第二十七話「対決:後篇」
ブルーノ・アトリー男爵はここ最近の光神教の闇の神殿への嫌がらせについて、執務室で報告を受けていた。
そして、一昨日、彼が監視しているレイ・アークライトとアザロ神官長が闇の神殿で衝突したことも知っていた。
(あの男はトラブルを呼ぶ体質なのか? セロンという冒険者との決闘騒ぎ、そして、今回の光神教とのトラブル。報告だけ見れば、彼が被害者なのだが、どうも無用な波風を起こすようにしか思えん。監視を強めるか、それともここから退去させるか……)
男爵はレイが聞けば憤慨しそうな感想を抱いていた。
そして、愛する自分の街に災いを呼ぶのではないかと、不安に思っていた。
(まだ、儂たちを襲わせた主犯が見付かっておらん。彼が犯人でないことは確かだが、どうも藪を突つく癖がある。早く犯人が見付かって欲しいが、どうも大事になりそうな気がする)
男爵はアシュレイが以前言っていたように、レイを危険視していた。だが、それは彼女が言っていた意味とは違い、”災いを呼ぶ男”という意味だった。
そして、その男爵の下に、レイがアザロ司教を告発したという知らせが届く。
(やはりか。大事になっていなければ良いが……やはり、あの男はこの街には相応しくない。だが、あの狂信者を道連れにしてくれるなら、彼にも存在意義はある……)
男爵は執務室を出て、謁見の間にもなっている大広間に向かった。
レイとアシュレイは実行犯二人を館の警備の兵に預け、アザロ司教を闇の神殿にある墓を荒らした真犯人であると告発した。そして、執事のエドワードに案内されるまま、大広間に向かう。
既にアザロ司教も到着しており、傍らにはバッサーニ司祭も控えていた。
(ここまでは計画通りなんだけどなぁ……何かちょっと裁判っぽいんだけど、何でこんなことをしているんだろう?)
彼は自分が言い出したことにも拘らず、物々しい雰囲気に怖気づき始めていた。
だが、アザロ司教の自信有り気な顔を見て、気を取り直す。
(今のうちだけだ。その余裕は。闇の神殿での行いも頭に来たけど、アシュレイへの暴言は絶対に許せない。今回の件で僕のことを敵視しているみたいだし、絶対に負けられない)
彼は決意を新たにするが、相手を油断させるため、おどおどした態度で広間を見回すことにした。
レイたちが大広間に入ってから数分後、アトリー男爵がやってきた。後ろには守備隊の騎士たちを伴い、厳しい表情で上座の椅子に座る。
「第七級冒険者、レイ・アークライトより光の神殿の神官長、ザンブロッタ・アザロに対する告発を受理した。告発の内容は告発人より再度述べてもらう。レイ・アークライト、告発の内容を述べよ。本陳述は筆記され、正式な書類に残す。間違いのないように正確に述べよ」
重々しい男爵の言葉に、レイの緊張はピークに達した。
(本当にご領主様って感じだ。駄目だ、緊張してきた……どうしよう……何かしゃべらないと……)
「えっと、こ、ここにおられます光神教のアザロ神官長が闇の神殿に対して、嫌がらせをして……」
(ああ、駄目だ。もっと冷静になれ。心の中で深呼吸だ。ふぅー。よし、もう一度最初から……)
「申し訳ありません。もう一度最初から話します。ここにおられますアザロ神官長ならびにモルトンの光の神殿を、闇の神殿横にある共同墓地及び遺体の損壊の罪で告発します。更にその罪を闇の神殿になすりつけ、闇の神殿をここモルトンの街から排除しようとし、住民の安寧を奪おうとした罪でも告発します」
男爵は鷹揚に頷く。そして、目で話を続けるようレイを促す。
「証拠は墓荒しの実行犯二名と、本日の朝のアザロ氏の発言です。証人については、後ほど尋問するとして、問題のアザロ氏の発言ですが、昨夜実行された墓荒しについて、我々及び闇の神殿が被害を報告していないにも拘らず、墓荒しの事実を伝えてきました。この事実を知りうるものは、被害者である闇の神殿、調査を受けた私レイ・アークライトとアシュレイ・マーカット、墓荒しの実行犯、そして、墓荒しを行わせた者しかおりません。また、実行犯を尋問したところ、光の神殿関係者から直接依頼されたと自白しました」
