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トリニータス・ムンドゥス~聖騎士レイの物語~  作者: 愛山 雄町
第四章「魔族の国・東の辺境」

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第六十話「従者候補」

 三月二日の夜。

 神殿の外の熱狂も止み、今はいつも通りの静かな都に戻っている。

 レイたちは夕食を終え、ゆっくりと時間を楽しんでいた。午後に行われたルナの演説が終わった後、明日からの準備を行ったが、それも夕方には終わり、今のところ身体を休める以外にすることがない。


 レイと一緒にいるのはアシュレイとステラ、そして獣人奴隷部隊のウノたちだけだ。月の御子であるルナは演説の後、寝室に向かい、身体を休めていたのだ。

 夕食は一緒に摂ったものの、その後もすぐに寝室に戻っている。

 但し、それは体調不良だったからではない。深夜に回復した後、休息する時間が少なかった割にはルナは元気だった。

 特に午後の演説の後は普段よりも調子がいいと言っていたほどで、イーリス・ノルティアやヴァルマ・ニスカは神々から力を得たのだと確信していた。しかし、レイが虚無神ヴァニタスに精神を乗っ取られそうになった後遺症を心配し、念のため休んでいるのだ。


「明日はいよいよ鬼人族の前に立つのだな」


 アシュレイが呟くようにそう言うと、レイは「そうだね」と気負いもなく答えた。


「しかし、本当に大丈夫なのでしょうか? 確かに今日のルナさんのお話を聞く限り、鬼人族も納得すると思うのですが……ヴァニタスがまた何かしてくることは考えなくてもいいのでしょうか?」


「そうだね。何といっても神なんだから油断はできないと思うよ。でも、今から心配してもできることはないと思うんだ」


 レイの答えにステラも「そうですね」と頷くことしかできなかった。


「この先の計画なのだが、もう一度確認しておこう……」


 アシュレイがそう言って明日以降の行動方針を話し始めた。


「鬼人族とロウニ峠で対するのは明日の夜。恐らく深夜だ。そこでルナが上手く説得したとして、出発するのは翌日の三月四日だろう。ザレシェまでは山道が五百km(キメル)ほど続く。我々は馬車と馬を使うとして、十五日は見ておかねばならん。ザレシェで鬼人族たちを説得したとして、トーアまでは三百五十キメル。馬で進むとしても十日は掛かる。ここまではよいな」


 彼女の言葉に二人は大きく頷く。


「つまり、トーアには早くても四月にならねば到着できんということだ。我々が出発してから既に二ヶ月。トーアに戻る頃には三ヶ月だ。父上たちは既に砦を去っているだろう。そんな場所にソキウス側から戻って大丈夫だろうか」


 彼女の懸念はマーカット傭兵団(レッドアームズ)がトーア砦を去っていることだった。元々、マーカット傭兵団は魔族討伐協定によってペリクリトルからトーア砦に向かったが、既に魔族軍の主力である大鬼族は東に戻っており、トーア砦に居続ける理由がない。


 ハミッシュ・マーカットが理由をつけて残ろうとするだろうが、費用や契約の問題があり、二月半ばには本拠地であるラクス王国の王都フォンスに向かって出発していると考えていた。

 つまり、トーア砦に味方となる人物がなく、誰一人戻って来たことがない永遠の闇(クウァエダムテネブレ)と呼ばれる魔族の地から戻れば、スパイとして拘束され、最悪処刑されるのではないかと懸念している。


「ウノ殿たちに伝令になってもらい、レリチェから密かにカウム王国に入った方がよいのではないか」


「それは難しいと思うな。僕たちはトーアから出発しているんだ。密かに戻れば、それこそ疑われてしまうよ。まあ、ウノさんたちの誰かに伝令に行ってもらうのはありだと思うけどね」


 レイはそう言ってニコリと微笑む。


「そこまで先のことは、今は置いておこう。ザレシェを出発する時に考えればいいんじゃないかな」


「確かにそうだな。明日のことが不安で先に目をやりすぎていたようだ」


 アシュレイは内心では不安を感じていた。怒り狂った鬼人族を説得できるのか、説得できたとして無事に西側に戻れるのか、戻れたとして自分たちが疑われることがないのかと不安要素が尽きないためだ。


