことを確認したレイは、血を流すロッシュに治癒魔法を掛けられると提案した。
ただの戦士だと思っていたレイが治癒魔法を使えると聞き、ロッシュは驚くが、すぐに治療を依頼する。
その後、ウーゴ、ヴィエリにも治癒魔法を掛けていった。
ウーゴもヴィエリも驚き、声を失っていた。
治療が終わったところで、オービルの出発の合図が掛かった。
時刻は予定出発時間の夜明け直後――午前六時前頃――を過ぎていた。血の臭いで他の魔物や獣たちが寄ってくることを恐れ、朝食も取らずに急いでその場を出発した。
野営地からはすぐに峠道に入るため、急峻な坂を上ることになる。
森の中を走る街道にも時折、獣の鳴き声が届き、その度に護衛たちは警戒を強めていく。
森の様子がおかしいため、馬たちの疲労を無視し、峠道をひたすら進んでいった。
二時間ほどで上り坂も終わり、峠の頂点に出たが、小休止することなく、馬を進めていく。馬と人の疲労がピークに達するかと思われたとき、前方に小さな村が見えてきた。
野営地を出発して約四時間、午前十時頃、無事にブリーマーの村に到着した。
朝食を馬上での携行食で済ませたため、空腹ではなかったが、疲労が溜まっている一行は一時間の小休止を取る。
安全な村の中ということもあり、張り詰めていた護衛たちの表情もようやく緩んだ。
そして、水を飲み、一息ついたところで、ロッシュを始め、護衛の面々がレイに声を掛けてきた。
ロッシュがレイの肩を叩きながら、
「凄いな、お前は。さすがにセロンに勝った男だけのことはある。森狼を一撃ずつで無力化していくなんて初めて見たぞ。それに治癒の魔法まで使えるとは……アシュレイ、お前凄い男を引っ掛けたな」
アシュレイが「”引っ掛けた”はないだろう」と笑いながら、抗議の声を上げる。
すぐにカルディナが、
「本当に凄かったわ。槍の使い方も普通とはちょっと違うし……それにしても凄い槍ね。ちょっと持ってもいい?」
同じ槍術士として、彼の槍に興味があったようだ。
レイは「無茶苦茶重いから気を付けて」といって、自分の槍を渡すが、カルディナはその想像以上の重さに尻餅をついてしまった。
「何て重さなの! これをあんな風に……」
目を丸くして驚くカルディナに、レイは頭を掻きながら、
「どうも軽量化の魔法が掛けてあるみたいなんだ。それも僕専用の……僕が持つと普通の槍、カルディナさんの槍と同じくらいだと思う」
その言葉にアシュレイ以外の全員が言葉を失う。
魔法が掛けられた武具は非常に高価で、腕の立つ騎士や二級以上の冒険者や傭兵が稀に持つ程度だ。
六級の彼らでは、見たことすらない。
ヴィエリがボソリと「あなた、何者なの?」と口に出すと、アシュレイがレイに代わり答える。
「レイは突然森に現れた。記憶がなく、ちょっと常識外れだが、ごく普通の男だ」
ヴィエリは憮然とした表情のアシュレイに対し、慌てて謝罪する。
「ごめん、そういう意味で言ったわけじゃないの。だって、魔法が掛けられた槍を持って、光の魔法まで使えるのよ。ルークスの聖騎士って言われたら、すぐに信じるわよ、普通」
険悪な雰囲気になることを嫌ったレイは、「普通はそう思うよね」と、アシュレイから話を引き取り、
「でも、多分聖騎士じゃないと思う。この鎧にある紋章も聖騎士のものとは違うそうだし、第一、光神教は好きじゃないから……」
彼がアザロ司教を告発した話はすぐに噂になり、小さな街であるモルトンではほとんどの者が翌日には知っていた。
ロッシュたちも宿や酒場でその噂を聞き、特に獣人であるヴィエリとカルディナは、二人で喝采を上げていたくらいだ。
ヴィエリはにこりと笑いながら、
「判ったわ。あなたが光神教を嫌いなのは知っているし、あの狂ったアザロを破滅に追い込んでくれたことには感謝しているわ」
小休止の時間が終わり、再び騎乗した彼らは、一路レザムの街に向かう。
ブリーマーの村を出ると、再び深い森に入り、護衛たちは警戒を強めていく。
ロッシュは森の様子に違和感を覚えていた。
(さっきの峠もそうだったが、森がいつもより騒がしい気がするな。森狼のこともそうだが、森の中に何かいるのか? それとも騎士団が訓練でも……いや、そんな情報は無かった。気になるな……)
