第五十三話「鎮圧」
お待たせしました。
前話までのあらすじ:
月の御子ルナはレイやイーリスたちの祈りにより虚無神ヴァニタスの影響から回復した。
しかし、翼魔族の呪術師キーラは白の魔術師として知られるレイを排除しようと行動を開始した。
仲間の呪術師たちは彼女の説得に応じなかったものの、八体の翼魔を従え、レイの部屋に向かった。
しかし、そのことは監視していた獣人奴隷たちによって把握されていた。
三月二日の早朝、翼魔族の呪術師キーラ・ライヴィオは八体の翼魔を引きつれ、レイに与えられた部屋に向かっていた。
彼女は“白の魔術師”が大神殿にいるという事実を隠すため、彼を殺し、その痕跡を消しさろうと考えている。
(夜明けまでまだ時間はあるわ。いくら何でもまだ寝ているはず。今なら奇襲で奴を確実に殺せる。ソキウスの未来のためには白の魔術師がいた痕跡はすべて消し去るしかない……)
キーラが懸念しているのは鬼人族との決定的な対立だった。
ソキウスの指導者である月の巫女イーリス・ノルティアが虚無神に操られ、月の御子であるルナを鬼人族の都ザレシェから強引に連れ去り、それに怒った鬼人族がここルーベルナを目指している。
この状況で鬼人族の西方派遣軍を全滅させた“白の魔術師”がルーベルナにいたと知られれば、対立は修復不可能なところまで進む。そうなればソキウスという国がなくなるだけでなく、数万の鬼人族によってルーベルナは蹂躙される。更に自分たち妖魔族――月魔族や翼魔族など翼を持つ魔族の総称――は裏切り者として追い回され、西にも逃げられず、ソキウスにも居場所を失い、妖魔族は滅ぶと考えていたのだ。
(それを防ぐには白の魔術師を処分するしかない。もし、それが分からないなら、それはイーリス様がヴァニタスの影響を受けているから。だから、今は逆らうことになってもこれだけはやっておかなければならないわ……)
彼女は自分を刺したイーリスに対し、無意識のうちに不信感を抱いていた。イーリス本人からヴァニタスに操られていたと告げられたが、自分を刺した時の表情が忘れられなかったのだ。
八体の武装した翼魔を引き連れ、大神殿を足早に進んでいく。体調は優れないものの、祖国の危機を救うという使命感に突き動かされている彼女は一種の高揚感に包まれていた。
夜明け前ではあるが、下働きの者たちは既に仕事を始めており、その異様な集団を見て驚愕する。しかし、先頭を歩く者が呪術師のキーラであることから、理由を問うこともできず、ただ見送ることしかできなかった。
「キーラ様は何をされるつもりなのかしら?」と小間使いの少女が呟くが、すぐに先輩らしき下働きの女性に「詮索はよしなさい。私たちは与えられた仕事をしていればいいの」と言って注意される。
少女は異様な集団を見送りながら、その女性に「すみませんでした」と謝り仕事に戻っていった。
レイの部屋に獣人奴隷のセイスが現れた。
レイはまだ寝ており、「アークライト様」と声が掛かるまで気づかなかった。
寝ぼけた目をこすり、あくびを堪えながら、
「何かありましたか?」
「キーラ殿がアークライト様を亡き者にしようと行動を起こされました」
その言葉でレイは冷や水を被せられたように目覚める。
「キーラ殿が! 本当ですか」と思わず大きな声を上げてしまう。外にいる監視役に気づかれると心配し、扉の方に注意を向けた。
「外の者は眠らせてあります。ご安心を」
セイスの言葉に安堵するが、すぐに状況が緊迫していることを思い出す。
「状況は? キーラ殿は何をする気ですか」
セイスは呪術師の部屋で見たことを簡潔に報告し、
「最悪、二十人の呪術師と八体の翼魔が襲ってきます。今すぐここを離れた方がよいかと」
その数に驚くが、部屋から逃げ出すことを躊躇う。
(ここで逃げ出せば僕を処分する口実を与えることになる……)
そう考え、「どのくらいで来ると思いますか?」と言いながら、装備を整えていく。
「私があの場を離れた時にはまだ何も決まっておりません。すぐに行動を開始したとすれば、あと五分と掛からずにこの部屋に来るかと」
レイはそれに頷くと、
「ウノさんか他の方はここに何人いますか?」
その言葉でウノが天井から舞い降り、「ここには我ら二人のみでございます」と答えた。
レイはそれに頷くとすぐに対応策を考え始めた。
(イーリス殿もヴァルマ殿も僕を殺す気はなさそうだった。キーラ殿の独断なら時間を稼げば何とかなる……しかし、急に僕を殺そうとするのはなぜなんだろう?)