(敵が鬼人族ならそこまで考えなくていい。だが、敵は邪神。それも人の心を操ることができるのだ。だといって私にはどうすればよいか分からぬ……)


 そっけない感じで対応したレイだったが、彼女と同じ懸念を抱いていた。しかし、今この時点でできることはないと割り切っている。


 微妙な空気が流れた中、扉をノックする音が聞こえてきた。

 ウノがレイに「ヴァルマ殿です。人族が一人同行しています」と耳打ちすると、すぐに「ヴァルマです」という声が聞こえてきた。


 ステラが扉を開けると、ヴァルマと共に一人の人間の女性が立っていた。その女性は三十代後半くらいでやや簡易な感じの神官服を身に纏っている。美人という感じではないが、柔和な雰囲気があり、更に思慮深いようにも見えた。


「この者はイオネ、御子様に同行する予定の者です。神官見習いですが、治癒師としてはなかなかの腕を持っています。もちろん、レイ殿の足元にも及びませんが」


 イオネと呼ばれた女性は大きく腰を曲げ、最大級の敬意を示した。


「イオネと申します。神殿では微力ながら神官様のお手伝いをさせていただいております」


 月の御子に直接仕えるということでやや緊張しているが、レイを前にしても落ち着きを失っていない。レイはこの女性なら大丈夫そうだなと思いながら質問を始めた。


「不躾で済みませんけど、いくつか確認させてください。まず、戦闘の経験はありますか?」


 イオネは笑みを絶やさずに頷き、はっきりとした口調で答えた。


「神官様のお手伝いをする前は、農村を巡回する治癒師をしておりましたので、魔物との戦いの経験はございます。もちろん、積極的に前衛に立って戦ったわけではございませんが」


 レイはその答えに頷くと次の質問に移る。


「では、今のレベルは分かりますか? 魔法と武術のレベルを教えてください」


「魔法は木属性が四十三、水属性が四十二でございます。武術はあまり得意ではございませんので、お恥ずかしい限りですが、棍術がレベル二十でございます……」


 アシュレイはイオネの話を聞きながら、僅かに違和感を覚えた。


マーカット傭兵団(レッドアームズ)でも充分にやっていけるレベルだ。これほどの治癒師が武術レベル二十とは……見た目からは想像もできんな。ネコを被っているのか、それともそれほど危険な土地にいたのか……)


 そのことを確認することにした。


「武術も使えるようだが、貴女ほどの治癒師が頻繁に実戦を経験するとは思えんのだが」


 アシュレイの不躾な問いに対してもイオネは笑みを絶やすことはなかった。


「都の近くは安全なのですが、都から離れると魔物が頻繁に襲ってくるのです。私どもが回る村は貧しく、護衛もあまり付けられませんでしたので……」


 彼女の説明ではルーベルナ周辺の治安は比較的よいが、二十キメルも離れると、様々な魔物が現れる。月魔族や翼魔族のような妖魔族の治癒師なら充分な護衛が付くが、闇の神殿に属しているものの人族に過ぎない彼女に充分な護衛が付くことはなかった。そのため、自らの身を守る必要があり、棍術を覚えたと説明する。

 更に馬にも乗れ、野営にも慣れていると付け加えた。


「分かりました。魔物が出る土地での行動にも支障はありませんし、第一、治癒師の方が加わってくれることはとても心強いです。僕はイオネさんに加わってもらうことに賛成だけど、アッシュとステラの意見は?」


 彼の問いにアシュレイが先に答えた。


「私も反対する理由はないな。村を回っていたのであれば、薬師としての知識もお持ちだろう。唯一の懸念はレイの魔法に頼らざるを得なかったことだ。それが治癒魔法とはいえ、彼の負担が減るのだ。それにヴァルマ殿が選んだのであれば、我々に含むところはないだろう」


