第十九話「秘密の開示」
四月二十三日の朝。
レイは未だに二日酔いによる頭痛に悩まされているが、それでも自ら掛けた解毒の魔法とルナにもらった薬によって顔に出さずに済む程度には収まっていた。
朝食前に彼はアシュレイとステラに、自分とルナの秘密をライアンたちにどう説明すべきか相談した。
「どこまで話したらいいと思う? 一応、あの二人は信用できると思うんだけど」
「そうだな、少なくともイオネはルナに信服しているから問題はないだろう。問題はライアンだな」
「私もそう思います。ルナさんが貴族の養女というだけで落ち込んでいましたから、他の世界から来たという話をしたらもっと動揺すると思います」
二人の意見にレイも頷く。
「それが普通だよね。同じパーティの仲間が実は別の世界から来たなんて聞いたら、動揺しないほうがおかしいよ」
「確かにそうだが、話さないという選択肢はないぞ。既に昨夜の宴会の時にも聞きたそうにしていたのだからな」
「僕もそう思う。ただ、どこまで話したらいいのか……」
「ルナさんに任せてはどうでしょうか? ルナさんの言うことならあの人も疑わないでしょうし、レイ様が伝えるよりよいのではないかと思います」
アシュレイもステラの意見に賛同したため、レイはルナに任せることにした。
朝食に向かう前、ルナの部屋に行き、そのことを伝えた。
「そうね。私が話す方がいいと思うわ。ライアンとイオネには今から話してみる。悪いけど、ライアンを呼んできてくれるかしら」
スイートルームのリビングに五人が集まる。
未だに二日酔いの影響が完全に消えていないライアンは表情が冴えない。彼はこめかみを揉みながらソファに座っている。
イオネはルナから話があると聞き、ある程度察しているのか神妙な面持ちで背筋を伸ばして座っている。
ルナは二人に向かって、「私のことで話があるの」と切り出した。
まず、ライアンに向かって頭を下げる。
「今までロックハート子爵家の養女だということを黙っていてごめんなさい。ちょっと事情があってあまり人には知られたくなかったの」
ライアンはどう答えていいのか困ったかのように「ああ」とだけ答える。
「今から話すことはそのことよりもっと重要で、突拍子もないことなの。もう気づいていると思うけど、私とレイの関係は今まで話したことと少し違うの……」
そう切り出したものの、どう言葉にしていいか一瞬迷うが、意を決して口を開く。
「私とレイはこの世界の人間じゃないの……」
そこでライアンが驚きのあまりテーブルに足をぶつけてガタッという音を立てる。一方のイオネは二人が神の使いであると聞かされており、驚きはあるものの大きな動揺は見せなかった。
「正確にいうと私と彼の魂はこの世界ではなく、別の世界から来ているの。私は十八年前から、彼は一年前から。私たちは地球という世界の日本という国からこの世界にやってきたの。だから、同郷という話は嘘ではないわ……」
ルナは自分たちが日本の高校生であり、同級生として一緒の学校に通っていたことなどを話していく。
「……私はこの世界に生まれたけど、彼は突然、別の身体になっていた。私が知っている聖礼という同級生とは全然違う姿だったから、最初は彼だということが全く分からなかった……ライアンは覚えているかしら、私が攫われる少し前に彼と二人だけで話をしたことを」
ライアンは口を開くことなく、コクリと頷く。
「ペリクリトルの宿“荒鷲の巣”で彼が自分のことを教えてくれた。彼自身、記憶があいまいだったみたいで、最初は私のことが分からなかったけど、ちょっとしたきっかけで私のことを思い出したそうよ。話を聞いた時は違う姿に戸惑ったけど、話しているうちに私が知っている彼だと分かったわ」
そこでライアンが初めて口を開いた。
「すまねぇ。俺の頭じゃ、付いていけねぇよ」
「そうよね。普通はそうだと思うわ。でも、これは真実なの。そして、これはとても大事なことだと思っているわ」
「大事なこと? レイが同郷だってことがか」
「それもあるわ。それより、彼がどうしてこの世界にやってきたのかということね。そっちの方が、重要な気がしているのよ」
そこでアシュレイが話に加わる。
「私もそう思う。レイが一年前にこの世界にやって来た。そして、ルナ、お前はその数ヶ月後に危機に陥り、レイの助けを借りて危機を脱した……そこに神々の意思があるとしか思えぬ……」
