第十三話「合流」
四月十三日の午後三時過ぎ。
トーア街道は大動脈アルス街道とカウム王国の要衝トーア砦を結ぶ軍事道路だ。そのため、トーア街道を使う者のほとんどは王国軍関係者とトーア砦に物資を輸送する商人たちとなる。
タルエルジグはトーア砦の西四十kmの位置にある宿場町で、ここより東には大きな町はなく、トーアを除けば冒険者ギルドの支部がある最も東の町でもあった。
ルナたちはここに近い森の中に潜んでいたが、獣人奴隷のウノからレイたちがやってきたと告げられ、彼らと合流するため街道に出ていった。
レイは周囲を警戒しながら、ルナを待った。
彼の横ではライアンが落ち着かない様子を見せている。彼は身体を左右に動かしながら、何度も森の中を見通そうとしていた。
「落ち着け、ライアン」とアシュレイが苦笑いを浮かべて注意するほどだが、彼自身はいても立ってもいられなかった。
「すまねぇ。でも、どうしようもないんだよ。ようやくルナに会えるんだから」
そう言いながらもアシュレイに視線を向けることなく、森の中を見続けていた。
先触れとしてウノが現れた。彼はレイの前で片膝を突くと、簡単な報告を行った。
「問題は何も発生しませんでした。ルナ殿、イオネ殿も健勝でございます」
「ありがとうございます」とレイが頭を下げると、森の中からガサガサという草を掻き分ける音が聞こえてきた。
すぐにオチョに先導されたルナが現れる。
レイが「無事そうで何より」と言おうとした時、ライアンが飛び出していた。
彼はルナの前に立つと、「無事でよかった!」と叫び、両膝を突いて号泣し始める。その様子にルナは困惑するものの、
「心配を掛けてごめんね。私はこの通り無事よ……」
そう言ってライアンを抱き締める。
それでもライアンの号泣は止まらなかった。ルナは困惑の表情を浮かべるが、レイたちは微笑ましく彼を見ていた。
五分ほどでライアンも落ち着いた。
「すまねぇ……みっともないところを見せちまったな」
赤面しながら全員に頭を下げる。その姿にレイは彼が変わったと感じた。
(ライアンは一皮剥けたって感じだな。ペリクリトルを出る時もちょっとはそう思ったけど、今は前みたいな傲慢さがない。大人になった感じはないけど、以前より肩肘を張ったところが無くなっているな……)
アシュレイも同じことを思っていたが、
「まだやるべきことがある。少なくともタルエルジグでイオネ殿のオーブを作り終えるまでは何が起きるか分からん。だから気を抜くな」
ライアンもその言葉に頷き、ルナに弓と矢筒を渡す。
「手入れの仕方が分からねぇから、使えるかどうか……でも、一応持ってきた」
ルナは自分の弓を手に「ありがとう。これで少しは役に立てるわ」と礼を言った。
彼女もレイの鎧が変わったことは当然気づいていた。ライアンが飛び出してきたため、そのことを言えずじまいだったが、僅かに憂いを帯びた表情になっていた。
彼女はその漆黒の鎧に、別の人物の面影を見ていたのだ。
(この色の鎧……思い出してしまうわ、あの人のことを……)
ルナは何も言わず、無事に合流できたことを喜んでいるように見せていた。
十二人に増えた一行はタルエルジグの正門にたどり着いた。
タルエルジグは高さ三mほどの木製の壁で覆われており、門の前にはカウム王国の紋章を着けた兵士が守っている。
レイはアルベリックに目で合図を送った。それに気づいたアルベリックがオーブを見せながら、兵士に話しかける。
「僕たちはマーカット傭兵団の者なんだけど、途中で人を助けたんだ。何でも住んでいた村が魔族に襲われて逃げ出したそうなんだ……」
彼はレイが作った話をいつもの飄々とした態度で話していく。
魔族に襲われたと聞き、兵士は慌てるが、
「襲われたといっても四ヶ月前の侵攻の時らしいよ。洞窟に隠れていたらしくってようやく出てこれたそうなんだ」
年嵩の兵士がアルベリックのオーブを確認する。
「確かにマーカット傭兵団所属の傭兵のようだな」
彼はアルベリックたちの腕に赤い腕甲が装備されていることから、彼が有名なレッドアームズの一員であると納得する。
「この辺りの森は魔物が多い。女一人で生き延びることはできるとは思えん。まして真冬ではな」
「村の近くに洞窟があって、そこに緊急用の食料なんかがあったらしいよ。そうだよね、イオネ?」
イオネは「はい」と頷き、
