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トリニータス・ムンドゥス~聖騎士レイの物語~  作者: 愛山 雄町
第一章「湖の国・丘の町」

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第二十三話「墓荒しの調査」

 食堂に降りた二人は、いつもはからかってくるビアンカが、今日は何も言ってこないことに首を傾げながら、朝食をとっていった。


 午前八時過ぎ、二人は宿を出て、久しぶりに冒険者ギルドの扉をくぐる。

 中に入ると、受付を待つ冒険者たちが、二人の方に視線を向けてくるが、その視線には、好意的な視線と敵意をむき出しにする視線が混じり合い、レイは居た堪れない気持ちになる。


(まだ、セロンのシンパがいるんだ。それにしても正々堂々の決闘で勝ったのに、そんな目で見なくてもいいんじゃないか……)


 二人を見付けた受付嬢のエセルは、「レイ様、アシュレイ様、支部長がお待ちです。ご案内します」と言ってから、二人を奥に案内していく。

 支部長室では、ソロウ支部長がいつもより不機嫌そうな苦い顔をして二人を待っていた。


「セロンの取り調べが終わった。レイ、お前の告発通り、奴は冒険者仲間を裏切っていた。まだ、頑として口を割らないが、パーティメンバーの証言でお前たちを罠に嵌めたことは立証できる」


「そうですか……で、セロンはどうなるんですか?」


「冒険者ギルドから永久追放処分はもちろん、お前たちへの殺人未遂で犯罪奴隷に身を落とすだろう。だが、奴のパーティメンバーの証言から、余罪がまだまだありそうだ。一旦、王都フォンスに護送して、取り調べを行った後に犯罪奴隷として処分されるはずだ」


 支部長の話では、セロンの仲間たちも彼に脅されており、セロンが裏社会――いわゆるマフィア――とつながりがある可能性が出てきた。

 王国とギルドはこの機会をとらえ、マフィアたちを一掃するとのことで、セロンを尋問することになった。

 ちなみに彼のパーティメンバーは脅迫され、已む無く加担したことが判明したため、軽い処分――ギルドが指示する無償の奉仕活動――だけで済んでいる。


 奴隷制度については、ラクス・サルトゥース連合王国では、奴隷の取引は原則認められていない。唯一、犯罪奴隷についてのみ、犯罪の抑止と被害者の救済のため、例外的に認められている。

 他国、特にカエルム帝国、ルークス聖王国、都市国家連合では、奴隷の取引は一般的な商取引として認められている。そのため、定期的にオークションが行われ、労働奴隷、性奴隷などを扱う奴隷商人が多数存在している。

 奴隷商人の中には、誘拐などを行ったり、村を盗賊に襲わせたりする悪質な者も多く、特にルークス聖王国では獣人の人権が極端に制限されているため、獣人たちのコミュニティが丸ごと奴隷商人に拉致されることもあった。

 連合王国やカウム王国など奴隷取引制度を認めていない国から、このような違法行為の取締りを強化するよう訴えが常に出ているが、改善の見通しは暗い。

 余談だが、レイに稽古をつけていたシャビィも、カエルム帝国のルークス聖王国国境付近から、幼い頃ラクス王国に逃げてきた難民だった。

 その連合王国でも奴隷の取引こそ認められていないが、所有は認められている。商人、傭兵、冒険者などが、他国で購入した奴隷を持ちこむことが多いためで、特に商人は戦闘奴隷を護衛に雇っていることが多く、経済活動を円滑に進めるために已む無く認めている。

 但し、連合王国では、奴隷を所有している者は、軽蔑の眼で見られることが多いため、目立たないようにしていることが多い。


 ソロウ支部長は頭を下げながら、


「今回の件は冒険者ギルドの責任だ。二人には本当に迷惑を掛けた。こういった事例でギルドから賠償を支払ったケースはないが、セロンの個人財産から、君たちに幾ばくかの賠償がなされるはずだ。王都での取り調べ後に連絡があるので、それまで待ってほしい」


