第十話「解放」
メリークリスマス!
(話の内容とは全く関係ありません(笑))
四月十一日の朝。
トーア砦の取調室ではステラに対する拷問が続けられていた。
砦の司令官ベンジャミン・プラマー子爵は頑なに口を割らない彼女に不気味さを感じたが、レイたちを魔族のスパイであるとでっち上げる必要があり、夜を徹して拷問を続けさせた。
しかし、彼の部下の騎士たちはプラマーの命令を忠実には守らなかった。彼らはただの騎士であり、尋問や拷問のプロではなく、このような行為に嫌悪感を抱いている。また、レイたちが魔族と結託しているとは考えておらず、自己保身のために若い娘に拷問を加えさせる司令官を見限り始めていた。
そのため、拷問とは名ばかりの尋問を行うだけで、プラマーがいる時に大声を出して脅すものの、鞭は軽く当てる程度にしていた。自身で拷問を行ったことがないプラマーは騎士たちの演技を見抜くことはできなかった。
ステラは眠ることも許されず、縛り付けられた状態で尋問を受け続けていたが、まだ余裕があった。ただし、騎士たちの同情を買うべく、苦痛と憔悴の表情を浮かべている。
(この程度なら耐えられるわ。あとは向こうが諦めるのを待つだけ。この人たちは専門家じゃないから、そろそろ諦めるはず……でも、最後まで気を抜いてはいけない。私がここにいれば、レイ様やアシュレイ様がこんなことをされずに済むのだから……)
彼女は焦りを全く感じていなかった。
ルークスの獣人奴隷部隊では最低三日間は拷問に耐えることが求められていた。それは仲間の救出を待つためと言われているが、実際には敵に時間を無為に浪費させるためだ。
そのため、この程度の拷問なら何日でも耐えられると考えていた。
その頃、レイとアシュレイは独房に閉じ込めらたままだった。アシュレイは拘束を解かれていたが、魔術師であるレイは両手を拘束された上、猿轡をされたままだ。
彼は前日の昼過ぎに取調室に連れていかれたステラが戻ってこないことの方が気になり、一睡もできずにいた。
(ステラは大丈夫なんだろうか……今何時くらいかは分からないけど、半日以上戻ってきていない。拷問されているのかも……)
実際に拷問を受けているステラより憔悴しているほどだ。
誰とも話すことができず、不安だけが募っていった。
マーカット傭兵団の副官アルベリック・オージェはプラマーに何度も面会を申し込んでいた。
前日は多忙という理由ですべて却下され、今日も朝から申し込んでいるが、未だに許可されていない。
(そろそろ不味いよね。アッシュとステラちゃんはともかく、レイ君は打たれ弱いから……こうなったら仕方ないよね。脅しを掛けてみるかな……)
彼は三人の状況をほぼ正確に把握していた。そのため、これ以上時間を掛けることは危険であると考え、強引な手に出る。
彼は司令部付きの騎士を捕まえ、「プラマー司令官にこう伝えてもらえるかな」と言った後、
「これ以上、面会を拒否するなら正式にカウム王国に抗議するよ。それもラクス・サルトゥース連合王国としてね」
「伝えることは可能ですが、連合王国名というのは間違いではないですかな。マーカット傭兵団もしくは傭兵ギルドとしてが適切だと考えるのですが?」
騎士の疑問にアルベリックは笑顔で答える。
「レッドアームズの傭兵、アルベリック・オージェではなく、サルトゥース王国のギュスターブ・ドゥ・モンテクレール公爵の三男、アルベリック・ドゥ・モンテクレールとしてね」
そう言ってペンダント状のオーブを取り出す。
騎士はそのオーブを確認すると、驚きのあまり目を見開き、数秒間固まった。
「モンテクレール家で間違いない……失礼しました! 直ちにプラマー閣下に伝えます!」
数秒間の沈黙後、彼はサルトゥース王国の貴族、それも上級貴族の一族であると知り、姿勢を正して答えると、すぐにプラマーの下に走り出した。
騎士を見送ったアルベリックは「この名前は出したくなかったんだけどね」と呟くが、すぐにいつもの表情に戻した。
司令官室では報告を受けたプラマーの怒号が響いていた。
「何だと! それは誠か!」
騎士は大きく頷き、「この目でしかと確認しました」と答える。
プラマーは暫し放心する。
(何かあると思ったが、まさかサルトゥースの貴族とは……それもモンテクレール家、最悪ではないか……)
プラマーの知識ではモンテクレール家はサルトゥース王国のエルフの代表、つまり王国最精鋭部隊であるエルフの魔術師部隊を統括する家であった。そのため、サルトゥース王国のみならず、連合王国を形成するラクス王国にも強い影響力を持っている。その力はサルトゥース王家に匹敵するとさえ言われていた。
ただし、現当主を含め、モンテクレール家の者は連合王国のみならず、サルトゥース王国の政治にも口を出すことはなかった。また、国王の即位や大規模な戦争のような特別な事情がない限り、領地に篭っているため、その実態は謎に包まれ、半ば伝説化していた。
