第二十五話「司祭」
魔術師が墓地にいるレイに攻撃を始めてから、十分ほど経過した。
レイに向けて、光の矢が三十回ほど撃ち込まれたが、彼はすべてを回避していた。
(その距離から視認しやすい光の矢を何本撃ち込んでも当たらないよ。そんなことも判らないのかな? それにしてもこれだけ魔法を発動できるって、結構凄いんじゃないのか?)
レイはそんなことを考えながらも、飛んでくる光の矢を回避していく。
彼の想像通り、暗闇の中で光属性の魔法を使うことは、明るい昼間に比べ魔力の消費量が大きくなる。その状況で短時間に連発できる魔術師の技量は相当高いと言える。
墓地の上方で魔法を放っている男、光神教の司祭、フラヴィオ・バッサーニは、自分がなぜこんなことをしているのか、釈然としない思いで魔法を放っていた。
(私はこんなことをするために光の神に仕えたのではない。世を光で満たし、幸福な世界を作るためだったはずだ。その私がなぜ夜の墓地で人を殺そうとしているのか……すべてはあの司教、アザロ司教のせいだ……)
バッサーニ司祭は三十一歳、若くして光属性の魔法=神の御業を極めた俊英だった。
ラクス王国のここモルトンの街に派遣されるまでは、順風満帆であり、数年間ここで勤め上げれば、パクスルーメン――ルークス聖王国の聖都、光神教本部のある都市――に戻ることが出来るはずだった。
だが、上司である司教がアザロに代わってから、モルトンの光神教への風当たりが強くなっていく。そして、そのことは聖都にも伝えられ、彼の評価も必然的に下がっていった。
彼はアザロの行状について、自らの個人チャンネルを使い、聖都に訴えていた。
だが、彼は穏健派であり、急進派であるアザロの派閥への影響力が無く、更にその急進派の中でも扱いに困っていた札付きの狂信者であるアザロは、同じ派閥の人間からも敬遠され、田舎町に封じ込められる。彼は偶然この街に配属されただけだが、派閥争いに巻き込まれ、その犠牲者となっていた。
彼本人はこのような非合法なことを行いたくはなかったが、光神教では上位者よる命令は絶対であり、例え違法な命令でも上位者の命令に逆らった者は、組織の秩序を乱す者というレッテルを貼られ、出世街道から完全にドロップアウトしてしまう。
彼はあと二年の任期を勤め上げることだけを考え、狂信者の命令に従うことにしていた。
(あの騎士は誰なのだろう? 神の御業=光属性魔法を使っていた。それもかなり強力な物を……)
バッサーニ司祭はごく若い頃、助祭になる前の修道士時代に従軍した経験はあるが、その時も治癒魔法の使い手として後方任務についていただけだった。
アザロ司教の命令で人に対し、攻撃魔法を使うようになったが、遠距離から狙撃するだけで、荒事の経験は無かった。
そのため、回避を続けるレイに対し、どう対応していいのか、考えが及ばない。司教からの命令は、”邪魔者は殺すこと”、それが出来ない場合は”墓荒しの実行者を処分する”ことだけだった。
邪魔者であるレイを殺せず、実行者の処分もできない、このような状況にどう対応すべきか、判断に迷っていた。
(実行者の一人は処分できたはず……あと二人は墓標の陰に隠れて攻撃できない。あの邪魔な騎士も私の光の矢を尽く回避してしまう……ここは一旦引上げるべきか……だが、失敗をあの司教が許すはずは無い……どうする、どうしたらいい……)
彼は迷いながらも更に光の矢を撃ちこんでいく。
耳を澄ませば、時折発する金属の当たる”カチッ”という音と、草を掻き分ける”ザザッ”という音が聞こえていたはずだ。
だが、彼は自分の攻撃に手一杯となり、自分に向かってくる一人の戦士の存在に気付くことはできなかった。
アシュレイは未だ漫然と魔法を撃ち込み続ける魔術師の後方、丘の上側に回り込むことに成功した。
(ここからは約十m。一気に下れば、五秒も掛からないはずだ。奴は一度も後ろを見ていない。灯りの魔道具を使っても問題ないだろう……)
彼女は這うように進むのをやめ、立ち上がると一気に丘を駆け下りていく。
魔術師=バッサーニ司祭は、自分の後ろから何かが近づいてくる音にぎくりとし、後ろを振り向いた。
そこには腰に灯りを付け、両手剣を構えた戦士が走っていた。
「うわぁぁぁ! 誰だ! 来るな!」
