第三十話「森狼」
二十頭の森狼たちはゆっくりと野営地である草原を進んでくる。
弓術士であるロッシュは、接近してくる狼たちに向け、矢を放ち始めた。
彼の長弓はかなりの剛弓なのか、最初の矢が”ヒュッ!”という風切り音を残して飛んで行くと、先頭の狼の頭に深く突き刺さった。射られたその狼は、その場で跳ねるように倒れ、すぐに動かなくなった。
それが合図となり、狼たちが一斉に走り出す。
レイは魔法で迎撃しようと思ったが、思ったより足の速い狼に魔法が放てない。
(逡巡している暇はない。近づく奴を倒すだけだ!)
既にウーゴとアシュレイが七、八頭の狼に囲まれていた。
だが、その他の狼たちはその横をすり抜け、荷馬車の方に向かってくる。
ロッシュの矢が放たれてから、僅か五秒ほどで、十頭以上の狼が荷馬車に殺到していた。
狼たちは危険な武器を持った者を最初に倒すことに決めたようで、ロッシュ、ヴィエリ、カルディナ、そしてレイに向かって走り込んでくる。
レイの周りにも二頭の狼が纏わり付くように襲いかかってきた。
彼は愛用の槍、アルブムコルヌを振るい、一頭の狼の前足を斬り裂く。すぐに槍を引くが、もう一頭が彼の膝を狙って噛み付いてきた。
彼は冷静に足を少し上げ、鎧部分でその鋭い牙を受ける。
ガッという音がし、引き摺り倒されそうになるが、狼の牙はその固い鎧を貫通できず、空しく顎を動かすだけで、踏ん張った彼を引き摺り倒すほどの力が加えられない。顎を無駄に動かすその狼に、彼の槍が容赦なく襲い掛かる。そして、その柔らかい腹を斬り裂いていた。
その狼は蹴り上げられた犬が鳴くような、”キャイン”という情けない悲鳴をあげ、その場で転げまわる。
二頭を無力化したレイは、近くで苦戦しているロッシュの救援に向かっていった。
ロッシュは彼の主要武器である長弓を捨て、長剣で戦っていた。だが、三頭の狼に周りを囲まれ、すでに数箇所から血を流している。
レイはロッシュに夢中になっている狼を後ろから突き刺し、悲鳴を上げる狼にもう一度突きを放つ。
その攻撃でロッシュに纏わり付いていた狼もレイを危険な敵と認識し、頭を低く下げ、唸りながら、警戒し始めた。
レイは狼の警戒など気にしていないかのように無造作に接近し、槍を振るっていく。
狼はその槍を危険と判断し、ずりずりと後退していった。
(本当に頭がいいな。防御の弱そうなロッシュに四頭、硬そうな僕には牽制の二頭……だが、僕の鎧はこいつらの牙が通らない。セロンとの戦いと同じで鎧で受ければ、ケガはしない。アッシュのことも心配だし、荷馬車や馬から引き離したら、早く手助けに行きたい……)
彼はセロン戦と同じく、鎧で攻撃を受けながら、槍を振るっていく。狼の攻撃は噛み付くことだけで、槍の間合いに入れず、狼たちは次々と傷を負っていった。
更にヴィエリ、カルディナ姉妹が危機に陥っている姿が目の端に映ると、自分の周りの傷を負った狼を無視して、二人を助けに行った。
走りこみながら、槍を左右に振るって、二頭の狼を斬り裂き、更に飛び上がって腕を噛もうとした一頭をその硬いガントレットで殴りつける。
その一連の攻撃を終え、姉妹を見ると、既に立ち直っていた。彼女たちはいつもの見事な連携で残りの狼を次々と葬っていた。
ロッシュは馬たちを守るため、あえて囮となり、狼たちを引き付けていた。
(拙いな。ウーゴが近くにいれば何とかなるんだが……)
弓術士である彼は剣の心得はあるものの、それほど得意ではなかった。
コンビを組むことが多いウーゴと一緒であれば、彼が遊撃的な動きで翻弄し、ウーゴが止めを刺すというスタイルが取れるが、一人で戦い、かつ、素早い狼たちにかなり苦戦していた。
(何とか一頭を仕留めたが、まだ三頭も食いついてきやがる。脹脛に噛み付かれたのがきついな。右足に力が入らねぇ……)
