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トリニータス・ムンドゥス~聖騎士レイの物語~  作者: 愛山 雄町
第五章「始まりの国:神々の島」

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第三話「虚無の反撃」

 三月二十九日の夜。

 ソキウスの西方進出拠点レリチェ村で月の御子ルナを歓迎する宴が行われている。

 千人からなる護衛たちと元からいる兵士や住民を合わせて三千五百人ほどがおり、村全体が祭のような状態になっていた。


 ルナはタルヴォ・クロンヴァールら主要な族長たちと共にいたが、レイは少し離れた建物の中にいた。到着時のネストリ・クロンヴァールの暴走によって、彼が鬼人族の宿敵、白の魔術師であると知られたため、絡まれることを嫌ったのだ。

 もちろん、ルナがレイのことをここの兵士たちに説明しているが、この村ではレイに惨敗しボロボロになって逃げてきた兵士を受け入れているため、“白の魔術師”という名に対し、素直に受け入れることができない者が多かった。


(変な目で見られても、ネストリのように襲ってくることはないし、タルヴォ殿が護衛も付けてくれている。出発は明後日の四月一日の朝だ。それまで我慢すればいい……)


 明日一日は休養と補給にあて、明後日の朝出発することになっており、一日我慢すればいいと、レイはあまり気にしないようにしていた。


「タルヴォ殿に聞いたが、ネストリはザレシェに連れて帰るそうだ。タルヴォ殿自身は処刑すべきだと思っていたようだがな」


 アシュレイが言う通り、タルヴォ自身は自らの息子ネストリを処刑すべきだと考えていた。それはネストリが月の御子であるルナに対して敬う態度を見せないだけでなく、傷つける恐れがあったためで、クロンヴァール家および大鬼族として厳正なる処分が必要だと考えた。

 しかし、当のルナが寛大なる処置を行うようにと公言しており、御子の言葉を無視することができずにいる。


「タルヴォ殿は自分にも厳しい人だからね。僕も処刑までは必要ないと思っているんだけど」


「それは甘いと思います」とステラも話に加わってきた。


「どうしてかな? ここにいる鬼人族はルナに心酔しているから、僕たちのことを気に入らないと思っても襲うことはないと思うよ。それに闇の神(ノクティス)は安寧を司る寛容な神だよね。だとすれば、その代理の月の御子が寛容さを見せてもおかしくはないと思うけど」


「本当にそうでしょうか?」とステラは言い、


「確かにルナさんに心酔しているように見えますけど、私にはザレシェの人たちより打算的に見えます」


「打算的? アッシュはどう思う?」


 彼の問いにアシュレイは「うむ」と言って少し考え、「ステラの言うことは何となく分かる」と答えた。レイが首を傾げていると、理由を説明していく。


「まず、エイナル・スラングス殿の態度だ。彼の態度が芝居くさく見えるのだ。族長たちがいるから、無理やり合わせているように感じる。どこがと言われると困るがな」


「私も同じです。タルヴォ殿やソルム殿といる時といない時で態度を大きく変えています。これはウノさんたちも確認しています」


 二人の話にレイも悩み始める。


「何を狙っているんだろう? 族長たちの態度を見れば、ここから西側に攻め込む可能性がなくなったことは分かるはずだよね。今更、僕たちを襲っても意味がないと思うんだけど……」


「武人としての矜持というものでもなさそうだ。あの者からは武人の魂を感じることはないからな……」


 アシュレイがそう呟く。


「ここの人たちに警戒しておいた方がいいというのは分かったよ。いずれにせよ、ルナがここに戻ってきた時のことをタルヴォ殿に頼んでおかないといけないしね」


 レイもネストリだけでなく、ここレリチェの鬼人族を信用し切れずにいた。

 そのため、出発前にスラングス家の当主イストに抑えてもらうよう依頼している。しかし、現状を見る限り、少なくともタルヴォか、小鬼族のソルム・ソメルヨキ、中鬼族のヨンニ・ブドスコら、ルナに命を捧げることを厭わず、更に政治力のある人物に対応してもらわないと、彼女が戻ってきてもザレシェに戻れない可能性があると考え始めていた。


■■■


 ネストリ・クロンヴァールは牢の中で鬼人族たちが宴で騒いでいる声を聞いていた。彼は両手両足を拘束され、身動きが取れない状態で悔し涙を流している。


(何がそんなに楽しいのだ! 西に行った戦士たちは奴に殺されているんだ!……あの月の御子もそうだ。恩を売っておけば、俺が靡くと思っていやがる。あの女を連れてくるために兄上たちは死んだ。そんなことが認められるか!)