 レイは満足げに頷くと、ステラに視線を向ける。


「私は……もう少し考えさせてください。レイ様やアシュレイ様がおっしゃることはもっともなのですが、何か引っ掛かるところがあるのです……」


「私に何か問題があるのでしょうか……」とイオネがうなだれる。先ほどまで浮かべていた笑みが消え、悲しみにも似た表情に変わっていた。

 ステラは慌てて自らの意見を否定した。


「あなたに問題があるというわけではないのです……あっ! そうです。ルナさんとは既に会われましたか?」


 イオネは“ルナさん”と呼んだステラに驚愕の表情を浮かべるが、すぐに「先ほどお目通りが叶いました。私にとって、生まれてからもっとも幸せな瞬間でした……」と恍惚とした表情を浮かべていた。

 レイはその表情を見て、ステラが気にしたことが理解できた。


「ソキウスにいる間は構いませんが、トーア砦を越えた後にそのような態度を取られるのであれば、同行を許すわけにはいきません」


「どこがいけないのでしょうか?」とやや強めの口調で反論する。


「ルナの安全を脅かす可能性があります。ヴァルマ殿、あなたなら僕の言っている意味が分かると思いますが」


 ヴァルマは瞬時に彼の考えを理解した。


「ソキウスで最も重要な方であるということは、西側の国々にとっては最も憎むべき存在であると思われるということですね……確かに盲点でした。見習いとはいえ、闇の神殿の神官であれば御子様にお仕えするに値すると考えたのですが……」


 レイやステラが懸念したのは、ルナが月の御子という特別な存在であるとばれることだ。マーカット傭兵団の上層部やペリクリトルの防衛司令官ランダル・オグバーンには説明しているが、他の者には月の御子という言葉を使っていない。

 当時は彼自身が月の御子がどんな存在か理解していなかったため、魔族の最重要人物という認識はなかった。どちらかと言えば、生贄として捧げられる人物という説明をしていたのだ。


 もし、イオネが今の状態で西側に入ったとすれば、一冒険者に過ぎないルナがなぜそこまでかしずかれるのかと疑問に思う者が出てくるだろう。そして、イオネが永遠の闇(クウァエダムテネブレ)の出身であると露見した場合、ルナが危険な状況に陥ることになる。


「しかし、それを言ったら、ステラ殿やウノ殿のレイ殿に対する態度も異常に見えるのではないでしょうか?」


 ヴァルマの問いに、レイに代わってアシュレイが答える。


「レイはどこかの騎士崩れと思われている。それにラクス王国やペリクリトルでは“白の軍師”として有名だ。ならば従者がいても違和感はない。だが、ルナは違う。一介の冒険者、それも高名な冒険者とはいえぬ若手の冒険者に過ぎぬのだ。生まれは貧しい村だったと自分でも言っている。そんな彼女にイオネ殿のような態度の者が付けば不審に思う者は少なからず出るだろう」


 彼女たちの会話にイオネの表情が更に曇っていく。


「では、私はどのようにしたらよいのでしょうか……御子様にお仕えする名誉を得るためにはどのようにすれば……」


 彼女たちの話を聞きながら、レイはどうすべきか悩んでいた。


(イオネさんは得難い人材だと思う。でも、“月の御子”にフランクに付き合ってくれと言っても無理だろうな。だとすれば、何か理由をつけるしかない。その理由が難しいんだよな……)


 過度に恭しい態度を取る理由を考えながら、それを言葉にしていく。


「イオネさんがルナに対する態度を変えられないのであれば、その理由を作ればいいと思います。例えば、彼女の両親に助けられたとか……」


「それは無理があるな。だとすれば、ルナ自身がイオネ殿を助けたという方が信憑性がある。この辺りは完全に作り話になってしまうが……どうやってトーアに入るかとも関わってくる気がするな」