長剣を振るい、攻撃するというより追い払う感じで対応していると、近づいてくる白銀の鎧が目に入った。
アシュレイの連れであるレイのことは、セロンとの決闘騒ぎで知っていたが、話をすると、本当にこいつがあのセロンに勝ったのかと、疑いたくなるような軟弱そうな男に思えた。
だが、自分の目の前にいるこの白銀の男は、十字の槍を自在に振るい、狼たちを捌いている。
その戦い方は止めを刺す時間を惜しみ、足や腹にダメージを与えることで、最小限の動きで狼たちを確実に無力化していくというものだった。
あっという間にロッシュの周りには無傷の狼はいなくなり、彼はケガを負った狼を一頭ずつ葬っていく。
(凄いな。無駄に突き刺して抜けなくなるのを恐れ、斬り裂いてダメージを与えていく。全く無駄がない……槍も凄いんだろうが、あの判断力は……あのセロンが敗れたのも判る気がするわ……)
ヴィエリとカルディナの姉妹は素早い動きで狼たちにダメージを与えるが、狼たちの硬い毛皮に対し、彼女たちの攻撃は軽く、有効なダメージとは言いがたかった。そして、狼たちに与しやすいと思われたのか、何頭もの狼に攻撃されていた。
背中合わせに戦う姉妹は、素早く動き回る狼たちに辟易としていた。
「鬱陶しいわよ! カルディナ、大丈夫?」
「こっちは大丈夫、お姉ちゃんは?」
「かすり傷くらいで大丈夫だけど、投擲剣が無くなったの、ちょっとやばいかも……」
その時、レイと呼ばれたアシュレイの連れが十字になった穂先の槍を振るい、狼たちを蹴散らしている姿が目に入ってきた。
二人を狙う狼たちを狙い、物凄い勢いで駆け込んでくる姿に、弱気になり始めていたヴィエリは勇気付けられた。
彼は二頭の狼を左右に振った槍で斬り裂き、隙を突いて襲い掛かってきた一頭の狼を右手で殴りつける。
その金属製のガントレットで殴られた狼は、ギャンという情けない鳴き声を上げ、地面に叩き付けられていた。
カルディナはレイの戦いを見ながら、同じ槍術士として、あの槍の使い方に驚いていた。
(短槍というより、ハルバードかグレイブみたいに使っているわ。相当斬れ味が良くて、作りが丈夫なのね……)
彼女は今度、槍を見せてもらおうと考えるが、まだ、自分の周りに狼がいることを思い出し、今は戦いに集中すべきだと、意識の中から戦い以外のことを締め出す。
二人は数が少なくなった狼たちを、いつもの連携で翻弄しながら、次々と葬っていった。
レイは荷馬車の周りの状況を確認していた。
荷馬車の周りにいた十数頭の狼のうち、まともに動けそうなものは二、三頭しかいない。
既に戦意を失いつつある個体もおり、彼は狼たちを蹴散らすように駆け寄りながら攻撃を掛けていく。その勢いに恐れをなした狼たちは、更に荷馬車から引き離されていった。
すべての狼を引き離したと安心した時、一際大きい一頭の狼が彼に踊りかかってきた。
その狼は、体長二m、体高一mほどで、仔牛かポニーほどの大きさがあった。
その狼はレイを引き摺り倒そうと、全身のバネを利かせ、その巨体で体当たりを掛けてきた。
彼は突然の攻撃に避けることが出来ず、もろにその体当たりを腹に受ける。息が詰まるほどの衝撃を受け、狼の体ごと後ろに吹き飛ばされてしまった。
狼は彼の体を蹴るようにして距離をとり、再び次の攻撃の機会を窺っている。
バランスを崩したレイを見てチャンスだと判断したのか、攻撃を掛けるため、突進してきた。
転倒を免れるため、槍を杖代わりして体を支えていた彼は、その突進に対応できない。
体重を掛けているため、槍を振るうことができず、接近してくるその狼を槍で攻撃することができなかった。
(こいつがボスか? 槍が繰り出せない、どうする?)