 そして、金貨を二枚取り出し、


「前に預かったヒドラの魔晶石の買い取りだが、今回のこともある。少し色を付けて、二百(クローナ)で買い取らせてもらおうと思うがどうだ?」


 通常、三級相当の水属性の魔晶石の相場は、百C程度だ。

 三級といえば、討伐するのにベテラン冒険者が数名必要な危険な魔物だが、魔晶石自体の買取価格は、危険が多い割には高くない。

 依頼が出ていない魔物の討伐は、それほど逼迫した状況でない。魔晶石が高値で買い取られると、冒険者たちが無理に魔物討伐を行くため、無駄に損害が出る。

 ギルドとしては、より危険度の高い魔物の討伐を優先させたいため、魔晶石の買い取り価格を比較的低く抑える方針にしている。なお、魔晶石の流通の大半が冒険者ギルド・傭兵ギルド経由であるため、ギルドの方針により価格が抑えられると、需要が急激に増えない限り、価格統制は容易である。


 支部長の権限で今回は相場の二倍で買い取るとの申し出であり、レイはアシュレイに確認した後、「それで結構です」と答え、金貨を受け取った。


「今回の件は顛末を公表する。セロンを擁護する声があったが、公表すればそれも収まるだろう」


 二人は支部長室を後にし、受付のあるホールに戻ってきた。

 レイの表情は硬かった。

 彼は自分たちが殺されそうになったのに、奴隷に身を落とすだけというのが、理不尽な気がして納得できていない。


(こっちが死ねば、奴は何も“なし”だったんだ。この世界のあまり発達していない司法制度なら、普通こういう裏切りは死罪が当然なんじゃないのか?)


 そのことをアシュレイに言うと、


「そうだな。死罪にするほうが手っ取り早いが、奴隷にして売った方が被害者にとっても、ギルドにとっても得だ。犯罪奴隷は首に黒いオーブを付けられる。そのオーブには闇の魔法が掛けられており、命令者に服従させるよう精神操作がされるそうだ。犯罪奴隷、特に戦闘力を持った奴隷は、危険な魔物の討伐や戦場の最前線に回されるから、罰としては死罪より重いかもしれない……」



 レイはその説明で頭は納得するが、まだ、心に蟠りがあった。

 だが、もう過ぎたことと忘れることにし、どの依頼を受けるか、掲示板を見始めていた。

 そして、掲示板に「墓荒しの調査」という見出しの依頼票を見つける。

 内容は、モルトンの街の共同墓地が荒らされるため、調査をして欲しいというもので、依頼主は闇の神殿の神官長だった。

 報酬は調査のみで三十(クローナ)、討伐で二百Cとなっていた。


 レイはアシュレイに向かい、「これって、どう思う?」と尋ねてみた。


「話を聞いてみなければ判らないが、屍食鬼グールの可能性があるな。今回は調査だけだから、危険は少ないと思うが、屍食鬼であれば、通常の武器は効かない可能性がある。その場合、危険の度合いは一気に跳ね上がるな」