レイはここで言葉を切り、周囲を見渡す。そしてアザロ司教に目を合わせた後、男爵に向き直る。
「以上が告発の内容とその証拠になります」
男爵は「うむ」と頷いてから、アザロ司教に、
「反論はあるか、アザロ神官長?」
アザロ司教は、光神教内の正式な肩書きで呼ばれないことにイラつきながらも、余裕の表情を作り、
「閣下に申し上げます。全くの事実無根。わが光神教の誰が墓荒しを命じたのかすら、明かされておりませぬ。更に小職が闇の神殿を糾弾しに行ったことは事実でございますが、墓荒しが行われた事実を確認した上のこと」
男爵はその言葉に目を細くして、
「ほう、どうやって確認したのか?」
「はい、わが教団も墓地での屍食鬼の噂を聞き、憂慮しておりました。ですので、密かに教団の者を派遣し、屍食鬼が現れた場合に被害が出ないよう退治するつもりでおりました。その者が墓荒しがあったという事実を小職に伝え、小職が闇の神殿を糾弾しに行ったわけでございます」
男爵は身を乗り出すようにして、先を促す。
「もう少し具体的に話してくれんか。誰が、どういう報告をし、神官長がどう糾弾したのかを」
「わが教団の司祭、フラヴィオ・バッサーニが確認しております。バッサーニによれば、屍食鬼が闇の神殿から現れ、墓を荒らした後、神殿に戻っていったと。更に雇われた冒険者たちを騙すため、闇の神殿が街のゴロツキを集めていたと。それゆえ、小職は闇の神殿に対し、屍食鬼を隠す悪魔の手先と糾弾したのでございます。闇の神殿には屍食鬼の体が残っているはずです。二十代半ばの若い男の姿をしていたと報告されておりますので、ご確認いただければ、わが証言に間違いが無いことが証明されるはずでございます」
「うむ。よく判った。レイ・アークライト、何か言いたいことはあるか?」
レイは切り札であるバッサーニを使う前に、アザロ司教を逆上させることにした。
(冷静さを装っているけど、内心怒り狂っていそうだ。一度火をつけてやれば逆上するはず。その方が対処しやすいし、男爵の判断もこっちに傾きやすい……)
「直接この件に関係ないのですが、確認しても構わないでしょうか?」
男爵は何を聞くのだと言う表情を見せるが、
「必要なことなら構わぬ。但し、あまり時間は掛けぬように」
レイは男爵に頭を下げ、「ありがとうございます」と礼を言ってから、
「アザロ神官長に聞きたいのですが、なぜ、闇の神殿を敵視するのでしょうか? 闇の神殿のヘイルズ神官長は穏やかな人物です。若い神官たちも穏やかで、質素な生活を営むだけで問題はないと思うのですが?」
アザロ司教は突然の質問に驚くものの、自論を展開できる機会だと、喜んで話し始めた。
「闇の神、ノクティスは、光の神、ルキドゥスのように人間に遍く幸福をもたらす神と違い、魔族も信仰する神なのだ。その一点だけでも十分にこの世から消し去るべき存在なのだが、更に闇の魔法は人の心を操るのだ。闇に心を操られた者はその害悪を周囲に撒き散らす。闇の魔法の根源、ノクティスは撃ち滅ぼすべき存在なのだ……」
アザロ司教の演説が五分を過ぎたところで、男爵が「もう良かろう」と遮る。話の腰を折られた司教は嫌な顔をするが、黙って引き下がった。
レイは司教の言葉を聞き、
(全く一神教の悪いところを集約したような考え方だな。一点のみを捉えてすべてを否定する。それも否定した相手は例外なく悪魔に認定される。ルークスに行こうかと思ったけど、行く気がなくなるな……だが、切り口は見付かった……)
「それではアザロ神官長は、闇の魔法は存在すら認められないと?」
「その通り。闇の魔法など害悪以外の何者でもないわ。使う者すべてを撃ち滅ぼし、二度と使う者が現れないようにすべきものだ」