 アシュレイの言葉にステラが「この話はルナさんにも加わってもらったほうがよくないでしょうか」と提案した。


「そうだね。彼女の生い立ちとも関わってくるから、一緒に考えた方がいい。ヴァルマ殿、ルナはまだ起きていますか? 起きているなら、この話をしておきたいんですが」


 ヴァルマが確認してくると言って部屋を出ていく。残されたイオネは入ってきた時の笑みが消え、悲痛な表情のまま俯いていた。

 レイたちは同情するものの、掛ける言葉が見つからない。

 五分ほどでヴァルマが戻ってきた。


「一緒に来た方が早いと思って」と言って後ろからルナが現れた。


 その瞬間、イオネは床に平伏する。その様子を苦笑しながら、レイはルナに事情を説明していった。


「……こんな感じだとトーアに入ることすら難しいと思うんだ」


 最初、ルナは理解できないという表情を浮かべていたが、すぐに事情を理解する。


「そうね……盲点だったわ。確かにこんな感じでいたら不審がられてしまうわ」


「何か理由があればいいと思うんだ。ステラが僕に対するみたいに。都合のいい理由が思いつかなくてね。君なら何かいい案が出るんじゃないかと思って」


 レイにそういわれ、僅かに困惑するが、すぐに考え始めた。


「難しいわ。私を助けてくれた人たちは貴族だったんだけど、私は様を付けて呼ばれたことはないし……そうだわ! こうしてはどうかしら」


 そう言って説明を始めた。


「あなたたちも様付けで呼んでもらえればいいのよ。この人は西側から拉致されてきた。そして、私が助けられた後に助けられたの。だから、私も命の恩人だと思っている。それなら、おかしくないと思わない?」


「辻褄を合わせられるか不安があるな」とアシュレイがいうが、ルナは構わずイオネに話しかけていた。


「ここにいるレイは私の盟友。それも私を助けるために神々が送り込んでくれた人なの。その話は聞いているかしら?」


 ルナは自分の母親といってもおかしくない女性に対し、ごく自然に命令口調で話していた。日本にいる時には考えられないことだが、彼女がこの世界で育った環境では身分によって態度を変えることは当たり前だった。更にソキウスに連れて来られてから上位の者として扱われ、自然と身についたようだ。


「いいえ。同郷の方とは伺いましたが……神々から御子様をお助けするために……」


 イオネは驚愕の表情を浮かべてレイを見つめている。


「ですから、私と同じだと考えてください。もちろん、アシュレイさんやステラさんも私が敬意をもって接しているので、同じように接してください。分かりましたか」


「御子様と同じというわけには……それが御子様のご意思であるなら、私は従うだけでございます。レイ様、アシュレイ様、ステラ様、よろしくお願いします」


 ルナの強引ともいえる説得にレイは苦笑を浮かべている。


「では、イオネさんは以前の鬼人族の侵攻の時に攫われたという設定で。アッシュ、アクリーチェインの戦いの時、トーア周辺で全滅した村ってなかったかな」


「あの戦いの時には多くの村が全滅か、村を放棄しているはずだ。名前までは知らぬがな」


「村がたくさんなくなっているなら、適当な名前の村でもばれないはずだよ。アクリーチェインは二十年も前なんだから、全部の村の名前を覚えている人がいるとは思えないから……」


 レイの考えたシナリオは、イオネは全滅した小さな村の出身で、十九年前に鬼人族に攫われたものの、治癒師であることが分かり、苗床にされることなく働かされていた。

 ルナを救出に向かったレイたちが偶然彼女を見つけて救出し、一緒に帰還した。彼女の身元を示すオーブは拉致された時に失ったことにすれば、カウム王国のオーブを持たず、ソキウスの物を持っていても疑問には思われない。


「……イオネさんは僕たちに助けられたけど、僕たちも脱出の時にいろいろと世話になったことにすれば、一緒にいることに違和感はないはずだよ。こんな感じでどうかな」


 レイの考えに「さすがはレイね」とルナがからかい気味に賞賛するが、アシュレイたちは呆れて言葉を失っていた。


「よくそこまで考えられるな。確かに辻褄は合わせやすいが、私の頭では付いていくのでやっとだ……まあ、レイだから仕方がないか」


 ヴァルマも呆然としていたが、「さすがは白の軍師と呼ばれる人物だけのことはある」と独り言を呟いた後、


「私もそれで問題ないかと。後はイオネがボロを出さねばよいのですが……イオネ、あなたは今のレイ殿の話を理解できましたか。御子様の安全に関わる大事なことです。疑問があるなら今はっきりとさせておきなさい」


 そう言ってイオネを見るが、月魔族の高位の呪術師に気後れしたのか、イオネは言葉が出てこない。


「まだ先は長いから、今すぐじゃなくてもいいですよ」とレイが笑いかける。


 イオネは「はい」と消え入るように答えることしかできなかった。

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