「五十人ほどの小さな集落でした……以前も魔物に襲われたことがあったそうで、逃げ込むために準備してあったんです。二十人くらいが一月は生き延びるほどの食料が用意されていました……」
イオネの説明に兵士は「ここより東の森に開拓村があると聞いたことはないが」と疑う。
「あまり言いたくはないのですけど、私の両親たちはいろんなところから逃げてきた人みたいなんです。だから、隠れ住む感じでした。私が生まれてからも西から逃げてきた人が何人も来ています。私の夫も……」
イオネはそう言って涙を流す演技をする。
「そうか……その噂なら聞いたことがある。トーア近くにそんな村があると。借金で首が回らなくなった奴が時々東に向かっていたな……」
兵士の言う通り、危険な開拓村に逃げ込む者は少ないながらも存在した。借金取りもさすがにそこまでは追わないためだ。
「だからね。この人もそんなところの出身みたいなんだ。幸い、治癒魔法が使えるから、冒険者になってどこかのパーティに入りたいそうなんだ」
「しかし、怪しい者を入れるわけにはなあ……」
そんなやり取りをしている間に守備隊の責任者らしき騎士がやってきた。
「何かトラブルか?」
その問いに年嵩の兵士が答える。
「はっ! この女性以外はオーブで問題ないことが確認できたのですが、この者はオーブを持っておりません。何でも先の魔族侵攻で全滅した村の生き残りだそうで……」
騎士は「オーブがなければ入れるわけにはいかんな」と言って引き返そうとした。
「マーカット傭兵団の僕たちが身元を保証しても駄目でしょうか?」
レイがレッドアームズの名を出すと、騎士は煩わしげにレイの顔を見る。
「七級や八級の傭兵が保証人では話にならん」
その言葉にアルベリックが「じゃあ、二級の僕ならいいってことだよね」と話に割り込む。
騎士は二級と聞き驚くが、疑わしげな目を向けたままだった。
「本当に二級なのか?」
「オーブを確認してくれたら分かるよ。僕の名はアルベリック・オージェ。一応、レッドアームズの団長付きの副官だから」
騎士は聞き覚えのある名に「鎧通しのアルだと……」と驚くが、良く見るとエルフであり、背中には長弓があることから真実であると思い始める。
「確かにアルベリック・オージェ殿で間違いありません」
兵士の一人がそう言うと、思った以上に大物であることに騎士は困惑し、言葉が出ない。
「二級のアルベリックさんが保証人になるなら、町に入ってもいいということですよね」
沈黙している騎士にレイが確認すると、「うむ」と渋々という感じながらも頷いた。
「すみませんけど、あとでトラブルになると嫌なので、ここで一筆いただけないですか? 二級傭兵であるアルベリック・オージェが保証人である限り、タルエルジグの町に滞在することを認めると。もちろん、町を出る時にはお返しします」
騎士は自分の権限が及ぶ町の中だけであり、問題ないと答え、すぐに詰所でメモを作った。
レイたちは騎士や兵士に頭を下げ、町の中に入っていった。
町に入るとすぐに冒険者ギルドに行き、イオネの登録の手続きを依頼する。
受付にいたのは四十代半ばの男性職員で、手続きを始めようとしたが、イオネにオーブがないことから困惑する。
「こんなケースは初めてでしてね。私の権限でやっていいのかと。支部長がいればよいのですが、あいにく不在でして……」
それに対し、レイは騎士が書いたメモを見せ、
「これを見てください。この町の守備隊の騎士様が問題ないという書類を作ってくださいましたよ」
職員はメモを見たが、まだ悩んでいる。
「騎士様がお認めになったのに冒険者ギルドは疑うんですか? 今から守備隊の詰所にいって確認をとってもいいですが、どうされますか?」
職員は確かに騎士が署名したものだが、アルベリックが保証している限りという但書きがあることからためらっていたのだ。
「アルベリック殿の保証がある限りということは、保証がなくなれば冒険者ギルドの責任になります。そこが問題でして……」
「じゃあ、彼女のオーブを作るときに僕が一筆書いたらどう? アルベリック・オージェが保証したという証拠が残るでしょ。あとでこの人が犯罪をしていたことが分かって責任問題になっても、二級傭兵が保証したからと言い訳はできるじゃない」
「騎士様がお認めになった条件と同じでも駄目ですか?」
レイは騎士の権威を利用して職員に迫る。職員も一筆書いてくれるならと思い、登録に同意した。