「屍食鬼……グールか。魔法は効くんだろ?」


「ああ、魔法なら……特に光属性の魔法がよく効くはずだ」


「それならいい機会かもしれない。夜間活動とアンデッド系との戦闘の経験。街の中なら対応もしやすそうだし、報酬は大したことないけど、これにしていいかな?」


 アシュレイは少し考え、


「そうだな……やってみても面白いかもしれない。だが、調べてみたら、ただの墓荒しという結果になりそうだがな」


 レイはその依頼票をはがし、受付に持っていく。

 受付嬢のエセルがそれを受理し、


「調査のみであれば、七級の依頼ですが、討伐になると六級、最悪の場合、五級相当になる可能性があります。お二人なら大丈夫だと思いますが、十分に気を付けて下さい」


 二人は話を聞きに行くため、街の北東にある闇の神殿に向かった。


 闇の神殿は、闇の神=ノクティスを祀る神殿である。ノクティスは闇、夜の神であるが、休息=死を司る神として、墓地の管理を行っていることが多い。

 もちろん、闇の神殿を排斥しつつあるルークス聖王国では、死も光の神ルキドゥスが司るという解釈で、墓地の管理も光の神殿=光神教が行っている。


 闇の神殿は、黒を基調とした建物だが、ステンドグラスや黒い御影石のような滑らかな石材がふんだんに使われており、イメージしていたより明るい感じがする。

 敷地内も花壇が多く、春の花が咲き始め、芝生に覆われた庭にはベンチが置いてあり、柔らかな明るさをより強く感じる。


「闇の神殿というから、もっと暗い感じかと思ったけど、随分、明るい感じがするんだ」


 レイは独り言を言うように、そう呟いていた。


「そうだな。ここには死者を弔うだけでなく、懐かしみに来る者もいる。亡くなった親しい者と思い出を語るのに、暗いイメージは合わないからだろう」


 アシュレイは少し寂しそうにそう答える。

 レイはすぐに彼女が母親を幼い頃に亡くした話を思い出した。


(アッシュは時々、お母さんのお墓に行っていたんじゃないのか。だから、余計にそう思うのかも……)


 二人は神殿の中に入り、若い神官に冒険者ギルドから来たことを告げる。

 すぐに神官長のところに通される。

 レイは神殿の中を物珍しそうに見ていた。

 中も黒を基調とし、質素な作りの神殿はよく手入れされ、彼に好印象を与えていた。


(なんか落ち着く感じだな。山奥の禅寺とか、長崎で見た小さな教会って感じかな……)


 神官長の部屋に案内されると、すぐに神官長らしき初老の女性が現れた。


「ノクティスの神殿へようこそ。私は神官長を勤めさせて頂いております、ダーナ・ヘイルズと申します」


 柔和な表情で自己紹介したヘイルズ神官長は、本題に入る前に、自ら茶を淹れ、彼らの前に置いていく。

 二人は自己紹介を済ますと、すぐに本題に入っていった。

 まず、アシュレイが状況を確認していく。


「“墓荒し”とあったが、具体的な状況を聞かせていただけないだろうか?」


 神官長の表情がやや暗くなる。そして、ゆっくりと説明を始めた。


「事の起こりは、五日前になります……」


 神官長の説明では、神殿の裏にある墓地に五日前の夜、何者かが侵入した形跡があった。その時は特に実害も無く、悪戯か何かだと思っていたが、その翌日も墓地に入られ、墓標が倒され、墓を掘り起こした跡が見付かった。

 幸い棺まで到達しなかったようで何事もなかったのだが、墓荒しをこれ以上放置するわけにはいかないと守備隊に通報し、三日前の夜に警備を行って貰った。警備を警戒したのか、その日は被害が無く、翌日、守備隊が引上げると、再び墓が掘り起こされた。

 守備隊に連絡しても、常に警備するわけには行かないので、冒険者ギルドに犯人探しの調査を依頼したらどうかと提案される。

 昨夜も墓荒しが現れ、遂に棺を開けられ遺体を荒らされた。その遺体には齧られたような跡があり、今回の墓荒しは屍食鬼グールの可能性があるとのことだった。

 今回の依頼では、犯人の特定が主で、可能なら討伐までして欲しい。

 闇の神殿には神官はいるが、光や火の神殿のような、戦いに慣れた者はおらず、墓荒しが神殿内に入ってくると対応できないため、不安な日々を送っているとのことだった。


「私ども、闇の神(ノクティス)の神官は、人々に安らぎを与えることが務めです。ですから、迷える死者の魂を安らかに眠らせることはできても、屍食鬼のような荒々しいアンデッドと戦うすべを持つ者はほとんどおりません。どうか、ここに眠る魂の安息を取り戻してほしいのです……」


 その真摯な言葉にレイとアシュレイは、必ず解決してみせると応え、まずは現場の状況を見せてもらうことにした。

 現場の墓地は丘の斜面に沿って作られており、広さは五十m四方程度。周囲を木で囲まれ、見通しはあまり良くない。

 墓地自体は、芝生の緑の絨毯の中に、整然と墓標が並び、所々に木が植えられている。一見するとアメリカのアーリントン墓地のようにも見え、墓場はかばという陰気な感じはしない。