 そんな時、彼の心の中にある声が聞こえてきた。


『お前の兄、英雄オルヴォ・クロンヴァールの仇を討ちたいか……』


 その声は昏《くら》い深淵から湧き上がってくるような冷たい闇のような声だった。

 ネストリはその声にブルッと震えるものの、「仇を討てるのか」と呟いた。


『我に従えば、仇を討たせてやろう……』


 その声はネストリの心の中に浸透していく。彼の心はレイへの憎しみで満たされたが、その顔は穏やかなものに変わっていた。


『月の御子に謝罪したいと父に申し出よ。そして、奴らが出発した後……』


 その声は彼に策を授けていく。

 ネストリは拘束された状態であるにも関わらず、穏やかな笑みを浮かべたまま眠りに落ちていった。


■■■


 エイナル・スラングスは宴を抜け出し、自らの執務室に入っていた。タルヴォが自分を更迭すると考え、不都合な書類が残っていないか確認しに来たのだ。


(権限を逸脱しているのは眷属の召喚を増やしたことくらいだ。御子は眷属召喚を禁じたと言っていた。だとすれば、このことは後で問題になるかもしれん……)


 彼は第二次侵攻作戦を想定し、オークとゴブリンの増産に入っていた。そのため、苗床と呼ばれる女性を確保する目的で、ソキウスの村から若い人族の女性を独断で攫っていた。このことはタルヴォたちも途中の村で聞いており、調査が必要だと認識している。ルナたちが出発した後に調査することは間違いなく、事実が発覚すれば彼が処断されることは必至だ。


 彼は関係する書類を処分し、更に秘密裏に苗床を処分する方法を考え始めた。使えそうな部下を思い浮かべていると、突然、頭の中に声が聞こえてきた。


『このままでは貴様は破滅だ……我に従えば、破滅を回避するだけでなく、長となることすら可能だ……』


 エイナルは最初、その怪しげな声を無視しようと思った。


(胡散臭い……月魔族の呪術師が魔法を使っているのか?……)


 彼は月魔族のヴァルマ・ニスカが意趣返しのため、自分を陥れようとしているのではないかと疑った。しかし、その声は彼のそんな考えを無視して、具体的な策を語り始めた。


『御子たちが出発したら、部下たちを集めて密かに護衛につくと命令するのだ。そして、白の魔術師を殺し、御子を手に入れろ。御子を使って眷属を召喚すれば、魔将《アークデーモン》すら超える最強の眷属を得ることができる。さすれば、貴様は何も恐れる必要はない……』


 エイナルはその策に魅力を感じていく。


(最強の眷属だと! 確かに力を持った者を使えば、強力な眷属を生み出せる。それが月の御子なら……しかし、私に眷属召喚ができるのか? いや、できるはずだ。できるからこそ、私に声を掛けたのだから……)


 彼は操り手(テイマー)の才能を持つものの、能力は低い。そのため、西方派遣軍に選ばれなかったのだが、彼は自らの不都合な事実を忘れ、頭に響く甘美な声に心を支配されていく。


 獣人奴隷部隊のオチョは屋根裏からエイナルの行動を監視していたが、突然動きが止まったことを不審に思うものの、何が起きているかまでは全く分からなかった。

 僅か十秒ほど書類を処分する手を止めていただけで、すぐに書類の処分を再開したため、オチョはエイナルが単に考え事をしただけだと判断し、誰にも報告しなかった。

 仮に魔法の才能がある者がいても、エイナルの変化に気づく者はいなかっただろう。この世界で通常使われる精霊の力が全く働いていなかったのだから。


■■■


 翌日、レイたちはこの先に必要になる物資の確保を始めた。既に保存食などはザレシェで入手しており、充分な量を確保している。

 しかし、ルナとイオネ、そして彼女たちの護衛であるセイスとオチョは、レイたちがトーア砦に入った後、トーア街道を西に進み、四十km(キメル)先のタルエルジグの町近くで合流することになっていた。


 タルエルジグはトーアに最も近い冒険者ギルド支部のある町で、ここでソキウスのオーブしか持たないイオネを冒険者として登録してオーブを作る。そのため、レイたちがトーア砦に入った後もトーア街道を進み、適当なところで野営して待つ必要があった。


 また、レイたちが砦に入った後、尋問を受けることは間違いなく、それにどの程度の時間が費やされるか、全く読めない。そのため、ある程度余裕を持っておいたほうがいいと彼は考えた。

 もちろん、オチョたちが途中の村で物資を購入することは可能だが、彼らも奴隷ということで何かの拍子で身分が露見すれば、単独行動していることを疑われる可能性は否定できず、レイは可能な限り人と接触しない方針を採ることにしていた。