「私もアシュレイさんと同じことを考えたわ。少し話は脱線するけど、私を助けてくれた人も転生者だった。あの人は私を助けてくれただけじゃなくて、いろいろと私に教えてくれたわ。この世界のこと、特に元の世界とは全然違うということをいろいろと教えてくれた。他にも魔法や戦い方なんかも教えてもらったけど、そっちは全然駄目だったわ。今思うと、あの人は私を助けるためにこの世界に来たのだと思う……」
そう言って少し寂しげな笑みを浮かべ、昔を思い出すかのように遠くを見つめる。
(あの人は私を助けるためにこの世界に来た。つまり、あの人も私が神に使命を授けられると知っていた……今思えば、私がくじけないように何度も助けてくれたわ。知り合いを殺されたかわいそうな子供を助けたにしては親身になってくれていた気がする。本当に私は子供ね。今頃になって気づくなんて……)
そんなことが頭を過ぎる。
ルナの言葉にレイが驚く。
(僕たち以外にも転生者がいたってこと!……そんな設定にしていたかな……)
そう考えたものの、ルナの話を聞くために口を閉ざしていた。
「……でも、今はその話よりレイのことね。彼は私が危機に陥るタイミングで現れた。闇の神の使いと言われる月の御子である私を助けに。つまり、神々がこの世界を守るために彼を送り込んだ。それは間違いないわ」
「レイも神の使いってことなのか……」
ライアンは搾り出すように呟くが、ルナは小さく頷くだけで話を進めていく。
「レイが神々に遣わされた者だとするなら、彼の身体の持ち主、つまりレイ・アークライトと呼ばれる人物がどこから来たのか知ることで、何か分かるかもしれない。いいえ、どこから来たかが分からなくても、何かの手掛かりになるかもしれないと考えているの」
アシュレイが大きく頷く。
「レイの武具が手掛かりか。分からぬでもないな」
「そうだね。僕も知りたいことだし……それに、もしかしたらだけど、どこかに虚無神と戦っている人たちがいるのかもしれないし。その人たちと手を取り合うことができたら、少しは楽になるかもしれないね」
そこでルナはイオネに顔を向ける。
「このことはイーリス殿にもヴァルマにも話していません。ソキウスの人で知っているのはあなただけ。できればあなた一人の胸にしまっておいてほしいのだけど」
イオネは尊敬するルナが自らの秘密を明かしてくれたことに内心舞い上がっていた。しかし、それを外に出すことなく、静かに頷いた。
「このことは私の口から漏れることは決してございません。例え、月の巫女様に問われたとしても」
ルナは「ありがとう」と言って微笑んだ後、再びライアンに視線を向ける。
「これで私の秘密はすべて話したわ。この先どうするかはあなた次第よ」
「どうするもこうするもねぇ。お前が迷惑だといわない限り、俺はお前を守る。そのことに変わりはねぇ」
それまで動揺していたライアンだったが、その問いには即座に、そしてきっぱりと答えた。
「ありがとう。では、私の話は終わりよ。レイ、あなたから何かあるかしら?」
「まず、僕たち以外に転生者がいたことに驚いたよ。どんな人だったんだい」
「こっちでは私より五歳年上、アシュレイさんと同じくらいの歳よ。でも、日本では四十歳を過ぎていたと聞いているわ……」
そこで寂しげな表情を浮かべ、
「この話はまた今度にしましょう。今はあまり時間がないから」
レイは何かあるのかなと思ったものの、彼女の言うことに一理あると感じた。
「分かったよ。じゃあ僕の懸念なんだけど、鍛冶師たちにどう話したらいいのかってことなんだ。ここにいる五人はともかく、どこまで信用できるのか僕には判断がつかない。それにあの人たちが信用できるって前提なんだけど、突拍子も無いことを言ったら協力してもらえなくならないかも心配なんだ」
その問いにルナは笑みを浮かべて断言する。
「その心配は無いわ。ウルリッヒさんならどんなことを言っても信じてくれるから」
「でも、どこまで話したらいいんだろう」
「そうね……あなたのことはきちんと話しておいた方がいいと思うわ。そうなると私のことも言わないといけないわね……」
そこでアシュレイが話に加わる。
「私はすべてを話すべきだと思う。ルナが“ロックハート”なら、ドワーフたちがお前に不利益なことをすることはありえん。ならば、すべてを話した上で協力を仰いだ方がよいように思える」
「アシュレイさんのおっしゃる通りですね。私が別の世界から来ていることはロックハート家の皆さんも知っています。その上で養女にしてくれたのですから、そのことをきちんと説明すれば、ウルリッヒさんなら絶対に納得してくれるはずです」
レイは二人の話を聞きながら、そこまで信用していいのかと疑問を感じていた。
