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トリニータス・ムンドゥス~聖騎士レイの物語~  作者: 愛山 雄町
第四章「魔族の国・東の辺境」

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第五十四話「不協和音」

お待たせしました。


前話までのあらすじ:

月の御子ルナを虚無神ヴァニタスの手から救い出したが、翼魔族の呪術師キーラはレイが”白の魔術師”であることから、祖国の崩壊を招くと危機感を持った。

そして、レイを亡き者にするため、部下である呪術師たちに協力を求めるが、月の巫女イーリスの命令がなく、呪術師たちの協力は得られなかった。彼女は翼魔8体を率い、レイの寝込みを襲うつもりだったが、獣人奴隷ウノたちの活躍により、レイの反撃を受けてしまう。

更に連絡を受けたヴァルマが到着したことから、キーラの襲撃は失敗に終わった。

 三月二日の早朝。


 キーラ・ライヴィオの襲撃が失敗に終わる少し前、大神殿の中を一つの影が走り抜けていた。その影の正体は獣人奴隷のヌエベだった。

 使用人たちの姿はあったものの、まだ夜明けから間もない人の少ない時間であったことから、ヌエベは誰にも気づかれることなく、アシュレイたちのいる豪華な客室に辿り着く。


 主寝室で眠るルナに付き添っていたアシュレイとステラだったが、ヌエベからの連絡を受け、自分たちに与えられた部屋に移動する。

 ヌエベは簡潔にキーラがレイを襲撃するため彼の部屋に向かっていることを伝え、更にそのことを知ったレイからの言葉を伝えていく。

 話を聞くにつれ、ステラは焦りを覚えた。ヌエベの報告が終わると、「すぐにレイ様の下に」と言って立ち上がるが、アシュレイは椅子に掛けたまま動こうとしなかった。


「アシュレイ様! レイ様が危険なのです。どうしたのですか!」


 焦りを感じているステラがそう叫ぶ。


「落ちつけ、ステラ!」と小声だが鋭い口調で一喝し、冷静さを失ったステラを諭していく。


「ヌエベ殿の話を聞いただろう。レイの指示はルナから離れるなというものだ。第一、今から行っても既にヴァルマ殿が到着している。今更、何をしにいくというのだ」


 ステラはその言葉に「しかし……」と反論しようとしたが、アシュレイの言っていることが正しいとも分かっていた。頭では理解していても、口に出さずにはいられなかったのだ


「心配なのは私も同じだ。しかし、レイにはウノ殿とセイス殿が付いている。それに翼魔と呪術師であればレイだけでも充分に対処できる。あいつを信頼してやれ」


 自信ありげにそう言っているが、彼女の手は僅かに震えていた。ステラはその手の震えに気づき「申し訳ございません」と素直に頭を下げる。


「装備を整えていつでも動けるように準備をしておこう。最悪の場合はルナを人質として脱出せねばならんからな」


 装備だが、アシュレイの大剣とステラの双剣は取り上げられないよう、予めレイに預けてあったため、二人の手元にはなかった。代わりに持っていた予備の剣は神官たちに預けているため武器はなく、鎧だけを身に着けていく。


「こちらの護衛はオチョ殿とディエス殿に任せて、ヌエベ殿には伝令になってもらいたい。済まぬがレイの様子を見てきてくれないだろうか」


 ヌエベは「かしこまりました」と頭を下げ、消えるように立ち去った。

 装備を整えた後、アシュレイはルナの耳にも入れておくべきだと考え、彼女の部屋に向かった。


 疲れきっていたルナはアシュレイたちが立てる物音に気づかず、眠りに就いたままだったが、「ルナ、起きてくれ」というアシュレイの声が掛かる。

 しかし、疲労と精神へのダメージが抜け切っておらず、更に重大なことを夢で見た気がしており、なかなか完全に覚醒しない。


(何か大切なことが夢に出てきたような……“始まりの神殿”だったかしら。どういう意味なんだろう……)


