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トリニータス・ムンドゥス~聖騎士レイの物語~  作者: 愛山 雄町
第四章「魔族の国・東の辺境」

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第十四話「東へ」

お待たせしました。


あらすじ:

レイたちは魔族の地、クウァエダムテネブレに潜入し、鬼人族が眷族を召喚する秘儀を垣間見た。その非人道的な行為に怒りを覚えたものの、自分たちにできることはないと、さらに東に向かった。

その先にある魔族が”絶望の荒野”といって恐れる土地を越え、ルナが向かう魔族の都ルーベルナに向かうために。

一方、攫われた月の御子ルナは街道を東にゆっくりと進んでいた。

 トリア暦三〇二六年、一月二十六日。


 レリチェ村近くから出発して四日。アクィラ山脈の麓に広がる広大な森もようやく途切れた。

 思ったより豊かだった森を抜け、彼らの目の前には広大な荒野が広がっている。

 そこには岩と僅かな灌木が生えるだけで何もなかった。

 空は晴れ渡り、冬の冷涼な青空とうっすらと雪化粧された原野が広がっているが、美しいという印象は無く、死よりも更に冷たい拒絶感だけを感じていた。

 レイは仲間たちを見まわし、「行きましょう」と静かに宣言する。

 彼の言葉を受け、獣人奴隷のウノが先行する斥候役と後方の監視役を指名する。


「セイス、ヌエベ。先行して進行ルートを探れ。オチョは後方を警戒……」


 彼の命令ですぐに三人の狼獣人たちが散っていく。

 それを確認したレイがおもむろに歩き始めた。彼の傍らにはアシュレイ・マーカットとステラがあり、すぐ後ろには小鬼族の捕虜、ダーヴェとラウリの姿があった。

 ウノともう一人の獣人奴隷であるディエスは彼らの周囲を警戒していた。


 森を抜けて僅か数時間、魔族たちがなぜ“絶望(デスペラティオニス)”という名を与え忌み嫌っているのか、思い知ることになる。


 当初は岩が多く歩きにくいだけの平原だった。

 だが、数km進んだだけで、その風景は更に荒んだものに変わっていき、地面を覆っていた雪は消え、僅かに生えていた灌木どころか、草すら見えず、生命の痕跡を全く感じさせない。ごつごつした岩も溶岩のように溶けて変形したものに変わり、岩の上に残る雪がしゃれこうべのような印象を与え、モノトーンの風景は不気味さだけを強調していた。

 硫黄のような臭気が立ち込め、獣人たちの敏感な嗅覚は完全にマヒしていた。

 先行していたセイスが突然、膝を突いた。ヌエベが周囲を警戒しながら、近づいていくが、彼も千鳥足のようにふらつき始める。後方で見ていたウノが腕を上げてレイたちを止めた。


「セイスとヌエベが倒れました。この先は危険です」


 レイはその言葉に「すぐに救出を!」と叫ぶが、ウノは首を横に振り、「毒か、瘴気が噴出しているようです。近づくことは危険です」と静かに答える。だが、その目には仲間を失った悲しみのようなものが浮かんでいた。

 レイは納得できず、「それなら、すぐに行けば助けられます! 僕が行きます!」と言って走り始めた。ウノだけでなく、ステラも「危険です! 止まってください!」と制止するが、これ以上仲間を失うことに耐えられないレイは「僕に考えがある!」と言って強引に前に進んでいった。

 その時、彼には特に考えはなく、ウノとステラの言っていることが正しいとも分かっていた。


(ウノさんの言うとおり、このまま闇雲に進んでも僕が二次遭難するだけだ。何かあるはずだ。助ける方法が……この硫黄の匂い、確かニュースで見た記憶が……火山性ガス? 亜硫酸ガスだっけ……違う、硫化水素だったはずだ。どこかの温泉施設で硫化水素中毒で死んだ人がいたってニュースを見た記憶がある。だとすると、何とかできるかも……)


