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トリニータス・ムンドゥス~聖騎士レイの物語~  作者: 愛山 雄町
第四章「魔族の国・東の辺境」

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第三十三話「対決」

お待たせしました。


前話のあらすじ:

”月の巫女”である月魔族のイーリスは”月の御子”ルナを直接説得すべく、鬼人族の都ザレシェに降り立った。

一方、鬼人族は月魔族との対決姿勢を明確にしており、一触即発の状態になる。大鬼族の長オルヴォが間に入り、イーリスとルナの会談が始まろうとしていた。

 二月二十三日の朝。

 鬼人族の都ザレシェで月の御子(・・)ルナと月の巫女(・・)イーリス・ノルティアの会談が始まろうとしていた。

 場所は大政庁の最上階にある大広間。以前は族長会議の会合場所であったが、今ではルナの執務室となっている場所だ。

 ルナは漆黒のドレスを身に纏い、ゆったりとした椅子に座っている。彼女の後ろには族長会議の首座である大鬼族のタルヴォ・クロンヴァールの他に、小鬼族の雄、ソルム・ソメルヨキら主要な族長が控えていた。

 一方のイーリスは急いで移動してきたことから、革製の上下に防寒用の毛皮のコートを纏っており、巫女という神職に相応しい姿ではなかった。

 ルナはイーリスの姿を見て、その美しさに感歎するものの、身繕いすらしていない姿に余裕のなさを感じていた。


(本当にきれいな人ね。この人の方がよほど神の使いだわ。でも、あまり余裕が無さそうね。アシュレイさんの方が堂々としていた気がするわ……)


 イーリスは初めて月の御子に謁見することにやや気後れしていた。彼女はソキウスという国では女王に近い立場であり、かしずかれることはあっても傅くことはなかったからだ。闇の神(ノクティス)の使いにして現人神あらびとがみである月の御子は彼女にとっても上位者であり、どう対応していいのか困惑していた。

 更に闇の精霊たちがルナにのみ集まり、彼女に興味を示さないことも困惑していた理由の一つだ。闇の精霊は彼女に精神的な安定をもたらしていたのだが、それを失ったことで心に余裕を失っている。


(この方はまさしく御子様だわ。いつもあんなに私の周りで飛び回っている闇の精霊たちが全くいない。でも、どう話したらいいのかしら……)


 その怯えにも似た表情を見てルナが静かに話しかけた。


「今日はどのような用かしら? ヴァルマには月魔族を信用する気は無いと言ったのだけど?」


 イーリスに比べ、ルナは普段以上に余裕があった。イーリスの美しき容姿や高貴さが滲み出す仕草に気後れすることなく、侍女や護衛たちのような下の者に話しかけるような口調で詰問していた。しかも、それは無意識の行動だった。

 この十日間で鬼人族を完全に掌握しているが、タルヴォや他の族長に対しては必ず敬意を持って話しかけており、今回のような口調で問い掛けることはなかった。

 イーリスは気圧されながらも、「御子様に拝謁できましたこと、至上の喜びにございます」と言って優雅にお辞儀をする。


「此度は御子様にルーベルナにお越しいただくようお願いに参りました。ルーベルナには闇の大神殿が……」


 そこまで話したところで、「待ってちょうだい」とルナが遮る。


「私を生贄にするために連れて行こうというの? 何をされるのか分かっていないのに勝手に話を進めないで」


 言葉を遮られたことのなかったイーリスは驚きと恥辱で顔を赤くするが、すぐに「申し訳ございませんでした」と謝罪の言葉を述べた。


「儀式について説明いたしますが、これは闇の神殿の秘儀に属すること。申し訳ございませんが、御子様だけにしかお伝えできません。人払いをしていただけましたら、すぐにでも説明いたします」


 イーリスは鬼人族の族長たちに席を外すよう促した。


「待ってもらおう。我らは月魔族を信用しておらぬ。御子様に何をするのか分からぬ者を不用意に近づけるわけにはいかぬ」とタルヴォが拒否の姿勢を示す。他の族長たちも御子の前ということで発言こそしないものの、彼の意見に同意するように大きく頷いていた。

 イーリスは舌打ちしそうになる自分を抑え、笑みを崩さないよう努力し、


「私たちが御子様に危害を加えることはあり得ませんわ」


 ルナはその様子を見ながら、どうすべきか考えていた。


(儀式のことを聞いてもいいけど、聞いたところで危険なことに変わりはないわ。この人とひじり君のどちらを信じるかといわれれば考える必要もないのだから。でも、ここで拒むより聞いた上で断った方が鬼人族の心証はよくなるはず。もしかしたら、他の翼魔族も味方に引き入れられるかも……)