「なるほど。では、光の神殿、いや、光神教では奴隷制度に反対なわけですね? 奴隷の首輪は闇の魔法を使った物。そのような”穢れた”道具を光神教はお認めにならないと」
アザロは思わぬ問いに答えを窮し、焦っている。
「い、いや、奴隷は生き方を誤った者たち。その者たちに使うことは全く問題ない」
「それはおかしくないですか? 闇の魔法を否定するなら、奴隷制も否定しないとおかしいでしょう? それとも光神教は闇の魔法、いえ、他の魔法も独占したいために、他の神殿を排斥しようとしているのではないですか?」
レイの辛辣な言葉に司教の顔が一気に紅潮する。
「な、何を証拠に……痴れ者が! わが光神教をそのような下賎な考えで貶めるとは!」
レイは更に追い討ちを掛けるべく、馬鹿にしたような口調で質問を続ける。
「答えになっていませんよ。闇の魔法を否定するなら、奴隷制を否定するべきという問いに。まあ、いいですよ。どうせ答えられないのでしょうから。もう一つ教えてください。ルークス聖王国では獣人たちを狩りだし、奴隷にしているそうですが、本当ですか?」
アザロは話題が変わったことにホッとしていた。
「獣人は前世の穢れによって人間になりそこなった者たちだ。更に獣人たちはルキドゥスを崇めぬ。そのような者たちを、我ら光の神の子らの役に立てるのに何が問題なのだ? そのような馬鹿げた問いに答えるまでもないわ」
「ということは、獣人に限らず光神教の信者にならないと、奴隷にされても仕方がないということですね。光神教は遍く世に光を照らすと聞きましたが、照らすのは教団に従順な者たちだけということですか……聖都におられる高位の聖職者の方たちはそのようなことは言っていないと思いますよ……それは、あなたの勝手な解釈ではないのですか。その独善によってどれだけの人が迷惑を蒙っていると思っているのですか」
その言葉にアザロはまだ反論しているが、彼は聞いていなかった。
彼はバッサーニ司祭が話しやすいように、教団の上層部の考えと、アザロ司教の考えが違うことをさり気無く伝え、止めに入ることにした。
「閣下、今の話で告発内容を変更したいのですが、よろしいでしょうか?」
男爵はこの問答を、この男がどう使うのか興味を持って見ていた。
そこに今の発言があったため、即座に了承する。
「どのように変更するのか、申してみよ」
「はい、今の話を聞く限り、アザロ神官長の独断で行われ、光の神殿自体に罪は無いのではないかと思いました。告発する相手をアザロ神官長個人に限定いたします」
「良かろう。それではアザロ神官長個人に対する告発とする」
(これでバッサーニはこちらに着くことに躊躇いがなくなるはずだ。それにうまく行けば、光神教の教団と揉めなくてすむ)
「閣下、それではアザロ神官長がおっしゃった墓地を監視していたバッサーニという方に証言をしていただきたいのですが」
「うむ、アザロ神官長、その者はここに連れてきておるのか」
アザロは怒りのため、男爵を見ることすらせず、バッサーニの方を見て、「バッサーニ、証言を」と命じていた。
未だ興奮が収まらないアザロはバッサーニの証言でこの茶番が終わると楽観していた。
(これで終わりだ。バッサーニが処分した男を屍食鬼に仕立て上げれば、すべてはこちらの思い通りになる。このクソ忌々しい男は後でじっくりと追い詰めてやる……)
バッサーニ司祭は、一瞬だけレイと目を合わせた後、男爵の前に進み出た。
「閣下に申し上げます。私、光の神殿の副神官長フラヴィオ・バッサーニは自らを告発いたします」
その言葉に広間にどよめきが広がる。
男爵は事態が掴めず、
「バッサーニ副神官長、もう少し判るように説明してくれんか」
「申し訳ございません。私はアザロ神官長の命を受け、闇の神殿を貶めることに手を貸してしまいました……」
バッサーニは自分がアザロに命じられ、闇の神殿に屍食鬼騒動の罪を被せようとしたことを告白していく。
「……私はわが教団が雇った墓荒しの実行犯を殺害しました。それはアザロ司教からの命令、発見された場合は処分しろというものを守っただけですが、人を殺した事実に変わりはありません……」