 後ろからウノとディエスが追いつき、前に回って両手を広げる。これ以上は「危険です!」と言ってレイを止めた。今度はレイも素直に止まり、


「助ける方法を思いつきました。任せてください」


 アシュレイもレイたちに追いついており、「本当に大丈夫なのか」と心配そうに聞く。


「ああ、多分大丈夫。原因が判っているから。それより時間がないんだ」


 アシュレイは小さく頷くと、「レイがこう言っている時は大丈夫だ。任せよう」とウノたちを説得し始めた。その間にレイは即席で考えた呪文を唱えていく。


「数多の風を司りし風の神(ウェントゥス)よ。御身の現身、清浄なる風を我に与えたまえ。我、我が命の力を御身に捧げん。我を包め、清浄なる風(クリーンエア)


 レイが呪文を唱え終わると、静かな風が彼を包んでいく。


(イメージは空気清浄機なんだけど、こういうガスに効くかどうか分からない。活性炭とかそんなイメージでなんとかならないかな……)


 イメージが強くなるにつれ、硫黄の匂いが消えていく。


(これならいける。なんとしても助けないと……)


 高校生であったレイは知らなかったが、硫化水素は一定濃度以上になると嗅覚が麻痺して匂いを感じなくなる。このため、安易に匂いで判断することは危険だったが、幸いなことに魔法は完全に作用しており、彼の周囲には清浄な空気が供給され、問題はなかった。

 効果が確認できるとすぐに移動を開始する。但し、空気の層が途切れないよう全速力で走ることはできなかったが、できるだけ静かに走っていく。

 一分ほどでセイスとヌエベの倒れた場所に辿り付く。周りの地面から白い蒸気が噴出していた。

 レイは直ちに自身に掛けた魔法の範囲を広げ、二人に清浄な空気を与えた。


(肺とか喉とかがやられるんだっけ。分からないけど、肺から血液に毒素が入ると危険だ。血液をきれいにして粘膜を直すイメージで治癒魔法を掛けないと……)


 清浄なる風(クリーンエア)の魔法を維持しながら、二人に水属性と木属性の治癒魔法を交互に掛けていく。それは同時に二つの属性の魔法を掛けることになり、魔術師の世界では不可能とされていた。今回のレイの魔法清浄なる風(クリーンエア)は自動運転の空気清浄機をイメージしているため、彼にとってはそれほど困難という意識はなかった。もし、学術都市ドクトゥスの研究者が見たならば、その異様さに目を見張ったことだろう。


 一、二分である程度治癒ができたと判断し、二人を抱えるようにしてアシュレイらの待つ場所まで戻っていく。獣人奴隷の二人は軽装であることと、元々体重が軽いため、引き摺るような感じだが、移動は可能だった。

 五分ほどでアシュレイらと合流すると、クリーンエアの魔法を解除した。


「お前は大丈夫そうだが……二人はどうなのだ?」


 アシュレイの問いにレイは首を横に振る。


「分からない。一応、肺も血液もきれいにしたから何とかなると思うんだけど……念のため、頭にも魔法を掛けておくよ」


 脳へのダメージを考慮し、治癒魔法を掛けていく。効果があったのか、セイスとヌエベが意識を取り戻した。

 二人は命懸けでレイが助け出したと聞き、額を地面につけんばかりに頭を下げる。


「お助けいただいたこと、感謝いたします。ですが、我らより御身のことをお考え下さい」


 レイはその言葉にかぶりを振る。


「そう言ってもらえるのは嬉しいんですけど、誰かを犠牲にしてっていうのは嫌なんです。だから、皆さんも命を大切にして欲しいと思っています」


 ウノは「ですが、それではルートの安全の確認ができません」と首を縦に振らなかった。


「いや、レイの言うことが正しい。まだ、この荒野に入ったばかりなのだ。ここで戦力を消耗すれば、先に進むことなどできん。まして、ここで犠牲を出しているようなら、この魔族の地でルナを奪還することなど叶わぬ。全員が無事にこの地を抜けることが重要だろう。十mほど先行し、見える範囲で警戒する方がよいのではないか」


 そう言いつつも心の中では別のことを考えていた。


(この状況で誰かが死ねば、レイは自分を責めるだろう。ルナを救い出すのは誰に言われたわけでもなく、自ら決めたこと。否応なく戦いに巻き込まれたミリース谷や大きな犠牲が出ると分かっていたペリクリトルとは違う。レイを守るためにも犠牲が出してはいけない……)