再び踊りかかってきた狼に対し、槍での攻撃を諦め、蹴りを入れる。
不安定な姿勢なため、蹴りというより、足を前に出しただけになったが、カウンター気味に決まり、鼻先を蹴られた狼はグルゥと唸り、元の位置に戻った。
一方、蹴りを放ったレイは、片足で百kg以上の狼を受け止めることになり、踏ん張りきれず尻餅を付く形で転倒してしまう。
(拙い。これで圧し掛かられたら、首を噛まれる。どうする……)
狼は千載一遇のチャンスと見て、レイに向かって飛び掛ってきた。
そして、立ち上がれず、槍も使えない彼は仰向けに倒され、狼に完全に圧し掛かられていった。
狼はその大きな口で彼の首を噛み千切ろうとした。
彼は狼の首を必死に押え、守りに入るが、体勢が悪いことと、狼の力のほうが強いことから、徐々に押し込まれていった。
両手で狼の首を押さえる彼は、その状態で使える魔法を考えていた。
(光の矢は使えない。火の玉も……武器がないから光を纏わせることも出来ない。何か使える物は……)
彼はすぐに使えそうな魔法が思いつけず、止む無く雷の魔法をスタンガンに変えようと、無理やり右手に光の精霊の力を集めていく。
十数秒でジリジリという音がし始め、二十秒ほど経つと、突然、狼がビクンと跳ね上がり、彼の上から飛び退いていた。
(うまく行ったのか? そんなことはどうでもいい。今のうちに……)
彼は素早く立ち上がり、槍を構える。
狼は首に受けたショックがまだ消えないのか、しきりに首を振っている。
彼はこのチャンスを生かすべく、槍を繰り出すが、狼も危険を感じ、後方に跳んでいた。
狼とレイは距離をおいて、再び対峙している。
先に動いたのは、レイだった。
彼は槍を低く構えながら、狼の前足を薙ぎ払う。
狼は横に跳ねるように避け、更にその体勢から大きく口を開け、飛び掛っていく。
レイは槍を引きながら、軽く体を捻り、その攻撃をいなす。そして、槍の柄の部分で狼の腹を突き上げた。
腹に金属製の柄を叩きつけられた狼は、無様にも顔から地面に落ち、首を振りながら苦しそうに立ち上がる。
自分のすぐ横で立ち上がりつつある狼を槍で突き刺す。槍は狼の後足に刺さり、狼は苦しそうにもがくが、彼は風車のように槍を回し、石突で背中を打ちすえる。
狼はそれだけのダメージを受けながらも闘志は衰えていない。茶色い毛を赤く染めながら、彼の膝下に噛み砕くため、顔を横にして跳び掛っていった。
それを予想していたレイは、槍を水平に振り、狼の顎の下を斬り裂く。顔面を斬り裂かれた狼はさすがに怯み、動きが止まった。
彼はその無防備な横腹に渾身の突きをいれる。
狼はよろよろと数歩歩いた後、口から血を吐き出し、倒れていった。
最後の腹に受けた突きが致命傷になり、狼のリーダーは赤い血の海を作りながら、息絶えていった。
アシュレイはウーゴと共に七頭の狼と戦っていた。
二人は防御力の高い金属鎧を着ているが、狼が狙う足元の防具は隙間が多い。
七頭の狼は背中合わせに戦う二人を、取り囲むかのように回りながら、攻撃を加えていく。
アシュレイは狼の数が多すぎるため、殺すよりも時間を稼ぐことに戦術を切替えていた。
両手剣を下段に構え、斬り上げるように振るい、狼たちを寄せ付けないようにしていた。
だが、後ろで戦っているウーゴは既に足を二度噛まれ、右足を引き摺るように戦っている。
彼女はウーゴに声を掛け、無事を確かめる。
「大丈夫か、もう少し我慢すれば、レイが来る。倒すことを考えるな。捌くことを考えろ」
「本当に来るのか? 判った……」
ボソリと呟くようにそう言うと、ウーゴは右手の剣で牽制しつつ、寄って来た狼は左手の盾で殴りつける戦術に切替えた。
(レイなら大丈夫だと思うが、向こうの方が数は多い。ロッシュやヴィエリたちが苦戦しているようなら、レイが来られない可能性のほうが高いな。さて、いつまで耐えられるか……)
七頭のうち、二頭を戦闘不能にしたが、まだ五頭がしつこく攻撃してくる。鬱陶しいと思いながら、剣を振るっていると狼たちの動きがおかしくなってきた。
突然、戦意を失ったように尾を丸めると、後退りし始め、無傷の五頭は森に逃げていった。
何が起こったのか判らない二人は警戒しながらも顔を見合わせる。
「何が起こったのだ?」
「判らん……」
アシュレイが荷馬車の方を振り返ると、荷馬車に向かった狼たちはほとんど傷を負い、戦意を失っていた。
足にケガを負ったものが多く、逃げるに逃げられないところを、ヴィエリとカルディナの二人が次々に止めを刺している。
そして、荷馬車から少し離れた場所で、一際大きい狼に槍を突き立てているレイの姿が目に入った。
その姿は泥だらけだが、すぐに彼女に槍を持ち上げ、無事であることを伝えてきた。
その大きな狼はリーダーのようで、群れのリーダーを失った狼たちは戦意を失って森に逃げていった。
アシュレイはウーゴの傷が大したことがないと確認した後、レイの下に駆け寄って行った。