 半分眠った頭は上手く回らず、瞼を重そうに上げていく。


「お、おはよう、アシュレイさん、ステラさん……」


 寝ぼけていた彼女だったが、鎧を身に着けている二人の姿に一気に目が覚める。


「何かあったのですか!」


 そう言って寝台から起き上がろうとするが、身体を半分くらい起こしたところで目眩に襲われた。


「無理はするな。そのままで聞いてくれ」というアシュレイの言葉に、ルナは寝台に身体を委ねる。


 アシュレイはレイがキーラに暗殺されそうになっていること、レイの正体が呪術師たちに知られたことを冷静に話していく。


「……ひじり君、いいえ、レイは大丈夫なんですよね」


 アシュレイは「今はまだ大丈夫だ」と言って頷き、


「だが、この先の展開が読めん。レイがこの場にいればいいのだが、引き離されているからな。だから、何があってもいいように準備だけしておくのだ」


 ルナはそれに小さく頷くが、出てきた言葉はアシュレイたちの予想を裏切ったものだった。


「私は鬼人族を止めなければなりません。ですから、いざという時は私を置いていってください」


 その表情は毅然としたものでアシュレイは頷きそうになる。しかし、彼女の口から出てきた言葉は別だった。


「何のためにレイが命を賭けたと思っているのだ。すべてはお前を助けるためなのだ。そのお前を置いて逃げるなどできるわけがないだろう」


「それは分かっています。ですが、私はもう逃げないと決めたのです。ここで逃げ出せば、虚無神ヴァニタスの思惑通りになる気がします。ですから、私は逃げないと決めました」


 しっかりとした口調で、一切気負ったところはなかった。しかし、ステラは彼女の言い方が気に入らない。


「レイ様のことはどう考えているのですか! あなたはそれでいいかもしれませんが、あの方の努力が無駄になることは断じて許せません!」


 ルナはステラの手を取り、


「彼が……あなたたちが来てくれなかったら、私はヴァニタスに飲み込まれていました。そして、この世界も……本当に感謝しているのです。でも、今、私が逃げ出したらすべては元に戻ってしまう。ヴァニタスに勝つためにはここから逃げてはいけないのです。私にはそのことが分かっています。世界の崩壊を防ぐためにどうすればよいのかも何となくですが見えているのです。ですから……」


 ステラはその言葉に反発しようとしたが、アシュレイの手を肩に感じて振り返った。


「今は言い争う時ではない。レイと合流して最善の道を探す方がよい。我々より良い知恵を出してくれるはずだ」


 アシュレイは結論を先送りにすることを提案した。


「そうですね。申し訳ございませんでした。冷静さを失っていたようです」


 ステラはアシュレイにそう謝罪するが、心の中では葛藤が続いていた。


(私ならルナさんを気絶させ、大神殿に火を放ってでも脱出する。そうしなければ、あの方は安全な場所に帰ろうとしないから……でも、それが最善の方法なのか分からない。アシュレイ様の言う通り、レイ様と合流することを優先した方がいいかもしれないわ……)


■■■


 その頃レイは月魔族のヴァルマ・ニスカに先導され、月の巫女イーリス・ノルティアの私室に向かっていた。

 彼の傍らには獣人奴隷のウノがあり、周囲を警戒し、天井付近には身を隠したままのセイスがついている。

 そして、彼の前には翼魔に引き摺られるように歩くキーラの姿があった。


 その光景を見ながら、彼はこの先どうするかを考えていた。


(呪術師たちに僕の正体がばれたのは不味かったな……いや、ちょうど良かったかもしれない。いずれ隠し通せなくなるなら、ルナがヴァニタスの影響から抜けた今の方がいい。でも、この後どうするかだな。翼魔族が月の巫女(イーリス殿)の命令すら聞けないなら、鬼人族との対話も難しいかもしれない。せめてルーベルナだけでも一枚岩になってくれないと手の打ちようがない……)


 五分ほどでイーリスの部屋の前に到着した。

 ヴァルマは「事情を説明してきます」とレイに告げ、翼魔たちに「キーラを見張っていなさい。彼女が何を言おうと指示に従わないように」と命じ、扉をノックして入っていった。