(確かに昨日の宴会で話した感じだと、陰謀とか考えなさそうだし、ルナのことを本当の娘のように思っていた。でも、それとこれとは話は別じゃないかな。相手は虚無神なんだ。闇属性魔法の最高の使い手、月の巫女のイーリス殿ですら操られたんだから)
その疑念を伝える前にステラが口にしていた。
「相手はヴァニタスです。そこまで信用していいのでしょうか?」
「大丈夫よ」と再びルナが断言する。
「理由を教えてくださいませんか。レイ様の安全に係ることですから」
真剣な表情でステラが聞き返す。
「簡単なことよ。この世界で最も価値観のぶれない種族はドワーフなの。どんなことがあっても、お酒を通じた友達は裏切らないわ。それが例え神であっても、友に危害を加えるようなら金槌を手に必ず立ち上がる。それがドワーフよ」
レイは彼女が冗談を言っているのだと最初は思った。しかし、その表情は真剣でふざけているところは微塵もなかった。
「信じられないでしょうけど、私は知っているの。あの人たちの価値観を変えることはどんな存在にも不可能だって。アシュレイさんなら知っていると思うのだけど、ロックハート領がアンデッドの大群に襲われたことがあったわ。ロックハート家は僅か三百人の自警団とともに、一万三千を超えるアンデッドと戦った。その時、ドワーフの皆さんはハンマーを手に駆けつけてくれた」
「その話は知っている。確か七年ほど前だったな。まだ私が駆け出しのころだが、ロックハート家の活躍とドワーフたちの友情に胸が熱くなった記憶がある」
「俺も知っているぞ。確か、“獅子たちの凱歌”っていう本になっていたんじゃないか? ヘーゼルさんが持っていたのを借りたことがある」
ライアンの言葉にルナが頷く。
「ええ、その本に書いてある話よ。ちょっと脚色してあるけど、ほとんど事実なの。だから、ドワーフがロックハート家に不利益になることは決してしないわ」
「そうだとしても、敵は邪神ヴァニタスなんだ。本当に信じていいんだろうか」
レイは小さくそう呟いた。
「大丈夫よ。というより、あの人たちが信じられないなら、誰も信じられない。あなたがアシュレイさんやステラさんを信じるように、私はウルリッヒさんたちを信じる」
「そうか。そこまで言うなら僕も信じるよ。それにすべての人を疑っていたら、相手の思う壺っていう気もするしね。じゃあ、今日は僕のことはすべて話すよ。でも、君はどうするんだい? いくらなんでもソキウスの話はできないと思うんだけど」
「そのことも含めてすべて話すつもりよ。ジルソールでのことも含めて」
レイはもう一度頷いたが、内心では不安を抱えていた。
(ソキウスのことを話してもいいのかな? ここはカウム王国、魔族との戦いの最前線なんだ。ドワーフが魔族と直接戦っているわけじゃないけど、本当に大丈夫なんだろうか?)
朝食を摂った後、彼らは再び鍛冶師ギルドの門をくぐった。
中庭に入ると、朝から多くのドワーフたちが詰め掛けており、ルナを見ると、「昨日は楽しかったぞ!」とか「今日も宴会じゃ!」などと陽気に声を掛けていく。
(今日も宴会なのかな……さすがに二日続けては勘弁してほしいんだけど……思い出したらぶり返してきた……うぷっ……)
二日酔いはほぼ消えていたが、先ほどまで苦しんでいただけに酒を思い出すだけで吐き気がぶり返してくる。
彼の思いとは裏腹にルナは元気よく了承する。
「はい! 今日も時間があればお願いします!」
レイとライアンはげんなりとしながらも、総本部の建物に入っていった。
彼らの後ろにはいつの間にかウノたち獣人奴隷が付き従っている。しかし、ギルドの者たちは誰もそれに疑問を持っていない。
ドワーフたちは昨日、ウルリッヒから腕のよい獣人の軽戦士がいると聞かされており、獣人奴隷と分かってもルナの仲間ということで、特に気にすることはなく、職員たちは人数が増えたことに気づくものの、ロックハート家の関係者ということで詮索することはなかった。
建物の中にもドワーフたちであふれ返っていた。彼らはレイの槍と鎧に興味を持っており、その謎を何としてでも解明したいと思ったためだ。
アシュレイはステラ、ライアン、イオネ、そしてウノたちを引き連れ、多くの親方たちが待つ集会室に入っていく。
彼女たちは武具の手入れや新調するための打合せを行うためだ。
当初、ウノはレイの護衛がいなくなることに難色を示したが、ルナから「ここは世界で一番安全よ」と断言されたことと、彼自身、ドワーフの鍛冶師たちがルナと一緒にいるレイに危害を加えることはありえないと思い直した。
レイとルナはウルリッヒら主要な親方に自分たちのことを説明するため、匠合長室に向かった。