 荒らされた現場は、墓地の端、斜面の中腹に当たり、木に遮られ、神殿からは見通しが効かない場所だった。

 荒らされた墓は墓標が倒され、動物が掘り起こしたような無造作な穴が掘られていた。


 レイは案内してくれているヘイルズ神官長に事情を聞いていく。


「荒らされた墓は同じ物だったのですか?」


 突然聞かれた神官長は、やや戸惑いながら、「いえ、別々の場所ですが……」と答える。

 レイは更に質問を続けていった。


「埋葬された方に共通点はありますか?」


 神官長は考え込むように、首を傾げた後、


「特に共通点は思いつきませんが……ここに埋葬された方は食料品店を営まれていた方ですし、その前の方たちも確か、家具職人の奥さん、飲食店のご主人、守備隊のご子息でしたから……」


 レイは考え込むように、その場に立ち尽くし、掘られた穴を眺めていた。

 その間に、アシュレイは墓の周りを丹念に調べていく。


「足跡はあるが、守備隊が入った後だから、どれが犯人の物か判らん。神官長、守備隊は足跡や遺留品について何か言っていなかっただろうか?」


「足跡については、人の裸足の足跡が残っていたと……他には何も……」


 二人はここにいても埒が明かないと、神殿に戻ることにした。

 アシュレイが、レイと神官長に、


「今日から、神殿に泊めてもらおうと思うが、大丈夫だろうか?」


 神官長は静かに頷き、「夜もここに居ていただけるなら安心です」と顔を綻ばしている。

 レイとアシュレイは、準備のため、ここを離れることを告げ、一旦宿に戻ることにした。

 レイは歩きながら、「どう思う、アッシュは?」と聞くが、アシュレイは、


「今は何も判らない。だが、見張っていれば何か起こるはずだ」


「そうだね。でも、屍食鬼グールじゃないことは多分間違いないよ」


 自信有り気に言うレイに対し、アシュレイが首を傾げている。


「守備隊がいる時だけ、墓を荒らしていない。屍食鬼に知性がどの程度あるのか知らないけど、アンデッドが生者である守備隊を恐れるとは思えない。きっと、何か他に理由がある」


「そうだな。屍食鬼にそれほどの知性があるとは聞いたことが無い。そうなると一体誰が……」


 レイは思い付いたことがあったが、確証がないため黙っていた。


(こういう時は利益を得ている者を疑うのが定石だ。闇の神殿を貶めて利益があるのは……光神教、いや、アザロ司教だけだろう。男爵様の話だと狂信者だそうだから、闇の神殿を排除するためには、この程度の嫌がらせくらいやりかねない……)