 ヴァルマは更に奥にあるイーリスの寝室に向かおうとしたが、イーリスは既に目覚めており、着替えを終えて、椅子に座っていた。


「随分早いわね。もう少し休んでおかないと身体がもたないわよ」


 そういう彼女も笑みを浮かべているが、未だに顔色は優れず、無理をしていることは明らかだった。


「イーリス様こそ」とヴァルマは笑うが、すぐに表情を引き締め、


「キーラがレイ殿を排除しようとしました」


 その言葉に浮かんでいた笑みが消える。しかし、ヴァルマに焦りがないことから、キーラの企てが失敗したと直感する。


「その様子だとレイ殿は無事ね。キーラはどうしてそんなことを?」


「それは本人から直接聞いた方がよいかと。部屋の外にキーラとレイ殿を待たせています」


 イーリスはすぐに「中に入れなさい」と命じた。


 ヴァルマが戻り、レイとウノ、そして拘束されているキーラが部屋に通される。

 イーリスは装備を整えたレイの姿を見て、彼がキーラの奇襲を察知していた事実に驚く。しかし、すぐに謝罪の言葉を口にした。


「私の監督不行き届きです。すべての責任は私にあります。申し訳ありません」


 そう言って頭を下げる。

 レイは「謝罪より今後のことの方が重要です」と言って頭を上げさせる。


「そうですね。では、まずキーラに事情を聞きましょう」と言ってキーラの前に立つ。


「私はあなたにレイ殿は必要であり、“白の魔術師”であることは誰にも言わないようにと頼んだはずです。なぜ私の命令が聞けなかったのかしら?」


 キーラは頭を下げたまま、しばらく沈黙していたが、ゆっくりとした口調で反論し始めた。


「イーリス様は“白の魔術師は御子様をお救いするのに必要である”とおっしゃられました。昨夜、ヴァルマ様より御子様はヴァニタスの呪いから目覚め、元通りになられたと伺いました。この時点で白の魔術師は不要な存在、いえ、害を成す存在になったと判断したのです」


 そこでレイに憎憎しげな視線を向ける。


「この者がいれば、御子様のお言葉があったとしても鬼人族は納得しません。ならば、その存在を知られる前に処分することが正しいことだと。御子様のご意思もイーリス様のご意思も鬼人族との和解にあるのであれば、白の魔術師は抹殺すべきであると考えたのです」


「早まったことを」とイーリスは呟く。


「……私は御子様より直々に依頼を受けておりました。御子様のお命が危ぶまれる場合は、イーリス様のご命令に逆らってでも助けてほしいと……」


 キーラはロウニ峠に入る前にルナから“私の命が危険だと思ったら、イーリスの命令を無視してでも助けて欲しい”と言われたことを話す。

 イーリスはその事実に驚くが、それでも彼女が自分の命令を無視したことに驚きを隠せない。


(いくら御子様のお言葉があったとはいえ、私の命令を無視した。今までの彼女ならありえないこと。私への、月魔族への忠誠心が下がっているということかしら。これは危険な兆候だわ……)


 そう考えるが、具体的にどうすべきか思い付かない。


「あなたの言い分は分かりました。もちろん、私の命令に反したことを認めたわけではないわ。それに御子様のご意思も無視しているのよ、あなたは。レイ殿は御子様と同郷と言ったはず。それも強い絆で結ばれているとも。それをあなたは無視したの……」


 キーラはイーリスの糾弾を大人しく聞いていたが、自らの行動に誤りがあるとは思っていなかった。


「失敗した以上、どのような罰でも甘んじて受けます。しかし、この男を生かしておくことだけはご再考ください! 必ず、祖国に、このソキウスに災いをもたらします。どうか、ご再考を!」


 レイは二人のやりとりを聞きながら、どうすべきか考えていた。


(不味い状況だな。僕がいることで闇の神殿内ですら不協和音が生まれている。イーリス殿の指導力に陰りが出ると、鬼人族の暴走を食い止めることがますます難しくなる……やっぱりここはルナに期待するしかないのか。目覚めた時の彼女の雰囲気は昔と違って毅然としていたな。今の彼女なら、ソキウスという国を束ねることができるかもしれない。でも、それじゃ、この先もここにいることになる……)