彼は完全にパニックに陥り、闇雲に光の矢を撃ちこもうとしたが、焦りで呪文の詠唱が乱れ、戦士が目の前に来るのを防ぐことができなかった。
その戦士=アシュレイは、目の前の黒いローブの魔術師がパニックに陥っていることに気付き、一気に決着を付けようと剣を振りかぶる。
その魔術師はその迫力に腰を抜かして座り込み、「ひぃぃぃ!」という情けない悲鳴を上げ、「助けてくれ……殺さないでくれ……」と命乞いを始めた。よく見ると失禁し、股間を大きく濡らしている。
アシュレイはその様子を見て、
(やはり素人だな。それも実戦経験、いや、殴り合いすら経験したことがない全くの素人か。どうする、こいつの魔法は厄介だ。殺すか? それとも気絶させるか……しかし、これ以上ないほどの証人にもなるな……捕えてみるか)
「お前は何者だ? なぜこのような夜更けに墓地に向けて魔法を放つ? 墓荒しの手先なら、この場で成敗しても問題は無いが……」
「わ、私は、えっと……偶然、いや、墓荒しがいると聞いて……」
「下手な言い訳は聞きたくない。正直に話せないなら、ここで殺しても問題ない。三つ数える間だけ時間をやる。死ぬか、正直にしゃべるか。一つ、二つ……」
「わ、判った! しゃべる! こ、殺さないでくれ! た、頼む……殺さな……いで下さい……」
アシュレイは杖を拾い上げ、その男を立たそうとするが、腰が抜けたまま立ち上がることが出来ない。
仕方なく、腰紐を掴んで立ち上がらせ、よたよたと歩く男の後ろを歩き、丘を下りていった。
アシュレイは捕らえた魔術師、フラヴィオ・バッサーニ司祭を引き連れ、レイのいるところに下りていった。
レイも捕らえた男二人に槍を突きつけて、彼女を待つ。
「レイ、ケガは無いか。かなり魔法を撃ち込まれたようだが」
「大丈夫だよ。あの距離からあの程度の魔法を撃ち込まれても避けるのは簡単だから。アッシュの方もケガは無い?」
「ああ、剣を振ることすらなかった。こいつが魔法を撃ち込んでいた魔術師だ。名前はフラヴィオ・バッサーニ。光神教の司祭だそうだ」
レイはロープを取り出し、三人を縛り上げていく。
そして、この場で尋問を始めた。
まず、先ほどと同じように歴戦の傭兵のつもりで、二人の墓荒しに尋問をしていく。
「お前らは誰に頼まれて墓を荒らした。何の目的でこんなことをしたんだ?」
二人は先ほどの恐怖が去ったのか、憮然とした表情でレイを睨むだけで何も答えない。
「なあ、何でこの場所で尋問しているのか判っているのか? この場所なら殺してしまっても不可抗力って言えるんだ。殺さなくても耳を削いだりしても誰にもばれないからな。さっきも言ったけど、一人いればいいんだ。しゃべりたくない奴はここで死んでもらう。ここなら埋葬も楽だし、丁度いい。それにここにいる司祭様はお前らを殺そうとしたんだぞ。そんな奴らに義理立てする必要があるのか?」
レイの下手な演技も看破されず、先ほど右手を切り裂かれた仲間のことを思い出し、男たちはしゃべり始めた。
「俺たちは雇われて墓を荒らした。雇った奴は顔を見せねぇし、誰かは知らん」
そこまで言ったところで、レイが槍を突きつけると、慌てて話を続ける。
「ほ、本当だ! 墓を荒らして、闇の神殿の評判を落とせば、金貨を一枚くれるって。声を聞けばそいつが誰か判る。なあ、信じてくれよ……」
レイはこれ以上聞いても無駄だと思い、バッサーニ司祭に向き直る。
「あなたはなぜこんなところにいたんですか? 言っておきますが、今のあなたの格好なら、悪魔に魂を売った魔術師が襲い掛かってきたって言ったら、みんな信じてくれますから、下手なことは言わないほうがいいですよ」
バッサーニはレイの言葉に戦慄するものの、言い逃れが出来ないか考えを巡らせていた。その様子を見たアシュレイが、
「レイはともかく私は気が短い。さっき殺しても良かったんだが、これ以上、夜中に茶番に付き合う気はない。まともに話せないなら、ここで悪の魔術師として死んでいってくれ」
バッサーニは剣を振りかぶり自分を殺そうとしたアシュレイの姿を思い出し、泣きながら、話を始めた。
その声を聴いた実行犯の二人は、「この男に頼まれた」と叫ぶ。
バッサーニはそのことに気付くが、目の端に映るアシュレイの姿に怯え、話を続けていった。