 二人は銀鈴亭に戻り、ここしばらくは夜に出かけるため、食事に戻ってくるだけだと伝え、荷物を持って、闇の神殿に向かう。

 途中、調査に使える道具を手に入れるため、道具屋に立ち寄った。そして、役に立ちそうな道具が無いか、主人のマニュエルに聞いてみた。


「夜の警備をするんですけど、何か役に立ちそうな道具ってありますか?」


「具体的にどこで使うつもりなんだ? 屋敷の回りか? それとも野営地か?」


 レイは依頼の内容を話していいものか判断に迷い、アシュレイの方を見る。

 アシュレイが話を引き取り、


「マニュエルは聞いていないか? 闇の神殿の墓地で墓荒しが出た話だ」


「ああ、聞いたぞ。ははん、その依頼を受けたのか……しかし、大丈夫なのか、たった二人で? 屍食鬼が出たら、拙くないか?」


「多分大丈夫です。僕の槍はアンデッドにも効くはずですし……そもそも街の中にグールなんか出ませんよ」


 マニュエルは疑わしそうな顔で二人を見つめるが、レイが自分の考えを伝えると、納得したようで、


「それなら、野営地の警備用の鳴子と糸くらいか。灯りの魔道具はいるか?」


 レイは少し考えた後、アシュレイに、


「鳴子と糸は欲しいな。糸は五百mくらい必要かな? 灯りは無くても大丈夫?」


「灯りは自分の分はある。お前は無くても大丈夫だから、買わなくてもいいな。だが、五百mもの長さが必要か?」


「うん。後でどう使うか説明する」


 二人は鳴子と糸を買い込み、闇の神殿に戻っていった。

 途中の道で、レイは糸の使い道について、説明していく。


「もし、屍食鬼ではなく、人が墓を荒らしているなら、昼間に堂々と鳴子を設置すれば、それを見ている可能性がある。今日は僕たち二人が神殿に泊まるから、いつ巡回に来るか判らない。だから、人が墓を荒らしているなら、多分現れない。もし出てくるようなら、本物の屍食鬼。ここまではいい?」


 彼は一旦話を切り、アシュレイが頷くのを確認してから、話を進める。


「僕と君とで警報装置を張り巡らせていく。これは見ている者がいることを前提にね。その時、糸を二本設置していく。一本は普通に鳴子を付ける。そして、もう一本は地面に這わせておく……」


「なぜそんな面倒なことをするのだ?」


「さっきも言った通り、今日は警報装置を見ているし、僕たちがいることを知っているから、人なら出てこない。そして、明日、“昨日、屍食鬼が出てこなかったから、依頼を達成できなかった”と、依頼に失敗した振りをして、鳴子と糸を回収する。回収しながら、もう一本の糸を張り巡らしていって、神殿の中で鳴子がなるように設置する。そうすれば、墓荒しは明日の夜は罠が無いと安心するだろうから、きっと出てくる。僕たちはすごすごと退散するふりをして、暗くなってから神殿の近くに舞い戻ってくる。これでどう?」


「なるほどな。一度目の鳴子を囮にするわけか……レイ、お前は意外と策士だな。確かに鳴子を外しているのを見れば、次の日はもうないと思うはずだ。後は神殿からうまく合図を貰う方法を考えればいいということか……」


 二人は夜の監視の方法などを確認しながら、闇の神殿に向かう。午後二時頃に神殿に着き、神官長に段取りを説明し、墓地に鳴子と糸で警報装置を設置していった。

 二時間ほどで、罠を張り終え、二人は神殿に入っていった。


「あとは夜中の警備だけだ。アッシュ、早いけど夕食に行こうか」


 二人が神殿を出ようとすると、門のところが何やら騒がしい。

 ヘイルズ神官長の落ち着いた声の他に、男性にしては甲高いややヒステリックな声が響いていた。


「この悪魔の巣窟で屍食鬼が出たと噂になっておるぞ! 貴様ら悪魔の手先が、街にアンデッドを放とうとしておることは明白。我ら光の神(ルキドゥス)しもべの目は誤魔化せんぞ!」


 その甲高い声の男は白い神官服――ローブのような丈の長い服に金糸、銀糸をふんだんに使った贅沢な物――を着込み、後ろには同じような服を着た神官と、武器を手に持った信者らしい男たちが十数人詰め掛けていた。

 ヘイルズ神官長は勇敢にも一人で、十数人の男たちを説得しようとしていた。


「私どもノクティスの神殿は、アンデッドの存在を認めてはおりません。アンデッドは安らぎを得られなかった悲しき亡者。私どもはノクティスの安らぎを与えこそすれ、奪うことは致しません……」


 その声も信者らしい男たちの罵声で消されていく。

 遂には神殿の門を押し倒そうと、男たちは門扉を揺らし始める。

 レイはその光景を見て、


(酷い物だな。何の証拠も無いのに断定するなんて……ヘイルズさんと話をすればそんなことしないっていうのは、すぐ判りそうな物なのに……まあ、人の話を聞かないから狂信者なんだろうけど……日本にいたよな、マスコミとかネットの情報に踊らされて、自分が正しいと思いこむタイプって……こういう人たちが一番性質(たち)が悪いんだよな。正義の味方気取りで、結局やっていることはイジメと同じ。罪の意識なんか無いから、すぐに暴走するし……そのくせ、自分が間違ったって判っても、何事もなかったように忘れられる。そして、すぐに別のことで迷惑を掛けていくんだ……)