 ルナを助けるためには彼女をこの国の指導者にする必要があるというジレンマに、レイは陥った。


(とりあえず、ヴァニタスの影響は排除したけど、それだけでいいんだろうか? 何か違うような気もする……)


 その間にもイーリスとキーラの話は続いていた。


「……レイ殿に危害を加えることは私が許さない。レイ殿は御子様を救ってくださっただけではなく、我が祖国を救ってくれたの。その恩人に剣を向けるなどできない。第一、私がレイ殿に危害は加えないと約束している。月の巫女が自らの言葉を軽々しく変えることは、神への裏切りに等しいのよ」


「しかし、この者は同胞を何人も殺しています! そのような者を庇い立てすれば、我々の間にひびが入ることに……どうか、ご再考を!」


 横で聞いていたヴァルマはどちらの意見も正しいと感じていた。


(イーリス様のおっしゃることもキーラの言うことももっともなことに聞こえる。どちらも祖国を、御子様を守るために最善の方法を考えているのだから……私はどうすべきなのかしら……)


 そして、あることに気付いた。


(御子様はどうお考えになるかしら。鬼人族の暴走を止められるのは御子様しかおられない。ならば、御子様のお考えを伺うのが一番のはず……)


 そう考え、そのことを口にした。


「御子様にお伺いを立ててみてはどうでしょうか。鬼人族の暴走を止められるのは御子様しかおられません。ならば、御子様のご判断を仰ぐのがよいのではないでしょうか」


 ヴァルマの言葉にキーラが反論する。


「御子様はソキウスの現状を把握しておられません。ならば、同郷の者を庇われるはず!」


「御子様に事情を説明することには賛成よ。何といってもノクティスの御使いなのだから。でも、レイ殿のことは別。レイ殿に危害を加えないということは決定事項よ」


 イーリスの強い意志にキーラもそれ以上反論しなかった。

 レイはルナが神の使いという認識に違和感を覚えながらも何となく納得していた。


(月宮さんが神様の使いか。そう言われてもなぁ。高校生だった時の月宮さんを知っているだけに素直に頷けない。この世界の人たちは神々が身近だから素直に受け入れられるんだろうけど……でも、目覚めた時は確かにそんな雰囲気だった。昔の彼女を知らなかったら、僕も神の使いだと素直に信じたと思うな……)


「御子様はまだお目覚めになっておられないはず。ですから、鬼人族対策会議の前にこのことを伝えます。その上でキーラへの処罰と呪術師たちへの対応を決めます。ヴァルマ、悪いけど呪術師たちに事情を説明して、これ以上この話が大きくならないようにしておいてくれるかしら。それとキーラにはこれ以上勝手なことができないよう、監視を付けておいて。私はレイ殿と朝食を摂ることにするわ」


 まだ、夜が開けて間もなく、昨夜の影響が残るルナを気遣い、朝食後に報告することになった。


「それでは私と二人だけになります。私は一度、部屋に戻った方がいいと思いますが」


 レイはこれ以上誤解を生まないよう、そう提案した。


「あなたと話しておきたいことがあるの。本当はヴァルマにも居てもらいたいのだけど、呪術師たちのことを放っておくわけにはいかないから」


 どんな話をしたいのか想像が付かず、レイは困惑するが、仕方なく頷いた。


(どんな話をしたいんだろう? ルナとの関係だろうか……)


 ヴァルマが退出し、イーリスが侍女を呼びに行っている隙を突いて、レイはウノに今のことをアシュレイたちに伝えるよう依頼する。ウノは隠れているセイスにそれを伝えた。更にアシュレイのところから戻ってきたヌエベからの話を伝える。

 それを僅かな時間で終え、イーリスが戻ってきた時には何事もなかったかのように振舞っていた。

気付けば3万ポイントを超えておりました。

ありがとうございました。

今後とも応援よろしくお願いします!

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