 午前中に必要な物資を手に入れると、昼からはのんびりと休養するつもりだったが、タルヴォがルナのもとを訪れた。


「愚息が御子様とレイ殿に謝罪したいと申しております。もし、お時間をいただけるならば、ご足労いただけまいか」


 ルナはあのネストリが素直に謝罪するとは思えなかったが、タルヴォが頭を下げたため、了承した。


「構いませんけど、本当に謝罪を?」


「ネストリが朝一番でそう言って参ったのです。儂としては認めたくなかったのですが、村の者たちが機会を与えてやってほしいと嘆願してまいりまして……」


 タルヴォもネストリに面会し、涙を流して謝罪する姿に本心だと感じた。更にエイナルらレリチェ村の者たちが謝罪の機会を与えてほしいと嘆願してきたことと、ルナが戻ってきた際の憂いとしないためにも一度謝罪させた方がよいと考えた。


「僕にも謝罪を?」とレイも疑問を感じたが、ルナの周りにいる闇の精霊たちが働きかけたのかもしれないと考え直す。


 レイとルナはアシュレイらを伴って牢に向かった。

 牢は村の外れにあり、大鬼族が暴れても壊れないよう、一辺が二十cm(セメル)以上ある、柱のような角材で牢は作られている。


 中には未だに両手両足を拘束され、転がされているネストリの姿がある。


「お前のために御子様がお越しくださった。だが、これ以上クロンヴァール家を貶めるようなことがあれば、御子様のお言葉があろうともお前を処刑する。そのことを肝に銘じておけ」


 そう脅した後、彼は牢の中に入り、ネストリの身体をルナに向ける。

 ルナは彼の顔を見て、思わず声を上げそうになった。それは昨日の好戦的な表情ではなく、別人のように穏やかな表情だったからだ。


「昨日は御子様に対し、無礼の数々、平にご容赦のほどを。言い訳になりますが、兄オルヴォを失った悲しみ、悔しさに我を忘れておりました」


 そう言って頭を下げようと身体を傾ける。そして、レイの方に視線を向けると、同じように謝罪の言葉を口にした。

 その様子にルナだけでなく、レイ、アシュレイ、ステラも言葉を失っていた。


(鬼人族にこれほどの芝居ができるとは思えない。私が見ても殺気の欠片もない。本当に心から謝罪したいのかしら……)


 ステラはそう思いながら、ウノに目配せを送る。ウノは彼女の意図を悟り、小さく首を横に振り、殺気がないことを伝えた。

 レイも鬼人族に腹芸ができるとは思わっておらず、ネストリが改心したと感じていた。


(闇の精霊の力なのかな? あれほどの怒り狂っていたのに今は聖人のような落ち着きがある。鬼人族の若者にこんな芝居ができるはずはないから、本当に改心したんだろうな……)


 ルナはレイたちの顔を見た後、大きく頷いた。


「あなたの謝罪を受け入れます。ソキウスの同志として一緒に理想に向かっていきましょう」


 ネストリは彼女の言葉に涙を流しながら感謝の言葉を口にする。


「あ、ありがたき幸せ……今後は御子様のため、国のために身を粉にして働く所存……」


「では、ネストリ殿の縄を解いてあげてください」とルナが言うと、イオネが反対の声を上げる。彼女は昨日治癒魔法を掛けた時にネストリが呪詛の言葉を吐いていたことを思い出したのだ。


「いけません! この方は御子様に殺意を抱いていました。せめて明日出発するまではこの牢に入れておくべきです!」


 ルナは慈愛に満ちた表情を浮かべ、「大丈夫です。私はネストリ殿を信じます」と言ってもう一度縄を解くように促した。

 タルヴォは一瞬ためらうものの、自分が力ずくで止めればよいと考え、縄を解いていく。

 すべての縄が解かれた後、ネストリはその場に平伏し、謝罪と感謝の言葉を口にした。


「昨日のことは我が一生の恥。今一度謝罪をいたします……そして、私のようなものを信じていただき、ありがとうございます」


 その真摯な姿に誰もがネストリが改心したと信じた。ただ一人、イオネだけは疑いを捨てなかったが、彼女もタルヴォたちが抑えてくれるだろうと楽観していた。


 タルヴォはイオネの懸念を考慮し、ネストリに謹慎を命じた。


 その後、エイナルとも話をするが、彼も慇懃無礼な態度を改め、心から崇拝するようになっていた。彼に疑いの目を向けていたステラですら危険が無いと感じるほどだった。

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