ロッシュだけでなく、レイ以外の傭兵たちは皆同じ事を思っていた。
彼らはこの街道での護衛を数多くこなしており、いつもと何かが違う、どこか森がざわついていると、野営地を出た直後から常に感じていた。
傭兵たちが警戒していたことが、功を奏したのか、レザムの街に午後六時に無事、到着した。
依頼主のオービルから依頼完了のサインを貰い、傭兵たちはレザムの街の傭兵ギルドに向かった。
レザムの街の傭兵ギルドもモルトンの街とほとんど同じで、午後六時と遅い時間であるため、受付は空いていた。
六人は完了報告を済ませると、報酬である半金貨一枚――五十C――を受け取り、翌日の戻りの依頼を探していく。
さすがにこの時間になると、翌朝からの依頼はほぼなくなっていた。
「あまり無いね。どうする?」
どうしていいのか判らないレイは、アシュレイにそう声を掛ける。
「仕方が無いな。明日もう一度来よう。急いで戻る理由も無いからな」
二人は諦めて傭兵ギルドを出て行く。
宿を探そうとした時、ロッシュが声を掛けてきた。
「宿を探すんだろ? いいところがあるから、一緒に行かないか?」
何度も今回のような護衛をやっているロッシュは、常宿にしている宿屋があるようで、二人も彼についていくことにした。
後ろを見ると、ウーゴだけでなく、ヴィエリ、カルディナの姉妹も一緒に歩いていた。彼女たちも同じ宿が目当てのようだ。
五分ほど歩くと、木造二階建ての小さな宿屋に到着した。
下は食堂兼酒場になっているおなじみのスタイルで、二階に宿泊できるようだ。
宿の看板には、大きな黄色い鱒の絵が描かれていた。
六人はその「金の鱒」亭に入っていく。
「部屋は空いているか?」
ロッシュが入ってすぐにそう声を掛けると、四十代後半くらいで強面の男――がっしりとした体格の背の低い男――が出てきた。
「おう、ロッシュか。久しぶりだな。おっ、珍しく大勢じゃねぇか。で、何部屋いるんだ?」
その男――金の鱒亭の主人のギャビン――は、六人を見渡しそういってきた。
ロッシュが「レイとアシュレイは一部屋でいいな」と聞いてくるが、二人の答えも聞かずに、
「一人部屋と二人部屋を二部屋ずつだ。どうせ、いつも暇な宿だ、空いているんだろ?」
「うるせぇ。確かに空いているがな。そっちの二人は初めてだな。二人部屋なら二食付きで、一人五Cだ。飯なしなら四Cでいい」
ロッシュが割り込み、
「飯は付けとけよ。こいつは面は悪いが、料理はうめぇ。この面じゃなきゃ、もっと繁盛してるはずなんだ」
「いちいちうるせぇんだよ。で、どうする?」
レイとアシュレイは顔を見合わせ、食事付きで宿泊することにした。
時間も遅く、既に午後七時を過ぎていたため、荷物を部屋に入れると装備もそのままに食堂に下りていった。
食堂は四人掛けのテーブルが十卓ほどで、空いているのは三卓しかなかった。
そのうちの二つに六人で陣取り、食事と共に酒を頼む。すぐに酒――エールと白ワイン――がテーブルに届くと、ロッシュが乾杯の音頭を取る。
「ちょっとトラブったが、無事に達成できた。昨夜から碌なもん食ってないから、楽しく食って飲もうぜ。乾杯!」
レイは傭兵たちの打ち上げというものに初めて参加したため、面食らっている。
大人数での飲み会自体、セロンとの決闘の後の祝勝会が初めてであったが、あの時はすぐに潰されてしまったため、あまり記憶に残っていない。
(命懸けの仕事だから、こういう打ち上げが必要なのかな? よく判らないけど、何かみんな楽しそうだ……)
飲み始めるとすぐに料理が出てきはじめた。
宿の名の通り、鱒料理がメインになり、バターを使って香ばしく焼いたポワレや軽く燻製したものにビネガーを振ったサラダなど、ロッシュの言うとおり、非常に質の高い料理が彼らの舌を満足させていく。
酒も近くに産地があるのか、思ったより安く、ジョッキのエールが一杯で銅貨二枚、二十eだった。
一時間ほどで食欲の方は満足し、皆、飲む方が主となっていった。
特に酒好きなのか、ロッシュはエールとワインを交互に頼み、かなり酔っていた。
彼は「今日は助かったぜ、レイ」とレイの肩をバシンと叩きながら、隣の席に座る。