レイは鎧を着け終えると、
「ウノさんたちは天井に隠れていてください。僕が許可を出すまでは絶対に手は出さないで」
「しかし……」
「大丈夫です。魔法なら僕の鎧で充分に防げますし、この部屋なら乱戦になっても囲まれることはありません」
「……分かりました」
ウノは反対の言葉を飲み込み、レイの命令に従い、天井に舞い上がっていく。セイスもウノを追って天井に消えていった。
(キーラ殿の独断だとして、イーリス殿かヴァルマ殿が来るまで時間を稼がないといけない。相手を傷つけるわけにいかないのが辛いところだな。翼魔なら死なない程度に傷つけてもいいかもしれないけど……)
扉をノックする音がした。
「ヌエベです。アークライト様を暗殺するため、キーラ殿が八体の翼魔を引きつれてこちらに向かっております。あと一、二分でここに到着します」
「ヌエベさんは外にいる監視の人を目覚めさせてからイーリス殿かヴァルマ殿に連絡してください」
「既にヴァルマ殿の部屋に簡単なメモを投げ込んでおきました」
その手際の良さに「ありがとうございます。助かります」と応え、
「では、アッシュたちに連絡を。ルナから絶対に離れないでほしいと伝えてください」
ヌエベは「御意」と簡潔に答え、気配が消えた。
外では彼に起こされた見張りが「何があったんだ?」と呟いたが、すぐにキーラが現れ、片膝をつく。
しかし、彼女の後ろにいる翼魔の姿を見て、ただ事ではないと訪問の理由を問い質そうとした。
「あの者に何か御用でしょうか?」
キーラは見張りを一瞥すると、「今すぐここから消えなさい」と言って扉に向かった。
見張りは彼女を止めようと、
「許可のない者は通してならないとのヴァルマ様のご命令です。おやめください!」
「死にたくなければすぐに消えなさい」と聞く耳を持たない。見張りは翼魔に剣を向けられると、あわてて走り出した。
キーラは翼魔たちに「中にいる男を斬り殺しなさい」と命じた。一体の翼魔が扉に手を掛けると、中からレイの声が聞こえてきた。
「キーラ殿ですか。こんな朝早くに何の用でしょう?」
その声に緊張感はなく、世間話のように聞こえるほどだった。
(気づかれていた!? さすがは白の魔術師ね……罠があるかもしれないけど、やるしかない……)
レイの問いには答えず、「突入!」と叫んだ。
翼魔は勢いよく扉を開くと、一気に中に突入していく。しかし、中で待つレイの姿に思わず足を止めてしまった。
純白の鎧を纏い、愛槍を持って待ち構えるレイの姿に驚いたからだ。
「なぜ分かった!」
レイはその問いには答えず、
「僕を殺したら月の御子から罰を受けるはずだ。だから引き上げてくれないか」
「お前を生かしておけば祖国が滅ぶ。死を賜っても本望だ! 掛かれ!」
キーラは眦を上げて叫ぶと、翼魔たちは一斉に剣を振り上げレイに向かっていく。しかし、レイが待ち構えていたのは部屋の角であり、更に槍で牽制され、剣では届かない。前に出ようとするたびにレイの槍が突き出され、踏み込むこともできない。
「何をしているの! 一斉に飛び掛かりなさい!」
翼魔は契約により命令を聞くが、死の恐怖と無縁というわけではない。高い知性を持つため、確実に死ぬ命令に対し素直に従うことはない。
キーラはその状況に怒りを覚えるが、今は確実に倒すことだけを考えるべきだと作戦を変えた。
「後ろの者は闇の槍の魔法を使いなさい! 建物が壊れても構わない! いつもより強力な魔法を使うのよ!」
そういいながら自らも闇の槍の呪文を唱えていく。
レイは三体の翼魔に阻まれ、呪文を妨害することができない。
「ウノさん! セイスさん! 翼魔の邪魔を! できるだけ殺さないで!」
次の瞬間、六本の投擲剣が天井から放たれる。ウノとセイスの二人が連続して投げた物だが、あまりの早さに同時に投げられたような錯覚に陥る。
五体の翼魔は肩や太ももに投擲剣が突き刺さり、詠唱を中断させられた。キーラには直接攻撃は当たらなかったが、目の前を投擲剣が掠め、思わず呪文の詠唱を止めてしまった。
レイはその隙を見逃さず、目の前の三体の翼魔に傷を与えていく。
技量的にはそれほど圧倒しているわけではないが、翼魔は飛行に邪魔になる防具を付けておらず、レイの正確な突きが翼魔の腕や足を傷つけていた。
一方の翼魔も剣で攻撃を加え、二体の攻撃がレイに当たっていた。しかし、頑丈な彼の鎧、雪の衣に阻まれ、硬い音を立てるだけで彼の動きを止めることすらできなかった。
キーラは奇襲に失敗した上、僅か数秒で八体の翼魔がすべて傷を負ったことに驚きを隠せなかった。
特に天井から逆に奇襲を掛けてきたウノたちに対し、怒りを露わにする。
