第二十四話「罠」
レイとアシュレイの二人は銀鈴亭で食事を取った後、午後五時頃、闇の神殿に戻ってきた。
アザロ司教らは戻ってきていないようで、神殿の静謐なひと時が戻っていた。
二人は神殿に一室を借り、交代で不寝番を行っていく。
何事もなく時間が過ぎていき、夜は更けていった。
レイの予想通り、その日は何事も起こらず、二人は段取り通り、神殿の外でヘイルズ神官長に謝罪してから、昨日設置した警報装置を取り外していく。
そして、鳴子を外すのに手間取っている振りをしながら、もう一本の糸を張り巡らせていった。
神殿の中に入り、荷物を整理しながら、鳴子を設置し、警報装置を完成させた。
神官長には、鳴子が鳴ったら、灯りを振って合図してほしいと伝え、レイたちはギルドの方に戻っていく。依頼が失敗したように見せるため、冒険者ギルドで少し時間を潰した後、いつもの行動を取るべく、訓練をしに傭兵ギルドに向かった。
「ここまでやれば十分だと思うけど、あんまり早く宿に戻ると不審がられるから、いつもの時間くらいまで訓練をしてから、のんびり帰ろう」
二人が傭兵ギルドに入ると、カトラー支部長から呼び出しがあった。
何事かと思って、慌てて支部長室に入ると、男爵を襲った裏切り者の討伐に対する謝礼が決まったとのことだった。
「ちょうど良かった。さっきフォンス(ラクス王国の王都)の本部からレイへの謝礼が決まったという連絡があった。現金を希望することで変更はないな」
レイが肯くと、カトラー支部長は話を進めていく。
「白金貨十枚、一万Cだ。それで良ければ渡せるが、貨幣より宝石などが良ければ替えることもできる」
「ありがとうございます。えっと、貨幣でも大丈夫です。でも、本当に一万Cも貰っていいんですか?」
「ああ、構わん。というより、もっと増額するように頼んであったのだがな……良ければここに受け取りのサインをしてくれ」
白金貨十枚が入った皮袋を受け取り、支部長が持つ受領証にサインをする。
貨幣の入った皮袋をそのまま腰のポーチに入れ、訓練場に向かっていった。
(一万Cということは一千万円か……物騒だから、早くアイテムボックスに入れたいけど、ここじゃ目立つんだよな……)
何とか人のいないところを見付け、収納魔法を使い、アイテムボックスに白金貨を片づけることができた。
その後は三日ぶりにシャビィに稽古を付けてもらった。
今まではセロン対策で槍の訓練ばかりだったが、片手剣が得意なシャビィにあまり使わない長剣の手ほどきを受けようと思っていた。
「今日は長剣か? そうだな、折角腰に剣を差しているんだ。槍と同じくらい使えるようになれば、戦いに幅ができる。よし、いっちょやるか」
彼は長剣にも銘が無いか、一度アイテムボックスに入れて確認してみたが、槍や鎧のような銘はなく、ただ長剣とだけ出ていた。
彼はその時のことを思い出しながら、
(あの時はちょっとガッカリしたんだよな。格好いい名前でも付いているかと思ったのに……まあ、見た目はいいし、切れ味も良さそうだってアッシュも言っていたから、いい物なんだろうけど……)
彼の長剣は銘こそ無いものの、最高級の鋼で鍛えられた逸品であり、この街に売っている長剣とは比較にならないほどの名剣なのだが、武器に造詣が深くないレイと片手剣にあまり興味のないアシュレイの見立てのため、評価が低くなっている。
午後に三時間ほどシャビィから、手ほどきを受ける。
アシュレイとの朝のトレーニングでもある程度、使えるようになっていたが、やはり本職の師範の指導は上達も早い。
程よく汗をかいたところで、宿に向かう。夕食を食べ、少し仮眠をとった午後九時過ぎ、二人は静かに宿から出ていった。
闇の神殿の近く、墓地から百mくらいのところにある街路樹の陰に二人は隠れることにした。
二人は交代で不寝番をすることにするが、屋外では春先の夜風が思いのほか冷たく、マントをきつく巻きつけて、寒さを凌いでいた。
日付が変わる頃、不寝番をしていたレイの目に、神殿からの合図、灯りが振られている様子が飛び込んできた。
「アッシュ、起きてくれ。神殿からの合図だ。どうやら思った通りにことが進んでいるようだ」
レイはにやりと笑いながら、アシュレイに説明すると、彼女も素早く目覚め、二人で墓地に静かに急行していった。
墓地には、小さな光点が見え、その光を受けて、三人の人影が見えていた。そして、その人影は鍬のようなもので、穴を掘っているように見えた。
「早くしろよ。さっさと終わらせるぞ」
「静かにしろ! 神殿に灯りが付いたぞ。気付かれたのかもしれん」
「おい、しゃべっていないで、ちゃんと見張れ」
三人はすべて男のようで、彼らは手元の光源を消し、月明かりだけで作業を更に進めていく。
レイとアシュレイの二人は打合せどおり、二手に分かれ、レイはゆっくりと三人に近づいていく。レイの鎧、ニクスウェスティスは静音性に優れるため、音が出易い金属鎧を着たアシュレイは離れた場所に隠れていた。
レイが三人にあと二十mくらいの距離にまで接近すると、三人も誰かが接近する音に気付き、誰何してきた。
「誰だ。出てこい!」
レイはそれに答えず、声のする方に向けて、黙って閃光の魔法を放った。
距離は二十mとやや遠いものの、夜の闇の中に真昼の太陽のような光源が現れ、三人の男たちは全員目を押さえ、”ウッ“という唸るような悲鳴を上げている。
彼らは、一時的に視力を失った。