その内容は、アザロ司教の命令で闇の神殿を陥れようと墓荒しを行い、屍食鬼が出たと噂を流す。そして、何度か墓を荒らしたあと、光神教が墓の警備を行うことにし、その際に屍食鬼が現れ、浄化して消し去ったことにする。その後は墓荒しも現れないことから、それが真実として伝わるよう噂を流し続ける。更に実行中に発覚しそうになったら、実行者を処分する。最後に彼は「自分は命じられただけだ」と付け加え、自白は終わった。
レイはこの証言を録音できないことから、どうするか悩んでいた。
(この司祭が朝になっても同じことを言うとは思えない。脅されてうその証言をさせられたと訴えるに違いない。そうなれば、実行犯のこの二人だけが処分され、真相は闇の中に葬り去られる……どうするかな。この司祭はアザロ司教を嫌っているような感じだ。そこをうまく利用できないか……)
レイはアシュレイにそのことを耳打ちし、今から演技をするので黙って見ていて欲しいと頼んでいた。
アシュレイは何をするのか判らないが、レイの言う証言を覆す可能性があることは理解したので、黙って見ていると約束した。
レイは少し離れた場所でマントを取り出してから羽織り、バッサーニ司祭を墓荒したちから離れた場所に連れていく。
彼は覚悟を決め、自分に暗示を掛けるように気合を入れる。そして、自分なりに大物感を出しながら、バッサーニに話しかけていった。
「この姿を見ても私が何者か判らないのか? 田舎に長く居過ぎたようだね」
バッサーニは薄暗い墓地で限られた光源の中で見るレイの姿に、
(せ、聖騎士! なぜ……パクスルーメンの教団本部から派遣されてきたのか? 何のために……)
バッサーニは口を動かすだけで、言葉を失っていた。
「私が何者か、ようやく判ったようだね。ところで何のためにここに来たと思う? 念のためいっておくが、君が目的ではない」
レイが芝居ッ気たっぷりにそう言うと、バッサーニは、
「もしかして、アザロ司教の件でしょうか? フォンスの大司教猊下はアザロ司教の件を本部に伏せていたはずですが……ラクスでの布教活動に支障が出ると私は何度も訴えたのです……ですが、司教には逆らえません……私はどうすれば……」
レイは内心ドキドキしながら、
(うまくいっている。今の切羽詰った状況なら、騙されると思ったんだ。後はどう味方に付けるかだが……朝になっても誤魔化せるようにして、なおかつアザロ司教が関与していたと証言させないと……)
「判っている。だが、君に全くの罪が無いとは言えないな。だが、罪を償うすべはある」
バッサーニはその言葉に縋るように、
「どうすれば良いのでしょうか? 私は……」
「既に自分の中に答えがあるのでは? それともそれすら判らないほど……」
レイはガッカリとした表情を見せながら、バッサーニを見つめる。
「告白します。すべて告白します。光の神の前で……」
「今回の件はそれだけでは済まないだろう。”我々”全体に支障が出ることが問題なのだ。当然、”我々”の目的を忘れてはいないな。そうであるなら簡単だ。その目的に沿った行動をすればいい」
レイは重々しく聞こえるようにそう言ったあと、バッサーニの様子を窺う。
バッサーニは少し考えているようで、その様子にレイは少し不安になっていた。
(ちょっと調子に乗りすぎたか? もう一押しだと思ったんだけど……)
レイが内心不安に思っているバッサーニは、これからの自分のことについて考えていた。
(この聖騎士は若いが、実力はある。いや、若く見えるだけなのかも知れない。アザロ司教の命に従ったという言い訳では不十分だと思われている。なら、私に出来ることは何だ? ……この聖騎士は本部から派遣されてきた。地方の司教より本部の命を受けた聖騎士に従うべきだ……だが、この方は何も命じない。私は今、試されているのかもしれない。では、どうすべきだ……)
「アザロ司教を告発します。すべてを明らかにします……私は十二歳からこれまで、二十年近く教団のために尽くしてきました。今回のことは私の不明が起こしたもの。アザロ司教と共に自らも告発しようと思っております」
バッサーニは静かに頭を垂れ、断罪を待つかのような姿勢をとる。
その姿にレイは、どうすべきか悩んでいた。
(ここでアザロ司教を告発すれば、とりあえず解決するかもしれない。でも、僕の正体がばれると拙いことになりそうだ。どうする……ここはこの司祭に考えてもらおう)