 ステラも同じように考えていた。


(レイ様はお優しい。もし、誰かが無理をして死んでしまったら、必ず後悔なさるはず……でも、ここは危険なところ。いつかは誰かが命を落とす……)


「私もそう思います。全滅の危険は増えますが、少しずつ戦力が削られてもいずれ全滅してしまいます。レイ様やアシュレイ様のおっしゃるとおり全員で当たった方がいいと思います」


 アシュレイとステラの言葉に、ウノも「御意に従います」と頷くしかなかった。


 その夜、ゴツゴツとした岩が転がる場所で野営するが、吹き抜ける風は身を切るように冷たい。大きな岩を風除けにするものの、周りには燃料とする木はなく、身を寄せ合って体を温めるしかなかった。

 その日の移動距離は十kmに満たなかった。遠目には平野に見えるが、ところどころにクレバスのような深い亀裂が走り、更にはセイスたちが倒れたガスの噴出孔が彼らの行く手を阻んだからだ。

 それだけでなく、アリ地獄のような魔物が地面から現れ、小鬼族のラウリが引き込まれそうになるなど、自然だけが敵ではなかった。

 致命的なケガこそ負わなかったものの、レイの魔力は限界に近く、疲労と魔力切れで顔は土気色になっていた。他の者も同様に疲れ切っていた。体力に自信があったアシュレイですら、口を開くことが億劫になっている。

 凍てつく寒さと疲労がレイをネガティブな思考に陥らせていく。


(これなら街道沿いを無理して進んだ方がよかった。鬼人族が相手なら逃げることもできるし、昼間の移動が難しいなら日の高いうちは休息して日が落ちてから移動する方法もあった……火が使えないのが痛いな。暖かい食事もそうだけど、火があれば何となく落ち着いた気がする……今ならまだ間に合うんじゃないか……いや、それだと間に合わない。どうしてもここを突破しないと……)


 レイが焦りを感じていると察したアシュレイが「お前の判断は間違っていない」と囁き、


「だが、焦りは禁物だぞ。こんな時こそ、いつも以上に慎重に行かねば、逆に遅れが出るのだ」


 その言葉に「そうだね」と笑顔で頷く。


「まだ初日なのに焦っていたよ。まだ、何百kmもあるのに焦っても仕方がないね。これから少なく見積もっても十日は掛かるんだから」


 内心の焦りを抑え込み、笑顔でそう答えるが、アシュレイもステラも彼が無理をしていることに気付いていた。だが、それを口に出すことはなく、静かに頷くだけに留めた。

 レイは静かにアシュレイにもたれかかり、その体温を感じながら、ゆっくりと眠りに落ちていった。


 翌日、レイの魔力は回復したものの装備を外すことなく眠ったため、体の疲れは完全に抜け切っていなかった。それでも無理やり笑顔を作る。


「このまま進む。でも、今日からは燃料にできそうな木の枝なんかを拾いながら行こうと思う。もちろん、何かあったら捨てたらいいんだけど、やっぱり暖かい食べ物が無いと疲れが取れないしね」


 草や木は生えていないものの、森から飛ばされてきたと思われる枯れ枝はところどころに落ちていたのだ。ただ、その量は少なく、一箇所で集めても燃料にするほどの量が確保できなかった。

 アシュレイもレイの意見に賛成し、


「基本的には私が運ぼう。体力的には私が一番ありそうだしな。ステラとウノ殿たちには警戒を頼みたいからな」


 ステラもアシュレイの気遣いに気付き、笑顔で「お任せ下さい」と答えていた。

 獣人奴隷のオチョを僅かに先行させ、再び、“絶望”と呼ばれる荒野に挑み始めた。


 昨日と同様に天候は晴れで視界が開けていることと、昨日の教訓を生かし、大きな岩の上から進むべきルートを探るなどの工夫を行い、午前中は順調に進んでいった。五時間ほどで昨日の移動距離十kmを超え、更に薪になりそうな枯れ枝もある程度確保できたことから、レイたちの顔にも余裕が出てきた。

 昼食時にはその枝を使って火を熾して暖かい食事をとることができた。これにより彼らの表情にも少しだけ余裕が出てきた。


 だが、この時レイたちは“絶望(デスペラティオニス)”という名の本当の意味を理解していなかった。

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