プラマーが放心していると、部下の騎士が「いかがいたしますか」と声を掛ける。
その声で我に返ると、
「応接室にお通しするのだ。私もすぐにいく」
そう言いながら、ステラに拷問を加えさせたことをどう言い訳しようか考えていた。
(アルベリック殿はステラという娘を可愛がっていた気がする……もし、事が露見すれば、司令官職を解かれるだけでは済まぬかもしれん……)
この時、プラマーは恐慌に陥っていた。
名前だけは知っているが謎が多いモンテクレール家の関係者ということで、どう対処していいのか全く判断がつかなかった。それだけではなく、アルベリックの容赦のなさが彼を恐慌に陥らせたのだ。
プラマーはアルベリックがライアンに稽古を付けている話を聞いており、自分でも一度見にいっている。その時、薄笑いを浮かべながら稽古を付けるアルベリックにいい知れぬ恐怖を感じていた。
アルベリックは普段と変わらず飄々とした感じで応接室に入ってきた。
そして、「時間を取ってもらって申し訳ないね」といつも通りの軽い口調で話しかける。
いつものプラマーなら見下すような態度を取るのだが、今日は脂汗を掻きながら愛想笑いを浮かべていた。
「何用ですかな。アルベリック・ドゥ・モンテクレール殿」
「もう分かっていると思うんだけど……僕の仲間の尋問がそろそろ終わっているんじゃないかと思ってね。あの厳しいアクィラを越えて敵国に三ヶ月もいたんだ。ゆっくり休ませてやりたいなと思っているんだけど、まだ尋問は終わらないのかな」
プラマーは答えに詰まる。それを無視したアルベリックが、更に追い討ちをかける。
「やっていないとは思っているけど、まさか拷問なんて野蛮なことはしていないよね。あの子たちはミリース谷の英雄にして、ペリクリトル防衛の殊勲者なんだよ」
「いや、そのようなことは……」
「うんうん、当然だよね。僕もラクス・サルトゥース連合王国の貴族の一人として、連合王国の恩人でもある彼らと早く話がしたいんだけど、すぐにでも会わせてもらえないかな」
プラマーは即座に頷いた。
「了解しました。では取調室に一緒に行きましょう」
そう言って応接室を出ていこうとした。しかし、アルベリックは動かず、後ろから声を掛ける。
「そうそう、僕のことはできれば内密にしておいてほしいんだ。僕も変に有名人になっているから、これ以上面倒は嫌なんだよ。それに僕が貴族だとばれたら、ハミッシュたちと一緒にいられなくなるから。部下の人たちにもきちんと言っておいて。それと、口調も今まで通りに戻してほしいんだけど大丈夫かな」
プラマーは引きつった笑みを浮かべながら、「了解した」と言って頷いた。そして、「では、参ろうか」と言って歩き出す。
今度はアルベリックも大人しくついていく。
取調室に入ると、そこには拘束され、血塗れになったステラの姿があった。
アルベリックは彼女の破れた服の上から自らの上着を掛けながら、「これはどういうこと?」と彼にしては低い声で聞く。
プラマーはその殺気を含んだ声にガタガタと震えながら、「いや、私は何も……」とうろたえた後、
「私は命じておらん! 部下が、部下の誰かが勝手にやったことだ! だ、誰だ、こんなことをしたのは!」
大声で喚きたてるが、騎士たちはその醜態に怒りを覚えながらも、一流の傭兵であるアルベリックが放つ殺気に声を上げることができなかった。
「とにかく、すぐに縄を解いてくれるかな。それから、レイ君を大至急呼んできて。彼の魔法ならきれいに傷が消えるはずだからね」
プラマーではなく、騎士たちに向かって指示を出した。騎士たちはプラマーを見ることなく、すぐに行動を開始する。
アルベリックはしゃがみこみ、ぐったりとしているステラに労わるような声音で話しかける。
「大丈夫? 治癒魔法は僕が掛けてもいいんだけど、大きな傷はないみたいだから、レイ君に傷を消してもらうのでいいかな?」
ステラはニコリと笑い、「このくらいの傷ならレイ様の手をわずらわせなくても大丈夫です」と答える。
「駄目だよ。ステラちゃんも嫁入り前の女の子なんだから。傷が残るのはよくないよ」
アルベリックの本気とも冗談ともつかぬ言葉にステラは赤くなる。
アルベリックは立ち上がると、プラマーに視線を向ける。
「レッドアームズの仲間にこんなことをしてただで済むと思っていないよね」
ステラに掛けた言葉とは異なり、冷気を感じさせるほど冷え切った声にプラマーは震え上がる。相手は凄腕の傭兵だ。ここにいる部下が束になって掛かっていっても一蹴されるほどの実力者だ。
そして更に彼は、相手は他国の権力者の一人であり、ここで自分を傷つけても不問に付されるかもしれないと思い込む。
実際にはいかに権力者の一人とはいえ、他国の者が対魔族の重要拠点であるトーア砦の司令官を傷つけることはできないのだが、小心者のプラマーはアルベリックの奔放な振る舞いを思い出し、自分が斬り殺されるのではないかと震え上がる。