「獣人風情が」
そう叫ぶと比較的短時間で発動できる闇の矢を作り出し、天井に向けて放った。
狙われたウノは梁から壁に向かって三角跳びの要領でそれを回避する。
「この戦力では僕たちに勝てない。それにもうすぐヴァルマ殿がここに来るはずだ」
「出まかせを言うな! 私が行動を開始してから二十分も経っていないのだ!」
キーラは再び、闇の矢を作り出すと、今度はレイに向かって投げつけた。
その素早い発動にウノとセイスですら反応できなかった。
一本の闇の矢がレイの胸に向かっていく。
白銀の胸甲に闇の矢が突き刺さるかに思えたが、レイは愛槍、白い角で叩き落とす。
「闇の矢では僕を倒すことはできない。もちろん、闇の槍でも同じだけど。僕はあなたを傷つけるつもりはないんだ。だから引いてほしい!」
「何を今更! 私の部下を殺しておいて! どの口が言う!」
更に闇の矢を作り出そうとしたが、
「やめなさい、キーラ! あなたはイーリス様のご命令に背くつもりなの!」
そこには外套を羽織っただけのヴァルマの姿があった。
キーラは自らの行動が失敗に終わったと膝を落とす。しかし、翼魔たちはレイを攻撃しようと剣を持って迫っていく。
「月魔族ヴァルマ・ニスカが命じます! 攻撃をやめなさい!」
その言葉で翼魔たちは動きを止めた。
月魔族は翼魔族の上位に位置し、命令権はキーラよりヴァルマにあることを翼魔たちは理解していたからだ。
「翼魔たちよ。この部屋から出ていきなさい!」
ヴァルマの命令を受けた翼魔が部屋の外にぞろぞろと出ていく。部屋には翼魔の流した血の跡が残っていた。ヴァルマは一瞬レイが怪我を負ったと勘違いし、
「怪我はありませんか、レイ殿」
レイは「僕は大丈夫ですよ」と笑みを浮かべ、
「僕は全くの無傷ですが、翼魔を傷つけてしまいました。何もしないと約束してもらえるなら、治癒魔法を掛けておきますが?」
「それには及びません」と断った後、大きく頭を下げる。
「申し訳ございませんでした。これはイーリス様のご意思ではございません。もちろん、私も……御子様を救っていただいた恩を仇で返すようなことは我々の本意ではないのです」
レイは膝を落とし呆然としているキーラを一瞥した後、
「もちろん分かっています。実際、ヴァルマ殿は駆けつけてきてくれたのですから。ですが、僕の正体を呪術師たちが知ってしまったようです。早急に何らかの対策を打たないとルーベルナが分裂してしまうのでは?」
ヴァルマは彼がなぜそのことを知っているのかと疑問を持ったが、彼の後ろに控えるウノの姿を見て納得する。しかし、今は時間が無いとすぐに行動を開始した。
「イーリス様にすぐに報告します。あなたを一人にするとまた狙われるかもしれません。朝食もまだでしょうけど、私と一緒に来ていただけないかしら」
「その方が助かりますけど、この格好のままでイーリス殿のところに行くのは」
自分が完全武装したままであることを指摘するが、
「構いません。私が責任を持ちます」
ヴァルマはそう言い切ると、部屋の外に出ていった翼魔に命令を下す。
「キーラを拘束しなさい! 魔法を発動しようとしたらすぐに止めなさい。少々手荒な方法でも構いません」
未だに血を流している翼魔だったが、ヴァルマの命令に唯々諾々と応じる。その姿に哀れみを感じたレイは翼魔に治癒魔法を掛けるため近づいていく。
ウノが「危険です!」と止めるが、
「ヴァルマ殿がいるから大丈夫ですよ」と笑った。
ヴァルマは直前まで自分を殺そうとした敵を許すという行為に自らの目を疑った。レイはそのことを感じたのか、少し笑った後、説明する。
「翼魔たちは命令に従っただけですから。それにこのままだと廊下が血で汚れますよ」
ヴァルマは自分も治癒魔法を使おうとするが、レイの魔法を見て動きを止める。
(これほどの治癒魔法の使い手は初めて見るわ……傷が浅いとはいえ、ほとんど瞬間的に治っている。それに痕跡すら残っていない……)
ヴァルマが手を出す間もなく、一分ほどで八体の翼魔の治療を終えていた。
「では行きましょうか。ウノさんは僕と一緒に来てください」
そして、ウノにだけ聞こえるように小声で「セイスさんは隠れたままついてきてください」と指示を出す。ウノは小さく頷くと、天井に隠れるセイスに符丁でその指示を伝えた。
ヴァルマを先頭に翼魔に拘束されたキーラが続き、そして、最後尾にレイとウノという形で歩き始めた。
お待たせしました。
ドリーム・ライフ第4巻の原稿に時間を取られたことと、GWに飲みまくっていたため、更新が遅れました。
この先はもう少し更新頻度を上げられると思いますので、ご容赦を(笑)。