 ルナは勝負に出ることにした。イーリスの要求を呑み、一対一で話をすることにより神の使いに相応しい度量の大きさを見せようと考えたのだ。


「分かりました」と答えると、タルヴォから「なりませぬ」と反対の声が上がり、ソルムも「月魔族を信じてはなりませぬ」と反対する。しかし、ルナはそれに笑顔で頷き、


「窓のある部屋は無理よ。私はあなたに拉致されるつもりはないから。部屋の周りは鬼人族の皆さんが守るという条件なら聞いてあげるわ。これならいいですよね、タルヴォ殿?」


 イーリスは「私はそのようなことはいたしません」と反論するが、それでもタルヴォは、

「月魔族を侮ることは危険でございます」と更に反対した。


「私は月の御子です。月の巫女が如何に優れた呪術師であったとしても、闇の精霊たちが守ってくれるはずです。それでも駄目でしょうか?」


「しかし……」とタルヴォは言うものの、彼女の決意が固いと感じ、妥協案を提示した。


「ならば地下室ではいかがか。御子様が会談するに相応しい場所ではないが、あそこならば月魔族といえども容易には逃げ出せぬ」


「私は構いません。イーリスさんはどう?」と振ると、イーリスも「異存はありません」と答えるしかなかった。


 大政庁の地下室は貯蔵庫と牢獄があるだけの陰気な場所だ。真冬でも湿度が高く、気温が低い割にはかび臭いような不快な臭いが漂っている。

 タルヴォの指示により椅子と灯りの魔道具、飲み物などが持ち込まれ、臨時の会談場所が出来上がる。


「では、私とイーリスさんの二人で話をさせて頂きます。大丈夫だと思いますけど、あまり近寄らないでくださいね。闇属性魔法を使われるかもしれないので」


 ルナの言葉にタルヴォらは片膝を突いて首肯し、「何かあればすぐにでも駆けつけまする。我らがいることをお忘れなく」と言って地下室を出ていった。


 ルナは無造作に椅子に座ると、「あなたも座ったら?」と言い、

「私を使った儀式というものについて教えてくれるのでしょ?」と小首を傾げる仕草を見せた。

 イーリスは小さく頷き、もう一つの椅子に座る。


「儀式について教えてもらう前に言いたいことがあるわ。あなたたちが、いえ、あなたが始めた戦争で何千人という人が死んだわ。そんなに人を殺して心は痛まないの? それともあなたたち月魔族は人ではなく魔物だから感じないわけ?」


 昔のルナを知る者が目を疑うほど辛辣な言葉を投げつける。イーリスは僅かにたじろぐものの、

「この世に平穏をもたらすためです。そのために必要な犠牲なら、私の命であっても躊躇いはしません」とルナの目を真直ぐ見つめて答えた。

 ルナは目に力を込めるように睨みつけるが、すぐにフッと笑い、「そう」とだけ答えた。


「じゃ、儀式の話をしてちょうだい。包み隠さずに本当のことを。あなたなら気付いているでしょうけど、闇の精霊は私の味方よ。私に不利なことをすればすぐに分かるから」


 イーリスはそれに答えることなく、「では、説明いたします」とだけ言って話し始めた。


「まず、“月の御子”とは何かから説明します。月の御子とは闇の神(ノクティス)の御使いと言われておりますが、事実は少し異なります。月の御子とは闇の神(ノクティス)が現世に降臨する寄り代であり、心に平穏をもたらす神、ノクティスに現世に降臨していただき、この乱れた世を正す者のことを指します」


 ルナは「神の寄り代ね……」と呟き、


「私は神様の器ってことね。だから、身体には支障はないけど魂は保証できないのね」


「いいえ。伝承では降臨と言いましても神の力を具現化していただくだけです。神という存在は強大ですから、人の身体に直接入ることは無いとされています」とイーリスは即座に否定した。


「でも、神様の力を受け入れれば同じじゃないの? それにそんな大きな力を受け入れたら、自分が自分でなくなることは誰にでも分かるわ。あなたたちみたいにノクティスを信じている人たちならいいけど、はっきり言わせてもらうけど私はこの世界の神様を信じてなんかいないの! 今まで散々運命っていうものに翻弄されてきたんだから」


 すべての神を否定するという大胆な発言にイーリスはたじろいだ。もし、椅子に座っていなければ数歩後ずさるほどの衝撃的な言葉だった。


 この世界ではルークス聖王国のように、十二柱の神すべてではなく一柱の神のみを信じる者はいるものの、すべての神を否定するような異端な考えはなかったからだ。特に魔法は神を信じることで使えるといわれており、その身近な神を否定するという考えは法を無視する盗賊ですら持っていない。


「神を否定されるのですか……すべての神を……あなたは何者なの……」


 イーリスは強い恐怖を感じていた。目の前にいる少女が魔物以上に異質に感じていた。


(この方は本当に人なの? 神を否定するなんて、考えたこともなかった……恐ろしいわ……)