レイはその言葉を聞き、
(しまった! ここで殺人犯になってしまったら、このあとの展開が……この人の性格を読み誤ったかも。もう少し出世を目指す人かと思ったけど、意外に真面目な人だったんだ……)
レイはそう思っていたが、バッサーニの考えは異なっていた。
彼は神殿に戻った後、実行犯の一人が死んだことをアザロ司教に告げたが、司教はそのことを利用しようとした。それは闇の神殿に安置されていることを利用し、その死体を屍食鬼に仕立て上げようとしていた。
彼はその企てを失敗させるため、自らが殺したただの男と証言することにしたのだった。
もし、その男を殺したことを言わなければ、アザロ司教が”バッサーニは殺人者であり、証言が信用できない”などと反撃に出る可能性があったからだ。
「……以上が私の知りうる事実でございます。どのようなご裁定にも従います」
バッサーニはそう言った後、頭を深々と下げ、元の席に戻っていった。
男爵はアザロ司教に向かって、強い口調で問いかけた。
「どういうことかな、神官長! 神官長自らがそのような暴挙に出ていたとの証言だ。反論することがあればしてみるがいい!」
この急激な展開にアザロの頭の中は真っ白になっていた。そこに男爵からの弾劾の言葉が突き刺さり、彼はパニックに陥っていた。
「し、小職は……私は悪くない……闇の神を擁護する者すべてに災いあれ! お前たちは判っておらぬのだ! 真に偉大な神は光の神ルキドゥスであることを! われら光神教に従い、真に平和な世を作ることをなぜ邪魔する! ええい! ここにいる者どもはすべて悪魔の手先! 神よ! 我に力を与え給え!」
アザロは錯乱し、光の魔法を発動しようと、呪文を詠唱し始めた。
レイは武器を持っていなかったが、すぐに光の矢を作り出し、アザロに向けて放つ。
光の矢は真直ぐアザロの方に飛んでいき、彼の肩に深々と突き刺さった。彼はその痛みで詠唱を中断してしまった。
守備隊の騎士たちは、その絶好の機会を捉え、アザロを取り押さえる。
「光の神殿の神官長、ザンブロッタ・アザロに申し渡す! レイ・アークライトの告発を真実と認め、その方の罪を問うこととした。大神殿から派遣された神官長を罷免する権利を儂は持たんが、この件は必ず大神殿に伝え、厳重な処分を求めるぞ!」
魔法を発動しようとしたアザロに怒りをぶつけた男爵は、バッサーニに向かい、
「バッサーニ副神官長、そなたのような清廉なものが光神教にいたとは気付かなかった。そなたのような者ばかりなら、光神教も受け入れられたかも知れんな。よって、殺人の罪は問わん。墓地の監視も狂人の命を受け、止むを得ず行ったものだろう。それに殺した相手は墓荒しの犯罪者だ。犯罪の抑止を行ったと解釈しよう」
頭を垂れるバッサーニに更に話を続ける。
「そなたは新たな神官長が着任するまで、光の神殿を”適正”に管理してくれ。神官長はこちらで預かることが出来ん。神殿で厳重に閉じ込めておけ。これは依頼というより命令だ。必要なら騎士を派遣する」
「閣下のご厚情、ありがたき幸せにございます。閣下のご指示につきましては、このバッサーニ、命に代えましても成し遂げます」
レイはこの急展開についていけなかった。
(こんな展開になるとは……結果的には良かった? でも、アザロ司教を処分できないとは知らなかった。聖都ってどのくらいの距離なんだろう? その間、司教はただの軟禁状態ってこと?)
呆けているレイに向かって、男爵が声を掛ける。
「レイ殿。また、命を助けられたということになるのかな?」
「いえ、今回は私が持ち込んだものですから……ご迷惑をお掛けしました……」
「まあよい。アザロ司教のことは、神殿と儂の方で何とかする。決闘騒ぎに今回の騒ぎ、できればもう少し平穏に暮らしてくれんか」
レイは深々と頭を下げ、「気をつけます」と小さく答えるだけだった。