 レイがそんなことを考えていると、アシュレイが一人で前に出ていく。

 彼もすぐに追い掛けるが、彼女は門のところに来ると、いきなり剣を引き抜き、狂信者たちに大声で語り掛けた。


「屍食鬼のことは冒険者ギルドで調査している! まだ調査が完了していないが、何を根拠に神殿を“襲撃”しようとしているのか! 我々は傭兵ギルドにも登録している! 貴様らが神殿を破壊するなら、暴徒として処理しなければならん! 暴徒の処理は被害拡大を防ぐという大義名分があれば、傭兵でも可能だぞ! それでもまだ破壊活動をするなら、それ相応の覚悟で来い!」


 戦場で鍛えた彼女の声は、日が傾きかけた街に響いていく。

 その勢いに狂信者たちも気勢を削がれ、門を揺らす手が止まっていた。


「傭兵如きが口を挟む問題ではない! 貴様らも悪魔の手先か!」


 最初に叫んでいた神官服の男が、アシュレイを指差し、弾劾し始めた。

 男の弾劾は、徐々にヒートアップし、アシュレイへの罵倒に変わっていった。


「……女が傭兵など、碌な生まれではなかろう。穢れた母親から生まれた忌み子なのではないか。それも男と二人で、闇の神殿に入り浸るなど、ここで何をやっているのか判ったものではない……」


 ここまでの話で忍耐の限界を迎えていたレイは「黙れ!」と一喝する。

 そして、槍に光の魔法を纏わせた後、皆の注目が集まったところで、一気に輝きを増す。

 丘の陰でやや薄暗くなっていた闇の神殿の周りで、急に太陽のような光を目にし、狂信者たちが目を押えている。


「光の神ルキドゥスは、闇の神ノクティスと対を成す神のはずだ! お前たちのような勝手な解釈で神の意思を穢すな! 違うという者はこの光を見つめてみろ! ルキドゥスの加護があれば、見つめ続けられるはずだ! さあ、やってみろ!」


 完全に切れたレイは、自分でも無茶苦茶なことを言っているという意識はあるものの、アシュレイへの理不尽な弾劾に怒りの方が勝っていた。


「神の御業、光の魔法をそのようなことに使うとは……覚えておれ! 貴様のことは忘れんぞ!」


 神官服の男はそう捨て台詞を吐くと、その場を後にしていった。


 ヘイルズ神官長が、


「ありがとうございました。レイさんとアシュレイさんに迷惑が掛からなければよいのですが……」


「大丈夫だ。私もレイも何も間違ったことはしていない。間違っているのはアザロ神官長の方だ」


 レイはここに至って、今の相手が警戒していたアザロ神官長、光神教の呼び方でいえば、アザロ司教だとようやく気付いた。


(拙い! アシュレイを馬鹿にされて、ぶちぎれてしまった……でも、今のは仕方が無い。後悔はしていない……)


「ご心配なく。我々には男爵様もついていますし、ギルドの後ろ盾もあります。精々、嫌がらせをしてくるくらいでしょう」


 レイとアシュレイの二人は嫌な気分を残しつつ、宿に食事を食べにいった。


 その姿をアザロ司教は暗い目で見つめていた。


(おのれ! 私を愚弄しおって! ……しかし、あの鎧、聖騎士の物ではないのか? あの光の魔法も……聖騎士がなぜ我らの邪魔をする? あの者を監視する必要がある……だが、その前に邪神を崇拝する者どもを排除せねば……神の御心に沿うためには結果が必要だ。手段は選ぶ必要はない……)


 彼の目には燃え盛る炎のような狂気が見えるが、それに気付く者は誰もいなかった。

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