 ルナはイーリスの恐怖に気付くことなく、

「私はルナよ。この世界(・・・・)ではティセク村の猟師ジョセフの娘のルナ。あなたたちが勝手に月の御子って呼んでいるけど、それは知ったことではないわ」と冷たく言い放つ。


 ルナの周りでは多くの闇の精霊が彼女の感情に反応するように激しく舞っている。

 時に怒りを、時に絶望を、時に恐怖を振りまきながら。


 イーリスは混乱していた。これほど強い精霊との絆を見せながら、神の存在を否定する。彼女のつちかってきた常識ではより強く精霊の力を使うためには、より強く神に祈る必要があった。

 しかし、目の前で起きている事象はそれを完全に否定している。


(分からない……確かにこの方は月の御子の力を持っている。でも、どこかおかしい……よく考えるのよ。何が起きているのか。どうすればよいのか……)


 ルナは苦悶の表情を浮かべるイーリスを冷ややかに見つめながら、

「交渉決裂ね。神降ろしの儀式は決して安全じゃない。私が私でなくなる可能性があるなら、私は断固拒否するわ」と突き放つ。

 イーリスはそれに答えず、何が起こっているのか必死になって考えていた。


(月の御子の力を持ったまま神を否定する。どこかおかしい。このままではノクティスの降臨は無理……あっ!)


 そこであることに気付いた。


(ノクティスの降臨を妨害することで利益を得る者、それは黒魔族と西の者たち。しかし、このことを知っているのは黒魔族しかいない……)


 そして、黒魔族が何を目的にしているのか思いを巡らせていく。


月魔族わたくしたちの邪魔をして神降ろしの儀式を失敗させる。そうすれば月魔族の権威は地に落ちる。その上で成り代わろうと……サウルなら一度失敗しても自分なら成功させられると考えるかもしれない……だとすれば、御子様は黒魔族に操られている? 魔法ではないわ。御子様にはご自身に不利になる闇の魔法は効かないから。だとすれば、黒魔族に偏った知識を植え付けられているのかも……何としてでも黒魔族から引き離さないと。そのためにはこの街にいてはいけない。私たちが正しい知識を伝えないと……)


 イーリスは存在しない黒魔族に翻弄されていた。そして、ルナをこの街から連れ出し、正しい知識を与えるしかないと思い始める。


「御子様は誰に儀式のことを聞かれたのでしょうか?」とイーリスは目を細めて威圧しながら質問した。

 ルナは突然雰囲気が変わったイーリスに戸惑うものの、レイのことを口にするわけにはいかず「誰でもいいでしょう」と口篭る。


「誰でもということは御子様に誤った知識を与えた者がいるということですね」と呟くが、その声は低くルナの耳には届かなかった。

 イーリスは頑ななルナを見て考えを変えていく。


(この街から連れ出すとしても今は無理だわ。恐らく鬼人族の屋敷に宿泊しているでしょうから、そこで……今は鬼人族を油断させることが大事ね)


 彼女はルナを説得することを諦め、宿泊先から拉致すると決めた。


「分かりました。御子様のご意思を無視して神降ろしはできません。ですので、気長に待たせていただきます。御子様の御心が変わることを」


 そう言って立ち上がった。

 ルナはあっさりと諦めたことに疑問を感じるが、自分の意思を無視することができないのだろうと納得する。

 ルナが地下室を出ていくと、不安げな顔で心配していたタルヴォらが出迎える。


「ご無事ですか?」とソルムが尋ね、実弟である呪術師スロに目配せする。ルナの護衛でもスロは闇の精霊の動きを確認し、「分かる限りでは問題ない」と小声で伝えた。

 ルナに続いてイーリスが現れると、族長たちに緊張が走る。しかし、イーリスは笑みを浮かべ、

「御子様のご意思が固いことが分かりました。無理やり儀式を行うわけには参りませんので、お心が変わるまで待つことにします」と言ってその場を立ち去った。

 彼女を見送った後、ルナは「まだ油断はできません」と族長たちに警告する。


「あの人たちが簡単に諦めるとは思えません。ですから油断はしないようにお願いします」と言って頭を下げる。

 タルヴォたちは慌てて自分たちも頭を下げ、「命に換えましてもお守りします」とその場にいる鬼人族全員が言葉を合わせた。

ルナがますます神懸ってきました。

ドリームライフの方もルナ関係の話が進みそうなので、そのギャップをお楽しみ頂ければと思います。


トリニータス第二巻発売から二十日、前話の後書きでお願いしましたアマゾン様のカスタマーレビューですが、二件も投稿して頂き、また、いずれも満点ということで、大変感激しております。

この場をお借りして、お礼申し上げます。

ありがとうございました。

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