「い、いや、暴走した部下には必ず厳罰を与える。私が必ず……」
その言葉をアルベリックが遮る。
「ここの司令官は誰だったのかな? 責任者としてどうするつもり?」
追い込まれたプラマーは言葉に詰まり、顔を赤くしたり青くしたりしている。
「まあいいよ。ステラちゃんも無事だったみたいだし……」といい、もう一度殺気を込めた視線を送る。
プラマーは「あーあー」という意味不明の声を出すだけで言葉にならない。アルベリックはそれを無視して話を続ける。
「……だから、尋問はもう終わりでいいよね。それともまだ拷問をやるつもり?」
「ああ、この者たちが魔族の手の者でないことは充分に確認できた。もうこれ以上、取り調べはしない……」
プラマーは搾り出すようにそれだけ言うと、逃げるように取調室を出ていった。
残された騎士たちは自分たちに責任を押し付けた上官の背中を睨みつけていた。プラマーは子飼いの部下からも見限られた。
プラマーが出ていってから十分ほど経った頃、レイとアシュレイが取調室にやってきた。その後ろには獣人奴隷のセイスとヌエベが控えている。
レイは憔悴し座り込むステラの姿を見て「大丈夫!」と言って駆け寄る。そして、「誰にやられたんだ!」と叫びながら周りの騎士たちを睨みつける。
「誰だと聞いているんだ!」ともう一度叫ぶと、精霊の力を左手に溜めていく。アルベリックは危険を感じ、彼の左手を押さえると、
「今はそんなことをしている暇はないよね」
更にステラも「この方たちは命令されただけです」と言って微笑み、
「手加減もしてもらいましたし、治療もきちんと受けています。だから私は大丈夫です。でも、ありがとうございます。私のために……」
レイは僅かに冷静さを取り戻すが、ステラの顔を見て更に怒りが込み上げてくる。彼女は長時間の拘束と出血により、蒼白になっていたのだ。
アルベリックは押さえている手に力を込め、自分の方に意識を向けさせる。
「ステラちゃんの傷跡が酷いんだ。血は止まっているけど、このままじゃ傷跡が残っちゃう。レイ君ならきれいに消せるよね」
そう言って上着を取る。レイはズタズタになり血に塗れた彼女の服を見て、自分を責めた。
「予想できたことだった。ごめん。痛かったよね……」
ステラは「このくらいなら大丈夫です。里の訓練の方が厳しかったですから」と微笑む。
「ともかく、尋問は終わったのだろう。ならば、ここを出よう」とアシュレイが提案し、アルベリックも「司令官が部屋を用意してくれるって言っていたよ」と言って部屋を出ることを促す。
アルベリックは騎士たちに向かって、
「誰か僕たちがどこに行ったらいいのか確認してきてくれるかな。それと待っている間に治療ができる場所も教えてほしいね」
その言葉に騎士たちは一斉に動き出す。アルベリックに感じた殺気と、詩にも歌われるほどのレイの魔法に恐怖したためだ。
取調室近くの一室に案内され、レイはステラに治療を施した。
彼はすべての傷が消えるよう祈りながら、治癒魔法を掛けていく。
鞭によって付けられた何本もの醜い傷跡が消えていき、彼女本来の真っ白な素肌に変わっていく。その奇跡的な光景にベテラン治癒師でもあるアルベリックが感嘆の声を上げる。
「いつ見ても凄いね、レイ君の魔法は!」
見る見る治っていく姿にアシュレイも頷いている。五分ほどで治療を終えるが、その頃には彼も冷静さを取り戻していた。しかし、ステラの素肌を見ていたという事実にようやく気づき、慌て始める。
「これを着て……」と言って自分の上着を渡し、赤くなった顔を誤魔化すようにアルベリックに話しかけた。
「アルベリックさんのお陰で助かりました。でも、よくあの司令官が言うことを聞きましたね」
アルベリックはあいまいな笑みを浮かべ、
「レッドアームズを敵に回したくなかったんじゃないかな? それとも白の軍師殿に報復されるのが怖かったとか。どっちでもいいんじゃない。とにかく、みんな無事なんだから」
レイは何となく納得しがたいものがあったが、出発できるということに安堵する。
「後で話しますけど、今後のことです」
「うん。僕もルナって娘のことで聞きたいことがあるしね。もっとも僕よりライアンの方が聞きたそうだけど」
ステラは話を聞きながら、これで危険が去ったと内心で喜びを感じていた。
(ソキウスはルナさんがいてもずっと敵地だったし、ここもそうだった。でも、これから当分は敵地ではないわ。これであの方が傷つく可能性は減るはず……)
そう思いながら、レイの笑顔を目で追っていた。
アルベリックの秘密がようやく出せた!
第二章で登場した時からの設定ですが、出すタイミングがなかっただけなんです(笑)。
今年最後の更新となりました。一年間応援ありがとうございました。
来年もよろしくお願いします。
それでは、よいお年を!
次話は年明け早々の元日を予定しております!