三十分ほどでイオネの登録が終わった。その間にアルベリックは保証するという書類を作り、渡していた。その書類には“マーカット傭兵団副官”とわざわざ役職まで書いてあり、それを見た職員が有名なレッドアームズのナンバーツーだと知り、驚きのあまり顔が強張る。
アルベリックはそれを見てニヤリと笑っている。
横にいるアシュレイは「アル兄の悪いくせだ。最初から説明すればいいものを、この反応が見たくてやっている。絶対……」と呟きながら、こめかみを押さえていた。
無事にイオネの登録が終わり、宿に向かった。既に午後五時を過ぎており、辺りは薄暗くなり始めている。
冒険者ギルドで教えてもらった宿に着き、チェックインを済ませた後、食事に向かう。既に遅い時間ということと、元々宿泊客が少なかったことから、他の客の姿はなく、貸し切り状態だった。
食堂にウノたち以外の全員が集まると、アルベリックが笑い始めた。
「あのギルドの職員の顔が忘れられないよ。でも、レッドアームズってこんな田舎でも有名なんだ。初めて知ったよ」
「アル兄は遊びすぎだ。もし、拗れたらどうするつもりだったんだ」
アシュレイがそう言って非難すると、アルベリックは笑いながら、
「もちろん、レイ君に丸投げするつもりだったよ。それはそれで面白そうだからね」
その言葉に彼以外の全員が首を横に振って呆れていた。
その後、明日以降の予定の話になる。
「明日から本格的に移動するけど、注意点があったら、今のうちにみんなで共有しておきたいんだ。特に僕はこの辺りのことをほとんど知らないから」
レイがそう言うと、まずアシュレイが今後の予定の概略を説明する。
「私から今後の予定の概要を説明する。この先だが、まずバルベジーを目指し、そこで街道に関する情報を入手する。そこで南行きか北行きかを判断するためだ。特に問題がなければ、予定通り南に向かう。アルスを抜け、帝国に入り、エザリントンを目指す」
「エザリントンを目指すのはなぜなんだ?」とライアンが質問する。
「エザリントンは帝国南部の交通の要衝だ。当然、様々な情報が入る。確か港もあったはずだから、運がよければジルソールに直接向かう船がいるかもしれない」
「そうね。エザリントンには港があって帝国の各地に船が出ていたはずよ。ジルソールのスパイスやガラス製品が入っていたはずだから、船に乗れる可能性はあるわ」
ルナがそう言って補足する。
「エザリントンから先は船で直接向かうか、帝都プリムスを目指すかになる。帝都からも船は出ていたはずだしな……」
ルナが「帝都かぁ……」と呟き、それを聞いたレイが「何かあるの?」と聞いた。
「帝都はちょっとした思い出があるだけ」
「思い出?」
レイは特に考えることなく聞いたが、ルナは「ちょっとした思い出よ」と明確に話さなかった。
アシュレイはルナが話しづらそうにしていることに気づき、
「帝都に行くかは決まっていない。ラングトン街道を使って南部に行くこともできるしな」
ルナはアシュレイの気遣いに目礼で応え、それ以上何も言わなかった。
「ジルソールに関する情報は、アルスとかエザリントンとかの大きな街で調べるってことでいいかな?」
レイがそう聞くと、アシュレイが大きく頷く。
「私もジルソールの情報はほとんど持っていない。アル兄もそうだな」
「うん。さすがに僕も行ったことがないよ。第一、マーカット傭兵団は帝国軍と何度も戦っているからね。帝国の南部にはちょっと行きづらいってこともあるし」
マーカット傭兵団はラクス王国軍の一員として帝国軍と干戈を交えている。帝国側もマーカット傭兵団の名を知っている可能性はあるが、傭兵ギルドに属する傭兵団が敵に回ることはよくある話であり、通常なら問題にならない。
但し、マーカット傭兵団だけは少し事情が異なる。
彼らの異名である“レッドアームズ”は帝国軍との死闘の結果であり、そのことをラクス王国政府も積極的に宣伝に使っている。
現在では帝国とラクスの間は休戦状態であるため、そこまで気にする必要は無いのだが、傍若無人なアルベリックといえども堂々と帝国に行くことにためらいがあったのだ。
話し合いが終わると、ルナが「久しぶりにベッドで寝られるわ」と言って部屋に向かった。ライアンはその後姿を見つめながら、ようやく彼女が戻ったのだと嬉しさを噛み締めていた。