目が見えなくなり、パニックになった三人の男たちは、右往左往し、味方同士でぶつかり、転倒している。
「くそ! 目が見えねぇ! どっちに向かったら、オワッ!」
「ぶつかってくるんじゃねぇ! とにかく逃げろ!」
レイはその隙に光球の魔法を上空に放ち、墓地全体を照らした。
墓地の端、丁度、一昨日掘り返された場所の反対側に、慌てふためく、三人の人影がはっきりと見える。
彼は墓荒したちに侮られないよう、芝居を打つことにした。自分を歴戦の傭兵であると思い込ませるため、口調をやや強める。
「動くな! それとも屍食鬼だから、言葉が判らないか? それなら問答無用で切り刻んでやろう!」
レイがそういうと、まだ視力が戻りきっていない一人の男が、闇雲に剣を抜いた。
「誰か知らんが、一人しかいねぇ。こいつを殺してズラかるぞ」
その言葉に他の二人も剣を抜くが、碌に目が見えない男たちはただ剣を振るだけで、全く攻撃が当たらない。
レイはどうやって殺さずに無力化できるか考え、槍で足を斬り裂くことにした。
彼は闇雲に振っている相手の剣が届かない位置から、慎重に脛の辺りを狙って、一人ずつ斬り倒していく。
セロンとの戦い、正確には中鬼との戦いを経験していなければ、人相手に槍を振るえなかったかもしれない。だが、彼はこの世界で生きていくためには人を傷付けることを厭わないと決めていた。
脹脛を切り裂かれた三人の男たちは悲鳴をあげ、次々と武器を捨て投降していく。
その姿にやや安心し、彼らをじっくりと観察していく。
(ただのゴロツキにしか見えないけど、本当に光神教と関係があるのか? それとも偶然、墓荒しに来ただけなのか?)
「全員武器を捨てたな。誰に頼まれた?」
彼が尋問しても男たちは誰も話し始めない。
彼はもう一芝居打つことにした。
「そうか。事情を聞くだけなら、一人いれば十分だ。屍食鬼と間違えて殺したといえば、僕はお咎めなしだし、二人には死んでもらおう。さて、誰が話してくれるかな?」
彼は出来るだけ無邪気にそう言うと、一番近くにいる男の右腕に槍を突き刺す。
”ギャア!”という悲鳴が墓地に響き渡る。
殺すつもりは毛頭無かったが、覚悟を決めた彼は躊躇いを見せずに槍を振るっていた。そして、芝居を続けていく。
「次は誰の右手がいいかな? しゃべるためには口があればいいから、腕はいらないよね。さてと……」
「わ、判った、や、止めてくれ! 話す、話すから……」
一人の男、二十代半ばくらいの革鎧を纏った男が恐怖に負けて、話を始めようとした。レイはこれ以上無駄に人を傷付ける気がなかったのでホッとし、尋問を続けようとその男に近づいていった。
その時、眩い光が彼の目の前を通り過ぎる。そして、しゃべろうとしていた男の腹に光の槍が突き刺さっていた。
”グウェ!”という悲鳴ともつかない声をあげ、その男は絶命した。
レイは周囲に潜んでいる敵を警戒するように、周りをゆっくりと見回していく。
すると、丘の上側、三十mくらい先の場所から突然光が溢れてきた。すぐに、その光は眩い光を纏った金色の槍となり、彼に向かって飛んできた。
彼は大して速くないその光の槍を簡単に回避する。そして、次の魔法を警戒し、槍を構える。
彼が身構えた直後、光の矢が彼に襲いかかってきた。
その矢はかなりのスピードで飛んでくるが、単発であり、距離が離れていることから、容易に回避できる。
(アッシュは気付いてくれただろうか? さすがに二人はいないと思うけど……)
彼らは墓荒しの実行犯の他に、見届け役兼、失敗時の口封じ役が潜んでいる可能性があると考えていた。
墓荒しが屍食鬼で無かった場合、魔法を使え、静かに接近できるレイが実行犯を追い詰める。そして、アシュレイが少し離れた位置で見届け役がいないか、警戒する分担にしていた。
レイには魔法が効かないと判断したのか、遂に実行犯に魔法を放ってきた。
彼は実行犯を墓標の陰に引き摺っていき、自らは敵に身を晒していた。
(こうしておけば、僕に気を取られて、アッシュに気付くのが遅れるだろう……)
アシュレイはレイが三人の墓荒しを無力化したのを確認すると、周りを警戒し始めた。
(定石なら墓地の上方に配置するだけだろう。あとはどの程度の戦力を隠しているかだが……あっさり降伏したところを見ると、大した技量は持っていない連中を使っているな。だとすると、見届け役は一人。光の神殿の関係者なら、魔法を使ってくるはず……)
彼女の予想は見事に当たり、レイたちのところに向けて、光の槍や矢が飛んでいく。
彼女はレイのことを心配しながらも、魔法が撃ち出される地点を見極め、音を立てないよう慎重に接近していった。
レイが打ち上げた光の球が墓地全体を照らしているが、木々に遮られた場所は足元が覚束ない。アシュレイは木々に身を隠しながら、静かに、だが、出来るだけ早い歩調で丘を登っていく。
墓地の上では黒い服を身に纏い、短い杖を持った魔術師らしき者が、反撃してこないレイに対し、魔法を撃ち込んでいた。
アシュレイは攻撃に夢中になっている魔術師から二十mくらい離れた位置に来ていた。そして、その魔術師を見ながら、
(素人だな。自分の攻撃に夢中になり周囲への警戒を怠っている……その割には魔法の威力はある。詠唱速度もかなりの物だ……どうする? 見付からずに接近出来るのはここくらいまでだ……レイは十分に回避できている。上に回りこむか……)
彼女はレイに余裕があると判断し、迂回しながら更に丘を登っていった。