「しかし、お前は強ぇな。昔のことは覚えてねぇそうだが、今のレベルはいくつなんだ?」
レイは狼との戦いの後、自分のレベルを確認していないことを思い出し、その場で確認した。
「えっと……レベルは二十三だ……上がっている」
「二十三? 嘘だろう?」
ロッシュは自分より遥かに低いレベルに首をかしげている。
レイはそれに答えるでもなく、別のことに驚き「あっ!」と声を上げる。彼の驚きの声に周りが一瞬静かになる。
レイは周りの雰囲気を察することも無く、「スキルが……スキルが確認できる……」と呟いていた。
その言葉にアシュレイだけが反応し、「いくつなのだ? 槍術は……」と聞くが、他の四人は何のことか判らないという顔をしている。
「槍術三十九……剣術はまだ判らない……」
「三十九か……妥当な数字だな」
話の見えないロッシュが、「何の話だ?」と聞いてきたため、レイは「あまり他の人には話して欲しくないんですが」と断った上で、自分のことを説明していった。
「一ヶ月より前の記憶が無いんです。登録の時にスキルもギルドで調べてもらったんですが、変な表示しか出なくて……」
彼はレベルの話はせず、スキルの話だけを四人に伝える。
(レベルのことは話せないよな。僅か一ヶ月でレベル一から二十三になったなんて……)
四人は槍術士のレベルとスキルの槍術の差が大きいことに驚いていた。
ロッシュが代表して、その驚きを言葉に出していた。
「普通ありえんだろう! レベルとスキルはほとんど同じというのが常識だ……違うな……槍術士の職業レベルが低すぎるんだ。二十三なんて……」
深刻そうな雰囲気になり始めた時、ヴィエリが笑いながら場の雰囲気を戻そうと、
「あの動きなら私の剣術スキル二十八を超えているはずだもの。レベルがおかしいのよ。まあ、そんなこと、どうでもいいじゃない。飲みましょ」
皆もその気遣いに気付き、すぐにもとの雰囲気に戻っていた。
六人は酒を飲み始めるが、アシュレイはレイのスキルについて、考えていた。
(槍術三十九か……そうだろうな。ほとんど私と互角。いや、あの槍、アルブムコルヌの性能を考えれば、私の方が不利だろう……しかし、今になって見えるようになるというのは……もしかしたら、元の体の持ち主のレベルがそのくらいだったのか? だから、経験を積み、体が思い出すことで元の技量に戻り、数値が確認できるようになった。剣術が判らないのは剣をあまり使ってないからではないのか……他のスキルも……それにしても元の体の持ち主はどのような経歴なのだろうか。私より明らかに年下、五歳は下だろう。五年前の私でもレベル三十には、なっていなかったはず。どれだけの訓練と経験を積めば、あの若さでそこまでいくのだろうか……)
レイはアシュレイが自分のことを考えていると判っていたが、彼自身はそれほど気にしていなかった。
(レベル二十三か……まだ、ベテランというには程遠いけど、カルディナさんくらいのレベル――レベル二十五――には、なっているってことだ。まだ、傭兵は九級、冒険者でも七級だけど、実力的には六級クラス。一人前って言われるレベルなんだから、アッシュの横にいる資格はあるはず……)
その後、ヴィエリとカルディナから、誘いが掛かる。
「レイはアシュレイとコンビを続けるの? 二人じゃなくて、四人で組まない?」
かなり酔っているヴィエリが、しなだれかかるようにレイにそう言ってきた。
「そうよ。お姉ちゃんと私がいれば、斥候も出来るし、夜もある程度、目が見えるから、役に立つわよ」
カルディナも姉の言葉に歩調を合わせる。
レイは自分が誘われていることが信じられない。
自分では一人前と同じくらいになれたかなと思っていても、所詮駆け出し。この二日間でも基本的なことは、アシュレイだけでなく、他のメンバーに聞きまくっていたので、なぜ自分に声を掛けてくるのか、信じられなかったのだ。
「僕なんか、まだ駆け出しもいいところですよ。確かにアッシュがいっしょなら、多少のことはできるけど……絶対に迷惑を掛けますよ」
少し目が据わっているヴィエリは笑いながら、
「何言ってるの。今朝だってレイがいなけりゃ、何人か死んでいたわよ。それに治癒の魔法を使える仲間なんて、無茶苦茶貴重なの。少々、経験が無くても全然問題ないわよ」