「それですべてが解決するのか? 本当にそれが最善なのか? そうか……残念だ……」
その言葉にバッサーニの目が大きく見開かれる。
「な、何がいけないのでしょうか! ルキドゥスの前ですべてを明かし、更に罪ある者を告発する。これのどこが……」
バッサーニの表情に絶望の色が見え、掠れるような声で訴えていく。
「私の言葉を聞いていなかったのか……もう一度言おう。”我々の目的”のために何が出来るのか」
バッサーニは再び考え込む。
(我々の目的? 教団の目的は光の神の力を世に遍く知らしめること。すなわち、正義を司る神に仕えるものとして正義を行う……それだけでは足りないということか? 何が足りない……そうか、すべての神の上位に立つ光の神、ルキドゥス。ならば、正義や力だけではなく、慈悲や寛容も見せなければならない。今回の被害者は闇の神殿。闇の神殿を救済することで我らの正義を世に知らしめる。そうか、そういうことだったのか。だが、具体的な方法が思い付かない……)
一分ほどの沈黙の後、
「忘れておりました。我らが神は力や正義だけではなく、慈悲や寛容も示さねばならないということを。ですが、私にはその方法が思いつきません。どうか、道をお示し下さい」
(慈悲や寛容か……なるほど、それならやりようはある……)
「仕方がない。謝罪すべき対象は闇の神殿。だが、ただ謝罪しただけでは慈悲を示すことにはならない。闇の神殿が安らぎを与えるというのであれば、我々はそれ以上の安らぎを与えるべきだ。そうは思わないか」
その言葉にバッサーニは頷く。
レイは更に話を続け、
「こうしてはどうだろう。闇の神殿の窮地を救うために君が立ち上がるのだ。このまま、君が無事に帰り、すべては順調と報告する。そうすればアザロ司教は、明日もう一度ここに来て、ヘイルズ神官長を糾弾するだろう。その時、身分を隠したままの私が現れ、アザロ司教を告発する。この街での調停はアトリー男爵が取り仕切っている……」
レイの考えは、明日アザロ司教が闇の神殿を糾弾しにここにやってくる。実行犯はレイとアシュレイが確保しておき、アザロ司教が何に基づき告発したのか、逆に糾弾する。
そして、白黒つけるため、男爵のところにこの案件を持ち込む。
その時、バッサーニが、すべてはアザロ司教の差し金で、光神教は正義に基づき、闇の神殿を擁護する。
この件はフォンスの大司教に話が伝わるだろうが、男爵からは、バッサーニの行動はモルトンの街の住民に支持されているという報告が行くだろう。そうなれば、ただでさえ、扱いに困っていた司教をこれ以上庇うことは出来ず、司教は罷免される。
レイの策を理解したバッサーニは、
(フォンスが何を言おうと本部の指示なら何も問題はないはずだ。アザロのせいで消えかかっていた本部復帰の道もこれで見えてくる……あとはこの方を失望させないようにしなければ……)
バッサーニはレイを聖騎士だと完全に思い込んでいた。それは、死の恐怖による異常な精神状態に加え、普段抑えていたアザロへの反発がそうさせた。
彼は晴れ晴れとした顔で立ち上がる。
「判りました。それでは私はこれから神殿に戻ります」
レイはいつもの口調に戻し、仕上げに入る。
「さて、僕はただの駆け出し冒険者のレイ・アークライト。光神教のバッサーニ司祭とは面識はない。誰に聞かれてもそうとしか言いようが無いですよね?」
バッサーニは少し面食らうが、すぐに理解したようで、
「あっ、はい。あなたとはあったことは無いですよ……レイ君」
少し砕けた口調でそういった後、立ち去ろうとした。レイはバッサーニの格好を見て、
「司祭、ちょっと待って下さい。その格好では拙いですね……少しだけ目を瞑ってもらえますか。僕がいいと言うまで」
バッサーニは頷き、素直に目を瞑る。
レイは清浄の魔法をバッサーニに掛け、失禁した跡をきれいになくす。
レイに目を開けてもいいと言われたが、彼には何が起こっているのか判らない。しばらくして自分の衣服に付いた失禁の跡が、きれいになっていることに気付いた。
(神の御業……これがごく限られた者にだけに伝えられるという秘術の一つなのだろうか……)
バッサーニは驚きのあまり言葉を失うが、レイが聖騎士であるという確信を更に強めて、光の神殿に帰っていった。