バシバシと肩を叩かれながら、そう言われるが、酔っ払いの戯言にしか聞こえない。
彼は困った顔でアシュレイを見るが、
「そうだな。レイは自分の価値を判っていない。それだけの腕とあれだけの魔法……いや、あれだけの治癒が使えれば、ベテランクラスと組んでも遜色は無いのだ。実際、私のいた傭兵団でも治癒師はかなり貴重だった」
レイは更に困った顔になり、ヴィエリとカルディナに向かって、
「お誘いはありがたいんですけど、当分、アッシュと二人でやって行こうって決めていますから。すみません」
そういって頭を下げる。
ヴィエリもすぐに答えが出ると思っていなかったのか、あっさりと諦める。
「まあいいわ。でも、いつでもあなたと組むつもりがあることだけは覚えておいてね」
カルディナは、少し口を尖らせて、
「こんな美人姉妹を袖にするなんて……”アッシュにぞっこん”てこと? 妬けるわね。ふふふ」
最後は自分で言っていて、噴出しそうになっていた。
場が和み、再び飲み始めるが、ここまで黙っていたウーゴが突然話し始めた。
「さっき聞いたんだが、昨日、ここをセロンが通ったそうだ」
ロッシュ以外の四人は驚き、彼を見つめる。
すぐに黙ってしまったウーゴの話を引き取るようにロッシュが話し始めた。
「俺も聞いたな。一昨日に十五人の護送部隊に囲まれ、檻に入れられて、到着したそうだ。見た奴の話じゃ、かなりがっくりきていたようで、まるで別人だったって話だ。昨日の朝、ここを出発してフォンスに向かったって言っていたな」
レイとアシュレイはセロンがフォンスに護送されるという話は聞いていたが、自分たちがアザロ司教と揉めていたため、その話は聞いていなかった。
アシュレイは少しホッとした顔で、
「これで一つ心配事の元が減ったな。アザロ司教もルークスに帰ってくれればもっと平和になるのだがな」
独り言を呟くようにそう言うと、レイも同意するように頷いていた。
打ち上げも終わり、それぞれの部屋に向かう。
レイとアシュレイの二人は、セロンとの決闘の翌日に結ばれてから、同じ部屋にしようと思っていたが、墓荒しの調査で部屋を空けたり、アザロ司教との対決があったりで、結局、別々の部屋のままだった。
二人は無言で部屋に入ると、無言のまま装備を外し始める。
装備を外し終わり、着替えを済ますと、レイがアシュレイに近づいていった。
そして、肩に手を掛け、抱き寄せながら口付けをする。
「なんかいろいろあったね。でも、今日は……」
アシュレイは体すら拭いていないことが気になり、
「昨日から体を拭いてすらいない。汗臭いだろう……」
レイはすぐに抱き合う二人に清浄の魔法を使う。
光が彼らを包み、すぐに消えていった。
レイは「これできれいになった……」と言って、彼女と共にベッドに倒れ込んでいった。
二人は愛し合った後、裸のまま抱き合っていた。そして、アシュレイが彼を見つめながら、話しかける。
「ヴィエリとカルディナのことは、満更でもなかったのではないか?」
レイは唐突に始まった話についていけず、「うん? なんのこと?」と聞き返す。
アシュレイは彼の目を見ながら、
「ヴィエリもカルディナも美しいと思わないのか? その二人がお前に興味を持ったのだぞ。あの時、鼻の下を伸ばしていなかったか?」
やや拗ねたような彼女の口ぶりに、レイは噴出しそうになった。
「アッシュ、もしかして妬いてる? 僕があの二人も一緒にって言ったらどうしたの?」
彼は普段剛毅な彼女の妬いている仕草がかわいいと思い、ついからかってしまう。
アシュレイは主導権を握られたままで、彼の意図が掴めていない。
「もしかして、ふ、二人を仲間にしようと考えたのか? わ、私だけでは駄目か。なあ、レイ、私に不満が……」
彼はからかい過ぎたと、顔を近づけて自分の口で彼女の言葉を止めた。
そして、
「ごめん。ちょっとからかってみただけ。あんまりアッシュが可愛かったから……」
アシュレイはその言葉に真っ赤になり、
「か、可愛かった!? わ、私が……な、何を……本当に……」
最後は首を傾げ、自信なげに声が小さくなる。
レイはもう一度口づけをした後、「本当」と言って、彼女を抱きしめた。




